不純物と免疫 04

手にしている「不純物と免疫」展の「カタログ 01」の文中の作家紹介の件には、「谷中祐輔は彫刻家」と書かれている。こう書かれたものを目にすると、無意識の内に「彫刻家」である「谷中祐輔」氏によって作られた「何やら壁から張り出したもの」を、「彫刻」として見なければならない気にさせられる「病」(注1)に陥りもする。

(注1)その「病」の「症例」には、「画家」として認識されている「フランク・ステラ」の、「エキゾチック・バード」、「インディアン・バード」、「サーキット」等のシリーズを、「絵画」として読み取らなければならない気にさせられてしまうというものもある。

仮にその「何やら壁から張り出したもの」が、一般的な「彫刻」の概念を逸脱したものに見えたとして、我々はしばしばそれを「新しい彫刻」や「彫刻の可能性」等といった視点で理解しようと試みたりする。しかし「彫刻家」が作るもの全てが「彫刻」である必要は無いという考え方もまた可能ではあるのだ。

先の「谷中祐輔は彫刻家」は、実際には「谷中祐輔は彫刻家であり、彼は世界を彫刻的思考実践から確かめていこうとする」というセンテンスの一部になる。もしかしたらここで書かれている「彫刻家」は「彫刻的思考実践家」の略なのかもしれない。そう考えれば、ここにあるものは所謂「彫刻」ではなく「彫刻的思考実践」の結果という事になる。

ところで「彫刻家」という語にも付されている接尾語「家(か)」は、三省堂大辞林では「一つの領域を専門とする人」とされている。中国思想由来の日本語である「家(か)」は、日本の「近代」化以降に於いてはしばしば西洋近代思想由来の「人称の内包」的な「人格」に結び付けられる事が多い。日本の近代化と共に登場した日本語=「彫刻家」と呼ばれる「日本(=中国)・近代・美術」に於ける「才能」は、常に「彫刻家」の「身体」のスケールに収められた、専有的「人称」へと結び付けられる。

「不純物と免疫(impurity / immunity)」展のタイトルに引かれたロベルト・エスポジトによる著作の一つ、「三人称の哲学 生の政治と非人称の思想」(“Terza persona. Politica della vita e filosofia dell'impersonale")の最後にはこう書かれている。

それは生きているペルソナである。つまりそれは、生から分離されていたり、生のなかに据えられていたりするものではなく、形と力とが、外部と内部とが、ビオスとゾーエーとが不可分となった結合体[σύνολον](注2)としての生と一致するものなのだ。そして三人称という、いまだ未確認の形象は、この唯一のもの[unicum]へと、この単数にして複数への存在へと――人格に書き込まれた非人格へと、いまだかつて存在したことがないものに開かれた人格へと――送り返すのである。(岡田温司訳)


Esso è la persona vivente – non separata dalla, o impiantata nella, vita, ma coincidente con essa come sinolo inscindibile di forma e di forza, di esterno e d’interno, di ‘bíos’ e di ‘zoè’. A questo ‘unicum’, a questo essere singolare e plurale, rimanda la figura, ancora insondata, della terza persona – alla non-persona inscritta nella persona, alla persona aperta a ciò che non è mai ancora stata. (pp. 183-184).

(注2)σύνολον【希】シノロン。アリストテレス形而上学」(Τὰ μετὰ τὰ φυσικά)にその語は出現する(例:第7巻 第10章 1035b [20]~[30])。因みに日本に於ける「アリストテレス形而上学」の事実上の決定版の一つになっている岩波文庫出隆訳の底本となっているのは、――出隆自身の表現を借りれば―― William David Ross による「英訳」=「注解付原典」である。

参考:「注解」の無い「コンパクト」なオリジナル「原典」(古希)の第7巻

ここから直接「岩波訳」にするのは、結構アクロバティックな仕事になる。

先に引いたセンテンス中の「谷中祐輔は彫刻家」に於ける「彫刻家」は、恐らくはその様な「人称」と分かち難く結び付いた、或いは「人称」を前提に成立するところの、一般に流布している所謂「彫刻家」とは異なるものである事に注意しなければならないだろう。それは「彫刻家」という「仮面(maschera)」が、「人称」を超える「法則」的な「彫刻的思考実践」という「非人称」的な技術によって、取り替え可能である事を意味しているのではないか。「仮面は、ペルソナであるからといって、その仮面を被った者の顔に必ずしも固着していなければならないわけではなく、他人の顔であっても覆うことができる」(エスポジト同書)(注3)。「彫刻家/谷中祐輔」はそうした「仮面」の名称の一つだ。しかしそこには常に「他人の顔」も存在しているのである。

(注3)原文:“Non soltanto, per essere persona, la maschera non deve necessariamente aderire al volto di chi l'indossa, ma può ricoprire anche il volto di un altro." Roberto Esposito, Terza persona. Politica della vita e filosofia dell'impersonale, Einaudi, Torino 2007, p. 104.

目の前で「鯨油」を「徳川」の「御城」に塗りたくっているのは果たして「誰」なのだろう。そうした「実践」が、世界中で「彫刻家/谷中祐輔」氏のみ可能なものでないとするならば、この「パフォーマンス」を見ている我々は、「誰」の前にいる「誰」なのだろうか。

====

#ターン5

f:id:murrari:20180124132531p:plain

谷中雄輔氏の「何やら壁から張り出したもの」を右手に見て次のゲートを潜ると、そこはそれまでよりも相対的に「明るい」部屋だった。

有孔ボードの「壁」の様な「遮蔽物」――有孔ボードのベニア版の褐色や、黒いゴム風船やスポンジマットも光を吸引している――が無く、見通しの良い開けた白い空間という事もあるのだろう。しかしその「明るさ」は、それだけの理由によるものではない様に思えた。

f:id:murrari:20180314113817p:plain

谷中祐輔氏越しに見える迎絵理子氏のその後ろに窓がある。そこから展示室に外光が入っている。微笑する。そして真っ先に「窓」へ向かう。ヘッドホンの中の解説が、写真でしか知らない村上三郎の「紙破り」のハトロン紙の様に次々に破れて行く。「窓」から雨混じりの外の景色が見える。「全国民を代表する選挙された議員」(日本国憲法第43条)候補の選挙ポスターの前を、傘を指した人が歩いている。彼方此方のビルの窓越しに、道路の上に、様々な人の姿が確認出来る。大学、水道局、病院、工事現場、タクシー、配送車、ホッパー車……。彼等は互いに接点が無さそうに見えるものの、それでも――そしてここにいる自分も――互いに関係の中にある。そこで深呼吸をした。

このキュレーターによってこれまでに手掛けられた展覧会の多くに、展覧会に開けられた「窓」(「吹き抜け」や「屋上」含む)の存在があった。2013年に行われた「ハルトシュラ」に始まる「荒木みどりM←→mヨシダミノル」「躱す」「やわらかな脊椎」といった大阪CASに於ける一連の企画展。「MOBILIS IN MOBILI-交錯する現在-」の東京巡回展(Gallery MoMo Projects, CASHI)と金沢巡回展(問屋町スタジオ)(注4)。「Celsius」(CASHI)、「OBJECTS IN MIRROR ARE CLOSER THAN THEY APPEAR」(the three konohana:大阪)、「パレ・ド・キョート / 現実のたてる音」(ARTZONE & VOXビル)、「クロニクル、クロニクル!」(クリエイティブセンター大阪:大阪)(注5)等々。

(注4)「MOBILIS IN MOBILI-交錯する現在-」大阪展(コーポ北加賀屋:大阪)の川村元紀氏のエリアを、外に開かれた空間と見る事も出来る。その一方で、同展では2階の「窓」は塞がれていた。

(注5)「窓」の無い「クローズド」な空間で行われていたものは、「無人島にて──『80年代』の彫刻/立体/インスタレーション」(京都造形芸術大学 ギャルリ・オーブ:京都)、「すくなくともいまは、目の前の街が利用するためにある」(waitingroom:東京)等になる。

仮にそれらの展覧会が「クローズド」な空間で行われていたとしたら、それらは多少なりとも異なった印象を伴ったものになっただろう。これらの「窓」の全てが、キュレーターの展示技術的な計算の内にあったものかどうかは判らないが、少なくともこの「不純物と免疫」(impurity / immunity)と題された展覧会に於いては、「窓」の存在は不可欠なものである様な印象を持った。

再度エスポジトの「三人称の哲学」から、監訳者岡田温司氏の「あとがき」を引く。

自律的で自由なものとみなされてきた近代的な主体は、それにもかかわらず、「主体」(イタリア語のソッジェットであれ、フランス語のシュジェであれ、英語のサブジェクトであれ)という語がまさしく暗示しているように、それ自体、肉体の精神への従属関係を前提としているのであり、その限りにおいて、単一の生は分裂したままにとどまるからである。かくしてこの「主体」は「主権」の政治的カテゴリーとも接点を持つことになる。

 さらに意外なことに、一見したところ正反対のようにみえる政治や思想、たとえば徹底して人格を破壊してきたナチズムの生政治=死政治と、逆に人格を金科玉条のように祭り上げる自由主義の人格尊重とが、実は同じような前提――生きるに値する生、生の生産的管理など――を共有している点にも、エスポジトはわたしたちの注意を喚起している。生物学や人類学、言語学社会学など、さまざまな観点から人間を解明しようとしてきた近代の諸科学を根底で突き動かしてきたもの、それがこの「ペルソナ」の装置であり、ナチズムとリベラリズムは、同じ装置によってもたらされた、たがいの反転像にほかならないのである。

閉じられた部屋に穿たれた「窓」は、「他者」の存在をリアルに感じさせてくれる装置の一つだ(注6)。「不純物と免疫」は、6個の「人称」による活動成果のみを見る展覧会ではない。6個の「人称」の成果物を見て、息を浅くしたり、速くしたり、息を呑んだりする展覧会ではない。観者自身が立っている場所の座標を感じつつ、他の諸々のもの――横軸にも縦軸にも――との関係の形式の構築に思いを至らせつつ、深呼吸で終わる書物の様に、深呼吸で終わる展覧会なのだ。

(注6)同展の「沖縄」展(BARRAK 1)は「東京」展の「窓」として働き、「東京」展は「沖縄」展の「窓」として働く。そして実際に「沖縄」展の会場にも「窓」は存在していた。

「窓」を背にして「帰路」につく者の目で白い部屋を見る。「窓」から見えていたものの様に、そこにあるものが見えて来る。感情は更に穏やかになる。

「カタログ 01」には「本展の作家たちの実践は、自己免疫化した時代において、なおも不純物たろうとする態度の形式なのである。」(注7)と書かれていた。この一文で重要なのは「なおも不純物たろうとする」という箇所と「態度の形式」という箇所だろう。

(注7)公式サイトでは「本展の作家たちの実践は、自己免疫化した時代において、なおも「不純物」たろうとする態度の形式なのである。」と「不純物」が括弧に入れられていた。

事実的な存在として「不純物」であるのは、「本展の作家たち」に限らない。敢えて言えば、「不純物」という在り方は、全ての者に事実的に「備わって」いる。と言うのも、全ての者は、何かから何らかの形で「排除」されている存在であるが故に、「不純物」は一般的な属性だからだ(注8)。その上で「本展の作家たち」がその様な事実的な平面から「突出」したものとして「見える」のであれば、それは彼等が「なおも不純物たろうとする」という相対的に「意志」的な存在であるのと、「態度の形式」――或いは「形式としての態度」――に生きようとする相対的に「倫理」的な存在だからだろう。

(注8)全ての者が例外無く「不純物」であるというのは、Twitter 等の SNS を見ても判る。そこでは「純粋」なポジションを取れる者は誰一人として存在しない。とは言え、SNS を離脱すれば、メタなポジションに立てるというものでもない。

嘗て “When Attitudes Become Form" という展覧会があった。そのタイトルは日本語で「態度が形になるとき」と訳されていた。確かに “Form" は「形」と訳す事も可能だ。しかしまた “Form" は「形式」と訳す事も出来る。その場合、“When Attitudes Become Form" の可能的な訳は「態度が形式になるとき」になる。個人的な「不純物と免疫」のサブタイトルとして、このフレーズが頭に浮かんだ。

====

#ターン6

http://impurityimmunity.jp/installationview/image/tokyo/0016.jpg?v=20180206

「窓」を背にして見る室内の景色は、手前に「原子核の放射性崩壊が起こるメカニズム」の「安定した原子核に変化した状態」と、それに至るまでの記録映像(迎恵里子氏)、その左から正面に掛けての奥に「日本の放射化学の父/人造宝石の発明者」である「飯森里安」絡みの絵画(佐々木健氏)、そして右奥に「鯨」の「頭骨」が突き出た「鯨油」と共にある異形の「ワゴン」(谷中祐輔氏)というものだ。

優れた映画人であれば、これらの要素を重層的に絡ませた映画を撮る事が可能だろうか。化学的な「反応」の「模式」と、「飯森里安」とそれに纏わる人々――「仁科芳雄」や、「長島乙吉」や、「草鞋履きでペグマタイトを採掘する福島県石川中学校の約180人の3年生」を前に「君たちが掘った石で爆弾を作る。マッチ箱一つの大きさでニューヨークを破壊できる」と言った陸軍将校(彼等はまた「家庭人」でもある)等――と、太平洋の高緯度から低緯度まで――北アメリカ大陸(アメリカ国がある)近海から日本列島(日本国がある)近海まで――を季節毎に回遊する「ザトウクジラ」、そして「窓」外に広がっているもの等々……。

f:id:murrari:20180314115427p:plain

f:id:murrari:20140604212333j:plain

f:id:murrari:20180314115515j:plain

f:id:murrari:20180314115631j:plain

f:id:murrari:20180314115656j:plain

展覧会のキュレーションとは、映画を作る様なものなのかもしれない。少なくとも「不純物と免疫」には、映画の製作現場的な雰囲気が感じられる(注9。或いはこうも思う。何故に殆どの美術の展覧会は、映画の様にならないのだろうかと。美術の「制作」は、映画の「製作」の様にならないのだろうかと。

