風が吹き、桶屋はともあれ、そのあとになにが起きているのか

「営業」終了になった展覧会について書く。


2月3日に終了した「MOTアニュアル2012 Making Situations, Editing Landscapes 風が吹けば桶屋が儲かる」展(以下「風」展)は、「MOTアニュアル史上」最高レベルの入場者数になるらしい。会期終了直前に、入場者数が歴代1位(22,636人)の「MOTアニュアル2010 装飾」展(56日)を抜いたとのフライング情報が流れたものの、結局のところ現段階での、「風」展(80日)の「首位」獲得は、「公式」的には「見込み」の段階である(多分)。


「風」展が、「営業成績」の「首位」に「輝く」にしても、「2位」に「甘んじる」にしても、歴代「MOTアニュアル」の入場者数20,000人前後というのは、恐らくは「同期出来る他者+α」の上限的な数字であり、「MOTアニュアル」という展覧会に於いては、それ以上を望むのは困難であるというのが現実なのだろう。確かに「MOTアニュアル」の会場では、「自分に良く似た」観客にしか出会えないという印象があった。「文脈」を「読解」し、「読解」を「文脈」化する訓練が、多少なりともされている観客が多いというのは、この展覧会にも妥当した。


しかし例えば、森美術館の「天才でごめんなさい」に「入場」している数十万人の観客の何%が「同期出来る他者」であったかと言えば、その「同期」率は「風」展よりもかなり低いという印象は拭えない。またそうした「同期」そのものにも、例えば「HSB色空間」に於ける多チャンネル的で輻輳的なグラデーションの如きものが存在するのだろうし、「議論を交わす」以前の「同期出来ない」事自体は何ら「悪い」事では無い。仮に「議論を交わす」事で、その「色数」や「色域」を縮小しようという思惑があるのであれば、それは尚更だろう。


いずれにせよ、「同期」率が高い展覧会は、それに反比例して「クレーム」の発生率が低いと言えるだろう。「風」展に対しては「クレーム」の要素を見出す事が難しいが、仮にあるとすれば柳幸典氏の「アント・ファーム・プロジェクト」の如く、「松を開放せよ」という「植物愛護団体」のものが考えられるというのは冗談にしても、動植物相手ではなく、人間相手に「搾取を感じる」とされる事はあり得たりしたのかもしれない。

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これは限り無く私見であるが故に、それを一般化する必要性もまた感じないのであるが、凡そ「現代美術」とカテゴライズされている展覧会を見終わって、それが思い出深い(≧良い)展覧会であったか否かを判断する個人的な材料の一つに、「ようやくこれで(「特別」なものとしての)現代美術が終わる」と、一瞬でも思わせてくれるかどうかというのがある。そしてこれも私見だが、デュシャンの「泉」の系統上にある様な現代美術の作品には、何処かで「この作品で現代美術を終わらせませんか?」というプロポーザルが含まれている様に思う。その系統の現代美術家の多くは、「新しい現代美術を作ったアーティスト」列伝ではなく、「現代美術を終わらせたアーティスト」列伝に名を残したいと思っているのではないだろうか。


しかしそうした「現代美術を終わらせた」は、現実的には即座に「To Be Continued」になって、半ば「現代美術」をドライブするエネルギーの備給源となる事で永遠に反復し続ける。「現代美術」の方法論としての「自己言及」(「文脈」の母)とは、即ち「自己」と「言及」の間にナカグロが入った「自己・言及」なのであり、であるならば「自己言及」の方法論は、「自己」の更新的存続こそが最優先的な前提になる。「文脈」は、常に直前の「文脈」から外れ続けるものとして存在する。「美術」の「サーバ」に「常時接続」し、「文脈 Update 」や「文脈 Upgrade 」を常に心掛けている者にのみ、そうした「文脈」は見える。しばらく接続していないと、システムから「あなたの文脈は古いですよ」と叱られてすらしまう。


