0.5「アホでなにが悪いんや」

※「追記」

前のエントリから半年以上が過ぎた。この間、【続く】とされたこの稿は、しかし何度も書き直される事になった。当初の段階での書き始めは「新大陸」に関するもの(「追記」注1)だった。しかし一部を除いて、それは後回しにされた。前エントリとの連続性を担保する為に「東京インディペンデント2019」展にも多くを割り当てていた。そこから所謂「美術」と称されているものより、より「広範」な〈美術〉へ至る見取図へと繋げる予定だったが、それもまた次稿以降に先送りされた。何故ならば、それを書き進めている数ヶ月間に、〈美術〉への道が、これまで以上に幾重にも「険しい」ものになると思えてしまう数々の「出来事」が次々と「起こって」しまったからだ。

(「追記」注1)「15世紀」の「探検家・航海者・コンキスタドール(征服者)、奴隷商人」(Wikipedia 日本語版の「定義」に基づく)であるジェノバ人、クリストーフォロ・コロンボ──日本では「コロンブス」として知られる──が「新大陸」を「発見」したのは、「共通紀元」に於ける「1492年」の事である。複数の政治体制を横断して「(「探検家」としての)営業活動」を行ったコロンボは、同じく複数の政治体制を横断して「(「芸術家」としての)営業活動」を行ったレオナルド・ダ・ヴィンチ(例)と同時代/「同一」文化圏の人物でもある。「レコンキスタ」の「成就」(「共通紀元1492年」)という「追手」を帆に受けたコロンボが至り着いた「新大陸」に住んでいたのは、現在の「世界基準」では「初期設定」となっている、「営業活動」(例:「『展覧会』の開催)の継続をこそ、その存立の必須条件とする「旧大陸」的な「画家」や「彫刻家」や「建築家」等といった「職業」人の存在──英語で「職業」は “occupation" であり、その別義は言うまでもなく「占領」である──とは無縁の生活を送る「古く」からの人々だった。予定稿に於ける「『コロンボ』以前」=「プレ・コロンビア(“Pre-Columbian"=“Pre-Colonial")」としての「新大陸」は、「旧大陸」の「文化」的「制度」である「芸術家」を全く必要としない──しかしそこには〈芸術〉は遍く存在している──世界の「表象」としてのそれである。

その「出来事」の一つが、昨夏の開幕以降続いた──或いはその終幕以降も尚その尾を引き続けている──「あいちトリエンナーレ2019」を巡る一連の「騒動」である事を否定しない。今では「過去」の「事件」として認識/処理されつつあるこの「騒動」は、しかし実際には所謂「表現の自由」の問題に留まらない、〈美術〉──就中〈表現〉──を成立させる「基盤」/「環境」そのものに関わる事態と言って過言ではないものであり、であればこそ、この「騒動」は一般的に「表現の自由」と称されているもの──就中「表現」と称されているもの──の本来的な意味に於ける〈表現〉とは何かという事を改めて再考させられるものだった。

今回の「騒動」にあっても、〈美術〉及び〈表現〉を「美術コミュニティ」(「追記」注2)の占有物と──意識的にせよ無意識的にせよ──見做すケースが数多く見られた。そこでは「表現の自由」なるものが、恰も「美術コミュニティ」の「自治の自由」(「統治の自由」)的なものとして扱われ、その意味で「表現の自由」は「美術コミュニティ」を構成する者の「自治権」(「統治権」)としての「権利」的「問題」として、専ら「「美術コミュニティ」とその「外部」との間に発生する「民族紛争」的な──狭義の──「政治」の中に放り込まれていた。即ちそこでは「美術」及び「表現」が──相変わらず──我々の「社会」に於ける「役割」/「階級」的な「権利」を意味するものになってしまっていたのである。

(「追記」注2)しばしば──或いは多くの場合──それは「アートの世界」や「アートシーン」などと称されたりもする。

「あいちトリエンナーレ2019」の「騒動」を招来したものの一つに、狭義の「コミュニティ(例:「民族」)」に対する「不満」や「反目」や「憎悪」の「感情」が存在した事は事実だ。それに対して、本来的に「コミュニティ」間の「利害」の平面に留まらない、所謂「世界市民(Weltbürger)」としての「人類」の概念を最終的な「理念」とする、あらゆる「属性」──性差、民族、国籍、貧富等々──の「超越」をこそ目指す事を第一義とする「近代」以降の「美術」──それが「利害」からスタートした「表現」であったとしても──が、「美術コミュニティ」に関わる利害問題としての「表現の自由」を前面に押し立ててそれに対応した事は、能動的行為としての「美術」や「表現」への「アクセス権」が、専ら「美術コミュニティ」に特権的な形で占有される一方で、「美術コミュニティ」の「外部」にいる者、「美術コミュニティ」の「構成」員としての「参加」の「基準」を満たしていないと見做されている者は、「美術」や「表現」に対して受動的に関わるしかないという、所謂「美術」や所謂「表現」に於ける「身分」制度を再補強し兼ねないものだった。

この「騒動」の最中にあって、事実上「美術コミュニティ」は「表現の自由」を「自分の権利(自分の言い分)」として主張し、その「外部」は「表現の自由」を「他人の権利(他人の言い分)」として受け取るという現下の「非対称」の構図は、そのまま「美術」に於ける「展示」と「鑑賞」の「役割」的「非対称」に由来するものだ(「追記」注3)。我々が属している「文化」的な「形式」に於いては、「表現」の「主体」は「表現」の「役割」と同一視されている。即ち21世紀に於いて(すら)「表現者」と呼ばれる存在は、「社会的『役割』」としてのそれを意味し、従って「表現」は専ら「職能」的なものとして語られる。そこでは「表現」の「生産」側に位置する「コミュニティ」=「『表現者』コミュニティ」が存在し、一方でそれを丸々「反転」した形で、「表現」を「消費」する「ひとかたまり(十把一絡げ)」としての「鑑賞者(群)」が存在するという「社会」的「構造」がベースとなっているが、言うまでもなくそうした「非対称」性は、「(可視的)表現者/(その他)鑑賞者」という「役割」を、そのまま「生産者/消費者」として「産業」的に「構造」化した事に由来する。