(注9)「沖縄」巡回展は未見だが、インスタレーション・ビューを見る限り、「キャスト」や「スタッフ」の多くが共通した別の「映画」という印象がある。

映画は「〜(監督)作」という形で語られもするが、しかし「監督」がその映画の「作者」であるとは直ちに言えない。如何に「完全主義者」の「監督」であっても、それでもスタッフやキャストの差し出すもので、「監督」の「完全」は常に揺れ動く。19世紀末に登場した(映画)「監督」という近現代的な職能は、揺るがない「完全」を期待される「芸術家」としての「彫刻家」や「画家」の様な伝統的な「人格」なのではなく、それ自体が「単数にして複数への存在(a questo essere singolare e plurale)」「人格に書き込まれた非人格(alla non-persona inscritta nella persona)」「いまだかつて存在したことがないものに開かれた人格(alla persona aperta a ciò che non è mai ancora stata)」(前出「三人称の哲学」)的な存在だ。だからこそ、キャストを始めとして、スタッフ、協力者、スポンサー等という多様な「人称」が列挙される映画の「エンドロール」は、映画が三人称的なメディアである事を示す上で極めて重要なものである。

20180303174116

この「不純物と免疫」に於いては、「キュレーター」は(映画)「監督」の位置にあると言えるのかもしれない。その意味で「不純物と免疫」展は「キュレーター」の「作」であると言う事も可能だ。その上で、本展に限らず「キュレーター」という存在自体が、「作家」を始めとする「キャスト」や「スタッフ」を「搾取」しているという議論は確かにあり得るだろうし、事実、本展の批判としてその様な構図に則ったものが少なからず存在するという「事情」も知っている。

しかしそうした「搾取」を巡る議論を成立可能にする立ち位置は、西洋近代的な価値こそが最上であるという時代的な信憑に基づく事で辛うじて成立する「人格」や「人称」の顕揚を前提にした、「芸術」の「伝統」でしかないものに基いているのだ。

====

先程までは「谷中祐輔」氏を通して「迎絵理子」氏を見るというものだった。しかし「窓」を背にした今、それは「迎絵理子」氏の「実践」を通して「谷中祐輔」氏の「実践」を見るというものに切り替わった。キャメラの位置が入れ替わったのである。往路での伏線が次々に解消されて行くかの様な復路を辿る。

映画の観客はヒーロー映画を見終わった後に、そのヒーローに成り切って映画館を後にするという。「不純物と免疫」の観客は、何に成り切ってこの会場を出る事になるだろう。もしかしたら、それは周囲のあらゆる存在に対して少しだけ優しくなれるという事なのかもしれない。

#了

不純物と免疫 03

f:id:murrari:20171120020642p:plain

大和田俊作品の全容めいたものがほぼ見える位置に立つ。但し51%の御本尊はまだ見えていないと思われる。

ヘッドフォンの中では今見ていたばかりの仲本拡史氏作品の解説が流れている。自分の関心とのタイムラグとして現れるこの「不純物」をどうしたものだろうかと微笑してみる。その「齟齬」に対する態度を企画者に試されているのだろうかとまた微笑してみる。それを受け入れるのか、受け入れないのかと重ねて微笑してみたりもする。

その結論として、耳の中に聞こえているものに関心を示さないという形を取る事にしてみた。人は耳栓の力を借りずとも、そうした事が出来てしまうという現実がある。そして確かに共存の現実的な方法論の一つとして、無関心(注1)という選択はあり得る。「聞く」という営みは関心という脳的関数の中にある。それは目覚まし時計のけたたましいアラーム音を聞いて、起床出来る/起床出来ないという日々悶々的な事実からも明らかだ。その意味で、耳は閉じたり開いたりしている器官だ。

(注1)それは相対的に多様社会である都市生活をするに当たっての、事実上の知恵になっているものでもある。自分に対して無関心であって欲しいというのが、それぞれの都市生活者の無意識の中にある。路上生活者が、大量の無関心が往来する場所に住まう理由もそこにある。過剰に自分に関心を持たれてしまう場所では住み難いからだ。

予てより大和田俊氏という作家は、以前から音と関心との相関性、或いは関心に於ける音を作品化する人だと感じていた。石灰岩を溶かして音を出す氏の作品は、音源をマイクスタンドが矢印の如くに指し示す事で、音への関心を視覚的に喚起させていた。従って、視覚障害者にとっての大和田俊氏作品体験は、当然の事ながら視覚によって多くの情報を得る者のそれとは全く異なるものになる。

今回の破裂音への関心の喚起は、偏に受付で投げ掛けられる51%という呪いの言葉と渡される耳栓によって100%もたらされる。受付で51%の呪いを掛けられ、その言葉の意味するところを理解しなければ、この大和田俊氏作品から破裂音への関心を引き出す事はほぼ不可能だろう。呪いの言葉を理解する事が出来ない者は、51%で生じるとされる破裂音への期待/恐怖を生じる事は無い。確率というものを理解しない、確率などというものがどうでも良い蟹にとっての破裂音は、51%とは全く無縁のものとしてある。蟹にとっての音は予期に全く関わらない。

確率の呪いに掛かってしまう人間としての自分は、「さあ、もう行こう。」「だめだよ。」「なぜさ?」「破裂を待つんだ。」「ああそうか。」(注2)という、確率変動大当たり――51%よりかなり低い――を、パチンコ店の営業時間中に必ず現れるものとして待ち続けるパチンカーの実存を表したものと言えなくもない戯曲=サミュエル・ベケットゴドーを待ちながら」のもじりを、頭に思い浮かべてみたりして微笑してみたりする。午前6時台に、テレビのお天気お姉さんの口から、その日の帰宅時までの降水確率が50%であるという呪いの言葉が掛けられたとして、その50%を「雨が降る」の方に賭けて、未だ降っていない雨を有事防衛的な関心の対象とし、それに対処する為に傘を持って仕事に出掛ける人の様に、50%超=51%とされる未だ破裂していない風船に相対しようとする自分にまた微笑してみたりする。

f:id:murrari:20180124070320j:plain
この日、この時間の雨雲レーダー

(注2)http://samuel-beckett.net/Waiting_for_Godot_Part1.html

そうした予期の機制とは別に、眼に最初に飛び込んで来たのは、有孔ボード壁の断面だった。

厚さ 5.5mm の2枚の合板が、垂木材をサンドする形で、その壁面が出来ている事が伺われた。しかし通常の仮設壁の工法では、こうした仮設壁の断面は、縦に渡した垂木等と突板等で覆われ隠されるべきものだ。従って仮設壁の祭典でもある見本市会場でも、この様な仮設壁に出会える事はほぼ皆無だ。構造を剥き出しにした断面を持つその壁は、壁ならぬものである事を主張し始めている。この角度に於いて、仲本拡史氏作品がハングされていた壁面が、大和田俊氏作品という形で大和田俊氏に帰属するものである事が視覚的に明らかになる。それはまさしく「複数種の生物が相互関係を持ちながら同所的に生活する現象」としての共生の図だ。

どれ程に潔癖症な人物であっても、その腸内には1000種類以上、数にして600〜1000兆個、総重量 1.0kg から 1.5kg の細菌が共生していると言われる。言わば人間の身体の数十分の一は「他者」である細菌で構成されている。人によっては、それらを良い細菌と悪い細菌に分けたがりもするものの、――しかし全く当然の事として――細菌の存在それ自体に善と悪の区別が存在するなどという事はあり得ない。20世紀末になるまで、人類はそれらとの――善玉も悪玉も含めた上での――共生を「当たり前」のものとして事実的に受容していた。それらの細菌を善玉と悪玉に分ける事に強迫的なまでの意味を見出したのは、人類史に於いて、たかだかここ数十年の話なのである。清潔という概念は、共生のレベルを下げる。そして共生のレベルを下げる事で、免疫の作動点もまたレベルが下がるという循環の最中に現在はある。

それにしても改めてこれは震撼すべき図ではないか。美術を始めとする「表現」の領域に於ける共生は、しばしば「コラボレーション」なる言葉に翻訳されたりするものの、勿論「コラボレーション」は実際には「協働」とされるべきものであり、その「コラボレーション/協働」なる概念は、紛れも無く何らかの「目的」に対する相互許諾から発している。「コラボレーション」はそれによって得られる「成功」をこそ欲する。その意味で「コラボレーション」は「契約」的なものだ。

一方共生的な関係に於ける宿主たる樹木とヤドリギの間に――或いは宿主たる人間とその腸内細菌の間に――共通の「目的」など存在する筈も無い。即ち共生という状態は、些かも「成功」を指向する――「失敗」を指向する事も無い――「コラボレーション」的ではないし、或る意味でそれは「コラボレーション」の対極にあるものだ。「合目的性」に於ける「目的」が、果たして「誰」のものであるのかという最も根本のところに無自覚な、或いはそれを巧妙に隠す「コラボレーション」は、しばしばその美しさを纏ったスローガンだけが独り歩きし、纏われた美しさの観念/題目だけが消費されるばかりとなる。

そもそもが「美術」――及びその上位概念であるとされる「芸術」――と呼ばれるものこそ、「不純物」を排除する事でしか成立し得ない極めて「政治」的な営為と言える。今日「美術」/「芸術」と称されているものの殆ど全ては、「作者」や「作品」に「不純物」が混じってしまう事を徹底的に嫌悪する。「排除」こそが「美術」/「芸術」の「作品」に於ける市場価値を決定する前提になる。その意味で、今日的な「美術」/「芸術」と称されているものそれ自体は「共存」や「共生」の対極に位置している(注3)

(注3)例えば「美術」/「芸術」の人間が、その会話の中で「一般人」という単語を使用する際、それは自分達と「共存」や「共生」の関係にあるものとは捉えていない。「美術」/「芸術」の人間が言うところの「一般人」は、「美術」/「芸術」が信じる価値的連続性に於いて、「美術」/「芸術」の人間の下位に位置させられている。従って「美術」/「芸術」の人間が名指す「一般人」は、「美術」/「芸術」への「同化」/「教化」の対象となる。本展が他でもない「東京」の後に、他でもない「沖縄」という地に巡回する事の意味を、これまでの「東京」と「沖縄」の――時に対称的な――関係を踏まえた上で考えてみたい。

大和田俊氏作品に共生する仲本拡史氏作品といったこの状況を、「コラボレーション」という微温的な名で呼ぶ者は誰もいない。人間と腸内細菌が「呼応」関係にあるなどとは誰も言わない様に、仮に両者の間に立ち上がって見えて来るヴィジョンがあったとしても、それは乾いた関係という積極的な意味でそれだけのものでしかない。仲本拡史氏作品は大和田俊氏作品と、翻って大和田俊氏作品は仲本拡史氏作品と共通の「目的」を有する事無くそこに相互侵食的に存在している。だからこそ、この周到に仕組まれた光景は、それだけで「免疫」概念である「美術」/「芸術」自体に対する極めてクリティカルな光景と成り得ている。

などという事をつらつら考えていては、足が止まりっぱなしになってしまう。足を進めよう。黒い風船の本体が有孔ボードに貼られたスポンジマットに挟まれているのが見えて来た。

f:id:murrari:20180124071127p:plain

スポンジマットの凹凸が、嘗て見た内視鏡による腸内の輪状襞を思い出させた。仮にこれら風船やスポンジマットが黒色ではなく赤色であったなら、いやが上にも内蔵的な印象が高まったかのもしれない。内蔵的に存在する作品という言葉が浮かぶ。内臓は外側ではなく内側にこそその機能がある。ここから見えるのはその輪切り状態なのだろうか。

f:id:murrari:20180124072851j:plain

そもそも内蔵もまた自己にとって共生的な他者だ。人は見も知らぬ他者として現れるものから摂食の要求を出され、排泄の要求を出され、睡眠の欲求を出される。人生とは排除不可能な生理という他者と常に共生する事だ。時に予期はそうした生理に対しても行われる。nヶ月後に死亡する確率がn%などという呪いの数字が宣告されたりもする。その呪いの数字を極めて意味あるものとして受け入れる時、人の身体は予期的数字に翻弄される場と化す。

====

#ターン3

「不純物と免疫」の内蔵に背を向ける。ターン1で見えていたソーラーパネルと法面と屋根の大画面の写真作品と、その横に3行✕3列の9個の小作品。そしてそのまた横に再び法面とソーラーパネルが写る小作品がある(都合小作品は10点になる)。

f:id:murrari:20171015114156j:plain

f:id:murrari:20180124073128p:plain

f:id:murrari:20180124073233p:plain

この会場にある百頭たけし氏の全ての写真には人間が写っていない。とは言え、確かに今回出品されている作品の中には、墓地の中に立てられた進入灯の上を、ランディング・ギアを出してその奥にある基地滑走路への着陸態勢にあるロッキード P3C 対潜哨戒機というものもある。

f:id:murrari:20180124073339p:plain

当然その機体には複数の人間が搭乗している筈ではあるものの、それでもそれは相対的に高速なシャッターで撮影されている為に、4発のプロペラは殆ど停止している様にも見える。寧ろその機体は、ワイヤーで吊るされたりスタンドの上に固定されたディスプレイの如き印象すら受ける。

f:id:murrari:20180124073524p:plain

それらは、突如この地上から人間が消えてしまったという SF の設定を思い出させもする風景だ。或いは人類の存在自体が、宇宙全体の秩序維持にとって有害――「不純物」――であると看做されて気化させられてしまった――不久就遭到全体气化的灭族处分(注4)――のだろうか。

