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京都「催事」

「上品會(じょうぼんかい)」というのがある。高島屋の呉服部による、1936年(昭和11年)から始まる(途中戦争による中断あり)高級呉服の展示販売会だ。今年の第59回は、東京の日本橋高島屋で1月28日〜30日に開催されたが、昨年は京都の「仁和寺」が会場だった。高島屋による「上品會の歴史」を見ると、折々に「京都永観堂」「宝ヶ池プリンスホテル」「清水寺」「グランドプリンスホテル京都」が会場となっていて、他にも「大覚寺」等で催されたりと、要するに京都がベースになっている催事である。「上品會」について、高島屋による説明を引く。


染織の最高峰を志す上品會(じょうぼんかい)


上品會(じょうぼんかい)とは


高島屋上品會は日本の文化が培ってきた「織・染・繍・絞・絣」の染織五芸の向上を目指し、歴史と伝統のある秋場、岩田、川島、大羊居、龍村、千切屋、千總、矢代仁の8社(上品會同人)が染織界の最高峰を志し厳正なる精神で制作いたしましたきもの、帯をご覧いただく会として昭和11年(1936年)に誕生いたしました。
以来、第1回より大切に守る「飜古為新(古きをひるがえして新しきをなす)」の精神のもと上品會同人の最高の技術で創り出された作品は、厳しい審査会を経て毎年春に発表されます。


ここで「同人」と呼ばれているものは、勿論あの「同人」の意味ではない。「上品會同人」=「同好の士、同じ趣味をもつ人」ではない。日本橋タカシマヤBlog の言い方を借りれば「高島屋呉服部の歴史を共に歩んできた、東西の老舗名匠たち」を意味する。今年の「上品會」の特別企画品「光洋(制作 千總・税込 2,940,000円)」は、「明治33年、高島屋がパリ万博へ出品した友禅ビロードの大壁掛け『波に千鳥図』を参考に制作」されたものであるという。1900年(明治33年)の「パリ万博」出品作品の「リスペクト」という、何かどこかで聞いた話の様な気もするが、それはさておき、入選作品の「グリムの街(制作 大羊居・税込 2,940,000円)」は、「『洛中洛外図』をヨーロッパの街並みで表した」という、これもまた「現代アート」の世界で見た様な気もしなくもない物件であるが、それもまたさておき、平均価格で、振袖380万円、留袖200万円、帯100万円という、高級の上にも高級であるところの「染織の最高峰」の新作200点以上が、「京都」という、「呉服」的イメージを喚起可能なロケーションを生かして、全国からの得意客200人以上を待ち構える。

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「アートフェア」をどう訳せば良いのだろうか。「アートフェア」は「展覧会」の様であるが「展覧会」ではない。それは基本的に「上品會」と同じ様な「展示販売会」であり「商談」の場である。ならば「美術展示販売会」や「美術商談会」や、週末のカーディーラーの様に「美術発表会」と訳せば良いのだろうか。いずれにしても、そう訳す事によって、呼ぶ方も、行く方も、目的がより明確にはなるだろう。であるならば、仮に美大生がそこに行くとして、それは「商売」の現場をこそ見学に行くという事になるかもしれない。


昨日赴いたのもまた「アートフェア」だった。「会場」の一室では、「客」が「店」の人間に対して、「もう中国人バイヤーは来た?」と聞いていた。それに対して、「店」の人間は、「いやあ来ないですねぇ。何か日本全体が汚染されている様な印象を持たれてるんじゃないんですか」と「客」に返していた。雨交じりの寒さがいや増す会話だ。しかし、こうした「商売」な会話が「鑑賞」の妨げになる「邪魔」なものではなく、寧ろそういう話こそが「主役」であるのが「アートフェア」であると言えよう。