(「追記」注3)その「構造」をリテラルなまでに具現化/体現化していたのが、「展覧会」としての「表現の不自由展・その後展」だった。

それ故に、例えば「『美術』は『感動』を(こそ)『与えてくれる』もの(でなければならない)」という、「美術コミュニティ」外からの「美術」に対する一般的「了解」が、未だに「当然」視されている事をも、今回の「騒動」は改めて明らかにした。当然この様な「与えてくれる」という「在り方」を可能にするのは、「(専ら)与える」という「ポジション」(「追記」注4)の存在があってこそのものだ。「『美術』は『感動』を『与えてくれる』もの」という言い回しに顕著な「消費者/お客様」思考としか言い様の無いものは、「(専ら)与える」側に位置する事を前提とする現状の「美術」の「産業」的「構造」に於ける「役割」そのものから発している。「鑑賞者」という「役割」を、「見る」者は自ら内面化し、寧ろその「役割」に敢えて全面的に甘んじるのである。

(「追記」注4)その「ポジション」に立つ者の “influential(「勢力」/「影響」)" 度を示さんとする「世界」ランキングも存在する(例:“Power 100":ArtReview))。そしてこうした「ランキング」(各年末の「今年の展覧会ベスト何ちゃら」等を含む)を可能とする「価値付け」と、そもそものその「思想」的ベースに一定の「ノー」を突き付けたケースの一つが、2019年の「ターナー賞」の「顛末」ではあった。果たしてそれらの「名誉」とされる「プライズ」は、これから先の「人類史」に於いて、例えば「価値付け」の方向性に於いて相同的とも言える「ミス・コンテスト」──「魅力」的な「女性」の「ランキング」とされるもの──と、どちらが長きに渉って存続し続けていくのであろうか。

従って、仮に「『美術』は『感動』を『与えてくれる』もの」の「感動」が、例えば「考える機会」や「新たな視点」であったとしても、それが「美術コミュニティ」が「与えてくれる」もの──「美術コミュニティ」側のパースペクティブから言えば、「鑑賞者(群)」に「与える」もの──であると見做される限りに於いては何ら変わりは無い。但し今日的な「生産/消費」の現場に於ける「パワーバランス」──「お客様は神様です」)──から言って、「与えられる」者としての「消費者/お客様」は、自らが「支出」した「代価」と引き換えに「サービス」を受ける「消費者/お客様」の「権利」として、「与える」者が作るものに対してしばしば「クレーム」を入れたりする。しかしそれでも、「産業」的「構造」(「追記」注5)としての「美術コミュニティ」は、そうした「消費者/お客様」を永遠に「消費者/お客様」の儘でいさせようとする。「表現の自由」とされるものを常に脅かされる「美術」の「脆弱性」は、こうした「美術」の「社会」/「経済」/「産業」的「構造」からも存在する。「感動」を専らとする立場は、「クレーム」を専らとする立場と裏腹なのだ。

(「追記」注5)「博物館」としての「美術館」は、「珍品」のコレクション(「ヴンダーカンマー」)から始まったとされるが、それは現在の「美術館」とは様々な意味で不連続なものである。その一つに、現在の「美術館」は「産業」としての「美術コミュニティ」が為したもの以外の「珍品」には限り無く興味を持たないという点が上げられる──但し「美術コミュニティ」視点で興味を掻き立てられるものは、「名誉白人(“Honorary Whites")」ならぬ「名誉美術(“Honorary Arts")」として扱われるという「例外」は存在する。それらは現在の「美術」が押し込められているところの「博物学」的な「体系」にそぐわないからだ。近代以降の「美術館」は、「美術」と称される「産業」への貢献度を測る事実上の「産業博物館」である。「美術コミュニティ」の構成員は、その「産業史」の殿堂である「産業博物館」──或いは「産業史」そのもの──に関係付けられようと常に「プレゼンテーション(「営業活動」)」(例:「展覧会」)を行う。「プレゼンテーション」と「『プレゼンテーション』によって生まれたもの」にしか興味の無い「産業博物館」に対し、その「プレゼンテーション」が途切れる事で「産業」の「担い手」として「失格者」の烙印を押され、「美術コミュニティ」から「忘却」される事を恐れる余り、「表現者」と称されている/称されたいと思っている者は、「飼育」されているハムスターの様に回し車を回し続ける。斯くして「展覧会」/「プレゼンテーション」/「セールス・プロモーション」は自目的化するのである。

「近代」以降の「消費者/お客様」は、「作る」現場を「知らない」という以上に、そもそも自ら「作る」側に位置したことも無い、或いは「権利」的にその「地位」にある事をすっかり「忘却」してしまっている存在なのである。「近代」──「近代」の「美術」含む──に於いて「消費者/お客様」(「追記」注6)である事は、或る意味で極めて「楽」なポジションにある。「楽」なポジションであればこそ、「クレーム」を入れる事が無批判的に可能な「優位」な地位(「消費者/お客様」)に自身が位置していると思い込む。「金を貰っている側であるお前には一切の権利を認めない」という、「お客様は神様です」を信じて止まない「権力」志向の形が、「クレーム」を入れる者の「優位」性の根拠になる。