個人的な「感想」を言えば、「風」展もまた「現代美術が終わる」方向を指し示してくれた(勝手にそう見ている)ものの一つであった。勿論それは「作家」単位で一様ではないが、いずれにしても展覧会全体としてそれは、確かに個人的に思い出深い展覧会だった。一般的に「現代美術」に於いては、「現代美術が終わる」為の、半ば伝統化・定形化した方法論(テクネー)が幾つか存在する。幾つかの例としては、「主体(作者)への疑義」然り、「日常の導入」然り、「環境としての生成」然り(以下同文)であったりする。仮に「風」展をその様なものとして見るならば、その様なものなのかもしれないとも思えたりはする。


しかし、これらの伝統・定形が目指すところが、「特別(アウトサイド)→日常(インサイド)」というベクトルではなく、その逆の「日常(インサイド)→特別(アウトサイド)」というベクトルも存在し得る。それは「我々の世界(インサイド)が芸術(アウトサイド)にもなり得る」とも「芸術(アウトサイド)が我々の世界(インサイド)にもなり得る」とも異なる。そうしたインサイド(日常性)とアウトサイド(非・日常性)の対立それ自体が、疎外表象的な虚構に過ぎない。リレーショナル・アートの多くは、この虚構こそを前提にする。博物館法的に美術館と同じ動物園に於いては、檻の「外」がインサイド(日常性)であり、檻の「中」がアウトサイド(非・日常性)という捩れた関係にある。しかし檻の中の飼育員から見れば、檻の外にいる「見物」の行動こそが、極めて珍しい「行動展示」に見える。美術館という檻の中から見た檻の外の世界は、「行動展示」的にそのまま珍しいものである。インサイド(日常性)はそれだけで既に十分にアウトサイド(非・日常性)なのである。

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「風」展参加作家の一人が、展覧会の「会期」を問題にしていたが、正に「レビュー」というのは「会期」の固定化を後押しする装置として働く事もある。「良い展覧会でした」にしても「悪い展覧会でした」にしても、その「終了」を見届ける(乃至は「終了」を見込む)事で、それを「でした」としてしまった時、展覧会はパッケージ的な輪郭を持ったものとして認識される。しかし仮に、「風」展が2012年10月27日よりも遥か以前からダラダラと始まっていて、2013年2月3日以降もダラダラと続いて現在に至っているとしたらどうだろうか。いや、それは実際「そう」なのである。「田中功起」氏の「質問する」が「ダラダラ」の最も判り易い形のものだろう。 果たして輪郭を持たず、対象としての外部化が困難なものに対しての「レビュー」は可能だろうか。


「作品が美術館に無く、美術館の外で活動している」作家と「作品が美術館にあり、美術館の外でも活動している」作家の「スケジュール」を同じ様に調べ、幾つかの場所を回ってみた。その内の幾つかは「会期」内に収まり、また別のものは「会期」をはみ出していた。


それらの内の一つの会場は、訪れたその時には「わざわざ」散らかっていた状態になっていた。こうした「わざわざ」は多分にテクネーの問題なので、「わざわざ」の「わざとらしさ」具合が気になったりもする。しかしそれでも「わざわざ」の部分を、「わざわざ」残してこそ初めて見えてくるものもあるという「事情」もまた判る。疎外表象的な虚構は、その時「方便」的な装置として働く。言語のその先を言語で語る様に。「何で『言語の先』を、言語で語っているんだ。それこそが自己矛盾ではないのか」と突っ込むのは、「方便」という粋(いき)を解しない、野暮で無粋というものであろう。「そんなの判った上で馬鹿やってんだ」という、そうした粋(いき)なのである。しかし真面目な人は、「馬鹿やってんだ」という詩的方法論そのものを許してはくれないだろう。


地下階のその展覧会場を出て階上に出ると、そこには発行されたばかりの「ビニ本」があった。都立現代美術館を訪れた際には、まだ発行されていなかった「風」展のカタログだ。それがようやく、MOTの売店の「本店」に平積みされていたので購入した。


