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骨董と中古

一般的に、プラスチックは半永久的に変質、分解しない材料だと思われている。少し前までは、このような一般的理解に基づく野外展示物が、あちらこちらに存在したものだった。

現在、それらプラスチック展示物が、崩壊の危機に晒されている。言うまでもなく、プラスチックもまた、時間の経過と共に劣化する普通の「物質」であり、あらゆる素材の中でも、恐らく最も野外展示に向かないものの一つだからだ。

一般的な物質の劣化は、酸化によるものが多い。金属や木に於ける錆や黒ずみ、焼けなどは、その材料を構成する分子が、酸素分子と結合することによって起こる。石材の場合、酸化に対する耐性は高いが、耐候性や、薬品に対する耐腐食性に難がある。

プラスチックの場合は、主に紫外線劣化と熱変化である(他にも水、薬品、オゾン、微生物、そして酸素も原因になる)。耐光性の強い物、そうでない物、熱に強い物、そうでない物等の差はあるが、一般的には野外に於けるプラスチックの使用は、製品寿命が短かったり、短期間での交換、または撤去、頻繁なメンテナンスを前提として設置される。芸術作品は永遠性を持たねばならないという俗見に従うならば、これほど野外作品に不適な材料も無い。

プラスチック作品がどのような崩壊過程を辿るかの一例を見てみよう。これは瀬戸内海の直島にある、ベネッセアートサイト直島の目玉作品の一つである。公開されているFRP製の作品の「制作年」は1994年から2005年となっている。何故この作品にだけこんなに永きに渉って手が掛かっているのか。

朝焼けに照らされた姿は、なかなか美しいと思わせるものがあるが、間近で見てみると、現状(2004年)はこの通りである。

想像するに、これは発泡スチロール原型に、スチロールを侵さない樹脂をコーティングし、その上から不飽和ポリエステル樹脂のゲルを塗布した後、マットを敷き詰めて、再びゲルコーティングした物であろう。しかも割れた部分から判断するとプライ数が少ない事が判る。この大きさの造形物からは考えられない程の「限界」ぶりであり、そもそもそれ自体余り「高級」な作り方ではない。塗料(これも一種のプラスチック製品である)の剥がれからは、下地処理にも難がある事が観察可能である。紫外線や気温の変化によって、物理的な耐久性が低下した水玉の南瓜は、ほんの少しの物理的なショックで、容易に穴が開いたり塗料が剥がれたりする。そこに制作や施工上の問題が少しでもあれば尚更であろう。

突堤に設置され、一日中炎天下にさらされ、寒暖差が激しいこの場所は、FRPや塗料の耐久性試験にはうってつけであっても、美術作品設置の場所としては余りにも過酷である。これが観光客の記念撮影用に設置された単なるオブジェであるのなら、それはそれで構わない。それが「パブリック・アート」なる物の本筋であると言うのなら、それもまた良い。しかしそうであるならば、それに適した制作の仕方があるだろう。

この作品に於ける施工は稀な物と言えるが、しかしプラスチック作品の耐久性の低さは、多かれ少なかれこのようなものである。同じベネッセには、別のFRP作品も海岸に設置されているが、それもまた同様の課題を抱えている。

プラスチックの劣化は、決して「古色」にはならない。劣化したプラスチック製品はただの中古品である。一種のポジティブイメージ(古色)に変換出来る「劣化」と、ただ単にネガティブな「劣化」であり続ける物。素材のヒエラルキーはまた、古色のヒエラルキーでもある。

(2005年9月7日初出の文章に加筆訂正)