(注4)張系國SF小説「星雲組曲」から「翻译绝唱」(邦題「翻訳の傑作」)の一節。百頭たけし氏は、同展の少し前に行われた個展「カイポンする / 我蓋朋」に寄せて、同小説を引く形で次の様なステートメントを記していた。

「私は風景をカイポンし、打ち捨てられた神仏や野犬をカイポンし、ヒトをカイポンする。みんなカイポンする。台湾をカイポンする。

カイポン(蓋朋):台湾SF小説の始祖とされる張系国の『星雲組曲』に収められた短編小説『翻訳の傑作』に現れる異星の言葉であり、概ね「親愛」を意味する。

太古から行われてきた食人行為の際に上げる歓声を語源としている。」

http://hyakutou.tumblr.com/

その「異星」はカイウェン族(盖文族)の星を指している。カイウェン族の言葉の多くには「カイ(蓋=簡体字で「盖」)」が接頭詞として登場する。その接頭詞「盖」(英語では “cover" )は「食人」行為を指している。

カイウェン族にとっての最上の「親愛」の形は、互いに「食べる/食べられる」というものだ。それは、食事の際に固定化した「マナー」として発せられる日本語の「いただきます(=お命いただきます)」という「エクスキューズ」に似たものとも言えるだろう。

しかし自分自身が食べられる存在となった時、それでも食べる側の発する「いただきます」という「エクスキューズ」を許容出来るか否かが、「いただきます」の世界に於いて最大の問題として存在する。そして確かに、百頭たけし氏の写真には、そうした「いただきます」に於ける相互性の「世界史」が写っている。

 その誰もいない世界の中を歩くただ一人地球に残された者――即ち観客――は、恰も「人新世」(Anthropocene)を調査分析する遥か未来の地質学者――それは人類ではないかもしれない――が、人類の営みの全てに等しくアンテナを張る様に、それらの光景に視線を投げ掛ける。そうした未来の地質学者の目からすれば、法面の様な造成/造形の一つ一つですら、ロバート・スミッソンの「スパイラル・ジェティ」の如くに見えて来る。寧ろ人類登場以降の人類居住可能な地上の全ては「スパイラル・ジェティ」で構成されているとも言える。

f:id:murrari:20150828183842j:plain

未来の地質学者の目にとっては、人類の営みに於いて有為も無為も無い。有為と無為――有用と無用――の越境に関心を持つ、トマソンの意味論的な目には未来の地質学者はならない。「スパイラル・ジェティ」を無為の造成として見てしまう視点は、有為と無為の弁証法に未だに囚われている。ここにある写真が提示するものは、その様な弁証法の先にあるものだ。

これらの写真には人間は写っていない。しかし人類という枠組みはしっかりと写っている。所謂「世界史」と呼ばれる、人間の「不純物」と「免疫」の概念を巡る相克の記述は、枠組みとしての人類の一断片をしか示さない。人間の「行動」を写そうとする写真が世界中に数多く存在する一方で、人類の「活動」それ自体を写そうとする写真は極めて少ない。ここにあるのは、そうした数少ない「『活動』写真」の一つだ。

人類の「活動」は、人類と人類ならぬもの――例えばそれは蟹であり、或いはまた地質や気象であったりする――の間で規定される。それを「世界史」と呼ぶ事は可能であり、また可能以上のものでもある。これらの写真にはその様な「世界史」の入口が見えている。

 ====

#ターン4

ここまでで既に30分を費やしている。9枚に背を向けて180度ターンする。

f:id:murrari:20180124132531p:plainソーラーパネルと法面の写真小品の右隣に、石が描かれた佐々木健氏の具象小品がある。その対面の壁=大和田俊氏「作品」であるところの有孔ボード上には二枚の雑巾がマウントされ、そして正面の壁には谷中佑輔氏の何やら壁から張り出したものが見えている。その全てを同時並行に考察出来る程の聖徳太子ではない自分は、まず雑巾作品――カタログの同作品の写真は、有孔ボードの上にマウントされていない――に目を遣る事にした。

f:id:murrari:20180124152223p:plain

 

同展の公式サイトは、その作品の素材を “oil on canvas, wood panel" としている。日本語で記された素材説明は無い。公式サイトを表示させたスマホを前に微笑する。“canvas" のそもそもの原義は「粗野な布」だ。画布としてのカンヴァス地は「粗野な布」を美術産業的に極端に洗練――洗練は排他も意味する――したものだが、その一方で、パイル地の雑巾もまた紛れも無く「粗野な布」である。即ち雑巾(=雑・巾)は、それ自体で既に字義的に “canvas" なのだ。従ってこの雑巾作品に於ける “oil on canvas" の日本語訳は、「カンヴァスに油彩」という一般的な表現ではなく、「粗野な布(canvas)に付着(on)した油絵具(oil)」という直訳調の方が適しているだろう。

一方で英単語の “canvas" には「創造的な仕事の基底(A basis for creative work)」という意味もある。絵画制作/絵画製造の現場に於ける雑巾は、専ら筆洗の為に存在するものだ。それは――絵画が「創造的な仕事」と仮定される限りに於いて――「創造的な仕事」を成立させる下部構造的な「基底」であり、またそこに付着している油絵具は「創造的な仕事」から弾かれた「余剰」と言える。

前世紀中葉の所謂「シュポール・シュルファス」は、絵画の形式を半ば強引に社会構造とリンクさせる事で、社会に於ける絵画の「基底」と「表面」を露呈させようとした試みだった――程なくしてそれは「支持体」(例:木枠)と「表面」(例:画布)という「絵画の問題」に落とし込まれてしまった――が、この雑巾は “canvas" という語の多義性を示す事で、「基底」と「表面」の分断から始まる思考を乗り越えている。それは「基底」が描かれた「表面」であると共に、「創造的な仕事」と「非創造的な仕事」に引かれた分断線を振動させる。

絵画の下部構造であるこの雑巾には、絵画と同様に「有害」物質が染み込んでいるという。そもそも絵画にしても、彫刻にしても、陶芸にしても、ガラス工芸にしても、今日「有害」とされるもの――放射性物質すら――が、物体を通した「表現」上の「有益」の為に積極的に取り込まれて来た――「有益」/「有害」=ファルマコン――という経緯がある。鉛白やカドミウムウランといった「有害」物質でしか出せない「有益」が確かにあるのだ。

「環境へ悪影響を及ぼす」という言い方がそうした「有害」物質に対してしばしばされるものの、しかしその「環境」という言葉には「『環境』という語の発話主体は誰なのか」という前提が常に隠蔽されている。「地球にやさしい」の「地球」もまた同じだ。「地球にやさしい」の「地球」は、数十億年前のそれを指さず、数億年前のそれを指さず、数万年前のそれすら指さない。それらは紛れも無く「私たちの地球」の短縮形でしかない。従って「地球にやさしい」は、正確には「私たちの地球にやさしい」とするべきであり、またその様にする事こそが、この天体に対する唯一の誠実の形となる。そして「不純物」もまた「私たちの不純物」の短縮形であるが故に、それらを口にする者が「私たち」と「私たち」でないものをどの様に線引きし固定化しているのかを常に露呈させてしまうのである。

f:id:murrari:20180124132813p:plain

小さな石が描かれた具象の小品に向き合う。どうと言う事も無い石の様に見える。絵にされなければ、それをしげしげと見る事も無いだろう石だ。具象絵画の強みの一つは、確かにこうしたところにある。どうと言う事も無いものに対しても、相対的に長時間の労働をその描画に費やさざるを得ないという具象絵画という労働形態が、そこに描かれたどうと言う事も無いものへの眼差しを、非合理な労働を媒介にする形で観者に結果的にもたらす。

具象絵画は表象の再現という事でしばしば批判の対象になったりもするが、具象絵画の持つ最大の力は表象されたものの外側――描けていないもの――にある。「画家の問題は画布の中に入ることではない。彼はすでにその中にいるからである(絵画以前の課題)。むしろ問題はそこから出ること、そうして紋切り型の外に出、蓋然性の外に出ることが問題なのだ(絵画の問題)」(ジル・ドゥルーズフランシス・ベーコン 感覚の論理学」宇野邦一訳)(注4)。一見すると表象再現に忠実に見えるこの石の絵は、しかし厳密な表象再現としては整合性の無いものだ。表象再現の訓練所である様な絵画教室で、アベイラブル・ライトのテーブルの上に置かれた小石を訓練生がこの様に描けば、中途半端な描画スキルを己のプライドの拠り所とする様な手合いから、「石が置かれている面が描けていない」――「この石は何処に置かれているのか」――などと言われて手直しを受けてしまうだろう。しかし何処にも無いものを何処にも無いものとして描くのが、具象絵画が本来目指すべきものだ。テーブルの上を現実的なテーブルの上の様に描くというのは、有用と無用/有害と無害が交差する様な場所としてそれを描く事を言う。しかしこの小石が属しているのは、そうした世界ではない。この石の絵の右隣には次の部屋へと続く開口部がある。その開口部から垣間見える数点の具象絵画もまた、そうしたものである様な予感がした。

(注4)“Le problème du peintre n'est pas d'entrer dans la toile, puisqu'il y est déjà (tâche pré-pieturale), mais d'en sortir, et par là-même de sortir du cliché, sortir de la probabilité (tâche picturale). " : Francis Bacon, logique de la sensation / Gilles Deleuze

====

靴の底にぬるつきを感じる。床に目を落とす。何らかの油脂が床の上に薄く広がっている。その油脂が何処から来たものか一瞬訝しんだものの、それが谷中佑輔氏が手掛けた何やら壁から張り出したものの「樋」に溜まっているものが延ばされ広げられたものであると知るのに、さほどの時間は掛からなかった。

f:id:murrari:20180124152817p:plain

f:id:murrari:20171015114534j:plain

オーディオガイドは、そのぬるつきの正体を鯨油であると明かしてくれた。

====

04へ

不純物と免疫 02

#トレーラー

ヘッドフォンから流れる本展の概説が終わる。

f:id:murrari:20171119080726p:plain

暗闇に光る明るい矩形が入口だ。その奥に、有孔ボードを背にした幼児の背の高さ程の、灰色をした一本の細長い高圧気体ボンベが見えている。緑色(液化炭酸ガス)でも黒色(酸素ガス)でも赤色(水素ガス)でも黄色(液化塩素)でも褐色(アセチレンガス)でも白色(液化アンモニア)でも無いボンベ。日本では「その他の種類の高圧ガス」に分類される灰色ボンベの中身を記した文字が、どうやら二文字であるらしい事が入口から窺い知れるものの、それが何のガスであるかを完全に読み取れるまでには至らない。

f:id:murrari:20171119080824j:plain

その灰色ボンベのガス取り出し口から一本のチューブが伸び、元々穴の開いている仮設壁に新たに開けられた/広げられた穴の向こうへと消えていて、何らかのガスはその先へと送られている事が暗示されている。美術の展示室にインストールされている気体ボンベを見て、咄嗟に「む」という音が頭に出掛かってしまったもののそれは封印した。「む」のあれは酸素ボンベであり、その社会的機能から離れて、生命を想起させるメタファーとしての造形物になっていなければ、日本では黒色でなければならないものだ。しかしここにある灰色ボンベは、気体ボンベの回収/再生ネットワークの只中にあるものだろう。気体の種類を示す文字は、「む」のそれの様には消去されていない。

有孔ボードは理念的にモダンであろうとする展示空間では通常は使用されないものだ。1970年に65,000個の丸めた紙が差し込まれた旧東京都美術館はそれを採用していたが、それは実利的にモダンであろうとする態度の、余りに真正直過ぎる表れだった。典型的なホワイトキューブに改造されたこのトーキョーアーツアンドスペース本郷は、紛れも無く理念的モダンの空間だ。その理念的モダンの中に、実利的モダンたる有孔ボードが闖入している。しかしそれは床に接していない為に、壁であるよりは仕切り板的なものだ。小動物や幼児なら楽々と潜れる数十センチの隙間/境界の上にそれは浮かんでいる。その隙間から、磨かれた床に映し出された反射像が見える事によって、有孔ボードの向こうに何かしらの作品がある事が窺い知れる。恐らくそれはフライヤーで馴染みのあるそれだろう。

その他に何があるのかはここからは見えない。しかしその一方で何かが聞こえている様だ。ヘッドフォンを一旦外す。左耳と右耳に聞こえる音の差分によって、「正面」から見て左側に、そのざわついた音の音源がある事が判明する。それは「不純物と免疫」公式サイトにアップロードされているティーザーにも採用された、仲本拡史氏の映像作品「水際からの訪問者」(2017)の音だと想像された。

気体ボンベと、オンラインのティーザーに接続するざわつき音と、ノイジーな有孔ボードと、床の反射像による一幅の切り取られ=絵画。そこに入口でレクチャーされた「51%」のナレーションが重なる。ここから見える光景それ自体が、ティーザー・トレーラー――焦らしのテクニックを駆使した予告編――でもある。