「超京都」と題された「アートフェア」。10数年前に作品を買った古い知り合いの作家が、或る「店」から出品しているという案内があった。そう言えば、最近この作家はどういう仕事をしているのかを確かめたい気持ちもあって、東本願寺の飛地境内である渉成園に出向いてみた。京都にも未踏の地は多いが、ここもまたその一つだという事も手伝っての事だ。渉成園は、21世紀のロケーション的には「駅前名勝」と言って良いだろう。東本願寺自体が、21世紀の道案内的には、京都駅のほぼ駅前、ヨドバシカメラの少し先にあり、そのほぼ隣が代々木ゼミナールだったりする。渉成園はその東本願寺烏丸通を挟んだ、ほぼ向かいにある。


石川丈山の作とされている渉成園の正門を入ると、高石垣のリミックスな石組みが出迎えてくれる。その前にタテカンがあるのだが、サイトやら案内状やらを見ていて既に知ってはいたものの、改めてこの「超京都」というタイトルの「超」、そして「小山市立車屋美術館」の「内在の風景」と被ってしまった感すらある、一文字一文字が「欠けている」デザインというそれぞれの「工夫」を、どう考えたら良いのかと一瞬思い巡らせてみたが、しかしそれを知ったところで得るものは少ないだろうと思い直してそのままにした。わざわざこの欠損文字にする事で、幾らかなりとも売上が伸びるのであれば、それはそれで「意味」のある事かもしれない。傍らでは年配女性が「これは『超京都』と読むのだろうか」という意味の事を言っていた。その時彼女の頭に浮かんだのは、「京都以上の京都」の展示イメージであっただろう。タイトルは時に罪作りだ。


高石垣から右に折れて、敷地の南端まで歩いて行くと、それまで印象としてあったものが確信的なものとなった。「ここは呉服の展示販売会にこそ相応しい」。そこを訪れている多くもまた、和服に身を包んだ年配女性であり、しかも恐らく「現代美術」には用は無く、渉成園の「眺め」にこそ用のある人達ばかりに見える。会場内では、作品を一瞥した後、庭園をバックに記念撮影をする。これ程「現代美術」の近くにいて、これ程「現代美術」に無関心な彼女等は、やはり「弱者」と呼ばれるべきであろうか。しかし、一間半程の天井高。畳敷き。襖。そこに似つかわしい商品はやはり和服だろう。


こうした伝統的な日本建築の場合、まずもって西洋建築的な壁というものが無い。畳は殊更な重量物を受け付けない。板張りの廊下は狭い。こうして考えると、壁が存在する事で成立する、西欧の血が入った絵画は辛くなるし、重量物に耐えられるそれなりの広さを持つ床が存在する事で成立する、西欧の血が入った彫刻も辛くなる。結局、絵画は長押から釣るか、何かに持たれ掛けさせるか、新たに自立する枠を調達して衝立状とするか、襖仕立てとするか、畳の上に投げ出すか位しか無い。そして彫刻は、狭い廊下の彫刻台の上に置くか、床の間に置くか、濡縁に置くか、或いは小型軽量化して畳の上に収まり悪く置かれるか位しか無くなる。それぞれは、それぞれの「店」の展示空間(ギャラリー)では、相当に神経細やかに、展示に対して心配られる「作品」であるだろうが、ここでは単に「商談」される反物の様な「商品」である。ギャラリーでは、絵画作品を床置きするなどというのは「とんでもない」か「アバンギャルド」かのどちらかだが、壁の無いここでの「商談会」では「当たり前」の「展示」である。古い知り合いの額装された作品もまた床置きだった。


催事場を使用しない多くの「アートフェア」の例に漏れず、「大作」というものはほぼ無い。絵画の幾つかは大きかったが、それは同時に、こうした空間では居所を探すのに苦労している様に見えた。ある「店」では、店主と思しき人物が、iPad を手に、ここでは比較的大きな作品の「コンセプト」を説明していた。「コンセプト」を説明されていた相手は「ふんふん」とそれに応え、そして説明が終わるとその場を去っていった。会場奥に行くと、一人の紳士が「作品評論」をしていた。「展示販売会」に「作品評論」という組み合わせもまた、変わっていて面白い。


古い知り合いの近作の前で、10数年前と同じ気持ちは起きなかった。その時自分の「超京都」は終わった。


【「京都」続く】