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「ラッセン」

承前


あの「ラッセン展」は一昨昨昨日に終了した。すっかり始まった頃に見て、すっかり終わった後にこれを書いている。「ラッセン展」とは、喉の奥に残り続ける小骨の様な存在なのかもしれない。だからこそ、少なからず存在する「終了→そんな事もあったよね→忘却」という展覧会では無いのだろう。この「ラッセン展」もまた、すっかり「終了」したその時からが「小骨」として「開始」になる展覧会という印象がある。

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1970年代から1980年代に「遊」という「雑誌」が存在した。「オブジェマガジン」とも称していた。1970年代から1980年代に掛けての「工作舎」刊であるから、その構成は、当然の事ながら「編集工学」の人、松岡正剛氏によるものだ。1978年刊の「遊 1001」の「特集」は、「相似律 観相学の凱歌のために」というものだった。表紙デザインは「杉浦康平」氏+「赤崎正一」氏。「遊」という手書き漢字の、正確な「遊」と、それに近い「遊」と、微妙な「遊」と、そう見えなくも無い「遊」と、これはやはり駄目なのではないかと不合格になりそうな「遊」が、全て「相似」なものとして集められていた。そして一瞬惑うのである。えーと、「遊」って、「本当」はどういう字だったっけ。


同書にはこの様な事が書かれている。


合同でなく、相似である。数学的幾何学は合同を可能にするが、自然と存在の幾何学は合同を許さない。同じうしようとするから貧しくなり、険しくなり、寂しくなる。合同とはしょせん思い上がった自意識による思いがけない孤立のことだ。すべからく似ようとするにとどめるべきである。似ようとしてそこに近づき、マルティン・ハイデガーの<近さ>を熟知した上で、合同の直前で踏みとどまらなければならない。<相似>とは攻めきらない律動のことである。


「相似律」について、もう少し松岡正剛御本人に語って頂く。

 相似律というのは、ぼくが勝手に名付けた法則のようなもので、太陽のX線写真と鉱物の表面が酷似していたり、コロラド河の航空写真と脳のニューロン・ネットワークと電気の放電パターンが似ていたりするような、いわば“異種間相似関係”とでもいう証拠を徹底的に並べていくと、そこに相似律としかいいようのない「あらわれ」が見えてくるというものである。半年ほど狂ったように図版を集め、これを次々に似たものどうしに配列していくのは快感でもあった。植物繊維の拡大写真と皮膚病写真とアンリ・ミショーのドローイングがぴったり似ていたときなど、おしっこを漏らしそうだった。


http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0899.html


ここから先、別に自分は松岡正剛氏のスポークスマンを買って出ようとする者ではないから、それが松岡正剛氏の見解(というものが無い人の様な気もするが)と一致するか否かとは全く関係無く、自分が「相似」に対して思うところを勝手に書き進めるのである。大体、松岡正剛氏その人もまた、そうした「思うところを勝手に書き進める」人だという印象もあったりもする。


「相似」であるという事は、互いに「相似」であるものが無くては始まらないが、しかしそれは、「似たもの同士」とされるものが、予め「赤い糸」的な因果律で結ばれている訳では無い。例えば、「野田佳彦」氏と「泥鰌(ドジョウ)」が「相似」であると言っても、しかし「野田佳彦」氏が、「前世」や「因果」等々の「応報」で「泥鰌」に「相似」してしまった訳でも、或いは「泥鰌」が生物的進化を遂げたものが、他ならぬ「野田佳彦」氏その人という訳でもあるまい。


野田佳彦」氏と「泥鰌」は、その属する「カテゴリ」が異なる。言うまでもなく「野田佳彦」氏は「人類」であり、「泥鰌」は「魚類」である。顔の輪郭から、顔を形成する特徴物の形から、その位置関係を厳密に測定したところで、一致点(合同点)は一つも無いどころか、「相違律」しか導き出されないだろう。一方、人類同士であればそうした「相違律」を回避出来るのかと言えば、例えば「野田佳彦」氏と「上島竜兵」氏が「相似」であるという認識が広範に存在するとして、しかしこれもまた、各々のパーツやその行動を仔細に比較検討すれば、「相違律」しか際立たないのである。しかしそれでも「野田佳彦」氏は「泥鰌」に「相似」しているのであり、同時に「上島竜兵」氏にも「相似」しているのである。


嘗て、Michael Jackson の "Black Or White" の頃、"Morphing" というものが大流行したが、「野田佳彦」氏と、「泥鰌」と、「上島竜兵」氏を、ムービーで繋げたり、それぞれの中間ポイントの像を作成して、「相違」を「解消」しようとする事によっては、「相似」のエッセンスは何も得られないだろう。