(「追記」注6)最も今日的な「消費者/お客様」は「情報」に於けるそれである。例えば日本語の「ネト〜(ネット〜)」という接頭辞は、「情報」に対して専ら「消費者/お客様」的にしか関わらない者に対して与えられるものだ。「流通」する(バズる)事に最適化された「キャッチー」な「情報」であればある程、それに「信頼」を寄せるという「消費者/お客様」的な行動様式の下では、「自らの頭で吟味熟考する」という行動は、単純に「『速さ』に欠けているもの」と見做される。今日的な「情報」に於ける「消費」的「価値」は、何よりも「速さ」に代表される「経済」性=「コスト」に支配される。「良きRe」は、「対話」としての「適格」性で測られるものではなく、反射神経を競う「テレビ芸人」的な「ノリ」の「速さ」によって生じる「廉価」感──「高コスト」に見えるものは敬遠される──こそが最重要視される。返す言葉が「瞬時」に見つからなくても、取り敢えず大ウケのフリをして大仰なまでに手を叩いておく様な「リアクション」を「Re」しておけば、その場は「全て世は事もなし」的に「和む」のである。斯くして、SNS と呼ばれる「情報」の「市場」空間は、「廉価」な「情報」の飛び交う戦場となる。

その一方で「作る」側とされている「美術コミュニティ」は、それが実際には「近代」的な「経済」概念に依拠した「共同体」である事を常にひた隠しにする(「追記」注7)。「人」という概念自体が嘗て無く揺るがされ、再構築の対象とすらなっている「21世紀」になっても尚、「『美術史』に(己の)『名』を残す」という──「ドン・キ・ホーテ」が嵌り落ちた──「騎士道物語」(「ロマンス」) 的な「成功」の形があり得るとして、しかしその様な「成功」が「成功」である為の条件は、紛れも無く「時間」と「空間」の制約の上にある「歴史」的産物としての「騎士道コミュニティ」的な「美術コミュニティ」が、この惑星の何時まで続くか判らない「人類」の「世界」に於いて、この先何百年〜何千年も続く筈/続くべきだろうという「信憑」──その「信憑」自体は「悪」ではない一方で、「誤」である可能性は存在する──に基づいている。

(「追記」注7)「美術コミュニティ」が、「経済」を拠り所とする「コミュニティ」である事を「暴き」──「周知」の事実ではあるが──、それに「批判」的なスタンスを取るものの幾つかに、「2018年のサザビーズ・ロンドン・オークションに於ける、シュレッダーで裁断されたバンクシーの『風船と少女』」や、2019年のアート・バーゼル・マイアミ・ビーチに於ける、ダクトテープで壁にフィックスされたバナナ──『コメディアン』」等といった例を上げる事も可能ではある。しかし果たしてその「批判」の「実効」性は如何なるものであった/あるのだろうか。それらの「批判」が作動した「コミュニティ」と全く関係の無い「外部」はともあれ、それらの「批判」によって、「オークション」や「アートフェア」を構成する「内部」機構が、その存続が不可能なまでに「根底」から揺らぐという事態には決して至っていないという「現実」がそこにはある。ややもすれば、そうした「批判」は「批判芸」(やんちゃなツッコミキャラ)として「批判」される側──結果として「無傷」或いは「擦過傷」の──に「商品」として回収され、それもまた「フルチョイス・システム(トヨタ)」的な「ビター味」や「激辛味」として「販売」される。「次回」の「ターナー賞」(それがあるとして)では、「今回」を上回る如何なる「やんちゃ」が起きるのだろうと、密かに/大っぴらに「期待」する「消費者/お客様」もいる事だろう。しかしそうした「消費者/お客様」の「反応」もまた「美術コミュニティ」の「商品」として組み込まれるのだ。

今回の「騒動」に於いても「〈表現〉の自由」が「美術コミュニティ」の「利害」に留まる問題ではなく、全ての「世界市民」のそれぞれにとっての「自分自身の権利」である事に目を向ける者は極端に少なかった。時に「表現の自由」論争が依拠する「設定」は、「美術コニュニティ」とそれ以外の「コミュニティ」(「追記」注8))間の「反目」を拡大するものですらあった。「〈表現〉の自由」は、確かに「美術コミュニティ」を構成する者の「展示の自由」(「追記」注9)を含むものであるが、しかしそれをのみ意味するものではない。そしてその事は「(「〈表現〉の自由」を)侵害される側」よりも「(「〈表現〉の自由」を)侵害する側」の方が良く判っている。「展示(「展覧会」)」という「産業/業界」的「プレゼンテーション」の形を取らない/取るまでもない日常的な些細な〈表現〉にまで/にこそ、これからは「侵害する」事を内面化した目は、何かに付けて「クレーム」(「追記」注10)を付けて来るかもしれない。そして真に「守る」べき「〈表現〉の自由」は、その射程でこそ捉えられねばならない。改めて強調するまでもなく、「〈表現〉の自由」は特定の「コミュニティ」に於ける「利害」の「侵害」というレベルに留まる話では無いのだ。

(「追記」注8)「貞本義行」氏の「あいちトリエンナーレ」に対する「反目」も記憶に新しい。

(「追記」注9)今回の「騒動」に於ける「表現の自由」に関する「言説」のほぼ全てが、事実上「表現の自由」=「展示の自由」とする「視点」内に留まるものだった。

(「追記」注10)「大きな船が停泊する港湾」の風景を、画帖に描き写しただけで咎められてしまう世界/社会が存在した事を、例えばこうの史代の「この世界の片隅に」は描いている。

「追記」了

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承前

【0.5 アホでなにが悪いんや】

過日、京都府京都市中京区のアーケード商店街「コンパッソ寺町(寺町京極商店街)」を歩いた。この商店街が「コンパッソ(conpasso = busssola 羅針盤:伊)」と名付けられているのは、当地の街頭放送によれば「未来に向かって正しい道を進める」様にという「みんなの願い」を込めているという事かららしい。但しその「正しい道」が、その「正しさ」の前提となる「みんな」観や「未来」観を含め、具体的にどの様なものであるのかを、この極東の島国の地方都市のアーケード商店街は明らかにしてはいないし、する事は不可能だろう。

