入試

自分の予備校の担当講師は、当時の東京芸大大学院生だった。自分の美大受験の合否に関して、彼は絶対の自信を持って「お墨付き」を与えていた。「こんな絵を描いていたら、お前は確実に落ちる」。それを言われても、特別「奮起」をするという事は無かった。絵を変える事も無かった。そして現役合格。合格発表のその日に電話が掛かって来た。「お前が受かるなんておかしい」と予備校講師。そして「予備校の合格者数にお前を入れて良いか」と問われた。「良いんじゃないですか。どうとでもして下さい」と答えた。「参考作品としては使えないけどな」。まあ確かにそれはそうだろうと、こちらも納得したところで電話は切れた。

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かなり前の事、某美術大学学部生の「デッサン」を見た時の事だった。


そこは石膏室だった。大きく立派な石膏像が置いてあり、中には東洋彫刻の石膏像などもあったりした。年季が入っている。その幾つかにはプレートが嵌っていて、他校の「お下がり」である事が判った。


そこで数々の「石膏デッサン」を見た。但しそれは「石膏像をモチーフとする『デッサン』と呼び得る絵」というのが正確なところだろう。通常「石膏デッサン」と言って想起されるそれとは、全く異なる絵がそこにはあった。


確かにその課題は「じゆうにかきなさい」的なものだったと言える。従って学生は「石膏像をモチーフとする『デッサン』と呼び得る絵」を描いていた。様々な画材や技法がそこでは試みられていた。解き墨使用率が高かった。ジェッソ(アクリル)が普通に使われていた。デッサン椅子の上には白と黒以外の色のアクリルガッシュが出ていた。マーカーやミリペンも出ていた。鉛筆は芯の柔らかいものから固いものまで、その太さにバリエーションを持たせて揃えられていた。「デッサン」一枚を描くのに、物凄い物量作戦であると思った。


何故に「石膏デッサン」が「じゆうにかきなさい」的課題になったのかという理由には色々とあるだろうが、兎に角これは「じゆうにかきなさい」課題としてシラバスに記載されているものだ。それを最大限踏まえた上で、尚不思議な事に気付いた。誰も或る特定の画材を使っていない。そこで一人の学生に質問してみた。「木炭では描かないの?」。すると眼から鱗の答えが帰ってきた。「予備校で使うなと言われました」。


即座に意味が掴めなかったので、掘り下げて聞いてみた。すると再び眼から鱗の答えが帰ってきた。「君が受ける大学の入試は鉛筆デッサンだ。だから以後木炭は使うな。無駄な事はするな。鉛筆だけを使って描けと言われました。だから木炭は使えません」。成程「傾向と対策」という訳か。


これもまた「傾向と対策」故なのかどうなのかは判らないが、こういう事もあった。それはどちらかと言えば、その場を和ませる為に、ネタ的に発してみた質問から始まった。「黄色と青色を混ぜると何色になる?」。その質問を油絵を描く若い人にしてみた。極めて阿呆な質問だ。すると眼から鱗の答えが帰ってきた。「紫」。ネタの質問にはネタの回答で返してきたのだとその瞬間には思った。しかしどうやらそうではなさそうな事が次の瞬間に明らかになった。答えた若い人は、隣の友人に「ねえ、紫だよね」と聞いたのだ。すると聞かれた友人も「紫…。え?あ、緑かな」とあやふやになる。「マジ判らない」のだ。


流石に鱗が落ち過ぎたので、今までそれを知らずに絵を描いてきたのかと聞いてみた。するとやはり眼から鱗の答えが帰ってきた。「予備校の先生に、紫や緑は絵具を混ぜて作るなと言われました」。もう落ちる鱗も残り少なくなってきたが、それでも質問を続けてみる。「それは発色の問題という事?」。答えは「判らない」。判らない、出た!(岡田圭右風)。