凡そ「相違」な複数のものを併置する事で、初めて立ち現れる「相似」。その立ち現れとしての「相似」を見逃さない鋭敏なセンス。「相似」は、決して "Morphing" 的な「総合」では得られない。「分子的多様性」がクロッシングする事によって、「野田佳彦」氏の中に「泥鰌」が「相似」され、場合によっては「泥鰌」の中に「野田佳彦」氏が「相似」され、「上島竜兵」氏の中に「野田佳彦」氏や「泥鰌」が、「野田佳彦」氏や「泥鰌」の中に「上島竜兵」氏が「相似」される。ああ、何だか少しだけ、松岡正剛氏の節回しが入ってしまった様な気がする。桑原桑原。


修辞法に言うところの "simile"(シミリー:直喩、明喩)にしても、"metaphor"(メタファー:隠喩、暗喩)にしても、或いは "metonymy"(メトニミー:換喩) や、 "synecdoche" (シネクドキ:提喩)にしたところで、そこには多かれ少なかれ、常に「相似」の機制が欠かせない。「『相違』間に『相似』を見る事」(ここまでが1セット)は、凡そ全ての「想像力」と呼ばれるものの「基点」なのである。些かフライングの誹りを覚悟して言うならば、「想像力」とは、即ち「相似力」の事なのである。そしてこれは極めて重要な事な事だが、「相似」によって、初めてその「相違」が際立つという事を忘れてはならないだろう。

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東京・浅草橋の "CASHI" で行われていた「ラッセン展」に赴いたのは、8月の初旬の事だった。あの "CASHI" が、よりによって「ラッセン展」を開催するという事態に、少なからぬ美術関係者が驚かされたりもした。一体 "CASHI" は、何をやらかそうというのかという一種の戸惑いと、その裏腹の期待が広がりもした。


しかし "CASHI" は「親切」だった。山中慎太郎氏が撮影した会場写真は、早くからサイトで公開されていた。その画像の中に、「クリスチャン・ラッセン」氏の作品は2点しか写っていない(実際にはあと数点が会場には存在している)。その「ラッセン展」で、「クリスチャン・ラッセン」作品が、どういった扱いであるのかは、この画像から半ば「ネタバレ」していたと言える。加えて、昨日も引用したこのプレスリリース文の存在が、「ネタバレ」度を上げていたとは言えるだろう。再掲する。


この度CASHIにて、8月1日(水)から8月25日(土)までの期間、ラッセン展を企画いたします。


1990年代以降、日本社会全体で高い知名度を誇るクリスチャン・リース・ラッセンは、特に一般の人々からは「美術」の代名詞であるかのように捉えられることがあります。


その一方で、一言に「美術」と言ってみたところで、その美術を取り巻く状況によって、活動の形態も作品のあり方も分断されているのが日本の現状です。例えば、ラッセンがしばしば位置付けられるインテリア・アートであったり、日展院展、二科展に代表される公募団体展であったり、本展会場となるCASHIが活動の舞台とする現代美術などがあります。


「美術」という日本語は、これらすべてを包括していながら、それぞれがほとんど交わることのない大きな歪みも内包してきました。しかし、ひとたび「作品」という単位で比較・鑑賞を行っていけば、その歪みを一旦見えなくさせ、大きな視点から「美術」について考え直すきっかけを作ることができるかもしれません。


出品作家はラッセンに加えて7名を選出いたしました。現代美術を活動の舞台とする作家から、公募団体展で華々しい経歴を持つ作家、特定の業態に位置づけることが難しい作家まで、そのバリエーションは様々です。作品の様態も、絵画、ドローイング、写真、立体、複製画など様々あり、それらを括る最小の単位は「作品」というほかないでしょう。


ラッセンを筆頭に、これまでお互いに有効な分析の機会が与えられることのなかった作品同士を並べ、作品という単位にこだわって美術を見直してみることが、この曖昧な現状に対して最も誠実に向き合う方法であろうと考えて、本展を企画いたしました。つきましては、実際に会場で作品を鑑賞することで、この思いを共有して頂けましたら幸いです。


企画:大下裕司、原田裕規 / 主催:CASHI


http://cashi.jp/press/press_lassen_jp.pdf


我々が通常イメージする「ラッセン展」は、例えば「(株)アールビバン」が全国の催事場等で行なっている、「ご来場の方に【ラッセンアートポスター】プレゼントいたします!」と、「魅力」を振り撒き散らす「展示即売会」の様なものだろう。それは、21世紀の現在でも、東京都内等の「一等地」で未だに「健在」な集客力を誇るものであり、「美術」の「良心」の側にカテゴライズされている「森アーツセンター」が存在する、あの「六本木ヒルズ」でさえ堂々と行われたりもする、この様な「ラッセン一色」の会場である。「現代美術(一例)」の人からは、ここに写っている善男善女の観客がどう見えているかは兎も角、「美術」の「良心」の「域内」であるにも拘わらず、「それを買うのを止めなさい」と忠告して回っている人は、この会場には来ていない模様である。