人はしばしば、それぞれの「正しい道」を盾に、複数の「みんな」の間で「争い」や「諍い」を起こす。「人を殺してはならない」や「彼らは私達と同じ人間だ」という「正しい道」ですら、「争い」や「諍い」等の最中にある時には、それぞれの「みんな」が、それぞれの「みんな」として最も信じるべきものとする「正しい道」によって、最高位の「正しい道」でなくなる、或いは「正しい道」そのものから転げ落ちてしまう事もある。

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この商店街の両端(四条寺町、三条寺町)に、モザイクタイルとして路面に埋め込まれている「大航海時代」を表象しもする「羅針盤(コンパッソ)」──古代中国発祥の「方位」をしか示さないこのテクノロジーは、極めて当然の事ながら「正しい道」の「正しさ」の根拠となる「善悪」のパラメータを示す機械的仕様を備えていない──を「導き」の手段とする「正しい道」がもたらした歴史的事実の一つに、例えばバルトロメ・デ・ラス・カサス(Bartolomé de las Casas)の「インディアスの破壊についての簡潔な報告(Brevísima relación de la destrucción de las Indias)」を上げる事も可能だろう。歴史上の「侵略」や「虐殺」といった「悲惨」は、常に「人を殺してはならない」や「彼らは私達と同じ人間だ」よりも優先的なものとされた「正しい道」によって──2019年の現在に至るも──引き起こされて来たのだ。

「侵略」や「虐殺」をもたらす「正しい道」。それは時に、「動機」や「信念」や「邪心」や「悪魔」的意図を全く欠いた、それでいて「悪」としか言えないものとして現れる。例えば今日的な社会に於ける「平凡な人」(「一般人」/「庶民」/「小市民」=凡そ「ジョーカー」的な「怪物」や「サイコパス」とは程遠いと思われている「善人」(=「善(「正しい」道の)人」)が、「平凡」な「善人」そのままで/「平凡」な「善人」そのままであるが故に、「結婚記念日に妻に送る花束を花屋で買う」様な己の「私生活」を、己が属する組織内に於ける「出世」によって「維持」/「向上」させたいという極めて──「エンターテイメント映画」映えしない──「些細」で「平凡」な理由から、人類史に於ける最大級の「悲惨」として記憶される「大量虐殺」に容易に加担し得る事を「記録」したものの一つが、それを元に映画(注1)化もされたハンナ・アーレント(Hannah Arendt)「エルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告」(“Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil")に記されている(注2)

(注1)因みにこの紫煙燻る映画「ハンナ・アーレント」(“Hannah Arendt": 2012年)では、「エルサレムアイヒマン──悪の陳腐さについての報告」が初出された「ザ・ニューヨーカー」誌の編集部に掛かって来た半世紀以上前の「電凸」も描かれている。恐らく、アーレントによる所謂「アイヒマン裁判(Eichmann Trial)」の「レポート」──の、特にナチ時代のユダヤ人指導者(「ユダヤ人評議会」;“Jewish council"/“Judenrat")の振る舞いを記述した箇所──が、少なからぬ読者(「読んでもいない者」を多数含む)に「ユダヤ人の心を踏みにじるようなもの」と受け止められたのだろう。映画の中で、「ザ・ニューヨーカー」誌編集長ウィリアム・ショーンが対応した「苦情」は、「こんな記事を出す権利などない!(“You have no right to bring these issues out in public. ...")」、「ゴミよ!(“... is crap!")」といったものである。

(注2)「アイヒマン裁判」でも明らかになった様に、アドルフ・アイヒマン自身は、「ユダヤ人」に対する「憎悪」故に「大量虐殺」に加担した訳ではない。彼にとっての「大量虐殺」は、チャーリー・チャップリンの映画「モダンタイムス」(1936年)に於いて、製鉄工場の「工員」としての「就業」中に、ネジというネジを強迫的にスパナで締め続ける主人公チャーリーに於ける「タイムカード」(“9 to 5")的な「労働」なのである。「製鉄工員チャーリー/SS隊員アイヒマン」にとっては、螺子を締める/大量虐殺する「労働」そのものが「俯瞰」(「ロング・ショット」)的に見て「善」であるか「悪」であるかは、彼の与り知るところではない。

映画「ジョーカー」(2019年)では、主人公アーサー・フレックの「行動」に、自らが持つ「憎悪」の「感情」を重ね合わせて「共感」した多くの「ピエロの仮面」の群衆が、「ゴッサム・シティ」の「秩序」を「壊乱」する──そこで後に「バットマン」になるブルース・ウェインがその「憎悪」による「壊乱」の「当事者」へと投げ込まれる──のだが、一方アドルフ・アイヒマンにとっての「ナチの制服」は、映画「ジョーカー」に於ける「ピエロの仮面」の様な意味を持たない。彼は「ナチズム」に対する「共感」故に「ナチの制服」を着たのではなく、彼にとってのそれは、「ジョーカー」でも劇中劇として映し出されていた「モダンタイムス」──「アッパークラス」の人達がそれを見て笑っている──に於けるチャーリーの「オーバーオール」の様な、「着せられる」ものとしての「職場」の「仕事着」なのだ。

アーレントの “Organized Guilt and Universal Responsibility"(「組織的な罪と普遍的な責任」1948年)の中に、ナチの「主計官(“paymaster")」に対する「ユダヤ電信局」(“Jewish Telegraph Agency: JTA)の特派員、レイモンド・A・デイビスのインタヴュー──エイヴラム・ノーム・チョムスキーの “The Responsibility of Intellectuals"(「知識人の責任」:1967年)にも、ドワイト・マクドナルド経由で引用されている──が取り上げられている。

Q. Did you kill people in the camp? A. Yes.
Q. Did you poison them with gas? A. Yes.
Q. Did you bury them alive? A. lt sometimes happened.
Q. Were the victims picked from all over Europe? A. I suppose so.
Q. Did you personally help kill people? A. Absolutely not. I was only paymaster in the camp.
Q. What did you think of what was going on? A. It was bad at first but we got used to it.
Q. Do you know the Russians will hang you? A. (Bursting into tears) Why should they? What have I done?

