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再展示.com

嘗ての「人気番組」である「トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜(2002〜2006年)」で、頻繁に言われていた「統計学」上の信頼に足る最低限のサンプル数は「2000」だった。その「トリビアの泉」の瞬間最高視聴率は「27.0%(ビデオリサーチ関東地区)」という事であり、それが同番組が「人気番組」たる「根拠」となっていた。


現在、日本に於ける「視聴率調査」という「商品」を扱うのは、「ニールセン」撤退後の21世紀以降は、事実上「電通」が全株式の34.2%を保有する「ビデオリサーチ」社のみによる独占である。その「ビデオリサーチ」社が「視聴率」を測るサンプル数は、「トリビアの泉」で言われていた「2000」の1/3以下の「600」になる。


統計の信頼上有効なサンプル数を求める "n = N / [ (ε/μ (α))2 × { (N - 1) /ρ (1 - ρ) } + 1]" (各項の説明略)という数式は存在する。しかしそこには「経験上求められる数値=(μ (α))」や「心理上求められる数値=(ρ)」も含まれていたりする。言わばパラメータに「気分」が入った数式であり、従って「確からしさ」という「気分」に「学」的「根拠」を付与する為の数式であると言えよう。この数式の「経験上有効と考えられる数値」や「心理上有効と考えられる数値」に「精度3%」や「信頼度95%」等の「気分」的数値を塩梅して計算すると、母集団が2人の場合にはサンプル数2人、100人で92人、1000人で516人、1万人で964人、10万人で1056人となり、後はどれだけ母集団を大きくしても求められるサンプル数は計算上「頭打ち」となる為に、「調査」コスト抑制の「根拠」ともなり得る重宝な数式である。従って「トリビアの泉」で言われていた「2000」という数字は、この数式に則る限り「2000もあれば御の字であり、誰からも文句は付けさせない」という意味になる。


これも嘗ての「人気番組」である「クイズ100人に聞きました」のサンプル数100は、この数式的にはその母集団は111人以下でなければならない。即ち111人以下で構成される母集団にしか「クイズ100人に聞きました」は「統計調査」としては有効では無いものの、有効では無いからこそ「バラエティ番組」という「エンタテイメント」たり得ていたとも言える。それはまた母集団をわざと「偏り」のあるものに仕立てていたところからも明らかだ。「東京新橋のサラリーマン100人に聞きました」「東京丸の内に勤めるOL100人に聞きました」「東京巣鴨とげぬき地蔵に集まったお年寄り100人に聞きました」「東京渋谷センター街で若者100人に聞きました」等々がそれである。「東京新橋のサラリーマン」は「日本のサラリーマン全体」という母集団の、「東京丸の内のOL」は「日本のOL全体」という母集団の、「東京巣鴨とげぬき地蔵に集まったお年寄り」は「日本のお年寄り全体」という母集団の、「東京渋谷センター街の若者」は「日本の若者全体」という母集団の、それぞれの「無作為抽出」を表すものでは無く、寧ろかなりの「作為抽出」であると言える。従って「東京」という「一都市」の「新橋」や「丸の内」や「巣鴨」や「渋谷」で、統計学上有効以上とされる「無作為抽出」による「2000」人を調査したとしても、それでもその「偏り」は変わらないだろう。「東京渋谷センター街で若者2000人に聞きました」が、「東京秋葉原で若者2000人に聞きました」や「大阪戎橋で若者2000人に聞きました」と全く同じ「傾向」を示すかどうかは判らない。だからこそ「クイズ100人に聞きました」の「優秀」な回答者は、「東京新橋のサラリーマン(例)ならこう考えるだろう」という「絞り込み」を、その「推理」の中に加えるのである。


この「手法」を成立させる「偏り」は、現在でもテレビニュースや新聞等の「街頭インタビュー」や「街の声」でテンプレート的な慣習として多用されるが、しかしそれは「バラエティ番組」の「手法」であって「報道番組」や「新聞報道」のそれではない。それにも関わらずそれらにも「バラエティ番組」と同じ「偏り」が多用されてしまうのは、取材者が「新橋SL広場」や「渋谷スクランブル交差点」といった馴染みの場所以外に出向く事が、様々な理由で「面倒臭い」からである。

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「再」の "favicon.ico" を持つ「再展示.com」のアンケート集計結果が発表された。以前から「第10回日本国際美術展 人間と物質」展(1970年)」が「圧倒的1位を獲得している」事が明らかにされていた「調査」の詳細である。まさに「ロングテール」の実例を見せられている様な気分にさせられる「ばらつき」具合と言えよう。


http://saitenji.com/exhibition/


サンプル数は51人だ。先の「統計学」の数式に則れば、このサンプル数が「統計学」上有効性を持ち得る母集団は53人以下である。即ち「日本の現代美術界」が53人以下で構成されていれば、この「調査」結果は「統計学」的には「日本の現代美術界」の「傾向」を表す「統計調査」として妥当性を有する。勿論これが「統計調査」でなければその限りでは無い事は言うまでもない。その51人によって「圧倒的1位」となった「第10回日本国際美術展 人間と物質」展(1970年)」の獲得票は21である。念為だが、これは 21/51 を意味しない。