矩形の光景は、映像によるトレーラー同様、本編を断片化し、それを再編集する事で予告編とする事を可能にしている。或いはこれから始まるものは、全てが予告編のみで構成された何かなのかもしれないという思いが頭をよぎった。

====

#ターン1

f:id:murrari:20171119080943p:plain展示室に足を踏み入れる。灰色の気体ボンベに「窒素」と書かれている事を確認する。移動する事で、反応するセンサーが切り替わったヘッドフォンは、その窒素がこの展覧会場に於いて、どの様な因果関係の中にあるかを、鑑賞者に先回りして説明し始めた。些かネタバレ感もある。入口で封印した「む」という固有名詞が出てきた時には微笑を返した。

そのガイドで、有孔ボードが大和田俊氏に――取り敢えず――帰属するものであると知らされる。しかし今は、有孔ボードの先にあるものの全てを見る事が叶わない為に、その有孔ボードを大和田俊氏の作品に直ちに帰属させるのはまだ早いと感じ、それを棚上げしたままの状態に置く事にした。従ってこの時点では、有孔ボードはどの固有名詞にも属する事の無い、ボンベのチューブが通された単なる壁面としてある。ヘッドフォンのガイドを、聞くともなく聞く事にする。そして、恐らく、いずれ、やはり、再び、ここ――センサー位置――に回遊して戻って来る事になるだろうという予感がした。

f:id:murrari:20171119081120p:plain

そこから白いダンジョンの行手方向を見てみると、通路の両側の壁に、様々な高さで3個のモニタがインストールされている。その向こう側正面の壁には、ソーラーパネル、トタン屋根、瓦屋根、法面といった複数の斜面で構成された写真が見える。

f:id:murrari:20171119081138p:plain「不純物と免疫」カタログ02 12ページより

モニタ群。それらのモニタに共通して映っているのは蟹。そして人の空間だ。人が不在の環境の中の蟹の空間でもなければ、蟹が不在の環境の中の人の空間でもない。人と蟹が接する界面がその舞台になる。

左手壁手前のモニタ(以後 “1st.")はかなり低い。次の右手有孔ボードにインストールされたモニタ(以後 “2nd.")は、典型的な映像展示の高さにある。そして左手壁最奥のもの(以後 “3rd.")は少々高い位置にある。それぞれ、相対的に大きな体を持つ者が小さな体を持つ者を見る視線、同じ大きさの体を持つ者=同類への視線、小さな体を持つ者が大きな体を持つ者を見る視線という事になるのだろうか。その一方で、映像をキャプチャしたレンズの位置は、そのほぼ全てが、蟹の目線に準じた高さに合わされている様だ。

f:id:murrari:20171120092538p:plain

1st. モニタは、蟹が見るには丁度良い高さだ。1st. モニタの下端は、それが映し出している映像中の、目一杯足を広げたゴリラポッドに据え付けられたスマートフォンのレンズの、ゴリラポッドの接地面からの高さと同じ位だろうか。勿論その高さは人の側から蟹に寄り添うに留まるものではある。蟹の目は体から突き出た複眼である為に、人間の眼の構造に準じた光学機器で撮られた映像の様に世界は見えていない。恐らくその視界は、種としての生き残りの為に、全天球カメラに近いものになっているのかもしれない。いずれにしてもそのモニタ映像は、厳密には蟹が見ているものとは異なってはいる。

2nd. モニタは人の目線の高さにある為に、捕獲される蟹に対して、ウェットな感情移入が最もし易い高さとも言える。

f:id:murrari:20171119081230p:plain

映画産業はこの目線を最大限に利用し、人々のシンパシーを最大の顧客とする事で、映像を一大産業までに引き上げる事に成功した。その目線は、21世紀現在も、未だに商売上最も有効なものとして活用されている。

f:id:murrari:20171120093025p:plain

3rd. モニタは人にも蟹にも親しくない高さにある。その意味で、乾いた映像の中の蟹と人の乾いた関係に最も適した高さと言える。

映像中の蟹が歩き回る寝具を見て、この寝具にそのまま寝られる人と、寝られない人がいる事を想起した。蟹が歩いた寝具に直ちに潜り込めない人は、ベッドカバーから何からを、取り替えさせたり消毒させたりするかもしれない。そして確かに、2010年代の日本は、過剰な潔癖症の時代だった。2010年代の少なからぬ日本人は、過剰なまでの抗菌除菌概念に囚われる事で、過剰なまでの免疫反応を起こし、その結果過剰なまでに不純物を攻撃していた。

f:id:murrari:20171120094148p:plain

蟹は癌に例えられたりもする。ヒポクラテスが癌と蟹を結び付けた。形状が似ているという、たったそればかりの理由で。それにしても蟹=癌は、誰に属するものなのだろうか。蟹=癌は内部に由来するが故に、或る意味で「不純物と免疫」のその先にある。人は決して蟹にはなれないが、蟹は潜在的なバグの形で既に人の中にある。

突然 1st. モニタから蟹が脱走するというファンタズムが襲って来た。モニタから脱走した蟹は、有孔ボード下の隙間/境界を横歩きで潜って行った。全天球カメラを2つ備えた蟹の道行きはどの様なものだろう。

Fetch でマウントされた GoPro を装着して歩き回り、動画を残した大型犬を思い出した。その動画は、犬の関心に基づく展覧会の記録だった。その犬の関心の中に、時々人の関心が現れては消える。

2017年11月発売の全天球カメラである GoPro FUSION は、蟹にとっては未だに重過ぎるものの、やがてはそれもバッテリと通信装置込みで蟹が背負える様な大きさになるのだろう。その時、蟹が蟹の関心――関心をしか伺い知れない――に基いて記録する展覧会の映像は、この様なものになるのかもしれない。

====

#ターン2

f:id:murrari:20171120084414p:plain

幾つもの斜面で構成された大きな写真に向かって歩く。しかし気はそぞろだ。右手有孔ボードの向こう側が気になって仕方が無い。音声ガイドが先回って説明していたものを見たい欲求が勝ってしまっている。そぞろのまま写真を見るのは気が引ける。ダンジョンの突き当りで右に回頭し、時間を掛けて写真を見る事を後回しにした。

f:id:murrari:20171119081120p:plain

f:id:murrari:20171120020642p:plain

!!!

==== 

03へ

不純物と免疫 01

#共存

f:id:murrari:20171114090015p:plain

円周上に6つの点があるとする。それらを結ぶ線の数は15本という事になる。或いはまた、円周上に24個の点があるとする。それらを結ぶ線の数は276本という事になる。それは「不純物と免疫」展というパッケージを円周と見立て/単純化し、作家数6、作品数24をそれぞれ円周上の点とする事で得られる数字である。その線を展覧会に於ける点相互の関係のメタファーとして捉えれば、それらの関係の線が描く単純な多角形ですら、それなりに多くのものとなる。

展覧会が作品を引き寄せる重力場として働くものであるならば、6つの点、もしくは24個の点は、キュレーションという重力によってその場に引き止められていると言える。但しそれらの点は、展覧会に接地しているものではなく、第一宇宙速度超で打ち上げられ、引力と斥力が釣り合っている人工衛星の様に、展覧会の上空で展覧会の地上から一定の距離を保った浮遊状態で引き止められている。従って6つ、或いは24個の点には、展覧会の重力圏を脱出し、展覧会の外部へ飛び出そうとする斥力もまた常に働いている。その斥力のベクトルは、個々の作家、個々の作品それぞれの関心が向く方向を示す一方で、それ自体が展覧会外部の複数の何かとの関係性の線でもある。

f:id:murrari:20171114085349p:plain

展覧会は、引力(依存)と斥力(自立)のバランスの上に辛うじて成立しているものだ。引力が勝れば、作家や作品は直ちに展覧会へ落下しそれに従属する存在となってしまう。即ちそれは、展覧会がそれらのクライアントになってしまう事を意味する。一方で斥力が勝れば、多様性をそのままの形で多様性としてしか示し得えず、微小な差異の総和の極限値を示す積分的な開放そのもの――開放系ではなく――になってしまう。

世界は多様である。そんな事は当たり前だ。誰もが知っていなければならない筈のものだ。しかしそうした当たり前を、本来的な美的生活には必ずしも必要なものとは言えない展覧会という閉鎖系に仕立てて見せなければならない程に、我々は追い詰められ、且つ自ら追い詰まっている。展覧会が開催されなければならない危機的状況に我々はあるのだ。

展覧会は危機的な世界に於いて方便的なものとして機能する。展覧会に於ける「不純物」は方便としてそこにある。危機に陥っている者が、危機に陥っているが故に閉鎖系に於ける方便を通してしか見えないものがあるとするなら、方便は技術的な洗練を怠るべきではない。それが最終的に捨て去られる梯子であったとしても、であればこそ梯子は丁寧に作られねばならない。円周の内側、及び外側に引かれる、点と点を結ぶ見えない線は、そうした梯子の一つだ。

そして展覧会の周回軌道に新たに観客が入る。独自の関心の総体である観客もまた、それぞれの点に線を引く新たな点になる(注1)。自らが引いたものを含めた蜘蛛の巣状に張り巡らされた線の上を行きつ戻りつしつつ、基本的にスタティックなものとしてある展覧会を、相対的に高速度で動き回れる者の特権として、自らの周回軌道上の位置も変える事で、点と点を結ぶ線やその交差箇所を変化させる事が出来る。

f:id:murrari:20171114085536p:plain

(注1)この文章は、新たな多角形を描く線の幾つかを列記するものだ。

共存のイメージはそこにこそ現れる。共-存=co-exist に於ける存=exist は、認識の絶え間無い移動によってこそ可能になる。その時、自分とそれ以外を隔てている国境線を跨ぐ事があるかもしれない。共存の第一歩は、その国境線を越えたところから、それまで自分が占めていたと思い込んでいた場所を眺めるところから始まる。共存の方法論としての回遊というものがある。

f:id:murrari:20171114115416p:plainツチクジラ(Baird's Beaked Whale)の分布域=回遊域

====

#空中

トーキョーアーツアンドスペースの3階のフロアは、地上8メートル〜9メートル程になる。進化の過程で樹上生活者から地上生活者となった人類の歴史に於いて、その高さは長きに渉って「空中」と呼ばれ得るものだった。確かにそのフロアは原義としての「空中楼閣」的な高さを持つ。

「全国バリアフリー旅行情報」によるトーキョーアーツアンドスペースの施設紹介には、「エレベータが無いので、車椅子利用者は2階・3階の展示見学は不可」とある。車椅子利用者は同施設に於ける「展示見学」の不適格者扱いをされているものの、その一方で同施設に車椅子対応トイレが設置されていたりもする。

8メートル〜9メートルの階段を昇り降りする事が辛い人間――それは日本人の過半数を占めつつある――にとっても、それは事実上よそよそしい「空中」として存在し、場合によっては「展示見学は不可」の不適格者になる。身体という物質性のレベルに於いて、トーキョーアーツアンドスペースに於ける「展示見学」の可否は、そのまま自らが事実的な優生の側に属するか否かの踏み絵ともなる。

或る意味で、共同体の無意識下に潜む優生観――生産性の高い身体を優等とする――を体現した建造物である旧都立御茶ノ水高等職業訓練校事業内訓練教室/旧都教育庁お茶の水庁舎は、優勝劣敗的な発言を繰り返して来た元都知事による都政時代に、その前進であるトーキョーワンダーサイトとして「活用」されたものだ。

そのトーキョーワンダーサイトを自らのトップダウンで作らせたと公言して来た元都知事は、「文学界」2016年10月号斎藤環氏との対談「『死』と睨み合って」に於いて、「自分の肉体が衰えてきて、手足の自由が利かなくなってくる」と、自らが他者への依存を必要とする身体となった事を明かしている。

「不純物」は、排除されるべきものとして認識されるが故に「不純物」と呼ばれる。ひたすらに高い生産性を目指す共同体にとって、生産性の低い身体は「不純物」として現れ 、しばしばその様に目された身体を巡る事件が起きもする。しかし誰しもが年を取れば、やがては生産性の低い「不純物」になる。現時点で「不純物」側に属していない身体であっても、「不純物」になる不可逆的な不治の道を生まれながらに歩んでいる。それを「弱くある自由」と捉える事は可能だ。

====

#土地

今から983年前と言えば、日本では平安時代中期の天元年間から永観年間の移行期に当たる。西暦で言えば1034年だ。当時の日本の推定人口は、諸説あるものの数百万人(450万人〜700万人)という数字に落ち着いている。日本で国宝とされるものの多くがそれまでに作られていて、それらは現在日本文化と一般に認識されているイメージの源泉の主要な一部となっている。

今から983年後は西暦3000年になる。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、西暦3000年の日本の人口は石器時代(推定3,000人)よりも遥かに少ない1,000人になるという。平安時代の数千分の一の人口(注2)だ。それは西暦2014年の出生率・死亡率が、子供を生む事に対する人々の気分と共にそのまま続いた場合を想定しての推計であるものの、それでも西暦3000年までに爆発的な多産社会が何回も日本に起きない限りは、多かれ少なかれ/遅かれ早かれ現実性の高い数字と言える。仮に西暦3000年の日本が、亢進したテクノロジーによって最大限に効率化されていたとしても、人口1,000人に至る遥か以前に、国家――時に国威の前提条件ともなる――としての日本が成立不可能になっているだろう。

f:id:murrari:20171114122523p:plain

(注2)今から200数十年後には、再び平安時代の人口=数百万人になる。近い将来の話としては、3年後の2020年には、日本の女性人口の半数以上が50歳以上になる。

38万km2の日本列島と呼ばれる土地に、僅か1,000人の日本人がどの様に居住するのかは判らない。極めて狭い面積に一極集中するのかもしれないし、遍く分散して暮らすのかもしれない。或いは相変わらず日本列島という土地には1億人以上の人間が住んで――その時に何という名前の国であるかのは判らない――いて、日本人はその中にあって、消滅寸前の日本語を扱う絶滅寸前の少数民族として「不純物」視されているという可能性もある。

