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だれも知らない建築のはなし

「都市」の話。更に北半球の「都市文明」の産物である「建築」の話。従って以下の長過ぎる文章は――引用も含め――この惑星の極めて限定的な場所でのみ有効になる話だという事を断らなければならない。

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1. Beyond a certain critical mass, a building becomes a BIG Building. Such a mass can no longer be controlled by a singular architectural gesture, or even by any combination of architectural gestures. The impossibility triggers the autonomy of its parts, which is different from fragmentation: the parts remain committed to the whole.
 
1 ある臨界量を超えると、建物は「ビッグな建物」になる。そうした量塊(マッス)はもはやひとつの建築的身振りでコントロールできるものではない、いや、複数組み合わせても無理である。このお手上げ状態により各パーツは一斉に自立するが、断片化するわけではない。どのパーツも全体に属したままだからだ。


2. The elevator-with its potential to establish mechanical rather than architectural connections-and its family of related inventions render null and void the classical repertoire of architecture. Issues of composition, scale, proportion, detail are now moot. The ‘art’ of architecture is useless in BIGNESS.
 
2 空間どうしを建築的にではなく機械的に繋ぐエレベーターと、そこに関連する一連の発明により、建築の古典的レパートリーは無効となる。空間構成、スケール、プロポーション、ディテールといった問題はもはや重要ではない。ビッグネスにおいて、建築の「わざ(アート)」は用なしだ。


3. In BIGNESS, the distance between core and envelope increases to the point where the façade can no longer reveal what happens inside. The humanist expectation of ‘honesty’ is doomed; interior and exterior architectures become separate projects, one dealing with the instability of programmatic and iconographic needs, the other-agent of dis-information- offering the city the apparent stability of an object. Where architecture reveals, BIGNESS perplexes; BIGNESS transforms the city from a summation of certainties into an accumulation of mysteries. What you see is no longer what you get.
 
3 ビッグネスでは中心と外皮があまりにも離れ過ぎていて、ファサードは中で何が起こっているのかを伝えることができない。だからヒューマニスト的に「素直さ」を求めても無駄だ。建築の内部と外部は別々のプロジェクトとなる。一方はプログラムと形態の不確定なニーズを扱う。もう一方は情報を操作する。物体として安定していることを都市全体に伝えるのだ。建築が何かを見せて伝えるのに対し、ビッグネスは人を煙に巻く。ビッグネスにより、都市は確実性の総和ではなく、ミステリーの集積となる。もはや What you see is what you get にはならない。つまり、いま見えているものと実体は一致しないのだ。


4. Through size alone, such buildings enter an amoral domain, beyond good and bad. Their impact is independent of their quality.
 
4 単に大きいというだけで、建物は善悪を超えた、道徳とは無関係の領域に入る。建物のインパクトはもう質とは関係がない。


5. Together, all these breaks-with scale, with architectural composition, with tradition, with transparency, with ethics-imply the final, most radical break: BIGNESS is no longer part of any issue. It’s exists; at most, it coexists. Its subtext is fuck context.
 
5 こうしてスケール、建築構成、伝統、透明性、倫理性から一挙に離脱するということは、究極の、根本的な訣別を意味する。ビッグネスはもう都市を織り成す構成要素ではない、という訣別だ。そこに存在はする。せいぜいのところ、共存する。だが本当は、まわりの状況なんか糞食らえ、と言っている。


Bigness (or problem of the large): Rem Koolhaas(日本語訳は太田佳代子/渡辺佐智江

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清澄白河の丸八倉庫から追い出されたギャラリーの移転先となった東京渋谷区千駄ヶ谷3丁目界隈から、次の目的地である東京都渋谷区渋谷2丁目まで向かうのに、JR代々木駅を経由して行くという選択肢や、都営バス池86系統を使って行くという選択肢は、ギャラリーから出てすぐの明治通り沿いのサブウェイ北参道駅前店の向かいに、極めて魅力的に口を開けている東京メトロ副都心線北参道駅入口を目の前にして敢えなく潰えてしまった。


但し、北参道駅で乗車し渋谷駅で降車するという一見楽な選択をしてしまうと、それはそれで確実に大きな別の試練が待っている。渋谷の地上を歩くという極めてシンプルな目的を持って、副都心線が到着する東急東横線渋谷駅の最深層(B5F)から脱出する為には、方向感覚を混乱させるラビリンスに付き合わねばならない。



例えば渋谷駅で副都心線(B5F)から京王井の頭線(2F)に乗り換えるという選択は、人によってはそれだけで考えたくないものになる。それは概ねJR線をクロスして西の方向に行けば良いのだが、ここでは西瓜割りの初めに回転させられるが如く、上へ上がるのに北方向を向かされたり、南方向を向かされたり、東方向を向かされたりする。JR線が何処をどう走っているのかすら知覚出来ない新しい渋谷駅では、西瓜割りに於ける周囲の掛け声の如き、「もっと右」であるとか「もっと左」であるとか「もっと前」と、矢印と文字を盛りに盛って教えてくれる案内表示を頼りにしなければ、凡そ西の方向へと向かう事は叶わない。



東急電鉄作成のこの「東急線渋谷駅構内フロアマップ」のページにも、自らそれがラビリンスである事を隠さない隠しメッセージが存在する。そのページのソースを見れば、 「<head>」部に「<meta name="description" content="渋谷駅は国内でも有数の複雑なターミナル駅です。渋谷駅を、わかりにくさからキライにならないでほしい、そんな思いで渋谷駅フロアマップを作成しました。">」と書かれている。


