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巧技

承前


自分の父親は、所謂「社員職人」「企業職人」だった。日本最大手の印刷会社の中にいて、「細紋彫刻」の技術者として定年まで勤めていた。そもそもその会社の沿革自体が、民間による「細紋彫刻」の「歴史」から始まっている。それ故に、「筋」から言えば、父親は「エドアルド・キヨッソーネ」の「弟子筋」という事になる。


Wikipedia「エドアルド・キヨッソーネ」から


エドアルド・キヨッソーネ(Edoardo Chiossone , 1833年 - 1898年4月11日)はイタリアの版画家・画家で、明治時代に来日しお雇い外国人となった。


(略)


来日後、大蔵省紙幣局(現・国立印刷局)を指導。印紙や政府証券の彫刻をはじめとする日本の紙幣・切手印刷の基礎を築いたほか、新世代を担う若者たちの美術教育にも尽力した。奉職中の16年間に、キヨッソーネが版を彫った郵便切手、印紙、銀行券、証券、国債などは500点を超える。特に日本で製造された近代的紙幣の初期の彫刻は彼の手がけた作品である。また、1888年には宮内省の依頼で明治天皇御真影を製作し、同省から破格の慰労金2500円を授与された。また元勲の銅版画も残した。(略)日本の欧米諸国の技術水準で製造された最初の普通切手シリーズの小判切手は彼がデザインしたものであった。


印刷業における功績として、司馬江漢以来エッチング一辺倒だった日本に、腐食に頼らずビュランを使用する直彫りのエングレービングやメゾチントを紹介し、腐食によるものでもソフト・グラウンド・エッチングやアクアチント等の本格的な銅版技術を伝授した。また、日本でそれまで普及していなかった原版から精巧な複数の版をおこす「クラッチ法」や「電胎法」などをもたらした事で、安定した品質での大量印刷が可能になった。


http://bit.ly/9ZDNGJ

「細紋彫刻」は、紙幣や証券類の偽造を防止する目的で、波状線・弧または円などを組み合わせて作られる幾何学模様を指す。一つの版面に数色のインキを一度に付け、一度に多色刷りを行うザンメル式等の特殊技術の数々を併用し、1ミリの中に何本もの線を引くその図像の精密さと併せて、偽造防止効果を高めようとする。「技術」的には、「細紋彫刻」は凹版印刷、凸版印刷、平版印刷の「最高峰」にあると言って良いだろう。


家の中には常にそうした「刷り」の世界の「最高峰」の「巧技」が転がっていた。とは言え、それは「ビール券」であったり、「商品券」であったり、「株券」であったり、「宝くじ券」であったりしたから、所謂「作品」とは言えないかもしれない。私企業での仕事であるから、「紙幣」や「国債」や「切手」などの官製の仕事は出来ないものの、「技術」的にはそれらを担当する技官と遜色ないと思える。


時に偽札事件などが発生したりすると、真っ先に警察がやってきて、聴取をされたりもした。それ自体は何ら喜ばしい事では無いが、しかし捜査当局にまでその「巧技」を認められているという事でもあるから、母親は捜査の刑事を意気揚々と迎え入れ、その一事を得意がっていたりもした。


些か困ったのは、地紋印刷以外にも「刷り」の世界に於ける、折々の日本有数のレベルの「巧技」の数々を、日常的に見てしまっている為に、例えば「版画展」などに行き、その世界の言う「巧み」を誇る作品のどれを見ても、その「巧み」とやらになかなか関心と感心を持てない子供になってしまった事だ。


結局「ここ」で言われる「巧み」というのは、斯界に於ける可憐とも言える自己評価であり、そこには常に「版画的に」であるとか「美術的に」というエクスキューズが付き纏うものであって、恐らくこういうのは「職人」的な「巧技」とは別の評価基準と合わせた、「総合」的評価をすれば良いのだという事を「学んだ」りもした。そういった「巧み」を前面に打ち出す者が、その一方でそうした「総合」評価を持ち出して、それに頼る事に、一抹の「狡さ」を感じながらも。


やがて美大に進路を決めてからというもの、「職人」という言葉を、ネガティブワードとして使用する人達に多く巡り会う事になる。


「これじゃ職人仕事だよ」
「美術は職人仕事とは違うんだ」


この「職人仕事」のヴァリアントとして、「デザイン」や、「工芸」や、「イラスト」や、「マンガ」等がある。前者同様、「まるでデザイン仕事だ」や、「絵画はイラストではない」等の形で、仮想下等としてそれらは使用される。その多くに共通するのは、それらが「美術」よりも下等的に存在している事が、演繹的証明が全く不要な自明的な先験性として、予め決定されているとも聞こえる事だ。


超越論の立場は、自らがトートロジカルである事を隠さない。「優れているものは優れている」「劣っているものは劣っている」「美術は美術」「デザインはデザイン」。それ以上に彼らは何を「説明」する「必要」があるだろうか。ここでは同語反復という「無理」が「道理」なのだ。だからこそ、超越論の人に対して、その「道理」、即ち「無理」を聞く事は、大いなる時間の無駄なのだと常に思う。彼らは外部を留保すると同時に内部を留保する。「職人」という存在を考えないのと同様に、「美術」という存在に対しても何も考えない。


時に、「技術」が「勝ち過ぎる」事は、「美術」にとって「悪」だとも認識されるが、他方でその「勝ち過ぎている」とされる「技術」は、「職人」のそれとは「違う」。その「違う」理由を説明しないまま、「巧技」という言葉のみが独り歩きする。そしてその上で、「先験性」としての「美術」に、「巧技」は必要か否かなどという「問題」を仮構する。


「職人」の息子の「アーティスト」が言う様に、「職人」は「人間」ではない。「人間」扱いはされない。その証拠に、その仕事に「職人」の「名前」は通常残らない。他方「アーティスト」は何処まで行っても「人間」だ。そこには「個人」としての「人間」の「名前」があり、且つ、その「名前」こそが(「名前」のみが)重要なのだ。


【了】