ここにピックアップされた「サンプル(回答者)」のリストから、「新橋のサラリーマン」や「渋谷センター街の若者」的な「偏り(繋り)」が見えてしまう事は否定出来ない。この「サンプル」の選定に「統計学」的な「無作為抽出」を見るのは妥当であるとは言えない。サンプルとなった51人は「日本の現代美術全体」という母集団の、「基礎芸術」による「作為抽出」である事実は最低限抑えておきたい。それを踏まえた上でその51人の「回答者コメント」を見ると、「第10回日本国際美術展 人間と物質」展を実見している人物は少数派であり、それは1990年代に至る他の展覧会に対するコメントでも多く見られ、相対的に回答者の平均年齢が低い事が判る。「再展示」ではあっても、それがそのまま「再観覧」を意味するものではなく、相対的に「初観覧」というケースが多くなるのだろう。


実際の「日本の現代美術界」の母集団が一体何人になるのかは判らないが、「統計学」を尊重して「無作為抽出」による、老若男女「2000」人でアンケートを行った場合、これは飽くまでも私見なのだが「第10回日本国際美術展 人間と物質」展が「圧倒的1位」という結果にはならない気がするし、或いは同展が「1位」から滑り落ちる結果となる可能性もあるかもしれないとも思えたりはする。


「再展示」の「再観覧」には「怖いもの見たさ」が付き纏うが、「再展示」の「初観覧」にも別の意味で「怖いもの見たさ」が存在する。例えば「1978年4月4日」の「後楽園球場」で行われた「伝説」の「キャンディーズ・ファイナルカーニバル」が、2014年4月4日に再び行われたと仮定する。その「再展示」は、50代となった御本人達が出演しなくても良く、寧ろ「初観覧」者の為には若い「そっくりさん」で行うべきだが、それ以外は衣装、髪型、化粧、歌唱法、振付、舞台演出、バンド編成、演奏スタイル、機材等々、全て今から36年前の忠実な「解凍」でなければならない。その「完璧」な「再展示」を「再観覧」する者も「初観覧」する者も、その「完璧」さ故に一抹の不安というものがあるだろう。そしてそれを見終わった後に、「伝説」に対してそれぞれ「思うところ」があるだろうし、当時は全く見えなかったものが明らかに見えて来るかもしれない。


このアンケートで個人的にツボに入ったのは、1票を獲得した「第1回神戸須磨離宮公園現代彫刻展」へのコメントだった。「特定の作品だけではなく、展覧会として全体を見てみたいです」。「特定の作品」が、関根伸夫氏の「位相―大地」を指す事は間違い無い。その「位相―大地」の「再展示」は、現在までに何度も行われている。



この「伝説」の「再展示」を目にした人も多いだろう。目の前に出現した「位相―大地」という「伝説」に対して、それぞれ「思うところ」があったに違いない。自分もまたこの「位相―大地」の「再展示」を見て「思うところ」があった。そしてその結果、自分の中の「作品としての『位相―大地』」は遥か後景へと退いた。依然として頭では判るものの、「エポケー」しようとすればする程、より目の前にあるものに対して「びっくりして、興奮して」といった感覚は戻って来ないと思ったのである。この回答者の「〜だけではなく〜全体を見てみたい」に如何なる思いが込められているのかは判らないが、「位相―大地」の「再展示」だけでは「思うところ」の落とし所が無かったのかもしれない。


「第10回日本国際美術展 人間と物質」展(1970年)」の「再展示」は動き出していると見たい。その際、「再展示」が如何にされるかという事が問題となるが、個人的にはあの時の作品が一つも無くても良いと思っている。恐らくそれらを全て完璧に再現したとしても、「2011年の『位相―大地』」(「2014年の『キャンディーズ解散コンサート』」でも良い)という「アポリア」に陥る可能性が大きい様に思えるからだ。


「やはりクリストのこの作品は良いですなぁ」的な感想が漏れてしまう様な「再展示」ならしない方が良い。であるなら「再展示」に何を求めるかと言えば、それはあの時と同じ「摩擦」である。セラが作品を「東京都美術館」の敷地内に設営しようとしてその「東京都美術館」から断られ、クリストが上野公園全体を梱包しようとして「東京都」から断られ、ルウィットが壁に直接ドローイングをしようとしたところ、当館の「陳列作品規格基準」と、世界に類を見ない「有孔ボード」を持つ壁面によって叶わず、半ば腹いせ的に「東京都美術館」の壁面に丸めた色紙を差し込む事を日本の学生アルバイトに指示してとっとと帰り…といった諸「摩擦」の「2014年」バージョンこそが見たいのである。勿論そうした判り易い「摩擦」ばかりではなく、凡そ「現代美術」の作品が世に出る時に必ず起きる「摩擦」が、「再展示」によって単に「昔語り」化されるのであれば、それは「現代美術」の「再展示」としては最も避けるべきものであろう。いずれにしてもだからこそ、44年後の今でも「第10回日本国際美術展 人間と物質」展(1970年)」の会場は「東京都美術館(次点「国立新美術館」)」以外にはあり得ないのだ。


いずれにしても「再展示.com」の「次回更新」では、「ここまで進んでいます」の報告が上がっている事に期待する。