強制収容所での虐殺、ガス室送り、生き埋め等々に加担したかという問いに “Yes" と即答する「(只の:only)主計官」は、最後に「私が(絞首刑に値する様な)何をしたというのだ」と涙混じりに答える。アーレントはこの引用に続けて反語的に「確かに彼は何もしなかった(“Really he had done nothing.")」と書く。その “do(done)"(「する(した)」)とは何を意味するものなのだろうか。

その商店街の中程、東西座標軸(丸竹夷)の「たこ」と、南北座標軸(寺御幸)の「てら」が交差する「寺町蛸薬師上ル」にその店はある。ガシャポンやフィギュアも扱っているこの店が主な顧客としているのは、恐らくこのアーケード商店街を大きなスーツケースを引いて歩く人達だろう。濃紺の細長い軒には、「京都土産、各種イベントにおもしろTシャツをどうぞ !!」という日本語が書かれ、そのスーベニア・ショップの西側に面した店頭は、訪日外国人旅行者がエキゾチズムを感じるだろう日本文字が大書されたその「おもしろTシャツ」なるもので、みっしりと埋め尽くされている。

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その「おもしろTシャツ」の中に、この様なものを発見した。

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「アホでなにが悪いんや」。パスポートを携帯しつつショッピングに勤しむこの店の大半の顧客の便宜を測る為、「商品番号138」のこの商品にも他商品同様の英訳タグが付けられ、そこには「アホでなにが悪いんや」のトランスレートとして “I'm Fool, So What?" と記されている。これは──「理路」的には──「アホでなにが悪いんや」の「正確」な訳であると言えるだろう。

「アホでなにが悪いんや」英訳文前半の “I'm Fool(私は「アホ」である)"。これは「アホでなにが悪いんや」を発する者自らが、何らかの形で自分が「アホ」である事を「認識」しているという事を示している。「アホでなにが悪いんや」は、自分自身が「アホ」のポジションに「客観」として位置している事──他者から「アホ」として「認識」されている事を含め──を自覚するという意味に於ける「理性」を有する者のみが発する事の出来る言葉なのだ。

「アホでなにが悪いんや」は、通常は「買い言葉」(“tit")的に発せられる。その「買い言葉」が呼応している「売り言葉」(“tat")は、「買い言葉」の発話を誘発された者に対して「アホ」認定したものと想像される。即ち「お前は『アホ』である(“You are Fool")」及びそれに類する言葉が「先手」として存在し、その「攻め」に対して「アホでなにが悪いんや」が「後手」として発せられる。「アホでなにが悪いんや」は「他者」との応答関係の中で生まれた言葉だ。凡そ地球上に自分一人しかいないという様な状況で、「アホでなにが悪いんや」を発する場面そのものを想像する事は困難だ。

「他者」からの「お前は『アホ』である」に対する「応手」としては、「私は『アホ』である」以外に「私は『アホ』ではない」というものも多く存在し、しばしばそれは「私は『賢者』である」的な表現が用いられたりもする。しかし “tit-for-tat"(「売り言葉に買い言葉」)とも言われる「ゲーム」の「盤上」でしばしば見られるその様な「応手」は、大抵の場合不毛な「千日手」に陥る。何故ならば「私は『アホ』ではない」や「私は『賢者』である」が、この「ゲーム」の局面を打開する、或いは終局にまで至らせる有効な「手」となるには、それら「非アホ」の「アホ」に対する優位性を証明する「根拠」(「正しい道」)が、唯一的なものとして「ゲーム」プレイヤー間に共有されている事が前提になるからだ。

全ての人間=最大量の「みんな」(77億人余:2020年1月現在)、或いは少なくとも全ての「ゲーム」プレイヤーが、無条件に認める「賢者」という存在が可能であるとして、それは一体どの様な存在になるのだろうか。確かに世に「賢者」(「正しい道」の「エキスパート」)と称される者──その殆どはそれを自認しもする(注3)──は存在する。しかしそれらの全ては、常に「相対的な『賢者』」=「横丁のご隠居」でしかないものだ。「身体」という物理的「限界」内にある「賢者」の「賢さ」が成立する場所は、常に世界の中の何処かの「横丁」に留まらざるを得ない。「賢者」は「賢さ」に基づく思索の主体(中心)であると同時に、「賢さ」を巡る思索の対象(周辺)でもある。SNS という「77億人」的な「ツール」が白日の下に晒してしまったのは、SNS の出現前まで「賢者」とされていた多くの「知性」が、実際には「横丁」的なものに基づくものでしかなかったという事実である。「横丁」的「賢さ」の外部/傍らには、別の「横丁」的「賢さ」が常に「必然」として存在している。

(注3)「賢者」を自認する存在。その多くは自らが「賢者」として「他者」から見られたいと欲する「自己愛」が、何よりも勝っている存在でもある。その様な「賢者」の典型的な振る舞いを活写した芸能の一つに、「批判」(「俳諧」)芸としての落語の演目の一つ「薬缶(やかん)」を上げる事も可能だろう。落語(江戸小咄)「薬缶」に於ける「賢者」(横丁のご隠居/先生)は、あらゆる「詭弁」(「虚偽(Falschheit)」)を弄してでも「私はアホ(愚者)である」(「私は知らない」)と認める「勇気」を頑ななまでに持つ事を拒否する「怠惰(Faulheit)」な存在であり、寄席の客は「賢者」とされる「不精者」の「臆病(Feigheit)」を笑うのである。