このラビリンスには安藤忠雄氏も関係しているらしい。正直なところ東急東横線渋谷駅の何処が安藤忠雄氏の仕事なのかが良く判らないのだが、氏の事務所サイトの "Works" にはこの東急東横線渋谷駅(2008年)が掲載されているから、安藤忠雄氏の代表作の一つと見て良いのだろう/見て欲しいのだろう。



東急東横線渋谷駅に於ける安藤忠雄氏の目に見える、数少ない現実化した仕事(デザイン監修)の一つであるには違いない卵の殻の造作(特に目新しいものではない。参考)を、上りエスカレーターの終端付近で潜った後、渋谷ヒカリエ1改札を出た所に当駅の解説板が立っている。「地下深くに浮遊する都市文化の創造拠点=地宙船」とあり、模型の段階で人々を驚嘆させ、開業の段階で人々を落胆させた「地宙船」の在りし日の幻影を見る事が出来る。「紡錘形」が「埋め込まれて」いる事を、利用者やクライアントの途方も無い想像力で補わさせるものであっても設計料は発生する。これは全く新しい「建築」だ。通常の使用法とは全く別の意味で、これもまた「アンビルト」と言って良いものだろうか。


驚きを持って受け入れられた当初の計画とはかなり異なり、間隔がかなり開いた「点線」で表現されてしまった「地宙船」の設計を通した東京急行電鉄(株)としては、それが「実線」的なものとして存在しないとは認めたくないだろう。「東急線渋谷駅構内フロアマップ」ページにもこの解説板にも、「地宙船」が物理的に「埋め込まれて」いて、その「ビルト」された「紡錘形」こそが実際に物理的な対流効果を上げているという前提で臨んでいる。当然建築家氏の事務所も同じだ。



“Gud hvor kejserens nye klæder er mageløse!" (おお皇帝の新しい服は、何と比類なきものなのでしょう!)"。目には全く見えない服を褒め称える事で、社会の中の自らのポジションを維持しようと必死な大人達(「地宙船」でググれば、そうした大人達ばかりに会える)を尻目に、“Men han har jo ikke noget på(でもあの人は裸だよ)"と言ってしまえるハンス・クリスチャン・アンデルセンの "Keiserens nye Klæder(皇帝の新しい服)」の子供ならば、東急東横線渋谷駅の「地宙船」に対しても「でもここにはこんなもの無いよ」と事も無げに言えるだろう。


幻影の「地宙船」が「都市文化の創造拠点」であるとは御大層な上にも御大層な自己評価であり、その具体例が「心がワクワクするとか、電車に乗る以上のことを考えられる」でも「こういう考え方もあるのかという自分の生き方にヒントになる」でも「この駅、面白いな。俺も面白いこと考えよう」でも何でも良いのだが、人の心理を物理的手段によって操作/制御するゲーム制作が建築家の本懐の一つであるとすれば、或る意味でこの新しい渋谷駅の仕事は、建築家氏にとって極めて遣り甲斐のあるものだったのではないだろうか。但しそのゲームを面白がるプレイヤーがいるかどうかは判らない。

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東急東横線渋谷駅は、木の根の如くに掘り起こさない限り(そうする事で初めてあの建築模型の様にも見える)、そのスケール/プロポーション=シェイプを誰も知覚的に把握する事が出来ない。シェイプ=形態の収まりへの評価が不可能な新しい渋谷駅は、それでも部分の相互矛盾や相互対立の「統制」が可能になってしまうという点で、「建築」という「形式」をしか表さない。動物の巣穴に「『穴居』の『形式』」しか存在しないのと同様、この渋谷駅という名の「『建築』の『形式』」は、伝統的な「建築」概念に於ける「外皮」を纏わない/纏えない。従ってこうしたものでも「建築」の「形式」が可能になるという事は、「建築」という「形式」にとっては、知覚に働き掛ける「量塊(マッス)」的なものとして認識される「建物」というシェイプは必ずしも必要な条件では無い事を示している。


そもそも日本のターミナル駅はそれ自体がストラクチャーであり、他の国に殆ど類例を見ないメディアだ。米 Travel & Leisure の “World's Most Beutiful Train Stations(世界の極めて美しい鉄道駅) "では、そのファサード部分の建築的要素が「美」の評価基準になっている。しかし渋谷駅に限らず、多くの日本のターミナル駅は――東京駅の様な「導入期」のものを別にして――「ファサードは中で何が起こっているのかを伝えることができない(レム・コールハース)」どころかファサードは全く重要なものではなく、それはただ仕方無く付いていたり、ショッピングモールやホテルやオフィスビルのものを借用し、そこに鉄道会社と駅名の文字列だけが付いていたりするものでしかない。



従って日本に於けるターミナル駅は、寧ろ地下鉄駅入口の様なものだ。プラットフォームにアクセス可能な開口部さえあれば、「駅舎」は上掲画像の様なもので構わない(手前のゲームセンター建物の右端に、そこが「阿倍野駅」入口である事を示す表示がある)し、渋谷駅を含む現実の多くのターミナル駅は事実上こういうものである。そのプラットフォームに通じる開口部の前の歩道の上には「建築」の要素ともなる「屋根」が二百数十メートルに渡って施されていて、それによって複数の建物が「繋がる」事によって、見方によっては相当に巨大な「駅舎」に見える。この巨大な「駅舎」には、一体何人の「建築士(建築家含む)」が、それぞれの言語を使って関わっているのであろうか。


意志的に実行した事を問わず、その様にも見えるという一点突破のみで四の五の小煩い事を言わなければ、“BIGNESS" それ自体は極めてあっけなく実現してしまう。仮に一人の突出した才能が何かをするにしても、「その様にも見える」重視ならば多数の言語が存在する「お手上げ状態」の各要素をアーケード的に繋ぐ形で、共通言語(共通利害)である屋根を巡らす「程度」の事を実行すれば良い。ここにある歩道の屋根は調停による様々なテーゼの総合である。それが建築家という総合化の職能によるものであれば、調停のセンスは問われるものの。


