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「塵」の本編に入りたいと思う。

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大学入学の初年度、英語の授業を二つ履修した。その一つは英訳された「日本論」を読むというものだった。


研究社刊の "Kenkyusha Modern English Readers" の No.13 のその書名は、 "Japanese and the Jews" だった。Richard L. Gage 訳。オリジナルの日本語版は、1970年に山本書店から刊行された、「正体不明」の「ユダヤ人」という触れ込みの「イザヤ・ベンダサン」著による「日本人とユダヤ人」。その後、同書の「訳者」は、山本書店社主の山本七平氏であると公表された。


大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞し、「300万部」超を売り上げた同書は、間違いなく1970年代の大ベストセラー書である。日本人学生の為の英語教材として出版された同書の冒頭の "PREFACE" は日本語文で書かれている。1972年10月付の、渡部昇一氏による同書の "PREFACE" から引く。


 さて Richard L. Gage 氏の英訳であるが、これは原文を忠実に置き換えているのではない。語順が自由に変わっているのみならず(これは日英両語間の翻訳においては当然のことである)、節まで自由に順序を換えられている。(略)Gage 氏はたいへん果敢に置き換えている上に、日本のことをよく知らない外人にわかりにくそうなところは遠慮なくバッサバッサと切り捨てている。われわれから見ると明治初年の雑な翻訳をみるような気がするが、外人の場合は、英文としての読み易さを第一に重んずるのであろうか。


山本七平氏と親交が深かった渡部昇一氏は、その序文の最後にこうも書いている。


なお『ベンダサンは何者か』ということについての私見をのべれば、私は最初ユダヤ人にちがいないと思ったが、今、訳注を終えた段階では、ユダヤ教に特に詳しい日本人であるという可能性も否定できないような気がする。しかし実際上は、日本の実情によく通じたユダヤ人の書いたもの、という額面通りに受け取って差し支えないと思う。


その後「にせ日本人とユダヤ人」という「批判書」等が出たりした後、現在「日本人とユダヤ人」は「角川oneテーマ21(A-32)」から「評論家・日本研究者」の「山本七平」の名で出版されている。

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ユダヤ人との協働作業で生まれた(とされる)、日本人・山本七平氏による「まとめ」的同書のそうした無視し得ない「限界」を踏まえた上で尚、それでも「日本人とユダヤ人」には興味深い記述が無い訳ではない。


 日本人は(本人が気づかなくても)米に特別な感情をもっている。昔の日本人は「ゴハン粒の一つ一つには観音様が宿っておられる」といって一粒も無駄にせず、洗い流した飯粒を集めてかめにつめ、のりにした。苗代にはしめなわをはった。講談によれば、水戸黄門は米俵に腰を下ろしたため百姓女から火吹竹で撲られた。ではこのように尊く、観音様の宿っているお米を、石川五右衛門のように釜ゆでにして食べてしまうのはおかしいと言う者があれば、言っている本人が少々おかしいであろう。米は命の糧だから神聖なのである。


今時の日本人で、こうした「信仰」を持っている者は極めて少ないだろう。そもそも穀物類や澱粉質の一つに「成り下がって」しまった米に対して、最早「特別な感情」など、21世紀日本人の間では皆無だと思われる。冷夏の予想にハラハラしたり、新米の収穫状況が気になるなどという日本人もほぼいないだろう。自分が参加したホテルの立食パーティーで、目の前で大量に残された「残飯」に「観音様」がいると思う者も、現在の世代別人口比率からすれば極めて少ない。ついつい「半額」シールに釣られて買ってしまったは良いが、特に已む無い必要性に迫られて買った訳でもないシュリンク包装の握り飯を、時に寧ろ疎ましい存在として思ったりもし、口に運んでも美味いとも何とも思わずに只々「摂食」するか、或いは冷蔵庫の中で腐らせるか、シュリンク包装のままゴミ箱行きという事もあるだろう。しかし一時期、確かにこういう事が日本人の間で言われた事を、自分は良く知っている。或いは「米」という字は「八十八」と書き、それは八十八手も手間が掛かる事を表しているという、学際的「字源」とは全く別の、もう一つの民俗的漢字起源説を聞いた事もまた、個人的に大いに経験している。仮に、米粒に字を書いたり七福神を描いたりする事が、日本人の「縮み指向」の現れであるとしても、それにしても米粒に観音なのである。しかしそれは、単純な「神は細部に宿り給う」とは異なる。「米粒」は、決して「細部(ディテール)」ではない。寧ろそれは世界全体を表す。これはまた「塵」にも言えるだろう。


