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洗脳

【承


恐ろしく八面六臂な肩書きを持つ "Alan Bamberger" 氏の "ArtBusiness.com" は「勉強」になるサイトであると言えよう。例えばこの "Articles for Artists" にリストアップされた項目をざっと見ただけでも、嫌になってしまう程に、アーティストはアートスクールでは絶対に教えてくれない数々の「勉強」をしなくてはならない気にさせられる。細部に於いて、各国ごとの事情は異なるという事を別にして、芸術(のみ)で生計を立てる「事業者」であろうとするならば、傾聴に値する「金言」の数々である。例えば、そろそろ「次のステージ」を考えている「ストリートアーティスト」にも、これは参考になるであろう。


http://www.artbusiness.com/artists.html


「一般的なアーティストの誤解と現実」「オンライン目的​​のために作品を撮影する方法」「あなた自身が自作品に損傷を与えたときにどうするか」「アーティストのためのFacebookソーシャルネットワーキング」「あなたの作品を書籍やカタログとして自費出版する方法」「何が良いアートか?プロからの回答」「コレクターに作品を直接販売する方法」「コレクターがアーティストから直接購入する方法を学ぶ」「あなたのスタジオでの時間を整理し、計画する方法」……。「勉強」しようと思う者にとって、これは極めて「勉強」になるだろう。人生はステップ・バイ・ステップ。一歩ずつ、着実に事を運べ。成功には、明確なプランと、確実なオーガニゼーションだ。インテグレートな形で築き上げるものとしての成功の方法論として、これは一つの「正しい」見識である。こうした「真面目」な方法論に、その仕事内容とは別に、多くの者は「好感」を持つ。


但しそれらの条件が全て備えられたとして、しかし最後の最後には、アーティストは一種の「賭け」に出なければならない。即ち「運命の女神」に微笑まれるか否かという「賭け」である。当然そこには、こうした数々の方法論を「合理」とするならば、しかしその様な「合理」の及ばない極めて「非合理」な現実が待っている。「『成功』の勝者」と「『成功』の敗者」の篩分けである。数々の準備や努力(「合理」)がそこで水泡に帰す(「非合理」)場合も当然ある。と言うか、そちらの方が圧倒的に多いだろう。或る意味で「『成功』の勝者(成功者)」とは、最終的に「非合理」に対して勝利した者の事を言うのだろう。だからこそ「グッド・ラック」なのだ。


であるならば、準備や努力など殆どせずに、端から「運命の女神」の「微笑」のフィールドに自らの身を差し出して、そこで「『成功』の勝者」と「『成功』の敗者」の審判の前に立ち、「グッド・ラック」にも「『成功』の勝者(成功者)」になってしまうというケースもあり得る話であるし、あり得た訳である。準備や努力は「成功」の後から付いて来る。準備や努力は雇った他人がすれば良い。他人が自分の為にした準備や努力は自分のものである。それもまあ、一つの見識たり得る話であるし、実際にたり得た訳だ。「合理」自体に「成功」との兌換性は無い。「成功」に準備や努力は必ずしも必要条件ではない。「目利き」なアラン・バンバーガー氏も形無しである。


「ドキュメンタリー」映画である。



そのストーリーをここに書かないのは不親切ではあるだろうから、簡単に書いておく事にする。詳細を知りたければ、世界中にはもっと親切な人が数多く存在し、それについては各国語で散々書かれているので、そちらを参照願いたい。

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ロサンゼルスに住むフランス人移民で妻子持ちの古着屋ティエリー・グエッタは、人生のあらゆる時間にレンズを向け、人生をビデオテープという名のトラッシュで埋めずにはいられないビデオ撮影依存症の男である。或る日、フランスに帰郷した際に出会った、従兄弟のフランス人ストリートアーティスト「スペースインベーダー」の活動に魅せられたティエリーは、そのままストリートアートの世界にのめり込む。彼等の非合法活動と行動を共にし、その彼等/自分の時間をビデオテープに収め、時には彼等の活動のサポートもしていたものの、彼のジグソーパズルの最後のピースが埋まらない。その最後のピースは、あのスーパースター「バンクシー」。しかしその最後のピースも、或るアクシデントを切っ掛けにして、難無く埋まる事になる。


知り合った「バンクシー」と行動を共にする内に、ティエリーは「バンクシー」を始めとするストリートアーティスト達との信頼関係を築く。或る日、自らの活動の「記録映像」を欲していた「バンクシー」に、「ストリートアートを撮影したものを、映画にしたらどうだ」とサジェストされたティエリーは、それから数ヶ月で、撮ったまま二度と再生される事の無かった膨大な未編集テープから、一本の「映画」を制作して「バンクシー」に見せる。しかしその「映画」"Life Remort Control" は、素材を細かく切り刻んでイフェクトを掛けただけの長大過ぎる「代物」だった。