Japanese Subway Stations Totally Look Like Role-Playing Game Dungeons(日本の地下鉄駅はとてつもない RPG のダンジョンに見える)」"。このリンク先のコメント(This is what happens when you let a half dozen different corporations dig different rail lines in different places over the course of several decades)にもある様に、「渋谷駅」として認識されているイデアは、複数の異なった年代の複数の異なった意志によって、日に日に「巨大」化して行く「建築」ならぬ「構造体」だ。


まだ日本に於ける駅という「構造体」の独自性に、日本人が目覚める前に建てられた東京駅丸の内駅舎(ヨーロッパ駅舎建築に対するコンプレックスの産物としてのデッドコピー)のホテルや美術ギャラリーは「建築」の内部にあるが、他の多くのターミナル駅に於けるそれらは、レゴ・ブロックの様に駅の基本構造に極めて機械的に接続する。20世紀的な「建築」的創意と無関係であったからこそ実現したメタボリズムの成功例という逆説。一体誰が渋谷駅という「構造体」の全体像をイメージとして固定化する事が出来るというのだろう。渋谷駅は、“BIGNESS" という「建築」に於ける弁証法のその遥か先を、「建築」とは全く異なる線(different rail line) を掘り(dig)つつ行ってしまうのである。

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東京メトロ副都心線のホーム階(B5F)から地上に出るには当然複数の方法が存在するが、その一つはホーム階から2階層上がった渋谷ヒカリエ1改札か渋谷ヒカリエ2改札(共にB3F)を出るというものだ。B3F の改札機に Suica を当てて有料ゾーンを出れば、そこにはサイディングを施された巨大なヴォイド管が設けられている。それは「地宙船」から続く地下空間の換気目的の為の縦坑であり、心理的に「深さ」を「高さ」に変換する装置だ。それは建築家が「建築」の大きさ(全体像)を知覚させたい欲望の現れである。


その縦坑の名称はアーバンコアという。「地方都市」のマンション等でしばしば使用される名称だ。都市の中心。こうした名称は、当事者の「こう言いたくなってしまう気持ち」を汲むべきものだ。「都市の中心」と自ら宣言しておかないと、渋谷が「都市」からも「中心」からも今すぐに外されてしまうのではないかという、当事者にとっては極めて深刻なものとして現れる不安に苛まれているという見立ては可能だ。渋谷はその不安から逃れようと、2027年までにかなりの本数の高層ビルを建てるという。最早「遅れて来た者」をしか表象しないそうした高層ビルを建てたところで、不安は一向に解消しないどころか益々膨れ上がるだろうが、いずれにしてもこうしたセキュリティ・ブランケットを必要とする現在の渋谷(ライナス)から、その名称を無理矢理取り上げてはならない。


東急東横線渋谷駅の改札を出ると、いつの間にか安藤忠雄氏の「建築」は終わっている。しかし「『建築』の『形式』」が終わる事は無い。いつの間にか安藤忠雄氏の「建築」は、株式会社日建設計・設計部門デザインパートナー・吉野繁氏の「建築」に移行している。地上に露出している「建物」のシェイプで、一人の建築家の「作品」とそれ以外を分別可能であるというのが「建築」の世界の掟だが、ここではその様にはここからここまでが安藤忠雄氏の「建築(「作品」)」であるとは誰にも認識出来ない。その株式会社日建設計・設計部門デザインパートナー・吉野繁氏の「建築」の2Fから空中回廊を行けば、それはまた別の者による「建築」にいつの間にか移る事になる。基準階平面(typical plan)という人工地盤の中にいる者にとっては、「建築」は常にワンフロア分のものとしてしか現れない。


各「建築」間を人工地盤で繋ぎまくる2027年の渋谷の――取り敢えずの――「完成」予定図を見れば、それは現在の大阪駅周辺(リンク先PDF)の様なものになりそうだ。即ち今から12年後の渋谷の様子を知りたければ、今すぐ大阪に行けば良い。そして2027年に渋谷整備計画が完成したその時、大阪はその成果(「成れの果て」とも読める)を見せてくれるだろう。



大阪ステーションシティで、JR大阪駅構内を覆う屋根/地表である「時空(とき)の広場」というストラクチャーの上には、一軒の小屋が「建って」いる。しかしこれを独立した「建築」として見る者は誰もいない。これはブースであり造作である。メタ・ストラクチャーとしての「フロア(基準階平面)」で、伝統的な地面と切り離された構築物は「建築」になる事が出来ない。地面に届かないものは「建築」にはなれない。「建築」は地面から「生えて」いるものを言う。従って、この「時空の広場」という「フロア」の上に、磯崎新が建とうが、安藤忠雄が建とうが、伊東豊雄が建とうが、ザハ・ハディドが建とうが、それらは全て人工地盤の上に「置かれたもの」でしかなく、従って「新横浜ラーメン博物館」内の「建物」の様なブースや造作でしか無くなる。



但しこの小さなブースが地表に「直接」接続し、「独自」の「基礎」を伴った構造を一つでも獲得すれば、自らの仕事を地上から浮かび上がらせている「柱」部分を自分のものの側にあると主張する、皿+棒=皿回しの様なヨナ・フリードマンの「建築」“Spatial City" 程度には「建築」になれる。「フロア」にちょこんと置かれた皿は皿でしか無いが、その皿から皿回しの棒を「フロア」を突き破って地面まで伸ばし、その棒も皿の一部であるとする事が出来れば、それが「建築」であるという「権利」を有せるかもしれない。