日本人とユダヤ人」の中には、次の様な記述がある。


 宣教師さん、日本教創世記、日本教イザヤ書はしばらく措き、日本教にはどんな一面があるか、ある事件を通じてお話しつつ、日本教ヨハネ福音書』に進もう。昔、あなたのようにはるばる日本に来た一人の宣教師がいた。彼がある日、銅製の仏像の前で一心に合掌している一老人を見た。そこで宣教師は言った「金や銅で作ったものの中に神はいない」と。老人が何と言ったと思う。あなたには想像もつくまい。彼は驚いたように目を丸くしていった「もちろん居ない」と。今度は宣教師が驚いてたずねた。「では、あなたはなぜ、この銅の仏像の前で合掌していたのか」と。老人は彼を見すえていった。「塵を払って仏を見る、如何」と。失礼だが、あなただったらこれに何と返事をなさる。いやその前に、この言葉をおそらく「塵を払って、長く放置されていた十字架を見上げる、その時の心や、いかに」といった意味に解されるであろう。一応それで良いとしよう。御返事は。さよう、すぐには返事はできまい。その時の宣教師もそうであった。するとその老人はひとり言のように言った「仏もまた塵」と。そして去って行った。この宣教師はあっけにとられていたというが、あなたも同じだろうと思う。これを禅問答と名づけようと名づけまいと御随意だが、あなたの言った言葉は日本教徒には全く通じないし、日本教徒の返事はあなたに全くわからないということは理解できよう。禅の公案には何を素材に使っても良いのである。仏典でも、金銅仏でも、猫の首でも、いわしの頭でもよい。もちろん、聖書でもよいのだということを忘れないように。


この話が実在する話かどうかは判らない。凡そ脚注というものが存在しない「日本人とユダヤ人」の当該部分もまた、そのソースは明らかではなく、この話自体がフィクションという可能性もある。しかし仮にそのソースが特定され、事実であるという証拠が上がったとしても、それでもこの問答には、日本の戦国時代から、遡る事数百年前の中国にオリジナルが存在している。臨済下六世、神鼎洪諲(11世紀)の語録から。


問撥塵見佛時如何 師云 佛亦是塵(塵を撥って仏を見る時如何。師は答えた。仏もまた是れ塵)


神鼎諲禅師語録


全く以ってそのままではある。となれば、日本の戦国時代(16世紀)の御老人のそれは、過去に存在した中国の高僧による「模範解答」の擬えという事にはなってしまうだろう。御老人の名誉の為に、その御老人の存在と共に、それがフィクションである事を願わずはいられないが、しかし「仏」と「塵」を関係付けたものは、そこにすら留まるものではなく、例えば「華厳経(महावैपुल्यबुद्धावतंसकसूत्र)」の「盧舍那佛品」などは、「佛」と「塵」の字で埋め尽くされている。こうなると、最早「日本人とユダヤ人」どころではなく、また「中国人とユダヤ人」をも飛び越えて、「インド人とユダヤ人」である。


 ヴィルシャナ仏は、諸仏や諸菩薩の神通力をあらわしたもうている。そこでは一々の小さな塵のなかに仏の国土が安定しており、一々の塵のなかから仏の雲が湧きおこって、あまねく一切をおおい包み、一切を護り念じている。一つの小さな塵のなかに仏の自在力が活動しており、その他一切の塵のなかにおいてもまた同様である。


