流星

【序】


「良い人」なのである。


例えば「この人」の公式サイトを見れば、その人物が「良い人」である事が判ろうというものだ。そこにはあの「東日本大震災」に対して、「この(作品の)売上の全額が、日本赤十字社を通じて、日本の(復興)努力に対する義援金として使用される」旨が書かれている。


http://www.mrbrainwash.com/storepieces/onelove.html


「グラフィティ・アーティスト」らしく、スプラッシュ感たっぷりのハートマークの日の丸。エディション100。プリントサイズが、22インチ × 30インチの6色刷りシルクスクリーン "One Love" 。当然「アーティスト」本人によるサイン入り。一部250ドルで即完売。即ち25,000ドル(現在のレートで約200万円)が、日本赤十字に渡った計算になる。その絵の内容についてはどうでも良い。そのスタイルも、コンセプトも、オリジナリティもどうでも良い。「作者」は兎に角「東日本大震災」に心痛める「良い人」なのだ。それが「人」であるならば。


日本の所謂「美術界」では、今一つ知名度が低いものの、" Mr.Brainwash " 、日本語に訳せば「ミスター洗脳」は、少なくとも2008年から2010年辺りまでは、「ストリート・アート」の世界では「成功者」と見做され、またオークションに代表される「アート」の市場的価値としても、この「アーティスト」は「買い」の「銘柄」であった様だ。バンクシーの例の映画が公開されるまでは。


バンクシーの映画以前の、このアーティスト、"MBW" こと" Mr.Brainwash" 氏が如何に評価されていたかの事例を、幾つかピックアップしてみる。まずは、彼のアーティスト人生最初のショー、"Life Is Beautiful" に際して撮られた「プロモ」動画。



ショーに対する観客の、"incredible" や "amazing" や "unique" などの感嘆が多く聞こえる。そしてそれはまた、それを発している者のどこかのスイッチを押せば、それらの感嘆が「鳴る」様に出来ている、そんな電気仕掛の玩具の様な印象もあったりする。


「2日半の不眠と、6時間の版画作品へのサイン入れの後、Mr.Brainwash は私の前に座り、そしてその人生のヴィジョンを語ってくれた」という、2回目のショー「ICONS」に際して撮られた動画。



全米(という事は、アメリカの善男善女にとって、「全世界」である事と同義)で話題の「アーティスト」のショーのオープンを待つ長蛇の列。そしてアメリカらしく、アメリカの産業構造を取り入れた「コンテンポラリーアート」の人らしく、「フォーディズム」の伝統に則って、マルチプルに手を加えていく「アート労働者」 "MBW"。その全てが、壮大且つ卑小な何らかのプログラムで動いているかの様に思えたりもする。そしてここでもまた感嘆に次ぐ感嘆の嵐。観客の大脳の言語野に直結するスイッチは押されっ放しだ。。


そしてマドンナの「セレブレーション」のジャケットカバーが、 "MBW" の神話の「ダメ押し」をする。



日本のアート・ウェブ・ギャラリー「NOISE KING」では、 "MBW" はこう紹介されている。


映画監督から転身した異色のフランス人アーティストで現在はLAを拠点に活動中。
アンディ・ウォーホルを筆頭に、マルセル・デュシャンジャクソン・ポロック、ロバート・インディアナの巨匠から、バンクシーダミアン・ハースト、シェパード・フェアリー、レニー・ギャグノンら現在活躍中のアーティストまで、彼らの作品の良いところを上手く取り込んだポップな作風にファンが急増。2008年秋頃から落ち着きを見せ始めたグラフィティアート・シーンの中でも出す作品すべてが即 “SOLD OUT” になる数少ないアーティストです。
(略)
BANKSY登場時以来、久しぶりの凄いことになっています。
BANKSY、Shepard Fairey本人からもリスペクトされているアーティストです。


http://www.noiseking.com/MrBrainwash/


また日本の「洗練された女性のためのファッションウェブマガジン」と称する「FRONTSTYLE」には、「東京生まれ。アメリカの大学を卒業後、広告代理店、編集プロダクションを経て、2007年よりニューヨーク在住。カルチャー、ファッション、ライフスタイルを中心にライターとして活動中。好きなことは、旅、ヨガ、週末ブランチ」という「ニューヨーク在住ライター」嬢が、この "MBW" 2回目のショーに合わせた形で「Mr.Brainwashのアートショー『ICON』」と題した詳細なレポートを、2010年3月24日付で、日本の「洗練された女性」に向けて送っている。