「真性」の「建築」である筈のサウスゲートビルディングノースゲートビルディングもまた、人工地盤である「時空(とき)の広場」という「フロア」から見ればブースや造作に見えてしまう。最早それらの「建築」全体のシェイプが退屈であろうが何であろうが、人工地盤の中にいる者にとっては大した問題ではない。やがてペデストリアンデッキという形で何層もの人工地盤=「廊下」が渋谷駅周辺の空中に張り巡らせられる時、それに接触してしまった「建築」は「廊下」から見る「部屋」の様なものになる。



「廊下」の歩行者が見るのは「部屋」の入口ばかりで、その上もその下も見る事も想像する事も無い。



渋谷駅周辺に2027年までに建つ新しい「建物」は、「部屋」の入口さえ人の目を引くものであれば、「建物」全体のシェイプは極めて凡庸で退屈なもので良い。設計者の頭の中には毛の先程も無いだろうと思われるが、街路を志向(注)しもする渋谷ヒカリエのオリジンの一つは、それ自体が街路としてスタートした中野ブロードウェイかもしれない。街路と通路が不分明な形で繋がり、中野サンモール街のアーケードで切り取られる部分のみが、「正面」のファサードとして機能するそれは、「建物」全体のシェイプが把握出来る早稲田通りから見るよりも「キャラ」が立っている。やがて、渋谷ヒカリエよりも街路である「歩行者デッキ」が地上4階の高さでその周囲を取り囲んだ時、渋谷ヒカリエ中野ブロードウェイになって行くのだろう。



(注)「街路をエレベーターやエスカレーターに置き換え、建物のファサードにみられるように用途毎のブロックが積み上がり、ブロックの間は共用のロビー空間(交差点)や屋上庭園とし、異分野の人々が交流し、シナジーを生み出し、それを街に発信することで賑わいを創出する場」
2012年グッドデザイン http://www.g-mark.org/award/describe/39247?token=toKJMoVz53


「建築」と呼ばれるものは「地面」を必要とする点で「樹木」であり、だからこそその集合は「林立」という言葉で形容されたりもする。「樹木」は北半球の西半球の理念だ。“primitive hut"(始原の小屋)が「建築」の始まりと考えられてしまう文化圏では、「建築」は相変わらず「樹木」の系統であり続けている。低木か高木かの違い。それをどういう形で剪定するかの違い。



日本。アジアモンスーン。南の国。寄生植物ばかりが繁茂する熱帯雨林の一角を整地して、剪定された樹木を植える「建築」の人達。剪定された樹木の秩序だった配置を良しとする幾何学式庭園という北半球の西半球の理念の導入。しかしそれにもすぐに寄生植物が覆うだろう。熱帯雨林に住む者にとってはその方が快適なのだ。どこまでも続く歩道の上の屋根やアーケード街というのは、気候から必然的に導き出されたものなのである。それが日本の現在の「集落」のかたちを形成する。

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渋谷駅から宮益坂を歩いて登って行ったのは久し振りだった。シアター・イメージフォーラムに映画を見に行く為にだ。


現在解体中の東横百貨店(1934年)が建つまでは、宮益坂からは正面に富士山が臨めた。宮益坂の旧称は富士見坂である。松尾芭蕉がこの大山参拝路(大山街道)筋の宮益坂から西北西方向を見て詠んだとされる句、「眼にかかる 時や殊更 さ月不二」が、御嶽神社境内の石碑に刻まれている。


東京の地名で「谷」の付く場所は実際に谷であり、渋谷もその例に漏れない。そしてその渋谷という谷は嘗ては海だった。


渋谷区には、先史時代の遺跡が30数カ所発見されていますが、現在その姿をとどめているのは数カ所です。当時の渋谷は、台地部分が海面から頭を出していた程度で、縄文時代、人々は丘の上で生活を営んでいたのでしょう。


渋谷区「渋谷区の歴史」
http://www.city.shibuya.tokyo.jp/shibuya/profile/history.html


東京の現在を標高差で表せばこうなる。



画像中央やや下が渋谷。東京有数のスリバチ。であるが故にそれは現代のスポーツ競技場と同じ形だ。渋谷部分を拡大し、そこに道のレイヤーを被せてみる。谷に張り巡らされたスロープ。



江戸時代にはその「スタンド」部分(宮益坂)に茶屋が建っていて、そこから向かいの「スタンド」(道玄坂)越しに見える富士山を、団子を食べながら眺めていた。この風景の中の渋谷に、我々が言うところの「建築」はまだ一つも存在していない。



絵本江戸土産
 


宮益坂の下の渋谷は「畑」と「田」と「百姓地」ばかりであった



「建築」が付け入る隙を与えないこの江戸の「完結」した風景には、例えばレム・コールハース中央電視台總部大樓という「建築」は全く必要無い。しかし結果的にこの風景は「文明開化」と共にその「完結」性が失われ、その結果として「建築」ばかりが建つ「完結」を拒み続ける町になった。東京の現在は「建築」を尖兵とした「教化」の後にある。


世界中の殆どの「集落」は「完結」の中にある。そして本来「景観」という言葉は「完結」の風景に対して言われる言葉ではあるのだ。「建築」とは「集落」に仕込まれる「死の種」なのである。

