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迷惑の誕生

承前




私は三等客車でしたパリへの旅を決して忘れる事はないだろう。…歌う酔った水夫、死んだ魚の様に大口を開けて寝ている太った農夫、籠を持った小さな老婆、子供、蚤、乳母。パイプたばこ、ブランデー、ガーリックソーセージ、湿った藁の臭いが、貧しい人々の全携行品だ。私は今でもそこにいる様な気がしている。(アルフォンス・ドーデ:Alphonse Daudet


近代交通は、人と人との感覚的な関係性の大部分を視覚的なものに還元させる事を促進し、またそれが一般社会に於ける感情の全く新しい前提を作り上げるに違いない。(ゲオルグ・ジンメル:George Simmel

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先日、或るJR東日本管内の駅のホームに、地域の「鉄道少年団」が作成した「鉄道マナー啓発」手描きポスターが貼られているのを目撃した。「鉄道少年団」は、公益財団法人(以下(公財))「交通道徳協会」と、JR各社が運営する少年少女育成団体である。「(公財)交通道徳協会」の機関紙「明るい旅」最新号 No.293 には「マナー講座『国旗の掲揚と国歌斉唱』」という記事が掲載され、また「鉄道少年団」のURL http://www.doutoku.or.jp/boyscout.html が、"doutoku(道徳).or.jp" 直下の "boyscout(ボーイスカウト)" というところに、その性格を見て取る事もまた可能ではあるだろう。


「(公財)交通道徳協会」の定款の「目的及び事業」には、


(1) 鉄道を愛する少年少女の公徳心を涵養し、幼少の頃からその育成を図るため、JR各社とともに全国に鉄道少年団の活動拠点を設置し、その活動の指導・統轄を行い、啓蒙活動の実践・集団生活などの体験をさせること


(2) 駅構内・旅客車内における公衆のマナーの向上を訴え、清潔で明るい旅行環境の実現を図るためマナーボード、キャンペーンポスターの掲示等を関連する団体と協調して行うとともに、交通道徳に関する調査・研究、講習会の開催、刊行物の発行を行うこと


http://www.disclo-koeki.org/03b/00668/a.pdf


とある。電車の車内吊りでしばしば見掛ける、緑色のピクトグラムで構成された JT の「マナー啓発」広告があるが、それにもこの「(公財)交通道徳協会」が関わっている。



JR西日本管内に於ける「(公財)交通道徳協会」の「事業」には、今やシネコン「TOHO シネマズ」の映画上映前スクリーン上でも、ビデオカメラ顔のパントマイマーと共に活躍する、「マナー結社」と化した感のある「鷹の爪」ヴァージョン等もある。前述した「鉄道少年団」による手描きポスターもまた、正にその「(公財)交通道徳協会」の「事業」の一環だった訳である。


数枚貼られていた「少年」作成による「マナー啓発」ポスターの主張内容は、「携帯電話の着信音や通話」や「ヘッドフォンからの音漏れ」等の「迷惑行為」を止めましょうといった、「道徳」的な大人が作るそれと大差の無いものが多かったものの、その中には「少年」である事の「特色を生かした」とも思える「大声を出さない・走り回らない」というものもあった。「不快の発生が先か、マナーの発生が先か」というジレンマは、どこかで「鶏の発生が先か、卵の発生が先か」という例の循環論証めいたものがあるものの、しかし単純な因果律で考えれば、「不快に思う事」=「迷惑行為」が存在したからこそ、抑止力としての「マナー」が発生するという「順」になるのだろう。仮にこれらの「マナー啓発」ポスターが、「最初に『少年』達の『自主的』な不快感情有りき」に基づくものであれば、このポスターを描いた「道徳」的な「少年」達は、同年代の「非道徳」的な少年達の、「大声を出す」「走り回る」といった「子供っぽい」行為に対し、日々「気分を害している」という事になる。それ故に「道徳」的な「少年」は、これらのポスターを描き、公共の場に掲示する事によって、「非道徳」的な少年に対して「公徳心」を説諭・啓蒙するという事なのだろうか。それが一種の「遠隔操作」によって描かれているといった様な意地の悪い見方をしなければ、「道徳」によって、少年少女に対して「公徳心」が「涵養」された結果であると言えるのだろうか。そして果たして「道徳」的な「少年」は、「混雑した車内へのベビーカーを伴った乗車」をした母親に対しても苦言を呈するのだろうか。

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一般社団法人日本民営鉄道協会」は、毎年度「駅と電車内のマナー」アンケートを行なっている。昨年度(平成23年度)の「駅と電車内の迷惑行為ランキング」はこうなっている。


総合


 1位 騒々しい会話・はしゃぎまわり等 36.8%
 2位 座席の座り方 31.2%
 3位 携帯電話の着信音や通話 28.8%
 4位 ヘッドホンからの音もれ 27.0%
 5位 乗降時のマナー 25.1%
 6位 ゴミ・空き缶等の放置 18.8%
 7位 電車の床に座る 18.8%
 8位 車内での化粧 17.5%
 9位 酔っ払って乗車する 15.3%
10位 荷物の持ち方・置き方 14.0%
11位 混雑した車内へのベビーカーを伴った乗車 13.7%
12位 喫煙 12.5%
13位 混雑した車内での飲み食い 11.5%
14位 携帯電話でのメールや電子機器の操作音 10.0%
15位 混雑した車内で新聞や雑誌・書籍を読む 8.8%
16位 その他 3.8%
17位 特にない 0.2%