互いの将来の為にも、この「映画監督(未遂)」をこのままにしておいてはならないと思った「バンクシー」は、次に「君もアート作品を作って、小さなショーで発表してみればどうだろう」とサジェストする。キアヌ・リーブスや、ブラッド・ピットアンジェリーナ・ジョリーも連れ立って訪れたロスでの「バンクシー」のショー "Barely Legal" の作り方を逐一見ていたティエリーは、それをスーパースターからの新たなミッションと受け止め、「洗脳」が自らの「コンセプト」である事から、自らを「Mr.Brainwash(MBW)」と名乗り、事業を整理して大きなスタジオを借り、何人ものスタッフを雇い、その初個展を「バンクシー」のショー並の規模で行った。


果たしてシェパード・フェアリー(OBEY)のサイトを通じて得た「バンクシー」の「 MBW 評」、 “Mr. Brainwash is a force of nature, he’s a phenomenon. And I don't mean that in a good way.” をそのままビルボードにするといった宣伝活動も怠りなく、また一貫性の無い思い付きを形にする優秀なスタッフにも恵まれ、この「素人」の人生で最初のショーは大成功してしまい、押しも押されもしない人気アーティストの仲間入りをしてしまう。

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「ティエリー・グエッタ」その人は実在する。そして "MBW" もまた実在する。であるからこそ、実在のショーも(スタッフの手によって)開けるし、実在の作品もまた(スタッフの手によって)作り続けられている。


この「ドキュメンタリー」は、実に良く出来ている。良く出来過ぎている感もある。「偽物アーティスト」であるティエリーは、完璧なまでに才能の無い人であり、完璧なまでに異常者であり、他方「偽物アーティスト」の存在に心痛める「バンクシー」を含む「本物アーティスト」は、思慮深く才能に溢れている。そうした極めて判り易い信憑を、この映画は結果的に補完してしまう事は確かであり、多くのレビューもそうした信憑に基づくものであったりする。


この余りの出来の良さに、公開時からこの映画には疑惑が持たれたという事実もある。その幾つかは、英語版 Wikipedia の "Exit Through the Gift Shop" 中 "Reception and hoax speculation" の項にある。


http://en.wikipedia.org/wiki/Exit_Through_the_Gift_Shop


確かにこの「ドキュメンタリー」は「不思議」な部分が無いではない。例えば、果たして「バンクシー」は、どの様にして「ティエリー」の幼少時の写真やプライベート映像を手に入れたのだろうか。「君のドキュメンタリーを撮る」などと持ち掛けたのでなければ、或いは持ち掛けたとしても、"Mr.Brainwash” という存在自体が、何かのプロジェクトの一部である可能性もある。そしてそのプロジェクトの為には、 "Life Is Beautiful" を「まんま」と成功させねばならなかった。そこに "Mr.Brainwash" = "Banksy" という等式が成り立つとする見方もまた存在する。さすれば「ティエリー」の「過去」は、「ブレードランナー」のレプリカントのそれに似たものになる。そしてその場合、この「ドキュメンタリー」は、実在のミック・ジャガーがインタビューに答えて、"Rutles"の想い出を語っているこちらの「ドキュメンタリー」にも似たものになるだろう。



いずれにしても、「あの作品」「あのショー」で、初日の売上が400,000ドル(2008年当時のレートで4億円強)以上と言われ、オークション(Phillips de Pury & Company)では、2点のキャンバス絵画が、それぞれ67,000ドル、120,000ドル(2010年当時のレートで、約4200万円、約1億円)で落札される様な、「世界の頂点」の作家に、「素人」がいきなり駆け上れるという「現象」は起きてしまった。そこには「コンテクスト」の「コ」の字も有りはしない。企画当初、この映画は「クソのような作品をバカに売りつける方法」というタイトルも考えられていたという。


美術館や博物館に自作を置いて、その節穴振りを晒した「バンクシー」。ならば次は、市場とメディアと観客の節穴振りを晒す為に、世界は節穴で出来ているという事を晒す為に、そしてまた自分もまたその節穴の世界にいるという事を晒す「バンクシー」が、これらを全て仕掛けたという可能的な話は「興味深い」と言えるだろう。その時、「バンクシー」の “Mr. Brainwash is a force of nature, he’s a phenomenon. And I don't mean that in a good way.” は、余計に痛みを増す。そして "Mr.Brainwash" のイタい名前が、本当に痛みを持って、まるでプロジェクト名の様に立ち現れる。


"It's because everything that I do... somewhere... it brainwash your face!" Mr.Brainwash


さて、どこからどこまでが「洗脳」であり、どこからどこまでが「洗脳」でないのだろうか。


“I always used to encourage everyone I met to make art. I used to think everyone should do it. . . . I don’t really do that so much anymore.”Banksy


この "do" には、"appreciate" や "buy" も含まれているだろうか。


“Maybe it means art is a bit of a joke,”Banksy


【了】