重要なのは、己の「横丁」的な価値観に基づく「賢さ」の限界/制約を自覚するか否かだ。凡そ「理性」なるものが可能になるのは、「私は『アホ』である」という「認識」を有する事がその条件の全てである。全ての人間が、何らかの形で「私は(私が知っている事以外の何かを)知らない」という状態に常にあり続けている事、即ち自己が「アホ」である事を「客観」的に捉えられない「アホ」は、現在を乗り越えて行く能力である「『思考』する働き」としての「理性」から果てしなく遠く、そもそも「私は『アホ』である」という言葉を発する事すら可能ではない。

「未来」という言葉は「未だ来たらず」と読む事が出来る。それはまた「自己」の「成熟」が、絶え間無い「現在」に於いて「未だ来たらず」(「アホ」)状態に遅延されているという事でもある。「現在」の「自己」は、その死に至るまで「成熟」への途上にある。即ち人は常に変わり得る=「成熟」に近づき得る。だからこそ人は「未来」に対して「希望」を持てるし、本来「未来」とは「希望」への漸近である筈のものだ。

「アホ」である事が、全ての人間の避け難い「宿命」の一つであるならば、「お前は『アホ』である」という非難は、それを発した者にそのまま帰ってくるブーメランだ。即ちそれは「お前は『アホ』である。そして私も『アホ』である」という事であり、その順序を入れ替えれば、「私は『アホ』である。そしてお前も『アホ』である」となる。どちらの言い方がよりエレガントであるかは置くとしても、いずれにしても「理性」としての「賢さ」(≠「賢しら」)は、「アホ」な「私」と「アホ」な「お前」の間に打ち立てられる。「お前」を勘定に入れない「私」は存在せず、「私」を勘定に入れない「お前」は存在しない。そしてそれこそが、「民族」や「国民」等といった「もともと特別な Only one」の平面上に立体的に築き上げられる、概念としての「世界市民(Weltbürger)」(「世界」に共生する一人)の根本を成す原理なのである。

純粋理性批判」の刊行から3年後、「60歳」の「老人」になった「プロイセン王国(Königreich Preußen)」の哲学者イマヌエル・カント(Immanuel Kant(注4)が著した「啓蒙とは何か──『啓蒙とは何か』という問いに答える(“Beantwortung der Frage: Was ist Aufklärung?")」(1784年)(注5)には、“Unmündigkeit"(「未成年」)という言葉が出てくるが、これは恐らくその意味での「アホ」とも訳し得る語だ。

(注4)「プロイセン王国」は現在の「ドイツ」と地理的には完全に一致しない。カントの生地であるプロイセン王国の東北辺境の主要都市ケーニヒスベルク(Königsberg:王の山/独)は、現在はロシア連邦(Российская Федерация)のカリーニングラード(Калининград:ミハイル・イヴァーノヴィチ・カリーニンの町/露)である。

(注5)前稿で引用したジル・ドゥルーズ(66歳)=フェリックス・ガタリ(61歳)の「哲学とは何か」(“Qu'est-ce que la philosophie?")と、イマヌエル・カント(60歳)の「啓蒙とは何か」((“Beantwortung der Frage: Was ist Aufklärung?")には、重なり合う「同じ事」が書かれている。

極めて長文だが──訳文の「未成年」(“Unmündigkeit")等に敢えて「アホ」という「注釈」を加えた形で──その冒頭部を引用する。

 啓蒙とは何か。それは人間が、みずから招いた未成年(「アホ」)の状態から抜けでることだ。未成年(「アホ」)の状態とは、他人の指示がなければ自分の理性を使うことができないということである。みずから招いたというのは、人間が未成年(「アホ」)の状態にあるのは、理性がないからではなく、他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。だから人間はみずからの責任において、未成年(「アホ」)の状態にとどまっていることになる。こうして啓蒙(「アホ」を「啓く」)の標語とでもいうものがあるとすれば、それは「知る勇気をもて(サペーレ・アウデ:Sapere aude!)」だ。すなわち「自分の理性を使う勇気をもて」ということだ。

 ほとんどの人間は、自然においてはすでに成年に達していて(自然による成年:ナートゥラーリテル・マーイヨーレネス:naturaliter majorennes)、他人の指導を求める年齢ではなくなっているというのに、死ぬまで他人の指示を仰ぎたいと思っているのである。また他方ではあつかましくも他人の後見人と僣称したがる人々も跡を絶たない。その原因は人間の怠慢と臆病にある。というのも、未成年(「アホ」)の状態にとどまっているのは、なんとも楽なことだからだ。わたしは、自分の理性を働かせる代わりに書物に頼り、良心を働かせる代わりに牧師に頼り、自分で食事を節制する代わりに医者に食餌療法を処方してもらう。そうすれば自分であれこれ考える必要はなくなるというものだ。お金さえ払えば、考える必要などない。考えるという面倒な仕事は、他人がひきうけてくれるからだ。
 そしてすべての女性を含む多くの人々は、未成年(「アホ」)の状態から抜けだすための一歩を踏みだすことは困難で、きわめて危険なことだと考えるようになっている。しかしそれは後見人を気取る人々、なんともご親切なことに他人を監督するという仕事をひきうけた人々がまさに目指していることなのだ。後見人とやらは、飼っている家畜たちを愚かな者(「アホ」)にする。そして家畜たちを歩行器のうちにとじこめておき、この穏やかな家畜たちが外にでることなど考えもしないように、細心に配慮しておく。そして家畜がひとりで外にでようとしたら、とても危険なことになると脅かしておくのだ。
 ところがこの〈危険〉とやらいうものは、実は大きなものではない。歩行器を捨てて歩いてみれば、数回は転ぶかもしれないが、そのあとはひとりで歩けるようになるものだ。ところが他人が自分の足で歩こうとして転ぶのを目撃すると、多くの人は怖くなって、そのあとは自分で歩く試みすらやめてしまうのだ。