いずれにしても、人口減少の過程に於いて、或る閾値――それが数百万人なのか、数十万人なのか、数万人なのか、数千人なのかは判らない――を越えた辺りで、日本人の領土概念、国境概念、国民概念等は変質せざるを得ないだろう。1,000人の日本人は、その1,000人には余りに広大過ぎる38万km2の日本列島が、どの様な形をしているかに全く興味が無くなっているかもしれない。日本人1,000人時代の天皇は、どの様な存在になっているだろう。

人口減少に伴う社会活力の低下は、「つくること」の低下だけではなく、「こわすこと」の低下ももたらす。シャッター通りや空き家がそのままの形で残ってしまう様に、人口が多かった時代に作られたものは、解体を担う者の不足/不在によって、朽ち果てるままにされる。国宝の維持管理ですら、1,000人の手に余るが故にそうなってしまうだろう。こうして元あった意味をすっかり喪失して単なる凹凸となったものの上を、983年後の日本人は蟹の様に歩くのだ。

====

02へ

不純物と免疫「序」

#多様

【知事】それから、ガラッと変わりまして、現代アート、現代美術の分野の新しい取組についてのお知らせです。これまで都は、トーキョーワンダーサイトの本郷、渋谷、墨田区立川、この三つの拠点を活用してまいって、若手アーティストの発掘・育成支援を行ってまいりました。同時に海外からのアーティスト、この方々に数か月間滞在していただいて、その間に国際文化交流を行うということで、レジデンス・プログラムというものがございます。これらを含めて、若手アーティストに作品の制作や発表の場を提供してきたというものでございます。

このたび、さらに、この東京から世界に向けて、新しい芸術文化を創造して、発信していくための、若手アーティスト育成支援策、これを充実する。それからアール・ブリュットというものがございますけれども、アール・ブリュットなど、幅広い現代美術の展開を進めてまいります。ちなみに、このアール・ブリュットでございますが、美術の専門教育を受けていないけれども、天性の芸術センスがあるですとか、それから、独自の形で表現した作品というそういうジャンルと捉えられているわけでございます。日本では往々にして、障害のある方のアートとして認識される風潮がございますけれども、それに限ったものではございません。幅広い作家が担い手となって、このアール・ブリュットを形成していると考えております。

今回の新たな取組でございますが、まず新人アーティストの発掘のための公募展であります「トーキョーワンダーウォール」でございますけれども、最近は民間団体の公募事業が大分増えておりまして、一定の役割を果たしたということで、今年度をもって終了することといたします。今後、2020年、それからさらにその先、ビヨンドですね、を見据えて、世界で活躍できるアーティストの発掘、これはもちろん続けてまいります。そして、継続的に育成、そして支援をしてまいります。さらに、新たな現代美術の賞を、平成30年度をめどといたしまして創設をしていく考えでございます。

2点目でございますが、今申し上げたアール・ブリュットの更なる普及を通じまして、ダイバーシティ(注1)、多様性のある社会の実現を着実に推進していくために、トーキョーワンダーサイト渋谷の施設をアール・ブリュットの拠点に変えていくということでございます。期限については2020年を目標といたしております。今年の秋頃に暫定的にオープンいたしました後、アール・ブリュットの新しい拠点として、本格的な施設改修を行います。そして、平成31年度に向けまして、グランドオープンできるように準備を進めていくというものでございます。こうした新しい事業展開を契機にいたしまして、これまで使用してきました、トーキョーワンダーサイトという名称につきましても、来年度早々に変更することといたします。また、新しいロゴを公募したいと考えております。

ロゴの公募にあたりましては、若いクリエーター、それから美術大学の学生など、若い世代の方々に参加してもらうようにしてまいりたいと考えます。国内外の芸術、文化活動に幅広く印象づけられる、そのようなロゴにしたいと考えております。担当は生活文化局でございます。


小池百合子東京都知事「知事の部屋」/記者会見(平成29年2月3日)より抜粋。
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/governor/governor/kishakaiken/2017/02/03.html

(注1)diversity 1〔意見(いけん)や様式(ようしき)などの〕多様性(たよう せい)、さまざまな種類(しゅるい) 2〔人種(じんしゅ)や社会経済的(しゃかい けいざい てき)〕多様性(たよう せい)(許容(きょよう)) 3〔通常(つうじょう)のものとの〕相違点(そういてん)、食い違い

英辞郎

 ====

#免疫

昭和6年(1931年)に設計され東京市によって建てられたという、旧都立御茶ノ水高等職業訓練校事業内訓練教室/旧都教育庁お茶の水庁舎の建物に向かう為に、JR水道橋駅を降りた。現在その建物は「トーキョーアーツアンドスペース本郷」と呼ばれているらしく、略称は「TOKAS Hongo」だという。「とかすほんごう」と読むのだろう。“TAS" ではなく、“TOKYO" から “TOK" の3文字を抜き出し、“ARTS" と “SPACE" からは1文字ずつという 3:1:1 の配分や、「アーツ」と「スペース」が「アンド」によって等質的なものとして繋げられているところに、深い意味があるのかどうかは判らない。

「トーキョーアーツアンドスペース本郷」になる前は、そこは「トーキョーワンダーサイト本郷」だった。先代の先代のそのまた先代の都知事である石原慎太郎氏(1999年4月23日〜2012年10月31日都知事在職)の「トップダウン」で始まったと言われている「トーキョーワンダーサイト」事業、及び「トーキョーワンダーウォール」事業は、小池百合子都政になって「トーキョーアーツアンドスペース」事業に改組される。それが発表されたのは、今から3ヶ月半前の東京都議会議員選挙(7月2日投開票)に於ける都民ファーストの圧勝で最高潮を迎えた「小池劇場」の上げ潮期に当たる(注2)

(注2)「トーキョーアーツアンドスペース」事業が発表された2ヶ月後、2017年4月10日発売の「文藝春秋」5月号には、その前月号である同誌4月号に掲載された石原慎太郎氏の手記「~私は逃げない。一対一で公開討論しようじゃないか~ 小池都知事への諫言 豊洲移転を決断せよ」に反論する形で「~すべて明かす~ 石原慎太郎の嘘、豊洲移転の判断」という手記を小池百合子氏が寄稿している。その手記中には、石原氏と「トーキョーワンダーサイト」事業の関わりを仄めかしもする記述がされている(p.101)。

この建物に行くのは極めて久し振りであり、またJR御茶ノ水駅から同所へ行く事が多かったので、外堀通りから曲がるべき道を間違えてしまった。「トーキョーアーツアンドスペース本郷」の建物と同時期(1930年=昭和5年1月25日)に開園した文京区元町公園を過ぎたところで左折してしまったのだ。

100メートル程を歩いたところで誤りに気付き、そこからワンブロック引き返してから東側の本郷給水所公苑方向へ向かう。すると目の前に「衆議院小選挙区選出議員選挙(東京都第2区)」の掲示板が現れた。自民党前職、希望の党新人、立憲民主党新人の所謂「3極」の3人の候補者である。希望新人候補は小池百合子希望の党代表とのツーショットだ。

f:id:murrari:20171022161541p:plain

「トーキョーアーツアンドスペース本郷」の入口が、右手20m先に見える。そこが「不純物と免疫」の入口にもなるのだろうか。

f:id:murrari:20171022161634p:plain

不意に頭の上で “Idea bulb" が点灯する。

Google Map を開いていたスマートフォンのアクティブ・アプリをブラウザに切り替える。「不純物と免疫」で Google 検索し、スマホ・ファーストに設計された同展の公式サイトにアクセスする。「不純物と免疫」のステートメントを画面に出して、目の前の掲示板を眺める。

f:id:murrari:20171022161541p:plain

ますます複雑化し混迷を極めるかに思える現代社会において「共存」の技法を模索するため、本展では「不純物 impurity」と「免疫 immunity」という概念を導入する。自分たちの固有性や純粋性を過度に守ろうとする結果、かえって自分たちを死滅させてしまう文明のありようを、イタリアの哲学者ロベルト・エスポジトは「免疫」という概念を用いて活写している。「9.11」やナチスのそれは、まさに「自己免疫化」の徹底として説明されうる。しかし、どこまで徹底しても完全に純粋な存在などあり得ないために、あらゆるものは不純物として何らかの免疫システムに抵触しうる。「共存」とは不純物と免疫の絶えざる動的な緊張関係に他ならない。


「不純物と免疫」ステートメント(長谷川新)より抜粋。
http://impurityimmunity.jp/

 スマホ・ファーストという事は、路上からでも何処からでも、最適化された形で「不純物と免疫」のテクストにアクセス可能であるという事だ。もしかしたら、この掲示板の前に既に「不純物と免疫」のアクティブな入口は存在しているのかもしれないし、ここに来る遥か以前からそれは始まっていたのかもしれないというフラッシュが、電球の点滅の正体だ。

この掲示板も「不純物と免疫」の「出品物」の一つであると考えれば、掲示板を前にしたスマホに表示されたステートメントは、「出品物」たる「衆議院小選挙区選出議員選挙(東京都第2区)」の掲示板の説明文の様にもなり得る。スマホの読み上げ機能を使えば、それはオーディオ・ガイドの様にもなるだろう。

常考えられる「不純物と免疫」展の入口は、確かに「トーキョーアーツアンドスペース本郷」の3階にある。そこから「中」は、ステートメントの最後に「本展の作家たちの実践は、自己免疫化した時代において、なおも『不純物』たろうとする態度の形式なのである。」とある様に、或る意味では「こっちへおいでよ」的に見えるものかもしれない。そこでは様々な技術が駆使され、練り上げられてもいるだろう。であればこそ、この掲示板は「不純物と免疫」展自体に対する「不純物」として働きもする。「衆議院小選挙区選出議員選挙(東京都第2区)掲示板」と「トーキョーアーツアンドスペース」の「間」に多角形が出現する。

20メートルを歩き、「トーキョーアーツアンドスペース本郷」の入口を入る。「51%」の講義を受け「モノタロウ」の「耳栓」を受け取る。カタログの1分冊を手に取ると、後から来た観客の現代美術作家が、現代美術作家としての「自己免疫化」を徹底的に発動させる事で、徹底的に「不純物」的存在である事をアピールしようと、そこにいた一般人に対して悲痛なまでに居丈高に振る舞っていた。

現代美術作家が頑張っている姿を後にする。センサーがヘッドフォンを認識する遥か前からそれを装着して階段を登り、ステンドグラスの踊り場をターンする。そこから先は漆黒空間が続く。階段を登り切ると、その時ヘッドフォンが作動した。

====

01へ

引込線2017

2008年に行われた「所沢ビエンナーレ・プレ美術展2008 —引込線—」(以後「プレ展」)から始まった「引込線」。10年目となる今回の「引込線 2017」(以後「2017展」)は、その第6回目だという。

f:id:murrari:20171019121223p:plainプレ展

2008年の「プレ展」と、翌年2009年の「第一回 所沢ビエンナーレ美術展2009 —引込線—」(以後「第2回展」)(注1)は、西武鉄道所沢駅西口の旧西武鉄道車両工場で行われた。私鉄には極めて珍しく、自社で鉄道車両の製造業務を行っていた工場の跡地だ。同工場は旧陸軍立川航空工廠所沢支廠跡地をGHQから借り受けた事から始まる。初期の主な業務は空襲によって被災した車両(国鉄の「戦災国電」含む)の修繕復旧というものであった。

(注1)同展の正式名称は「第一回 所沢ビエンナーレ美術展2009 —引込線—」であるが、今回の2017展が「第6回」と銘打っている為に、そこから辿る形で「第一回 所沢ビエンナーレ」を「第2回展」とする。

1981年に所沢駅西口周辺の再開発計画に組み込まれた同工場は、2000年に業務を終了した。プレ展と第2回展が行われた建物は2014年から2016年に掛けて解体され、敷設されていたアスファルトやコンクリートが撤去された後、土壌汚染対策法で定められた基準値の110倍のテトラクロロエチレンと基準値の3.5倍の鉛が検出された汚染土も「処理」された。現在そこは所沢駅西口土地区画整理事業施行区域になっていて、ようやく昨年その都市計画が発表される。数年後にはそこに29階建の高層マンションや高級ショッピングモール、公園等が出来るらしい。

凡そ40年越しの所沢西口周辺再開発だが、しかし40年という歳月は再開発が意味するところをすっかり変化させてしまった。子供は減り、老人は増え、経済は縮小し、税収も減り、住宅需要が縮小して空き家が増え、仕舞屋も増える(注2)。平成とは異なる元号となった所沢駅から徒歩数分の高層マンションに住み、隣接するバリアフリーの高級ショッピングモールで買い物をする人々の平均年齢はその時どの位であろう。都市の中心部に高齢層世帯、郊外や周辺部に若年層世帯という見慣れた構図は、ここ所沢市もリフレインされるのだろうか。