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映画は「だれも知らない建築のはなし」。


http://ia-document.com/


シアター・イメージフォーラムが、渋谷駅と国立霞ヶ丘競技場跡地の間に位置しているという「地の利」。加えて映画に登場するキーパーソン(磯崎新安藤忠雄伊東豊雄ピーター・アイゼンマン、チャールズ・ジェンクス、レム・コールハース)の一人であるコールハースの「S,M,L,XL+」の邦訳が、ちくま学芸文庫で登場し、また新国立競技場建設が一般的関心を呼ぶという「時の利」。従ってこの映画を、いまここで見ずしていつどこで見るとも言える。


若かりし頃の日本の姿と、その後の老いた日本の現状を映す映画を見ながら思っていたのは、これを100年後に見たらどう見えるだろうというものであった。恐らく100年後の世界からは、20世紀から21世紀に掛けての考古学的な資料としてしか見えなくなっているだろう。「建築家の苦悩」そのものが考古学の対象になる。


ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 正式出品作品」との事だが、100年後には「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」そのものが存在しないか、それとも形骸的に残り続けているかのどちらかかもしれない。世界中から必要とされなかった「建築」が集まってしまった1990年代の日本がそうだった様に、21世紀初頭に新たな「建築」を欲しているのは中国であったりドバイであったりするが、100年後の地球上にそうした「建築」を欲して止まない場所が存在するかどうかは判らない。もしかしたら、人々はただそこに残り続けている「建築」と向き合わされるだけの時代になっているかもしれない。それを見る者の視線は、ローマ水道を見る現代人のものなのだろうか、それとも自由の女神像を見るテイラーとノヴァのものなのだろうか。



やがて「だれも知らない建築家のはなし」という青春の思い出のアルバムが閉じられて劇場は明るくなった。

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シアター・イメージフォーラムを出て国道246号線から外苑西通りを北東方向に20分程歩けば、そこは明治神宫外苑である。21世紀の東京地方では、珍妙な風景であっても「景観」の権利を有するらしい。元国立霞ヶ丘陸上競技場を囲む仮囲いの「建築計画のお知らせ」には、「施工者」が「未定」になっていた。



この一帯が1920年に創建された「明治神宫」の「外苑」になった(国立霞ヶ丘陸上競技場文科省の管轄)のは1926年である。それ以前は、その殆どが1886年に日比谷から移って来た帝国陸軍練兵場(青山練兵場)であり、国立霞ヶ丘陸上競技場の殆どは陸軍火薬庫(幕末時は焔硝蔵)の位置にあった。国家の最前面に「近代(陸軍)」を経て、神宫という「国体(神道)」が位置する前の幕末期には、ここは丹波篠山藩青山家、出羽山形藩水野家、日向飫肥藩伊東家の下屋敷等が犇めいていた。以来この場所では土地収用が繰り返される事になる。



1680年
 

1858年
 

1892年
 

1919年
 

2013年


明治天皇崩御の際、青山練兵場内に葬場殿(後に「聖徳記念絵画館」)が作られ、ここで大喪の礼が行われた。その時乃木希典は妻静子と共に、自邸にて殉死を遂げている。



立憲君主制」になり、東京が「帝都」=「みかどのみやこ」となって初めての天皇崩御。京都に対する東京の思惑(京都生まれの明治天皇の稜は「御幸」を境に荒廃してしまった御所のあった京都に。明治の名を関した大規模な神宮は、阪谷芳郎渋沢栄一を始めとする「東京市民」の望みにより「帝都」である東京に。これによって京都を完璧に旧都化する事に成功する)。練兵場に建てられた鳥居。そこからこの地の用途は、それまで政治意志の外にあった代々木村と同様、土地収用によって現在の明治神宫外苑になった。そして明治神宫内苑が完成した3年後、明治神宫外苑が完成する3年前に、乃木希典と乃木静子を主祭神とする乃木神社も建てられる。

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やすうけあい―うけあひ【安請け合い】
(名)スル
確信もないのに請け合うこと。また,軽々しく引き受けること。「―して後で困る」


スーパー大辞林


最終的にどの様な形になるのか依然として判らない新国立競技場については様々な事が言われている。


強いインパクトをもって世界に日本の先進性を発信し、優れた建築・環境技術をアピールできるデザイン」(2012年11月16日付)というのが、ザハ・ハディド・アーキテクツのデザイン原案に「新国立競技場基本構想国際デザイン競技 審査委員会」が掛けた願いであるとされている。


参考:「新国立競技場、「ザハ」なぜ選ばれた 審査激論の中身」
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1602H_W4A610C1000000/


その10ヶ月後の2013年9月7日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開催されたIOC総会に於けるプレゼンテーションで、就任9ヶ月目の当時の内閣総理大臣――そして2015年7月3日現在も同じ――安倍晋三氏は、「ほかの、どんな競技場とも似ていない真新しいスタジアムから、確かな財政措置に至るまで、2020年東京大会は、その確実な実行が、確証されたものとなります」と、本来ならそれ自体が議論の対象になる筈の「確かな財政措置」を含めて「国際」的に「確約」をした。


それからやがて1年10ヶ月が経つ。ザハ・ハディド・アーキテクツのデザイン原案を採用すると公表されてからは2年7ヶ月余りだ。未だに地鎮祭も始まってはいない一方で、何かが幾重にも終わってしまっている印象だけはある。初代の国立霞ヶ丘陸上競技場は最早地上に姿は無く、また東京に立地していない日産スタジアムは、オリンピック憲章の “The Opening and Closing Cereomonies must take place in the host city itself(開会式および閉会式は開催都市で行わなければならない)"という条件を満たしていない為に、「東京オリンピック」の開会式及び閉会式の会場となる権利を有さない。


何が何でも現状の線で東京都新宿区霞ヶ丘町10番2号に建たせるという政治意志(注)に従えば、2020年東京オリンピックの時点では、耐用年数が10年(トラブルフリーが前提)とも言われている可動屋根(世界最先端の足場技術が必要とされるだろう掛け替え工事時には、スタジアムが数ヶ月間使用不可になる)を諦めた形で地上に現れる予定になっている。