 だからどんな人にとっても、未成年(「アホ」)の状態がまるで生まれつきのものであるかのようになっていて、ここから抜けだすのが、きわめて困難になっているのである。この未成年(「アホ」)状態はあまりに楽なので、自分で理性を行使することなど、とてもできないのだ。それに人々は、理性を使う訓練すら、うけていない。そして人々をつねにこうした未成年(「アホ」)の状態においておくために、さまざまな法規や決まりごとが設けられている。これらは自然が人間に与えた理性という能力を使用させるために(というよりも誤用させるために)用意された仕掛けであり、人間が自分の足で歩くのを妨げる足枷なのだ。だれかがこの足枷を投げ捨てたとしてみよう。その人は、自由に動くことに慣れていないので、ごく小さな溝を飛び越すにも、足がふらついてしまうだろう。だから自分の精神をみずから鍛えて、未成年(「アホ」)状態から抜けだすことに成功し、しっかりと歩むことのできた人は、ごくわずかなのである。

Aufklärung ist der Ausgang des Menschen aus seiner selbst verschuldeten Unmündigkeit. Unmündigkeit ist das Unvermögen, sich seines Verstandes ohne Leitung eines anderen zu bedienen. Selbstverschuldet ist diese Unmündigkeit, wenn die Ursache derselben nicht am Mangel des Verstandes, sondern der Entschließung und des Muthes liegt, sich seiner ohne Leitung eines andern zu bedienen. Sapere aude! Habe Muth dich deines eigenen Verstandes zu bedienen! ist also der Wahlspruch der Aufklärung.

Faulheit und Feigheit sind die Ursachen, warum ein so großer Theil der Menschen, nachdem sie die Natur längst von fremder Leitung frei gesprochen (naturaliter majorennes), dennoch gerne Zeitlebens unmündig bleiben; und warum es Anderen so leicht wird, sich zu deren Vormündern aufzuwerfen. Es ist so bequem, unmündig zu sein. Habe ich ein Buch, das für mich Verstand hat, einen Seelsorger, der für mich Gewissen hat, einen Arzt der für mich die Diät beurtheilt, u. s. w. so brauche ich mich ja nicht selbst zu bemühen. Ich habe nicht nöthig zu denken, wenn ich nur bezahlen kann; andere werden das verdrießliche Geschäft schon für mich übernehmen. Daß der bei weitem größte Theil der Menschen (darunter das ganze schöne Geschlecht) den Schritt zur Mündigkeit, außer dem daß er beschwerlich ist, auch für sehr gefährlich halte: dafür sorgen schon jene Vormünder, die die Oberaufsicht über sie gütigst auf sich genommen haben. Nachdem sie ihr Hausvieh zuerst dumm gemacht haben, und sorgfältig verhüteten, daß diese ruhigen Geschöpfe ja keinen Schritt außer dem Gängelwagen, darin sie sie einsperreten, wagen durften; so zeigen sie ihnen nachher die Gefahr, die ihnen drohet, wenn sie es versuchen allein zu gehen. Nun ist diese Gefahr zwar eben so groß nicht, denn sie würden durch einigemahl Fallen wohl endlich gehen lernen; allein ein Beispiel von der Art macht doch schüchtern, und schrekt gemeiniglich von allen ferneren Versuchen ab.

Es ist also für jeden einzelnen Menschen schwer, sich aus der ihm beinahe zur Natur gewordenen Unmündigkeit herauszuarbeiten. Er hat sie sogar lieb gewonnen, und ist vor der Hand wirklich unfähig, sich seines eigenen Verstandes zu bedienen, weil man ihn niemals den Versuch davon machen ließ. Satzungen und Formeln, diese mechanischen Werkzeuge eines vernünftigen Gebrauchs oder vielmehr Mißbrauchs seiner Naturgaben, sind die Fußschellen einer immerwährenden Unmündigkeit. Wer sie auch abwürfe, würde dennoch auch über den schmalesten Graben einen nur unsicheren Sprung thun, weil er zu dergleichen freier Bewegung nicht gewöhnt ist. Daher giebt es nur Wenige, denen es gelungen ist, durch eigene Bearbeitung ihres Geistes sich aus der Unmündigkeit heraus zu wikkeln, und dennoch einen sicheren Gang zu thun.

「啓蒙とは何か──『啓蒙とは何か』という問いに答える(“Beantwortung der Frage: Was ist Aufklärung?"):中山元

通常の「啓蒙」の理解としては、「賢者」が「アホ」を「指導」する事で「アホ」が「治る」といったものだろう。であればこそ「人々を啓蒙する」という定型文も可能になる。その様な所謂「啓蒙」に於いては、「啓蒙する」のは専ら「賢者」であり、一方「啓蒙される」のは専ら「賢者」とは真逆の位置にある「アホ」という「役割分担」が、厳格なまでにされている。しかしその「賢者」が「横丁のご隠居」だとしたらどうだろう。

カントの「啓蒙と何か」に於いて、「賢者」は「なんともご親切なことに他人を監督するという仕事をひきうけた人々(“die die Oberaufsicht über sie gütigst auf sich genommen haben.")」としての「後見人(“Vormünder"=「保護者」)」と皮肉交じりに表現されている(注6)。そして「自分を『賢い存在』として見せたくて見せたくて堪らない人」としての「後見人」は、それを頼る者を “Gängelwagen"(歩行器)に乗った「バブバブ」な「イクラちゃん」状態=“Unmündigkeit"(「未成年」)と見做し、且つそのポジション/ロールに彼等/彼女等を留め置く事で、「人々を啓蒙する」=「ワタシ啓かれる人/ボク啓く人」という構造を維持しようとする。その一方で「イクラちゃん」は「イクラちゃん」で、自ら「啓かれる人」のポジション/ロールにある事に自足する。