(略)


アーティスト名Mr.BrainwashことThierry Guetta は、現在LAを拠点として活動するフランス人アーティスト。幼い頃からガラクタを集めては次々とアートピースをつくり、常にアートとしての“何か”をクリエイトしてきた彼は世の中にはLOVEとアートに溢れていると言います。フランスからLAに渡ったのが今から約20年前。その間アートワークは続けていたものの本格的なキャリアは映画監督として作品づくりに取り組んでいました。カメラを構え、レンズを通じてこそ見える様々な世界が、彼のアートづくりにも良いインスピレーションを与えていたのです。そして、映画作品のために撮影をしていたストリートアーティストたちとの出会いが大きなきっかけとなり、そこで映画製作を止めて本格的にアーティストとして活動をスタート。世界的に有名で正体不明とされる謎のイギリス人グラフィティアーティスト、バンクシーから「おまえはアーティストになるべきだ」と言われ、それが大きな後押しになったそうです。彼らは、主にステンシルを使ってストリートの壁に政治的、反体制的なアートを描くアーバン・アートのアーティストたち。時代の流れや社会的メッセージをアートに反映させる意味でもMr.Brainwashは影響を受けたのです。


今回で2回目となるMr.Brainwashの展示会のテーマは「ICON」。ミュージシャン、俳優、スーパーモデルからアーティスト、映画監督、政治家、IT系の人たちなど、様々なフィールドで活躍する著名人たち、つまり時代を象徴する人物をシンボルとして表現した作品展。なぜアイコン?の問いには、「人は誰でも“何か”を持って生まれてきて、ここにいる著名人たちはその何かに気づいてパッションを貫いてきた人たち。でも本当は彼らもみんなと同じ人間なんだ。パッションと才能の差で彼らは優れているけれど、僕はみんなにもそういうものはあると信じている。そんなポジティブな部分を表現したかった。LOVEを与えたかったんだ!」と思いを伝えてくれました。彼のポップな画風はアンディ・ウォーホールジャクソン・ポロックを彷彿させ、アーバン・アートの先駆者的存在だったジェレミー・リードやバンクシーまでもMr.Brainwashを絶賛するほど。そしてギャラリーには、去年の夏にリリースしたマドンナのグレイテストヒットアルバム「CELEBRATION」のカバーに使われた作品を大きく展示。不景気にも関わらず彼の作品は即SOLD OUTになるほど、彼はバンクシー以来の大物として今最も注目されているアーティストです。


(略)


Mr.Brainwashも出演しているバンクシー初監督作品のドキュメンタリー映画「Exit Through the Gift Shop」が、2010年3月5日よりロンドンで公開決定。日本で公開される際にはぜひチェックしてみてください。


http://www.frontstyle.com/column/newyork_009.html


"Mr.Brainwash" 、「ミスター洗脳」というダサい「雅号」と、その「雅号」のダサい由来も含め、"Life Is Beautiful" にしても、"ICON" にしても、 日本人の所謂「美術」関係者には、この "MBW" の「新しさ」が全く見えてこないだろう。寧ろ既視感ばかりが目立って見えてくると思われる。しかしこれが、日本で言うところの「世界基準」の「新しさ」ではあるのだ。これを「新しい」とする説話空間内に於いては、これは全く以て「新しい」のである。即ちこの "MBW" の二つの展覧会場の前に、感嘆の電気スイッチを喜んで備えつつ長蛇の列を成したLAとNYの善男善女こそが、その「世界基準」の「新しさ」と「価値」を、唯一保証する者なのだ。その「新しさ」は、そうした「新しさ」の「夢」が続く限り、疑い無きものである。そして仮にそれを疑ったが最後、その「新しさ」の「夢」は儚く覚めてしまうのである。


「ニューヨーク在住ライター」のレポートのラストには「Mr.Brainwashも出演しているバンクシー初監督作品のドキュメンタリー映画『Exit Through the Gift Shop』」とあるが、この言い方は恐らく正確ではない。これは "Mr.Brainwash" という「現象」をこそ、主題的に扱った映画なのだ。当然その「現象」は、「現象」自体に留まらず、「現象」を取り巻く環境としての「アート」の世界、或いはバンクシー自身に対しても、鈍痛的痛撃を与える。


その映画を、東京での公開から遅れる事1ヶ月超、ロンドンの公開から遅れる事1年半の昨日、日本の某地方都市の国道沿いにある「やるせない」映画館で見てきたのだった。


【続く】