第二章 廬遮那品
http://qookaku.kitunebi.com/mahayana_sutra/kegon/kegon1.html


華厳経に於ける「仏」と「塵」は、微細な粒子の中に世界全体が含まれている(≠「神は細部に宿りたもう」)と解釈される。恐らく「仏もまた塵」も、「ゴハン粒の一つ一つには観音様が宿っておられる」も、そういう事なのだろう。この「仏」と「塵」は様々に解釈され、例えば「仏」=「非在」、「塵」=「実在」であったり、柳宗悦氏の様に、「仏」=「美」、「塵」=「醜」に準え、そこから「民藝」に繋げたりするケースもある。


 昔、或る僧が神鼎諲禅師に訪ねました。
「塵を撥って仏を見る時如何」と。すると師は答えました。
「仏も亦是れ塵」と。
 この問答を、美の問題に当嵌めて考えてみましょう。塵(醜)を取り払って仏(美)を見ようとするが、そんな仏(美)は是れ亦塵(醜)に過ぎないと、そう答えているのであります。更に之を裏から云えば、塵(醜)にも仏(美)を見得ないのかとも詰っているのであります。更に進んで云えば、塵がそのままで仏にならないのか。別に塵(醜)を仏(美)に変えないままで、そこに仏(美)を見得ないのかとも迫っているのであります。


柳宗悦「法と美」


 誠に塵を払う事で、見得る仏は、浄さに執した仏で、塵の如きものと云えましょう。同じように塵にも仏を見ないなら、そんな仏は仏に囚われた仏に外ならないでしょう。払う払わぬの二が無くなると、塵もあったとて無く、始めから塵も塵とはならないでしょう。それ故たかる塵とか、払う塵とかいうことが消え去ります。


柳宗悦「無有好醜の願」


そう言えば「概念性や名詞性のホコリをはらってものを見る」は関根伸夫氏だった。


物の試しではあるが、前述「日本人とユダヤ人」の、「仏もまた塵」の「仏像」部分を「作品」、「神」を「真理」等々に変えてみたらどうだろうか。


彼がある日、銅製の作品を一心に眺めている一老人を見た。そこで彼は言った「金や銅で作ったものの中に真理はない」と。老人が何と言ったと思う。あなたには想像もつくまい。老人は驚いたように目を丸くしていった「もちろんない」と。今度は彼が驚いてたずねた。「では、あなたはなぜ、この銅の作品を一心に眺めていたのか」と。老人は彼を見すえていった。「塵を払って作品を見る、如何」と。失礼だが、あなただったらこれに何と返事をなさる。いやその前に、この言葉をおそらく「塵を払って、長く放置されていた作品を見上げる、その時の心や、いかに」といった意味に解されるであろう。一応それで良いとしよう。御返事は。さよう、すぐには返事はできまい。その時の彼もそうであった。するとその老人はひとり言のように言った「作品もまた塵」と。そして去って行った。


多く美術作品は、それ自体が「偶像崇拝」的な対象、言わば「偶像」的なものとして見られているところはある。「作ったものの中に真理がある」とすら思われているところはある。「概念性や名詞性のホコリをはらってものを見る」を表した筈のものが、しかしそれ自体で「概念性」や「名詞性」を持つ物的対象、一種の「偶像」=「作ったものの中に真理がある」ものとして存在してしまうというのが美術作品の宿命ですらある。だからこそ「つくったものの中に真理はない」として、それを象徴的にでも「打ち壊し」たり「焼き討ち」にしたりする様なアンチなケースもあるだろう。しかし、「神(真理)」がその中に「居ない」と知っているにも拘わらず、或いは知っているが故に、「銅製の仏像の前で一心に合掌している」という或る種の矛盾は、美術作品の可能性の一つだとも言える。「作品もまた塵」という、作品の大いなる可能性。

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この先、あちらこちらにフラフラしつつも最終的に書きたいのは、アーティストの「気持ち」である。それはアーティストの「コンセプト」に、遥かに先立って存在するものだ。果たしてアーティストは、制作や発表に対してどんな「気持ち」を持っているのか。それは現れたもの(作品)の見た目の相違にも拘わらず、ある点で共通しているとも言えるだろう。


次稿もまたフラフラと道草をする。


【続く】