それはさておき、一方の "CASHI" の「ラッセン展」は、当の「クリスチャン・ラッセン」作品よりも、他の作家、それも恐らく「クリスチャン・ラッセン」氏とは、全く何の接点も、縁もゆかりも無いであろう作家の作品数の方が多い。であるならば、この展覧会は「ラッセン展」ではなく、通常の美術展示の方法論からすれば、「クリスチャン・ラッセンとその時代展」的なタイトルを付けるべきだろう。しかし、であるにも拘わらず、だからこそ、敢えて「ラッセン展」としたのだと思われる。即ち、そこで言う「ラッセン」とは、例えば「クリスチャン・ラッセン」を可能にし、同時に "Christian Riese Lassen" を不可能とする様な、カテゴリー化の別名なのだろう。出品作家の「クリスチャン・ラッセン」氏は当然の事ながら、「山口俊郎」「小林武雄」「出相洸一」「結城唯善」「悠久斎」「梅沢和木」「百頭たけし」の各氏もまた、その意味でそれぞれが「ラッセン」なのである。


ラッセン」とは、「クリスチャン・ラッセン」氏が「アールビバンの人」であり、「梅沢和木」氏(場合によっては「百頭たけし」氏も)が「カオス*ラウンジの人」であり、「小林武雄」「出相洸一」「結城唯善」各氏が「公募団体展の人」であるといった様な「限定」の謂である。加えてそこには、例えば「青年の人」「壮年の人」「老年の人」という「カテゴリー(「限定」)」、「目立っている人」「目立っていない人」という「カテゴリー(「限定」)」、「『美術手帖』のエリアの人」「『美術手帖』のエリアではない人」という「カテゴリー(「限定」)」、「『国際美術』マーケットに繋がるエリア上にいる人」「『国際美術』マーケットとは別のエリアにいる人」という「カテゴリー(「限定」)」等々という、そういった数々の錯綜的な「ラッセン」もまた同時に存在したりもする。


常日頃 "CASHI" に足を運ぼうという人は、大抵「アールビバンの人」にも「公募団体展の人」にも「老年の人」にも興味は無いし、一方でそういったものが確かに「日本・美術」に、厳然と存在してしまっている事に対して、見ざる・聞かざる・言わざる(=シカト)でいたりもするかもしれない。その意味では、「本展会場となるCASHIが活動の舞台とする現代美術(「ラッセン展」プレスリリース文)」もまた、「現代美術」という一つの「合同(カテゴリー)」に拘る事を専らとする、「限定」としての「ラッセン」であろう。こうして「現代美術」は「ラッセン」の一つであり、当然「アールビバン」も「ラッセン」であり、「公募団体」も「ラッセン」であり、「青年」も「ラッセン」であり、「目立っている」も「ラッセン」であり、「美術手帖」も「ラッセン」であり、「国際」も「ラッセン」である。この展覧会はそうした様々に「相違」した「ラッセン」が集結した「ラッセン展」なのであり、それが例えば、様々な諸「平山郁夫」が集結し、その展覧会の「コア」部分に、リアルな「平山郁夫」作品を置いた「平山郁夫展」であっても、それはそれで、それとして成立するのだと思われる。


ラッセン」= "CASHI" は、かなり戦略的に「相違」を持ち込む事で、それらの間の「相似」を見せる。例えば「山口俊郎」−と−「クリスチャン・ラッセン」−と−「山口俊郎」 とか 「梅沢和木」−と−「クリスチャン・ラッセン」−と−「梅沢和木」 という並びがあったりすると、「山口俊郎」に「クリスチャン・ラッセン」が、「クリスチャン・ラッセン」に「山口俊郎」が、或いは「梅沢和木」に「クリスチャン・ラッセン」が、「クリスチャン・ラッセン」に「梅沢和木」が「相似」する。そして「相似」である事で初めて見えてくる「相違」というものがある。少なくともそれは「アールビバン」と「カオス*ラウンジ」と「公募団体」の間にあった「相違」とは異なるものだ。しかしそうした「相似」は、各種の「相違」が一堂に会する「アートフェア」等の催し、或いは「月刊ギャラリー(一例)」の誌面等で、本当は既に見えていた筈なのである。

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野田佳彦」氏と、「泥鰌」と、「上島竜兵」氏の「相似」が見えるのは我々である。そこに各々自分自身の顔写真を足してみる。少なくとも「日本人」以外の目からすれば、その顔写真もまた「野田佳彦」氏と「相似」であるものに見えるのだろう。自分自身が思い描く「自画像」というのは、一方でそういうものだったりする。「ラッセン展」は「日本・美術・問題」という「日本・美術」による「自画像」である。「日本・美術・問題」の落とし前としての「日本・美術・問題」という入れ子は、「日本人」以外の目からすれば、それもまた「日本・美術・問題」と「相似」であるものに見えるのだろう。


「そこ」に我々はいる。しかし「そこ」は、決して「悪い場所」とも言えなかったりもする。「国際」を前提にする限りは、或いは「悪い場所」なのかもしれないが、そういうのは「日本・美術・問題」の「域内」に居続けつつ、「国際」への「信仰心」が極めて厚い人にこそ、丸投げしてお任せしておきたい。