(注2)プレ展や第1回展のステートメントで企画者が嘆いていた「バブル期以降の美術をめぐる経済の肥大と衰弱」は、こうした大きな流れに接続している細流の一つである。そして当然の事ながら、この40年間に「美術作家」「評論家」「展覧会」「作品」の意味も大きく変化している。

2011年の「所沢ビエンナーレ『引込線』2011」(以後「第3回展」)は、現下の投機的対象として地価上昇中の東住吉の旧西武鉄道車両工場を離れ、地価がその数分の1の所沢市生涯学習推進センター(旧所沢市立並木東小学校)(注3)と旧所沢市立第2学校給食センター西武鉄道航空公園駅」下車)の2会場になる。小学校が生涯学習センターになり、集中化による施設維持管理や人件費削減がメリットだった学校給食センターが廃止されてしまうのは、子供が減って老人が増え、食に対する意識が変化したという状況の反映である。

(注3)所沢市立並木東小学校は、1983年に同市立並木小学校(開校1979年:2016年度生徒数237人)の生徒数が1000人を超えて手狭になった為に、隣接する同市立並木中学校を挟んで東に200メートル隔てた地に分校化され1984年に開校した。しかし開校5年目の1988年から生徒数が減り始め、開校から22年目の2006年に閉校。旧所沢市立第2学校給食センター近傍の同市立中央小学校(同市立中新井小学校と統合:2016年度生徒数404人)へ移転。中央小学校は初年度後期より給食センター供給方式から自校給食になる。現在は同市立小学校の約半数(15校)が、自校給食(含む「親子方式」)へと切り替えている

所沢市生涯学習推進センターは、今回の「引込線 2017」のサテライト会場(多目的室)でもあったが、この時は体育館とプールで展示が行われていた

2011年の第3回展で遠藤利克氏、高見澤文雄氏、山路紘子氏が展示していたプールを6年ぶりに訪れると、果たしてそこは「除染土壌仮置き場」になり、上部には有刺鉄線が張られていた。6年前にプールの横にあった「中国帰国者定着促進センター」も2016年に閉所している

f:id:murrari:20171019121833p:plain2011年

f:id:murrari:20171019121857p:plain2017年

プールの向こう側にアメリカ第5空軍374空輸航空団所属の「所沢通信基地」のアンテナが見える。生涯学習と除染土壌と97万平方メートルの広大な米軍基地が隣り合わせているという風景。

f:id:murrari:20171019131025p:plain

そもそも1979年開校の並木小学校も並木中学校もこの元並木東小学校も、1978年に第2次返還された元米軍基地の敷地であり、また終戦後にアメリカに接収されるまでは日本最初の航空機専用飛行場である陸軍所沢飛行場だった。

所沢飛行場は1910年(明治43年)臨時軍用気球研究会の研究試験場として始まり、翌年に陸軍の飛行場として発足する。その後同飛行場は軍事基地色を強めると共に拡張を重ねて行く。満州事変から2年後の1933年(昭和8年)には、飛行場周囲の土地に対して、軍用機の不時着陸の障害物となる住宅や桑等の樹木を強制撤去し耕作地とする「愛国耕作地」が設定される――現在の所沢市生涯学習推進センターの一部、旧所沢市立第2給食センター近傍のヤオコー所沢北原店の一部、松屋所沢北原店等もそこに含まれている――ものの、それも第二次世界大戦大戦末期1944年(昭和19年)の拡張によって全て飛行場に飲み込まれている。同飛行場及びその周辺――旧所沢市立第2給食センターがある中富も――は、大戦時に米軍による空襲を度々受けている。1944年11月24日には所沢の飛行第73戦隊が、東京を空襲したB29を四式戦による特攻作戦で迎え撃っている。

第3回展の第2会場だった旧所沢市立第2学校給食センターは、2013年の「引込線2013」(以後「第4回展」)から単独会場になり、現在の2017展に至っている。そしてその旧所沢市立第2学校給食センターの背後には、畑と幾つもの霊園とくぬぎ山がある。

====

第4回展から、展覧会名の「引込線」の前に「美術作家と批評家による第n回自主企画展」という同展の説明文が加えられている。そもそも同展はプレ展から、それが「自主企画展」である事を謳っていた。プレ展や第1回展のステートメントに於ける「表現者の原点に還って作品活動のできる場をつくること」というのはその表現の一つだろう。

「自主企画展」を分解してみると「自主」と「企画」と「展(覧会)」になる。するとそこで直ちに問題として浮上するのは、「自主」とは何か、「企画」とは何か、「展(覧会)」とは何かという事になる(注4)。仮に「自主企画展」を謳う者にとって、「自主」が「自明」なものであり、「企画」が「自明」なものであり、「展(覧会)」が「自明」なものであるとしても、今般は「自明」視されているものそれ自体に対する「説明」が必要とされる時代だ。21世紀にあっては「『自明』とされているから『自明』なのだ」というトートロジーは許されなくなっている。それらは何故に「自明」とされ、その「自明」の及ぶ範囲はどの程度のものであり、それが誰にとっての「自明」であるのかが常に問われる。

(注4)それにリンクして「美術作家」や「評論家」や「作品」とは何かも問われる。

「引込線」が始まった10年前とは異なり、「アート」を可能にする重要な根拠の一つである「パブリック」は既に「自明」なものではなく、「アート」の理念たる「デモクラシー」もまた「自明」なもので無くなって久しい。「パブリック」と「デモクラシー」のものである「アート」が「自明」なものであった時代はとうに過ぎ去ってしまった。現在それら「パブリック」「デモクラシー」「アート」は、再び多くが信じるに足るものになる為の「技術」的「メジャー・アップデート」の真最中にある。

仮に「自主企画展」の「自主企画」が、自らの「作品活動のできる場」の、「美術作家」自らによる確保といった意味に留まるものであるならば、それは21世紀の「展覧会」(グループ展)としては些かナイーブに過ぎると言えなくもない。取り敢えずどこでも良いから「作品活動」の「容れ物」を「自主」的に確保し、そこに「自主」の「作品」を運び込んで、「自主」による「手配」をしつつ、その「自主」が対応可能な「他者」に見せる事を「自主」の「企画」とするのは、今日の「展覧会」(グループ展)が求められているものに対して極めて「イノセント」、或いは「クラシック」過ぎるスタンスと言える。「自主企画展」の「企画」は、「プランニング」としてのそれではなく、寧ろ「企画画廊」的な意味での「プロモート」(注5)を意味している様に思える。その「セルフ・プロモート」的な「企画」という言葉の使用のされ方に、同展の「美術作家」や「評論家」が「企画」をどの様に捉えているのかが現れている。

(注5)「引込線」のカタログ(2015年版)に掲載されている「自主企画」の奥村雄樹氏による英訳は、“Self-Organized Project" となっている。しかし「オーガナイズ」は、「構造」的に「総合」する意志の存在と、それに基づく「構想」が不可欠だ。

美術館やギャラリーの「展示室」は「容れ物」として特化した装置であり、その「容れ物」の中は取り敢えず「同一的」に「均質」な「空間だ。確かにその「均質」な空間の中であっても、「展示室」の特定の場所に「作品」をインストールすれば「作品」としてより効果的に見える/より効果的に見えない等々といった様な「展示技術」的な意味での「不均質」は存在するものの、しかしそれは飽くまでも「同一性」が担保されている「美術」の「容れ物」の空間中での「差異」でしか無い。

一方そうした「容れ物」以外の全ての場所は、様々な意味で原則的に「均質」な空間を生存の条件として欲する「美術」が生息するのに適していない「非均質」な空間である。そうした場所では、物が数センチ移動しただけで、それが持つ存在的な意味が全く変わってしまうという事が常に起きる。「『作品』が『場所』を変容させる」という言い回しは「美術」の人間から常に発せられる常套句/定型句であるが、その一方で「『場所』が『作品』を変容させる」という事実は「美術」の人間からは余り顧みられない。

例えばこういう事を考えてみる。2011年の第3回展に於いて、所沢生涯学習推進センターのプールに遠藤利克氏、高見澤文雄氏、山路紘子氏が「作品」をインストールしていた事は先に述べた。そしてその「会場」が現在は有刺鉄線と鉄柵扉で仕切られた「除染土壌仮置き場」になっている事も記した。その「除染土壌」が、「除染された土壌」ではなく「某ホットスポットを除染した結果、運び込まれて来た汚染土壌」の略であるとしたら、有刺鉄線/鉄柵扉を挟む事によって生じている分断は、そのまま他の場所で生じている分断と相同なものにもなるだろう。

f:id:murrari:20171019122732p:plain

その事を踏まえた上で、2011年の第3回展でプールにインストールされた「作品」を、2017年に「除染土壌仮置き場」となったプールの南側に移動させてみる。たった20メートル程の極めて単純な平行移動だ。2011年に「倉庫」にインストールされていた作品は、「倉庫」と全く同じ大きさの「仮設展示室」を作ってその中で展示する。作品は当時と同じのもの、若しくは再制作を以って――20メートルを移動したという以外は――極力「再現」する事にする。

f:id:murrari:20171020123631p:plain

2011年時

f:id:murrari:20171020123654p:plainプラン

「均質」な空間内での20メートルの移動であれば、「作品」はそれが持っているとされる意味を変化させる事無く「再現」されるだろう。しかし、こうした「非均質」で「多様的」で「多元的」な空間内での20メートルの移動は、「作品」が全く「同じ」ものであったとしても存在的な意味は全く変化してしまう。それは「均質」空間でこそ可能になる様な単純な「再現」にはならない。「周辺環境」との「関係性」や「異化効果」的な側面に於ける変化以上の意味的変化がそこにはある。2017年に於ける所沢市生涯学習推進センターのプールが、来場者の「作品鑑賞」を可能にしていた第3回展時のそれとは根本的に異なった空間になっている事を、たった20メートルの「作品」の移動は明らかにするだろう。

「非均質」な空間に「作品」を設置するという行為自体が既に「政治的」なものである以上、全く「政治的」に見えない「作品」であっても、こればかりの操作で「作品」がインストールされている場所の持つ「政治性」を明らかにする事が出来る。良かれ悪しかれ「人間の空間」が「人間以外の空間」と異なるのは、そこに様々な分節が存在するからだ。「人間の空間」の分節の「同一性」を意識しない、多様的であり多元的であり、自らを取り囲むものと自らに備わっているもののその都度のアレンジメント的存在である動物だけが、有刺鉄線や鉄柵扉の向こう側に行く事が出来る。20メートルの移動によって、人間は想像の中で動物になる事で分断を乗り越えようとする。

その一方で、「作品」や「美術作家」自らが属している「政治性」もまた20メートルの移動で明らかになる。例えば「仮設展示室」を、テレビ番組制作の専門家に依頼するなどして、エージングまで施した「本物」の「倉庫」と見紛う舞台セットの中で「作品」を展示するのも「政治性」の一つの現れであるし、コンパネ貼りでフィニッシュとしたそっけない箱の中で「作品」を展示するのもまた別の「政治性」の現れであるし、その部屋の中を白く塗って「展示室」としてしまうのもまた良くある「政治性」だ。「ノンポリ」であっても「イマジン」であっても「隠遁者」であっても、それが「政治性」の選択である事には変わりが無い。

「美術」に於ける「企画」とは、「作品」が属している「世界」を、他の「世界」との「間」に置く事で、逆説的に他の「世界」が、「作品」が属している「世界」との「間」にある事を、「展覧会」という形で表し示す行為を言う。それぞれの「世界」は、決して合致する事の無い複数の経験だが、しかしこの〈世界〉はそうした無数の「世界」の絡み合いによって構成されている。

当然或る「世界」から見えているものと、別の「世界」から見えているものは異なるものの、その交錯点ではそれらが多次的に重なり、説明不可能な何かとして見えて来る。所謂「自主企画展」に欠けているのは、こうしたものに目を向ける「企画」の力であり、それ以前に「間」の「世界」である「自主」に対する批判的視点である。それはそもそも「自主企画展」として始まり、現在もその性格を色濃く残す多くの所謂「公募団体展」も持ち得ていないものだ。

アダム・シムジックやカスパー・ケーニッヒの様な人達が、日本やアジアやアメリカの近現代史を始めとする無数の経験の交錯点――それは何処でも同じだが――である所沢――キーワードは「311」「環境」「戦争」「未来」等々幾らでもある――に来たとして、彼等は「展示室」的ではない旧所沢市立第2学校給食センターでどの様な「展覧会」を「オーガナイズ」するだろうか。勿論「自主企画展」は彼等の様な存在を敢えて必要としない――所謂「公募団体展」がそうである様に――スタンスを採るものであるが、であれば、それに代わるものを示さなければならない必要性は「展覧会」として生じる。

「展示室」ではない複数の経験の交錯点である、凡そ「容れ物」とは言い難い場所を「会場」(注6)とし続けて来た「引込線」だ。本来的にはそこは「空間を活かした展示」等といった「展示技術」レベルで留まってはならない場所であり、敢えて言えば「空間を活かした展示」で自足してはならない場所だ。今後も引き続き旧所沢市立第2学校給食センターで「引込線」が行われるとするならば、「恒例」化してしまった「会場」(注7)という印象を払拭する為にも、少なくとも「自主企画展」の「自主」「企画」「展(覧会)」それぞれの抜本的な「メジャー・アップデート」が求められる事になるだろう。