(注)それは「日本」の「建築」の実力(但しデザイン原案はイギリス製)を世界に知らしめるという、「『日本』の建築界」という国内事情――映画「だれも知らない建築家のはなし」の通奏低音でもある――の「『世界』の建築界」に対する政治意志も含まれる。


都市インフラを大規模に刷新出来た1964年が、日本の「成長期」(人口増/65歳以上人口比率6.2%)である一方で、スタジアム一個を建てるのにすら物心両面に於ける社会のリソースの手に余る2020年が、日本の「衰退期」(人口減/65歳以上人口比率予測29.1%)である事は動かし難い事実であるし、その一方で日本の1868年体制が未だに終わらず、また15年戦争時とも全く変わっていなかったという、そうした意味での「終わっている」感もある。


加えて近代オリンピックという興行から引き出せるものも、近代オリンピック興行自体が「成熟」国家にとっては少なからず「終わっている」コンテンツ(「効き目」があったとしても、極めて限定的且つ一時的)である為に、「成長」過程にある「新興国」や、何らかの起死回生を目論む「成熟」に抗う国は別にして、前世紀に比べて現実的な旨味は薄らいでいる。それは、IOC総会で最後に残った者を、オリンピックの持つ強力な副作用によって財政面で最大の敗者にするオールド・メイド/ババ抜き」ゲームなのである。21世紀最初のオリンピック(2004年)開催地であるギリシャの今日を鑑みるに、21世紀のオリンピックは、開催国が自ら喜んで曝け出した秘孔を突く「十年殺し」なのかもしれない。2030年の日本はどうなっているだろう。

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ザハ・ハディド・アーキテクツの新国立競技場は巨大であるらしい。しかし巨大になってしまうのは、当然の事ながらザハ・ハディド・アーキテクツだけの責任ではない。


Q1 なぜ 8 万人収容のスタジアムが必要か。


オリンピック・パラリンピック競技大会のメインスタジアムの収容人員規模は、最近の開催地では、2008 年北京大会 9 万 1 千人、2012 年ロンドン大会 8 万人、2016 年リオデジャネイロ大会 9 万人規模となっています。また、東京オリンピックパラリンピック招致を実現するためには、8 万人規模のスタジアムが必須であると言われていました。現時点では、オリンピック・パラリンピック招致プランによって約束されています。加えて、ラグビーワールドカップ 2019 日本大会成功議員連盟の決議においても 8 万人規模の競技場とすることが必要であるとされています。また、新国立競技場は、今後、50 年、100 年使用することを想定しており、その間、世界陸上FIFA ワールドカップ(決勝会場は FIFA の規定により 8 万人規模)等の世界的な大規模イベントの会場となることも想定されています。


新国立競技場整備に関する日本スポーツ振興センターの考え方(案)」
http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/yushikishakaigi/20140122_yushikisha4_shiryo2.pdf (PDF)


参考:FIFA “Football Stadiums: Technical recommendations and requirements"
http://www.fifa.com/mm/document/tournament/competition/football_stadiums_technical_recommendations_and_requirements_en_8211.pdf (PDF)


8万人という収容人員は、第一回近代オリンピックアテネ大会(1896年)に使用されたパナシナイコスタジアム(Παναθηναϊκό Στάδιο)に於いて既に「実現」されている。紀元前586年に建てられた(紀元前329年に大理石でリビルド)同スタジアムは、紀元140年には既に5万人収容になっており、19世紀の2回のリノベーションによって8万人収容となった(2004年のオリンピックアテネ大会を期に45,000人に縮小)。同スタジアムは、1968年には12万人(着席8万+立見4万)という観客動員数を「実現」している。


Google ストリートビューで見られるパナシナイコスタジアムである。


古代的なヘアピンカーブのトラックは、現在それに求められる仕様とは異なる為に、長辺方向から見るフィールドの奥行きは狭い。観客席も「古代」様式だ。この極めて狭くて硬い座面に両足を屈して長時間座り、中座の困難さからトイレに行く事も数時間我慢する事を観客全員が受け入れるのであれば、確かにこの規模で8万人収容のスタジアムは建つ。但し座席に HF&E(ヒューマンファクターズ&エルゴノミクス)を適用し、純粋な競技観戦以外のサービスを求めたりするのであれば、必然的にスタジアムが巨大なものになるのは避けられない。


いずれにしても、スタジアムの核となる形状は、二千数百年前の段階で既に完成してしまっている。それ以来、これまでに建てられた全てのスタジアムは、その意味で全く同じなのである。後はそのフォーマットの上に、新しげに見えるものをどう着せ替えて行くかだけが、そのスタジアムの「建築」的な特徴とされる。「建築」の側からそのフォーマットに口出し出来ないとされているスタジアム建築に於いて、それに抗わない建築家が出来る事は側(ガワ)の換装だけだ。



それは数千年前から存在するワゴンの設計と全く変わりの無い、古めかしいセパレート・フレームのフロント部分に、曳き馬の代替物である縦置エンジンを載せ、ドライブシャフト経由で後輪を駆動するという基本設計を疑う必要性を感じないままに、ボディデザインのバリエーションを増やし、年毎にそれを着せ替える事で商品的な魅力を振り撒く事に明け暮れていた1950年代の巨大なアメリカ車の様なものであろうか。スピード感を呼び起こす事で見る者の「心を打つ」テールフィン等の造形や、それだけを見れば新時代的にも見えるパワーウィンドウ等の装備が、100マイル/時に近い速度が極めて大衆的なものになってしまった社会のラディカルな構造変化への対応よりも優先される。