(注6)それは落語に於ける「賢者」(「横丁のご隠居」)の笑うべき生態でもある。チャーリー・チャップリンに倣って言えば、それは “Life is a serious drama when seen in close-up, but a comedy in long-shot."(「人生はクローズ・アップで見ればシリアス・ドラマ(「賢者」のドラマ)だが、ロング・ショットで見れば喜劇(「アホ」のドラマ)である」)となるだろうか。しかしまた「ロング・ショット」的な観点に立って物事を見る事自体を「許さない」社会=「クローズ・アップ」ばかりを強要される社会というものも存在する。

カントがこの書で言うところの「啓蒙」(「アホ」を「啓く」)は、一般に「啓蒙」と理解されているものとは根本的に異なるものだ。カントが言うところの “Aufklärung”(「啓蒙」)とは、自分自身が「アホ」である事を自覚し──事実として「アホ」の状態に陥っているにも拘らず、それを自覚すら出来ない「アホ」にも至らない「『アホ』未満」は、そもそも「アホ」の「資格」を有する事が出来ない、時に「末人」(“Letzter Mensch":フリードリッヒ・ニーチェ(注7)とも呼ばれる存在である──、自らが持てる「光(“Enlightenment")」(「思考」)の力によって、「アホ」(“Unmündigkeit")の状態から離脱しようとする終わりなき「実践」と、それを可能にする「意志」の「形式」なのである。「啓蒙」の主体となるのは、別人格として何処かにいる「賢者」ではなく「アホ」自身であり、且つ他者との関係で明らかになる自らの「アホ」を自覚している「アホ」に限られる。

(注7)「末人」の対極にあるとされる「超人」(“Übermensch")は、「アホ」を自覚する「アホ」──何故に自分が「アホ」であるかの「省察」が常に欠かせない──それぞれの「態度」をこそ表すものであり、特定の場所に現れる──空間的位置を占める──様な「スーパー・ヒーロー」的「存在」を意味するものではない。

従って、「アホでなにが悪いんや」英訳の後半部、“So What?"(「だから何だと言うのだ」) をどう捉えるかは、その意味で非常に重要である。それは「全ての人間は『アホ』である」という「宿命」自体に疑いの余地は無いという事を意味する場合もあるだろうし、その一方で「アホ」の状態にある事に満足し、敢えて「アホ」に安住し留まろうとする事を最大限に自己肯定する態度を意味する場合もあるだろう。そして──まさしく──「啓蒙」的「精神」の存在こそを、その成立の条件とする「近代」の「美術」は、前者にのみ開かれる「扉」であり、後者──況してや「『アホ』未満」である者──の前には永遠にその「扉」が「扉」として現れる事は無い(注8)。であればこそ、「美術」が自らの「意志」によって開けるしかない「扉」である事が見えない「『アホ』に留まろうとする者」や「『アホ』未満」には、〈美術〉(∋「美術」)が──「世界市民」的な意味に於ける──「公」的な「価値」を有している事──或いはそもそもの「公」の意味──そのものが「理解」出来ないのである。

(注7)「『アホ』に留まろうとする者」や「『アホ』未満」には、「展覧会」は「扉」ではなく、単なる「陳列」として見えてしまう。

〈美術〉(∋「美術」)にとって「展覧会」は必ずしも必須のものではないが、それでも「美術」に於けるそれが一定の意味を持つのは、それに接した者に、自身が「アホ」(常に何事かを知らない者(注9))である事を思い起こさせ、「アホ」の状態から自ら抜け出す「機会」となる「共有」の場だからだ。「美術コミュニティ」の中には「後見人」或いは「賢者」的に振る舞いたい欲望を持つ者も数多く存在し、彼等は彼等で「饒舌」の限りを尽くして、「観客」に対して「啓蒙」を「行って」いると思い込む可憐に陥ったりするのだが、しかし「美術」に於いて(も)最も重要なのは、「自分の精神をみずから鍛えて、『アホ』状態から抜けだすこと(“durch eigene Bearbeitung ihres Geistes sich aus der Unmündigkeit heraus zu wikkeln")」という、他でもない「展覧会」に接した者が、「展覧会」そのものによって自分が「アホ」である事を(再)認識し、「みずから(“eigene")」発動させる、「この『アホ』状態から抜けだしたい!」という「意志」の存在なのである。そして、そうした「意志」が存在しないところでは、「美術」は全くの「無意味」且つ「無価値」なものになるしかない。「展覧会」は「先を走る」とされている者の営為を「拝見」する場ではないのだ。

(注8)「自分が知っている」と思うものでも、「展覧会」では「自分が知らない」ものとして現れる。しかしそれでも尚、それを「自分が知っている」ものとしてしか見えない者は多く存在する。

所謂「アーティスト」が、単に「一般人」の「先を走る」存在であるとするのは、単純に「誤」である。寧ろ「アーティスト」(∈〈アーティスト〉」とは、「この『アホ』状態から抜けだしたい!」という「意志」を包み隠さない「アホ」なのである。「アーティスト」と呼ばれる「アホ」が「作品」を「作る」のは、それを「作る」事で、目の前にある事物を「自分が知らない」状態に敢えて変換し、それによって常に自分が「何事かを知らない者」である事を再確認し、それに「陥る」事に「快感」を持つからだ。

〈アーティスト〉が〈アーティスト〉である為の共通の「原則」はただ一つしか無い。それは他でも無く「自らが『アホ』である事を『自覚』し、常にそこから抜け出そうとする『意志』を持つ『アホ』」というものだ。それはその様な者全て──所謂「アーティスト」であろうがあるまいが──に開かれているものであると同時に、「『アホ』に留まろうとする者」や「『アホ』未満」には──仮にそれが「アーティスト」を僭称する者であったとしても──〈アーティスト〉たる「資格」は無いのである。

【続く】