(注6)但し「会場」という言葉自体、そこが「容れ物」である事を前提としてしまっているところがある。

(注7)「公募団体展」に於ける「東京都美術館国立新美術館」の様な「会場」化が「引込線」に起きつつある。

====

所沢市立第2学校給食センターの「在りし日」を思い起こさせる所沢市立第3学校給食センターの日常業務。

「美術作家と批評家による第6回自主企画展」である。

しかし「美術作家」や「批評家」であっても、同時に「お父さん」や「お母さん」の側面を持つ者もいる。「美術作家」や「批評家」で、時にSNS辺りで「これから労働なう」的に「生業(なりわい)」――教育業含む――に就く事を逐一報告してくれる者もいる。一人の人間が、時に互いに矛盾しもする複数の経験の交錯点であるならば、些か戯言めくが「お父さんとお母さんと子ども(注8)による自主企画展」や「労働者と事業者による自主企画展」といった括りで「展覧会」を開催する事も可能ではある。

(注8)誰もが誰かの子どもである。

「引込線」は「美術作家」と「批評家」の顔のみが見える「展覧会」だ。マネキン作家中学生入墨の彫師等といった「美術」の「外部」に「同時代」的に生きている者の参加が、「展覧会」の重要な要素ともなっている昨今からすれば、極めて珍しく「純度」が高い(注9)ものと言える。

(注9)「純度」を高くするには「排除」が必要になる。

仮に同展の「純度」を低くして、「美術作家と批評家による自主企画展」という縛りを外してみれば、この旧所沢市立第2学校給食センターで行われる「展覧会」では様々な試みが出来るだろう。例えば上掲給食センターの動画を、単純なドキュメント――「作品」ではなく――として、元調理場空間に設えた巨大スクリーンに上映するというのはその一つになり得る。

また厨房機器メーカーを他の「美術作家」と同じ「参加作家」の一つとし、2009年で時間が止まった旧所沢市立第2学校給食センターで、「展示会」宜しく自社新製品のデモンストレーションを行って貰いつつ、同時に同所に残された古い厨房機器の数々と、そこでの労働について語ってもらうという事も考えられる。

或いはその厨房機器で、美術館の内覧会やレセプション等の立食パーティーで供されるお喋りの「付け合せ」的な料理を、数人の労働者が――上掲給食センターの動画の様に――巨大な杓文字を全身を使って撹拌したり、延々と下拵えをしているところを可視化させつつ、立食パーティーを模した設えでそれを観客に振る舞い、観客はそれらの汗みどろの労働を背景にして「メインディッシュ」である美術談義に花を咲かせるという展示――「食」の産業的側面を「美術」をも絡める形で見せるという点で、「リクリット・ティラバーニャ」よりも遥かにダイナミック且つクリティカルである――があっても良いだろう。

それは「美術作家」が「食」(注10)について「考察」した「作品」を見せられるよりも、遥かに具体的に「食」についてのイメージを膨らませる事が出来る。そして厨房機器の「展示会」とは異なる「展覧会」で、「食」の生産の実際の稼働状況――給食センターの業務や、厨房機器のデモンストレーション――を見せる事のメリットは、それらを複数の経験の交錯点とする事で、労働や経済や政治等を含めた「世界」の全体系を想像する事による、地に足の着いた批判性の獲得に繋がる事にある。経験の複数性に自らの身を投じる――「複数の経験を利用する」ではない――事で、「純粋」から脱して「不透明」に生きる「覚悟」こそが、現下の「美術」には求められているのだ。

(注10)「美術手帖」2017年10月号の特集は「新しい食」だった。

====

会場を一巡して感じたのは「平和」な展覧会というものであった。或る参加作家に聞いたところでは、同展で「作品」をインストールする場所の選定は、各作家の「ここが良い」という「場所取り」で何となく決定されたという。参加作家選定の実際の一端も聞いた。何となく集まり、何となく集められ、何となく区割りが決定し、何となくグループ展が成立し、その何となくを “Self-Organized Project" とするという「奇跡」がここにある。

作家の選定、作品の内容、それがインストールされる場所などについて、「注文」という「暴力」を働く「主体」(例:「キュレーター」)の存在はここには無い。全ては「平和」の内に事が運んでいる様に見える。しかしそれは、「異物」の存在が予め排除されているが故の「平和」であるのかもしれない。

本来「グループ展」に於ける「作品」は、その「作品」の作者の「個展」とは大きく異なる見方をされる。「グループ展」で何よりも可視化されるのは「他者」との関係だからだ。「グループ展」は、複数の主体=複数の経験が集まって構成されている「世界」の「模型」でもある。

「グループ展」であっても「個展」会場の様に「一部屋」(「パーティション」含む)を与えられている例も無いでは無いが、それも「他者」との関係に於ける相対的位置をしか示す事が出来ない。他者の「作品」が、自分の「作品」の「ノイズ」であるのは「グループ展」に於いては避けられない。であるならば、「グループ展」は、時に「脅威」的「ノイズ」としてより立ち現れるかもしれないものとしての「異物」を含めた「共生」の一つのモデルとして、積極的な形で成り立ち得るとも言える。即ち「グループ展」というのは、それだけで社会学の対象なのだ。

この「平和」な空間内に於いて、確かに「共生」は成立しているかに見える。その「共生」は何に基いているものだろう。互いに互いを「利害」が一致する「仲間」=「美術作家と評論家」=「似た者同士」として認めた上で、それぞれが他者を「無関心」の対象とする事による相互不可侵的な「共生」だろうか。或いは互いが互いの領分を越境する事を認める「共生」だろうか。「共生」のルールは予め決定され「洗練」され尽くしているものだろうか。それとも絶えず更新され続けるものだろうか。

些か「平和」当たりして外に出ると、やはり「平和」の空間から逃れて来た様な人がいて、クルクルと円を描いて歩いていた。

水野亮氏はこのクルクル回る人を「引込線2017」に於ける「異物」の一人と評している。

これまでの「引込線」に圧倒的に欠如しているのは「異物」が「暴力」的に現れる事である。次回の「引込線」もまた「平和」なものになるのだろうか。

やわらかな脊椎

大寺俊紀+乙うたろう「やわらかな脊椎」展の周回軌道上をグルグルと周る。

尚、同展の作品はバッテリー上がりの為に撮影していない。下掲レビューや、美術手帖2017年10月号の副田一穂氏の月評(208〜209ページ)等に掲載の画像/写真を参考にして欲しい。

====

大地(注1)がどうやら球体(注2)らしいと認識され始めたのは紀元前6世紀の頃だという。あのピュタゴラスにその創始者たる伝説的栄誉を持たせようという見方もあるにはあるが、それを証明する証拠が無い為に本当のところは判らない。しかし紀元前5世紀に至ってピュタゴラス派がそれを明文化したとされている。

(注1)日本語の「地球」という単語は、幕末期から明治期に中国から伝来した。その中国語の「地球」は、ヨーロッパから中国に大地球体説が伝えられて以降に誕生したものだ。

(注2)現在では「ほぼ球体」とするのが「正しい」。


「ほぼ球体」の大地は、その内部でマントル対流外核対流の二つの対流が生じている「やわらかな」ものだ。「やわらかな」ものであればこそ磁場も形成される。その様に「やわらかな」ものの上にあれば、「ほぼ球体」上のどこであっても「震え」もするのは当然である。


大地に対する認識が2次平面から3次曲面へと徐々に移行するのと並行して、大地の記述である地図の精度は地図作成者の生活圏を中心に上がって行った。但しヨーロッパとその周辺部は精緻化する一方で、アフリカとアジアは極めてラフな描写で永年済まされていた。オーケアノスで囲まれていようがいまいが、地図の周辺部及びその外部は黙殺の対象だった。

f:id:murrari:20171003204239p:plain
ヘカタイオス(紀元前550年頃 - 紀元前476年頃)の地図

f:id:murrari:20171003204308j:plain
エラトステネス(紀元前276年-紀元前194年)の地図

f:id:murrari:20171003204350j:plain
プトレマイオス(83年頃 - 168年頃)の地図

やがて航海テクノロジーの発達等により、球体である大地の世界一周が現実的に可能になり、世界の隅々までを詳細に記述する必要が生じるにつれ、地図は終わり無き難問に直面してしまう事になる。3次元の球体である大地を、2次元の平面である地図にどの様な形で落とし込むかという難問だ。

勿論全ての地図が球体であれば話は極めて簡単である。大地の相似形である球体の地図=3次元地図である地球儀は、そうした難問から基本的に逃れられている。しかし壁に貼る事が出来る、机の上に広げる事が出来る、本に挟む事が出来る、モニタ画面に表示する事が出来る、携帯に適している等といった取り扱いの利便性に関しては、平面の地図=2次元地図の方が圧倒的に有利だ。利便性を正確性よりも優先させてしまう選択が、現在に至るも解決されない――される筈も無い――2次元地図の難問が生じてしまう原因である。斯くして数々の投影図法というトリックが生まれる事になるも、当然の事ながらそれらの図法のいずれもがトリックであるから、面積、角度、距離を同時に全て正確に表示する事は出来ない。即ちそれらはどの地図も完璧には正確なものではなく、相対的な「正確」の気分を得る為のものである。

現在最も我々が見慣れているだろう投影法はメルカトル図法ミラー図法等といった円筒図法だ。

f:id:murrari:20171003204733j:plain
メルカトル図法

f:id:murrari:20171003204808j:plain
ミラー図法

小学校の教室に貼り出される地図の殆どは円筒図法のそれだ。それ故にメルカトル図法やミラー図法で育った我々の世界像は、知らず知らずの内にそれらの円筒図法を刷り込まれ歪められていたりもする。グリーンランドやロシアやアラスカやスカンジナビア半島やノヴァヤゼムリャ列島や南極大陸を実際以上に広大なものとして思い込んでしまったり、飛翔体の射程距離を円筒図法の地図上に同心円で表してしまったり、円筒図法上の直線が最短距離であると誤解してしまったりといった悲喜こもごもが日々繰り広げられている。

Google Map を始めとする多くのWebマッピングシステムもまた、メルカトル図法の派生形である Web メルカトル図法によって描写されている。オンライン地図をズームアウトすれば、あの見慣れた巨大グリーンランドや、地図の下端を帯状に占める巨大南極大陸に再開出来る。

f:id:murrari:20171003205117p:plain
© OpenStreetMap

オンライン地図もまた、極に近付くにつれて歪みが指数関数的に増大するメルカトル図法の一種である為に、任意の点で上端・下端を切る必要があるが、多くのオンライン地図に共通しているのは、北緯、南緯共に85.051129度でカットするという設定である。その理由は偏に描画や通信等の効率を優先させる利便性にある。

Web メルカトル図法に於ける最大の特徴は、地図が表す世界全体を256✕256 pixel(注3)の正方形と設定した点にある。その結果、正方形の上下、即ち北緯/南緯85.051129度より高緯度の地域はカットされてしまう事になるが、しかしそこには人間が住んでいないが故にニーズが極端に少ないという理由で「世界の外部」と見做している。即ちネット上の地図サービスの図法は、或る意味で紀元前の地図の再現となっているのだ。

(注3)“256" という数字、即ち2の8乗(8bit)は、2進法に生きるコンピュータにとっては極めて「切りの良い」数字である。「GIF 画像」が256色であるのも、所謂「フルカラー」が16,777,216(2の24乗=24bit)色であるのも、全てはコンピュータにとって「切りが良い」という理由による。

後はその256✕256 pixel の「世界全図」を縦横1/2、面積比で1/4に分割し、そのタイルをまた同様に分割して行き、それをクライアントからズームの要求のある毎に、256✕256 pixel の相対的に高解像度の画像と順次切り替えていく。それこそが Web メルカトルがオンライン地図の描写に於ける効率的勝利者たる根拠になっているのである。

円筒図法の最大の難点は、極点に近付くにつれて面積が無限大に近付いてしまうというものだった(注4)。円筒図法に於いて、極点の描画は現実的に不可能だ。

(注4)ゆるキャラ「地球くん」をメルカトル図法で現したらどうなるだろう。

しかしそうした円筒図法の「限界」を逆手に取った “Mercator: EXTREME" というオンライン地図サービスがある。

http://mrgris.com/projects/merc-extreme/

これは地球上の任意の点を極点(初期画面はボストン)にして、それを射軸メルカトル図法で表すものだ。開発者の説明に “whereas others avoid the distortion, we embrace it."(他の人が歪みを避けるのに対し、我々はそれを喜んで受け入れる)とある様に、歪みが極まった極点、即ち本来黙殺の対象である「世界の外部」を画面の右側に極大化し、敢えて歪みを歪みとして表示する地図である(注5)