男性


 1位 騒々しい会話・はしゃぎまわり等 37.5%
 2位 座席の座り方 31.5%
 3位 携帯電話の着信音や通話 31.4%
 4位 ヘッドホンからの音もれ 28.0%
 5位 乗降時のマナー 25.8%
 6位 電車の床に座る 19.7%
 7位 ゴミ・空き缶等の放置 19.2%
 8位 車内での化粧 16.7%
 9位 酔っ払って乗車する 14.3%
10位 荷物の持ち方・置き方 13.5%
11位 喫煙 12.3%
12位 混雑した車内へのベビーカーを伴った乗車 11.6%
13位 携帯電話でのメールや電子機器の操作音 10.7%
14位 混雑した車内での飲み食い 10.6%
15位 混雑した車内で新聞や雑誌・書籍を読む 8.2%
16位 その他 3.3%
17位 特にない 0.2%


女性


 1位 騒々しい会話・はしゃぎまわり等 33.8%
 2位 座席の座り方 30.2%
 3位 ヘッドホンからの音もれ 23.2%
 4位 乗降時のマナー 22.3%
 4位 混雑した車内へのベビーカーを伴った乗車 22.3%
 6位 車内での化粧 21.0%
 7位 酔っ払って乗車する 19.6%
 8位 携帯電話の着信音や通話 18.3%
 9位 ゴミ・空き缶等の放置 17.2%
10位 荷物の持ち方・置き方 16.1%
11位 混雑した車内での飲み食い 15.4%
12位 電車の床に座る 14.8%
13位 喫煙 13.3%
14位 混雑した車内で新聞や雑誌・書籍を読む 11.0%
15位 携帯電話でのメールや電子機器の操作音 7.3%
16位 その他 5.9%
17位 特にない 0.0%


興味深いのは、「混雑した車内へのベビーカーを伴った乗車」や「車内での化粧」を「迷惑行為」と感じる率が、女性の方が男性よりも高いという事だろう。「車内での化粧」が「迷惑行為」である理由は、別の調査によれば、「人が化ける過程を見たくない」や「同じ女性として恥ずかしい」という事からだという。前掲画像の「(公財)交通道徳協会」+ JT 作成のポスターにも、「ことし、はやってほしくないメイクは、車内でのメイクです」としっかり取り上げられている。


ここで今一度、前回引用したツイートを再掲する。


電車の中すごい。三十代以下はほとんど全員ケータイ見てる。三十代以上はほとんど目を閉じてる。ほとんど誰も現実見てない。


https://twitter.com/_Neillo_/statuses/201843513497890816


このツイートでは「現実見てない」とあるが、実はしっかり「現実見てる」なのである。即ち、電車の中の「現実」は、まず「迷惑行為」に対する「不快感情」の形で現れる。そればかりか「見る」ばかりではなく、「騒々しい会話・はしゃぎまわり」や「ヘッドフォンからの音もれ」や「携帯電話の着信音や通話」や「携帯電話でのメールや電子機器の操作音」等の「聞く」、「混雑した車内での飲み食い」や「喫煙」の「嗅ぐ」等々のセンサーも働き、尚も「不快感情」は「車内での化粧」といったものにまですら向けられる。鉄道車輌の中の「現実」は、「音を出すな」であり、「匂いをさせるな」であり、そして「観察者が不快と思う行為全般の禁止」の対象として存在する。


「不快」な「現実」を見ないようにするには、液晶画面(或いは「新聞」や「雑誌」や「書籍」に代表される「何かを記した紙」でも同じ事だろう)に眼を落とす(=読む)か、瞼の裏側を見る(=寝る)しか無い。何故ならば、他人の姿を見るだけでも「迷惑行為」になり得る可能性があるからだ。その相手が「異性を情欲の目で見る思いの罪も姦淫の罪」とその視線を判断したら、それは「迷惑行為」に十分になり得るし、「目が合う」事を「迷惑行為」と感じる人間も多いだろうと思われる。しかしまた「読む」ですら、それが「混雑した車内」ともなれば、ランク入りしている「迷惑行為」になるのである。


一方「不快」な「現実」を聞かないようにするには、お気に入りの音楽をヘッドフォンで聞くか、耳栓をするしか無い。そして自らは「迷惑行為」に至らないレベルに、音圧を下げる事が求められる。「不快」な「現実」を嗅がないようにするには、その場から立ち去るしか無い。窓を開けるという選択肢があり得るとしても、それすら「迷惑行為」になり得る可能性がある。こうして何らかの形で、自分自身の循環の回路を作り上げるのが、こうした「現実」の中での「やり過ごし方」として求められるのである。


前述のゲオルグジンメルは、引用に引いた文章の直前にこう書いている。


乗合馬車、鉄道、路面鉄道が発明された19世紀以前には、互いに話し合う事無しに、数分間ないしは数時間を、向かい合って見つめ合える、或いは見つめ合わなければならなくなる状況には無かった。


「不快」な現実には「沈黙」を以ってする。或いは「沈潜」を以ってする。そして唯一「自由」な器官となった「目」は、「読む」か「寝る」か、或いは「窓外」を見るかしか無くなる。しかしその「窓外」もまた、鉄道車輌に於いては極めて限定的なものとして現れるのだ。

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追記:調査年は2001年と些か古いが、社団法人「中央調査社」の「車内マナーに関する意識調査」では、


通勤通学者の6割近くは、週に1回以上はイライラ−
・電車やバスの中で他人の行動で不愉快な思いを『週1回以上』する人は、全体の
15.2%。電車やバスで通勤通学をしている人では6割近くに及ぶ。
・他人の行動で不愉快な気持ちになるのは、町村部より都市で、女性より男性で、年配者より若者で、より頻繁になる傾向。


http://www.crs.or.jp/data/pdf/manner.pdf


という分析がされている。(太字筆者)


【続く】