それにしても「素直」である。「素直」であり過ぎる。そして自らの「素直」を疑う能力も、どうやらこの人達には無さそうだ。「素直」が美大受験合格の近道であり、それが「促成栽培」的な意味で合理的であるとしても、しかしその「素直」は大学の四年間で「治る」ものだろうか。美大は「美大受験美術」の「治療機関」だろうか。だとしたら矛盾も甚だしいと言えるだろう。


果たして美大受験の「傾向と対策」は「効き目」があるのだろうか。あるのだろうから各予備校がそれを銘打って惹句とするのだろうが、しかしこればかりは「Yahoo!知恵袋」でも100%の正解を得られないだろう。仮に事前に試験に出題されるモチーフを知っていたとしても、そのモチーフを取り寄せて、それに対する対策を予備校講師が手取り足取り教えたとしても、それでも正解には辿り着かないどころか、増々遠くなる事も可能性としては無いではない。その採点者の「好み」を幾ら知っていたところで、その可能性は払拭出来ないだろう。ましてや、現実的にはこうした実技の採点には、様々に「ファジー」な要素が「複雑」に、そして至極「単純」に絡むのが現実なのだ。


それでも「傾向と対策」という題目は、今日もまた受験生を魅了し続ける。「傾向」への「対策」を十分に施した上で、それでも不合格であったなら、それを「やはり自分の実力不足」とするのだろうか。それとも「何かの間違い」とするのだろうか。予備校から示された「傾向」への「対策」が正しく、それを施した方が正解だったのか、それともその「傾向」への「対策」が必ずしも正解ではなく、それを施さない方が良かったのかは、これもまた闇の中だろう。何故ならば、その受験生が選ばれた理由は永遠に公開されないからだ。そして次年度もまた「選ばれる理由」を巡り、「傾向と対策」は様々に想像され、案出されるだろう。

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某美大の不合格者を集めて、展覧会がどうのこうのと盛り上がってからそろそろ1年になる。ついこの前、熱狂的に「盛り上がった理由」は一体何だったのだろうか。

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オックスフォード大学入試問題
「なるとすれば、小説と詩のどちらが良いか?」


ケンブリッジ大学入試問題
「あなたが仮にカササギ(magpie)なら何をするか」
「警察に見抜かれないよう他人に毒を盛るとすればどうするか」
「政治家に代わり、大手家具店イケアの店長に国家運営を任せないのはなぜか」
「ここに表面に氷が張られた湖がある。その上を水鳥が歩いている。しかし湖の氷はもともと溶けかけていて、水鳥が歩こうとした所が割れ、水鳥は落ちてしまった。そのあとの水鳥の行動を伸べなさい」


パリ大学大学院入試問題
「机の上に白い球が置いてある。この球が黒いことを証明しなさい」


Google入社問題
「スクールバスにゴルフボールは何個入るか?」
「シアトルのすべての窓ガラスを洗浄するとして、あなたはいくら請求しますか?」
「あなたの8歳の甥にデータベースについて3つの文で説明しなさい」
「あなたはA地点からB地点に行かなくてはならない。そこに到着できるかどうかは知りません。どうしますか?」
「シャツでいっぱいの戸棚があるとします。特定のシャツを見つけるのは非常に難しいです。簡単にシャツを見つけるためにどのように整理しますか?」
「あなたは友人たちなどとパーティをしており、全員であなたを含めて10人います。友人の一人が賭を提案してきました。あなたと同じ誕生日の人がこの中にいればあなたは1ドルもらえます。あなたと同じ誕生日の人がいない場合には友人が2ドルもらいます。あなたはこの賭を受け入れますか?」


マイクロソフト入社問題
「アメリカの50ある州のうち、1つだけ除いていいとしたら、どれにしますか?」
「世界中にピアノの調律師は何人いるでしょう?(インターネットで調べてもかまいません)」

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入試「問題」が「問題」になっている。前者の「問題」と後者の「問題」の、共通点と相違点について述べなさい。