頭が下がる仕事だ。何よりもそれは「印刷と製本」の「シナノ書籍印刷株式会社」の方々に対してである。身も蓋も無く言えば、このカタログは印刷や製本の現場的には、単純に「面倒臭い」仕事に思える。ここを「わざわざ」残してくださいと「クライアント」に言われれば、そこを「わざわざ」残し、ここの写真のスクリーン線数を「わざわざ」この数字にして下さいと「クライアント」に言われれば、そこを「わざわざ」変えて版を起こし、その為の「綿密」な打ち合わせもまた、通常の仕事以上に結構な数になったと想像され、従ってこのカタログは「わざわざ」の一大集約本である。「わざわざ」は、結構高コストである。「落丁」や「乱丁」というテクネーは、流石に採用されてはいないものの、奥付に「落丁本・乱丁本はおとりかえいたします」とは書かれていない。


これをブックオフに売ったならば、果たして下部の「不揃い」にベルトサンダーを掛けて、「均一」で「白い」面を出してくれるだろうか。この「不揃い」部分がヨレヨレになったら、リセール価格はやはり落ちるのだろうか。食べこぼしや飲みこぼしは難点になるのだろうか。雨に当たって紙がヘロヘロになったらどうだろうか。このカタログの仕事は、ラインオフしたばかりの段階で、既に傷だらけ、凹みだらけ、タッチパネルにヒビ入りデザイン(それらの「傷」や「凹み」や「ヒビ」が「美的」にデザインされている)の iPhone の様なものだろうか。何だかそれも「してやられた」感はあるが、しかし自らの「品質潔癖症」を相対化する事は出来るだろう。

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別の作家の、渡されていない「スケジュール」を調べ、美術館の「コレクション展示室6」の中で落語の映像(英語字幕付き)を見た。そして落語を2回程聞いて(1回は字幕を読んでいた)、フライヤーに半ば「ネタバレ」の写真が掲載されている、展示室の外に設置された江戸時代の望遠鏡を覗いた。その接眼レンズの中には、確かに説明的なフライヤーの写真に写った片岡球子の四曲一隻屏風の一部分がある。屏風絵の中には、その部分を望遠鏡で覗く室町時代の御婦人が描かれている。そこで大体「お後がよろしいようで」とオチが付くのであろうが、しかしそれでも少々の落ち着かなさが残ったのである。


その落ち着かなさは、まずそのキャプション文にあった。まるでその望遠鏡を覗いた観客が「腑に落ちる」為にこそ書かれた様な内容だったからだ。そして落ち着かなさは、その屏風絵が展示されているコーナーのテーマ「古画の引用」にもあった。そこには同館の企画展である「クリムト展」に関連してのキャプション文が書かれているのだが、それにしては「クリムト展」の動線から最も遠い場所に「古画の引用」コーナーがあるのは不自然だ。そして「陰謀論」が頭を擡げる。「陰謀論」とは、この世界の事象の全てが、何者かの手によるものであると疑う事を意味する。


この「善兵衛の目玉」に関連付けて、この「古画の引用」コーナーが、「善兵衛の望遠鏡」から見える位置に設えられたのではないか。そして「古画の引用」というコーナーのコンセプト自体が、「片岡球子」を収蔵庫から引っ張りだす為の口実なのではないだろうか。そして尚も「陰謀論」は続く。そもそも「(クリムト作品「人生は戦いなり(黄金の騎士)」の)様々な側面を検証することで、この作品にまつわる物語をひもときます」としている「クリムト展」の開催すらが、「善兵衛の目玉」の作家の「陰謀」によるものではないだろうかとも。もうこうなると、立派な「陰謀論」居士である。しかしこれもまた、"Making Situations" の "Editing Landscapes" の「風が吹けば桶屋が儲かる」なのである。「風」展の作品「深い沼」は、「陰謀論」的に見る事で楽しいものになる。そして同様に、図らずもなのか図ったなのかはどうでも良い事としても、この連関性もまた一種の「陰謀論」として見ると実に楽しい。インサイド(日常性)はそれだけで既に十分にアウトサイド(非・日常性)なのである。


「風」が吹いて、ここまでやってきて、そして最後の最後で「熊谷守一」の魅力を再発見して、名古屋を後にした。恐らくまだまだ「ダラダラ」と「これ」は続くのだろう。