少なくとも二千数百年変わる事の無いスタジアムのフォーマットを共通のものにして、これまでに様々な着せ替えスキンを纏う巨大な「オリンピック・スタジアム」が建てられて来た。その中には「アーチ」が特徴的なこういうものもある。



ANZ Stadium(1999年=2000年シドニーオリンピック:507億円=以下日本円換算は竣工当時のレートに基づく。因みにオーストラリア・ニュージーランド銀行ネーミングライツ取得によって “ANZ" の名になっている)



南京奥林匹克体育中心体育场(2005年=2014南京ユースオリンピック:1,169億円)



Ολυμπιακό Στάδιο(2001-2004年に既存スタジアムに屋根を架装=2004年ギリシャオリンピック:リノベに355億円)


ANZ Stadium や南京奥林匹克体育中心体育场を手掛けた “(現)POPULOUS" は、Wembley Stadium (2007年:1,783億円)という地上高133メートルの高さの「アーチ」を持つスタジアム建設にも関わっている。スタジアムの「全長」方向に、目を引く「アーチ」の「造作」が渉っているというデザイン自体は、2010年代段階でそれ程新しいものではないとも言える。

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「いちばん」をつくろう。


日本を変えたい、と思う。新しい日本をつくりたい、と思う。
もう一度、上を向いて生きる国に。


そのために、シンボルが必要だ。
日本人みんなが誇りに思い、応援したくなるような。
世界中の人が一度は行ってみたいと願うような。
世界史に、その名を刻むような。
世界一新しい場所をつくろう。
それが、まったく新しく生まれ変わる国立競技場だ。


世界最高のパフォーマンス。世界最高のキャパシティ。世界最高のホスピタリティ。
そのスタジアムは、日本にある。
「いちばん」のスタジアムをゴールイメージにする。
だから、創り方も新しくなくてはならない。


私たちは、新しい国立競技場のデザイン・コンクールの実施を世界に向けて発表した。
そのプロセスには、市民誰もが参加できるようにしたい。
専門家と一緒に、ほんとに、みんなでつくりあげていく。
「建物」ではなく「コミュニケーション」。
そう。まるで、日本中を巻き込む「祝祭」のように。


この国に世界の中心をつくろう。スポーツと文化の力で。
そして、なにより、日本中のみんなの力で。
世界で「いちばん」のものをつくろう。


JAPAN SPORT COUNCIL「新国立競技場 国際デザイン・コンクール:コンクール概要」
http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/NNSJ/NNSJ.html


果たしてどれだけの人間が、その興行を単独開催で自国に呼びたいかが定かではない(或いは明確に定かな招致の意志を持つ人間の数が定かではない)、FIFA ワールドカップ の開幕/決勝戦が要求するスペックであるところの8万人収容/常設/屋根付きのスタジアム。それはコア部分のみですら数十メートルの高さを持つ巨大さだ。あの二千年前に建てられたフラウィウス円形闘技場=コロッセウムですら地上高48メートルである(嘗ては有蓋だったので50数メートルの高さがあった。これに照明灯を付ければ70メートル近くにはなる)。



8万人が一つところに集まって熱狂するスポーツや音楽を求めるところに、巨大なスタジアムは必然的なマッスとして存在する。仮にザハ・ハディド・アーキテクツのデザイン案を捨てて、例えば「良心」的な槇文彦氏案を採ったとしても、それが「オリンピック・スタジアム」である限り巨大になる事は免れない。しかし多くの議論の落とし所は、巨大なアーチは不必要だが、巨大なスタジアムと巨大なスポーツイベントは必要であるというところに落ち着いている様だ。


世界最大級のスタジアム(15万人収容)の一つが、「アリラン祭」(マスゲームイベント)が行われる朝鮮民主主義人民共和国綾羅島メーデー・スタジアム(릉라도 5월1일경기장)であるというところに表れている様に、スタジアムという建造物を欲する欲望は、多かれ少なかれ政治意志に関係するのである。




ザハ・ハディド・アーキテクツが、あのデザインでしたかった事は何なのか。その一つの解答ではないかと思われるものを、例の露出の多い「空撮」状態のパース画ではなく、グランド・レベル近くに視点を取った一次審査時のプレゼンテーションに見た。



折り重なる何層もの人工地盤(プレート)。その奥に巨大なスタジアムが嵌っている。即ちこれは、「建築」であるというより、寧ろこういうものではないのか。



インターチェンジ(道)」の中央に、8万人収容のスタジアム(“Bowl structure")を嵌める事で、それを「高架下の運動場」にしてしまう。これは「建築」では無い。首都高速4号新宿線出口が繋がり、外苑周回路が繋がり、コンペ的には逸脱である慶応義塾大学医学部前の道がJR線を跨いで繋がり、それらから続く「道」がスタジアムのコア部分をぐるりと取り囲む。張り巡らされた脱出線で曖昧にされたスタジアム。スタジアムという巨大なマッスは、「建築」とは別の体系である「道」が張り巡らされる事で、「道」の間に「埋没」する。「道」はスタジアムを「梱包」する。所謂「キールアーチ」を含む「屋根」部分のトラス状の「造作」(それが「構造」として機能的なものであるかどうかはここでは問わない)もまた「道」を表しているものと見る事も可能だ。


であれば、これはハイウェイの如き「道」によってスタジアムを「埋葬」したものだとも言えるかもしれない。これは巨大な「円墳」なのである。ザハ・ハディド・アーキテクツの「円墳」のデザイン原案が巨大になるのは、単純にボディ(死体の意味もある)が巨大だからだ。