(注5)エクストリーム・メルカトルの元データはオンライン地図のそれである為に、「リアル」な「極点」である「北極点」と「南極点」は指定する事が出来ない。

試しに「柔らかな脊椎」展が行われていた CAS を「世界の外部」にするとこうなる。

f:id:murrari:20171003222743p:plain

f:id:murrari:20171003222827p:plain

因みにエルサレムのゴルゴタの丘を極点にするとこうなる。

f:id:murrari:20171003223001p:plain

f:id:murrari:20171003223030p:plain

「極点」が幾許かでもずれれば、地図の様相は大きく変化する。「極点」がどこにあるか――私がどこにいるか――で世界の見え方は大きく変わる。

「メルカトル:エクストリーム」の開発者による解説を再び引けば、それは “... all the way from the human scale, to the global scale... It really creates this "center of the universe" feeling"(人間のスケールから地球規模に至るまで、それは正真正銘『宇宙の中心』の感覚を作り出す)のである。そしてあの “THE NEW YORKER" 1976年3月29日号の、ソール・スタインバーグ(Saul Steinberg)による、ニューヨーカーの独善性を皮肉ったとも評される表紙絵、“View of the World from 9th Avenue"(9番街から見た世界)が引き起こす感覚の数学的具現化(mathematical embodiment of the sentiment)とも言っている。

f:id:murrari:20070608173226j:plain

開発者は冗談交じりにこうも言う。“the extreme Mercator is an excellent way to visualize long-distance driving routes"(エクストリーム・メルカトルは長距離の運転ルートを視覚化する優れた方法だ)と。確かにカーナビやポケモンGO 等の画面にはこの図法が最も適しているかもしれない。それを見る極点としてのドライバーやプレイヤーという主体は、「中心」であると同時に、極大化した歪みを持つ世界の「辺境」なのである。ヘカタイオスやエラトステネスやプトレマイオスがそうだった様に。

====

アニメーションは2次元表現ではあるものの、描画されたものに運動を与える事で表現が成立するという性格上、そこには必然的に回転運動の表現も含まれてしまう。アニメーションに於ける回転運動とは、即ち3次元世界の法則を2次元世界が受け入れる事である。如何に優秀な2次元キャラクターと言えども、己がアニメーション展開を承認した時点で、取り敢えず3次元法則に従わなくてはならないのだ。

ミッキーマウスは純粋にアニメーションの為に生まれて来たキャラクターだ。紙のコミックスが下敷きになったものではない。

f:id:murrari:20090805113340j:plain

しかしそれでもミッキーマウスには、キャラクター設定(2次元)と回転運動(3次元)の齟齬という難問が、初登場の「蒸気船ウィリー」(1928年)から21世紀の「ミッキーマウス クラブハウス」に至るまで、90年間未解決のままに「放置」されている。

具体的にはこういう事だ。アニメーション内のミッキーが顔の向きを回転させる。すると左右の耳の空間的位置が、2次元の設定に基いて移動してしまうのだ(参考:上掲「ミッキーマウス クラブハウス」動画 6秒〜7秒)。ミッキーが顔を右に向けると、右耳の位置が上がると同時に左回転して観客に対して正対し、一方左耳の位置は最初の位置よりも下がりつつ後頭部方向に移動し右耳同様に左に捻れる形で正面性を確保するという不可思議な法則がミッキーには存在する。これは「アトム」の「角」や「花形満」の「髪」問題とも重なる難問である。

アニメーターが苦労するばかりのこの難問は、しかし TDL でゲストに愛想を振りまくリアル3次元ミッキーには適用されない。彼の耳は回転によって移動する事は無い。但し仮に TDL の3次元ミッキーの耳が移動/変形する事を可能にする画期的な技術が開発されたとしても、それでも解決されない最大の問題は、ミッキーを観察する視点が複数 TDL に存在するという点にある。即ちゲストのAちゃんにとって「正しく」変化したミッキーの形は、別の角度からミッキーを見るBちゃんには少しも「正しくない」という難問だ。

f:id:murrari:20171003230153p:plain

回転を画面内でシミュレートする2次元のアニメーションが、現実的な回転を観察されてしまう3次元フィギュアよりも「有利」な点はここにある。アニメーションは静止画2次元キャラクター同様、観客の視点を1つに制限する事が出来る。そしてそれ故に、フレーム毎に「図法」(projection)を切り替える事が出来る。投影法が特定の視点から見て最も都合の良い世界の記述法であるならば、まさしく2次元のキャラクターというのは心象が唯一の変換公式となる「キャラ図法」(character projection)とも呼ばれ得る、3次元への逆変換式を想定しない――即ち3次元とは無縁な――記述の方法論なのである。そしてアニメーションはそうした「図法」の切り替えを、恰も3次元的に見える動きを伴いつつ見せるものなのだ。

====

「図法」である2次元キャラクターを、3次元フィギュアに正確に落とす事は難しい。3次元へのトランスレートを完璧に視野に入れたキャラクター――即ち可逆性を持った変換式が存在する――であるならまだしも、2次元でのみ可能な表現をされてしまう――ミッキーの耳の様に――とフィギュア作家は途方に暮れてしまうのである。こうしたものの場合、全方向的な再現の正確性は諦めて、比較的正確に見えなければならないと思われる部分と、そうでないと判断される部分を分別し塩梅し=「調整」(注6)する事で辛うじて立体化する。即ち現状のフィギュアの造形とは、徹頭徹尾利害調整的な「政治」に基いているのである。

(注6)最も重要とされる「調整」は、それが「人体」の形をしている事だ。

そうした造形上の「政治」をこそ評価する世界もあるし、最近では2次元と3次元のトランスレートに於ける「調整」がすっかり整っていて、その固定化した「調整」に則った3次元造形が成されてさえいれば、「ソース」側である2次元側から「正確」性について強い抗議がされない様な「平和」な「共存」関係に両者はある。しかしその「共存」も、従わせる者(2次元)/従う者(3次元)という非対称性の固定化によるものだ。その固定化はまた、2次元世界と3次元世界のそれぞれの固定化に繋がっている。

乙うたろう氏は「絵具を空間上に置く」。それは単純に「壺の上に絵を描く」ではないのだろう。「壺の上に絵を描く」では「絵」(2次元)が「壺」(3次元)に従属する言い方になってしまう。

3D ペンと称される「絵具を空間上に置く」玩具が販売されているが、2次元クリエーターも3次元クリエーターも、この玩具が示している両次元の交錯点からキャラクターを見直すという事があっても良い。2次元と3次元の交錯点からこそ発想されるキャラクターの可能性。乙うたろう氏の「つぼ美」はその一つになり得る。凡庸なクリエーターは、そこに於いてすら従来のキャラ絵やフィギュアの再現を試みてしまうだろうが、それは既存の「政治」に馴致されてしまった者の限界を示すばかりだ。

ABSやPLAといった柔ら目の樹脂をフィラメントとして使用する3Dペンでキャラクターを壺形に描いた後、その壺の開口部に指を入れて無理矢理こじ開けて平らにすれば、位相幾何学的に正しく1枚の2次元絵画になる。その時それは、地図の投影法のいずれかに近いものになるかもしれない。そしてそれこそは、数多の2次元クリエーターが見た事も無く、想像することすら出来なかった2次元美少女の姿だろう。

それとは別に乙うたろう氏の作品で興味深いのは、それが絵具で描かれているものであるというところにある。プリンタで出力したものではない。従ってそれには描き始めと描き終わりが必ず存在している。因みに2次元キャラクターの顔の描き方を動画共有サイトで見てみると、殆どのクリエーターが――顔の輪郭は別にして――目から描き始めている事が確認された。鼻から描く、口から描く、髪から描くといったものは殆ど無い。寧ろ髪は多くの場合最後に描かれるものになっている。

乙うたろう氏の「つぼ美」はどこから描き始めているのだろうか。やはり目なのだろうか。或いは後頭部からだろうか。それともこの絵画の様に、描き始めと描き終わりの区別が意味を成さない様な描き方をしているのだろうか。

f:id:murrari:20130902105530j:plain

紀元前ヨーロッパの地図の描き始めは、自分達の生活圏=ヨーロッパからだったと想像される。知っているところから描く、最も関心のある場所から描く。そして描き終わりに近くなった時点で、相対的に関心が薄い辺境が描かれたのだろう。

果たして「つぼ美」に於ける辺境はどこだろう。それは後頭部なのだろうか。顎下なのだろうか。それともそれは存在しないのだろうか。しかしそれが「つぼ美」自体に存在しないとしても、今回の展示に於いてその周りを人工衛星の如く周回する事が可能な「つぼ美」をカメラに収める多くの撮影者は、それでも無意識の内に顔を正面、或いは目を正面にして撮影してしまったりするのである。

====

大寺俊紀氏が属していた「ニュー・ジオメトリック・アート・グループ」の中心メンバーとされる岩中徳次郎氏は、戦後間もなく「美術評論家」の外山卯三郎氏から聞いたという「西洋の絵は脊椎動物であるが、日本の洋画は軟体動物である。骨格がない。」という口頭発言を、その著書「画面構成-セザンヌから北斎まで」に再三「引用」している。

ここで言われている「脊椎動物」は、後段の「骨格」の「ある」と「ない」に掛けられている。この言表に基づけば、「骨格」があれば「脊椎動物」、「骨格」がなければ「軟体動物」という分類が可能であるかの様に思えてしまうだろう。しかし例えば外骨格生物も骨格を持っているものの、それは決して「脊椎動物」ではない。それどころか「軟体動物」である貝類の貝殻もまた骨格なのである。恐らくここで言われている「骨格」とは「内骨格」の略と思われる。であるならば、外山卯三郎氏の「言葉」はこの様に言い換える事で相対的に正確なものになる。

「西洋の絵は脊椎動物であるが、日本の洋画は軟体動物である。内骨格はないものの骨格は備えていたりもする。」

更に続けて

「そして世界には外骨格生物の絵画もあれば、それ以外の生物の絵画も存在する。」

とすればより正確性を増すだろう。

「(内)骨格がない」というのは、単に事実を述べたものでしかない。従ってそこまでは正しく科学的な立言である。但し事実を記す論である「生物進化論」を「社会進化論」のメタファーに使用し、そこに価値観という非科学が入り込んでしまっている様なものには気を付けなければならない。シャレになる「ソーカル」もあれば、シャレでは済まなくなる「ソーカル」もあるのだ。

f:id:murrari:20171004102816j:plain

社会進化論」者がしばしば陥るところの、進化(evolution)が進歩(progress)をそのまま意味するという見方からすれば、「脊椎動物」は優位(superior)を意味し「軟体動物」は劣位(lesser)を意味するものであるかの様に思えたりもするだろう。外山卯三郎氏が言ったとされているこの「西洋の絵は脊椎動物であるが、日本の洋画は軟体動物である。骨格がない。」に続けて、ロック魂を込めつつ「それがどうした。So what?」とオチを入れる(注7)事も当然可能なのだが、いずれにしても絵画の進歩を信じたい人々――或いは絵画に於ける進化と進歩を混同してしまう人々――の曲解を生じさせ易いメタファーではある。

(注7)「正論」を述べ立てた直後に、“but" に続けてそれを引っ繰り返すという方法論が、ロックの歌詞に於ける定形の一つになっている。

岩中徳次郎氏は「骨格」を「構成」のメタファーと捉えたらしい。しかし寧ろそれは広く「法則」と呼べるものだろう。単に「構成」では、「ニュー・ジオメトリック・アート・グループ」が「あらゆる旧来個性主義の思考、および手法を否定して、徹底した非個性の中より生まれるクールな個性表現に努力する。」(同グループPR文)として否定した筈の「旧来個性主義の思考、および手法」に依存してしまう――形態や構図の決定に於ける恣意性から――可能性が生じてしまうからだ。

「あらゆる旧来個性主義の思考、および手法」に完璧に無関係で、それ自体が「徹底した非個性」/「非個性の徹底」的な存在であり、従って「クールな個性表現」とは別次元で単純に「クールでしかないもの」。しかも「ジオメトリック」な表現ならぬ「ジオメトリック」な出力を極めて得意とするものと言えば、あらゆる地球人のクリエーターを遥かに置き去りにしてコンピュータを於いて他には無い。

コンピュータに任意の「法則」を条件として与えさえすれば、「何も悩まない」という意味で「何も考えない」知能であるそれは、「幾何学的抽象」と「有機的な形態」の「差異」を無効にするかの様な演算結果を淡々と吐き出す事もある一方で、それを地球人は「オプティカル」なものとも「トリッキー」なものとも感じたりする。

大寺俊紀氏はこう記している。

基本的に、幾何学的なフォルム(形態)から、水や有機的な形態が生まれてくることは、無機的な元素の組み合わせによって、有機的な被造物が創造されていくことを表しています。

http://sennan.holy.jp/nifty/library.html

そもそも「有機的な形態」/「幾何学的フォルム」という「対立」は、人間=地球人の物理的スケールでのみ限定的に有意性を持つ。例えばバクテリアやウィルス――時にそれらは地球人に「免疫」反応を起こさせたりもする――といった、地球人とは全く別のスケール/しかし地球人と同じ世界に生きている存在にとって、「有機的な形態」という言葉は単に無意味極まりないものでしかない。或いは地球人の物理的スケールを遥かに超える存在があり得るとして――論理的にあり得るだろう――その視点から見ても「有機的な形態」なる概念は無意味でしかない。「有機的な形態」と「幾何学的フォルム」を分かつ事に有意性を見るのは、宇宙広しと言えども――恐らく――地球人しか存在しない。

大寺俊紀氏の絵画に於ける「幾何学的なフォルム(形態)」のユニットが「無機的な元素」であるとして、その組み合わせが膨大なものになるにつれて、それは「有機的な形態」を形成しもするだろう。「脊椎動物」にしても「軟体動物」にしても、「かたい」にしても「やわらかい」にしても、全てはこの様な「幾何学的フォルム(形態)」の「モジュール」としてしか表せないものから始まっているのだ。

f:id:murrari:20171004103403p:plain

f:id:murrari:20171004103818p:plain



我々がギャラリーで「幾何学抽象」として見えているものは、それを「幾何学抽象」としてしか見られない我々の認識の限界をも示す。100メートル先、或いは「神」の視点から見れば、そこには既に「有機的な形態」が現れているかもしれない。