実際一次審査時のパース図からそれらの「道」の要素を取り去ったデザインを想像すれば、それは或る意味で平凡な巨大「建築」になる。磯崎新氏が、日建設計・梓設計・日本設計・アラップ設計共同体(JV)による修正案に対して「列島の水没を待つ亀のような鈍重な姿」と評していたが、それは「道」であったものを「建築」であると解釈してしまった事で生まれた多重的な意味での「鈍重」さだろう。


「21世紀の都市的施設として、運動競技のスピード感を呼び起こす、優れたイメージ(磯崎新氏)」的なものとして「円墳」の造形が見えるのは、「脱構築」という「騙し」のテクニックによる。支配的なドグマに戦略上乗る「脱構築」による「騙し」である為に、当然その「騙し」にまんまと引っ掛かる人達が多くいる。


スポーツやイベントが必要、そこに8万人の人間が集まって見られる施設が必要、そこには屋根が必要、芝生には日照が必要、イベントには遮音が必要、アメニティ施設が必要、加えて見た目のオリジナリティも必要、…と求められる「必要」を次々とインテグレートして構築して行けば、それは1950年代のアメリカ車の様に巨大にしかならないという誰でも判る結果を示しているのが、ザハ・ハディド・アーキテクツという形で現れた「脱構築」なのである。積もり積もった「必要」が「不必要」であると考えるのなら、「必要」を「新国立競技場」から一つ一つ取り除いて行くのは「建築家」の仕事ではない。それは本来の「施主」が考える事である。


仮に巨大に見えない、当初の予算内で収まる「良心」的なデザイン案が通っていたら、日本人の「施主」の誰もこれ程までには「必要」に対してラディカルに考えもしなかっただろう事を思うと、それだけでもザハ・ハディド・アーキテクツ案の意味はあったのではないか。それは都市計画に対してイニシアティブ(市民発議)とレファレンダム(市民投票)が条件になる社会への高い(高過ぎる)授業料なのかもしれない。それは痛い目に遭わないと判らないという「教育」の方法論の一つではあるが、しかし痛い目に遭ってもそれでも判らないという事もあるかもしれない。


現状で考えられる最もラディカルな「必要」の取り除きの一つは、オリンピック返上という事になるだろう。それに対しては「日本の信用性を失わせる」という意見がある。しかし既に現時点までに、相当に多くの「日本の信用性」は失われているのである。

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新国立競技場」の建設費は2,520億円との事だ。但し建設費の半分以上は人件費になるだろう。従ってやり方によっては「新国立競技場」は1,000億円以下で現状の計画のままで建つ。朝の7時半位からラジオ体操をし、「ヘルメット良し! 顎紐良し! 服装良し! 安全靴良し! 安全帯良し! 顔色良し! 今日も一日安全作業で頑張ろう! オーッ!」と指差し確認する人達を、明治神宮外苑造成時の様に「勤労奉仕(追記注)」させれば良いのだ。


しかし「勤労奉仕」程ではなくても、工程を圧縮したりする事で人件費の削減は行われるかもしれない。建設現場に於ける無用な緊張というのはこういう時に現れる。そしてややもすると、そうした緊張時に労働災害というのは起きる。こういうところについては「今日も一日御安全に!」を祈念して止まない。御安全が十分に確保されないのであれば、ずれ込んだ工期(全く以て現場関係者の責任ではない)に間に合わなくても一向に構わないとすら思える。その時には森喜朗氏程には大多数の日本人が注目する事も無いだろう(まさかその時にも渋谷のスクランブル交差点は大騒ぎになる/させるのだろうか)2019年のラグビーワールドカップは、秩父宮ラグビー場辺りで行えば良い。そうなれば、新国立競技場の建設現場は相対的ではあるものの非常に助かる。


新国立競技場」に関する意見の中には、他のスタジアムの建設費と単純に比較してものをいうものが多かったりするが、それはそれぞれの国の労働賃金のレートや労働環境を無視してのものであったりもする。「建築」を誰が建てるのかについて、「大工さん」と答える子供の様な想像力が、大人の議論には常に決定的に欠けているのである。


(追記注:7月17日)「日本の総力を挙げて、ゼネコンも思い切って、『日本の国のためだ』と言ってもらわないと。それが日本のゼネコンのプライドなんではないかなと思ったりするんですね。だから、ゼネコンの人たちも、もうからなくても、『日本の国のために、日本の誇りのために頑張る』と言っていただけたら、やっていただけたら、値段もうまくいくのではないかなと思います(安藤忠雄氏)」
http://www.sankei.com/life/news/150716/lif1507160028-n2.html

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メタボリズムは日本の「成長」を前提にした運動だった。だからこそ人口増加、都市の膨張と更新の高度経済成長時代の日本でそれは生まれた。20代〜30代前半の若者達が音頭を取ったメタボリズムは、様々な条件が重なる事で若い細胞ばかりを見ていられる環境にあった。メタボリズムの時代、65歳以上は例外的存在だった。しかしこれからは、日本全体の総床は減らざるを得ない。


「衰弱」の「建築」という考えが頭を過る。「衰弱」を肯定的なものに見せる「建築」。そしてその「衰弱」の中にあって尚「成長」に目を配る「建築」。「建築家」にとって、それは単純なヒロイズムを満足させないだろう。20世紀の「建築家」の20世紀の青春を描いた映画からは、やはりそれは形となって見えては来なかった。

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これを書く為に Google Earth を何度も起動した。オープニング画面の地球から、それぞれの「建築」が存在している場所へズームインする。その「点」へのフォーカスが上手く行けば良いが、大抵は「建築」が全く存在しないところへ行ってしまうのであった。