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スクラップ・アンド・ビルド

日本の書籍の返本率は平均で40%を越しているとも言われている。しかしそれは飽くまで平均値であり、返本率90%以上の書籍はざらにある。一般的な製造業に於いて、返品率40%の商品があるとしたら、それは単に生産の見通しに「失敗」しているとしか思えず、場合によっては「担当者」の責任問題にまで発展する事もあるだろうが、こと書籍の場合は、それは「常識」の範囲内に十分に収まり得る数字であるとされ、それが仮に90%以上であっても「失敗」であるとは捉えられないから、当然「売れなかった」事への「責任」も生じ難い。寧ろそれは「武勇伝」として捉えられる事すらある。それは、書籍が損益分岐を問われない「特殊な商品」であると思われているからだろう。

しかし世の中には上には上がある。美術品がそうだ。実際、美術品の「生産過多」振りは「書籍」の比ではない。「ベストセラー作家」は別にして、多くの展覧会の「返品」率はほぼ100%であったりする。恐らく「ベストセラー作家」から「マイナー作家」までを含めた平均値でも、軽く90%を超えるだろう。しかしそれでも美術品は生産され続ける。美術品の生産を阻害するあらゆる要因は、単純に「表現の自由」を奪う「悪」であるとされる。それは、美術品もまた損益分岐を問われない「特殊な商品」であると思われているからだろう。

兎に角「コンビニ」から「美術展」まで、「商売」を縮小傾向にしない為には、「需要」の規模よりも多めの「商品」供給が欠かせない。「消費者」には「商品」を「選択」する「権利」がある。一個を選べば、片一方は残る。ゼロ個を選べば、全てが残る。こうして「コンビニ弁当」は売れ残り、「書籍」は売れ残り、「美術品」は売れ残り、それぞれが廃棄ロス(或いは保管ロス)になって、生産者(とその周囲)の首を締める。

建畠哲氏。建畠一族の美術評論家であり、現在「あいちトリエンナーレ」のディレクターを務め、一方で国立国際美術館館長でもある。時々気紛れに展覧会場や仕事場に出向き、美術家と「業務上」の付き合いだけで「終わる」数多の美術評論家と違い、文字通り美術家と「寝食を共にした」美術評論家。その意味では最も「美術」の「現場」を「知っている」と言っても過言ではないだろう。

「社団法人 日本美術家連盟」の会報誌「連盟ニュース」2009年4月号(通巻430号)に、建畠哲氏がエッセイを寄稿していた。そのエッセイ「作品を壊す・・・」は、2006年に没した父、彫刻家・建畠覚造氏へのオマージュの形を取っている。「日本美術家連盟」の会報誌という、一般人が目にする事のない「関係者」向けの媒体という「気安さ」もあるのだろう。その初っ端から、美術家がこの世に残してしまった作品、即ち美術品の「廃棄ロス」や「保管ロス」に悩む家族の姿が書かれている。

数多くの作品がアトリエや倉庫にあふれ返っており、残された家族の方は、あちこちの美術館に寄贈するなど、後始末に悩まされてきた。

建畠哲「作品を壊す・・・」

美術の「現場」に生まれた美術評論家が吐露した、「後始末」や「悩まされてきた」という語に、美術作品の「苛烈」さが現れている。「後始末」や「悩まされてきた」という語は、通常「ゴミ」に対してこそ使用されるものだ。

美術家なら誰もが知っている事だが、美術作品もまた、「需要」が「供給」を上回る「商品」ではない。従って、その大半は売れ残り、その「後始末」や「保管」に、美術家は常に「悩む」のである。美術家本人が生きている間は、その「後始末」や「保管」の「悩み」は自身の問題になる。

彫刻家に限らず、美術家の方々は、どなたも作品の置き場に苦労されているのではないか。(略)泣く泣く作品を廃棄したり、ビニールシートでくるんで軒下に立てかけておいたりといった話は、駆け出しの学芸員時代からしばしば聞かされてきた。
父の場合も同様である。少しは作品が売れるようになってからは預かってくれる画廊も出てきたが、それ以前は展覧会から返ってくる度に、壊してしまうしかなかった。造ることと壊すことをセットにしなければアトリエの制作スペースが確保できないのである。

同上

しかしその「美術家」が他界すれば、その「後始末」の「悩み」は、そっくりそのまま他人(「家族」含む)に受け継がれる。勿論受け継いだ(受け継がされてしまった)人間が、一切合切を「粗大ゴミ」にして廃棄処分とするという選択をするも、逆に「後始末」を金輪際せずに後生大事に「保管」し続けていくという選択も有りだ。しかしどちらの場合でも、そうした「過剰生産」「過剰在庫」の「美術品」の「後始末」の「悩み」は、確実に次世代、次々世代、或いはそれ以降に先送りされる。しかし現実的には、受け継いだ(受け継がされてしまった)者がどこかで「決断」しなければならない。文中にある「預かってくれる画廊」にしたところで、それは例外ではない。そしてその「処理」の「責務」を負わない人間が、それについてあれこれ言う権利は基本的に存在しない。

エッセイには、上野(「行動美術協会」展)から返ってきた建畠覚造氏の作品を、幼少の哲氏と朔弥氏がはしゃぎながら大きなハンマーで叩き潰して穴に埋めたという「想い出」も書かれている。

新しい絵を描こうとすれば、黒板のように古い絵を消さなければならないというのは、自明の理のようなものなのである。

同上

しかし世の中では、行き場の無くなった「美術品」の「レスキュー機関」があると目されている。それが「美術館」だ。しかし「美術館館長」職にある建畠氏はその甘い期待に釘を刺す。

日本の美術館の多くは作品購入予算はゼロにまで削減され、収蔵庫にもあまり余裕はない。アーティスト本人や遺族からの寄贈の申し入れにも十分には応えられないのだ。(略)それに、もしすべてのアーティストのすべての作品を残さなければならないとなると、早晩、美術館ばかりではなく、巷の建物や広場は絵画や彫刻で埋め尽くされてしまうことになるだろう。スクラップ・アンド・ビルドのシビアーさは、美術においても不可避的なのだ。(略)当事者の一人としては極力良心的に対応しているつもりだが、それにも限界があるということは、美術家連盟の諸氏にもご理解いただくしかない。

同上


「美術館」や「巷の建物や広場」が「絵画や彫刻で埋め尽くされてしまう」光景は、この「あいちトリエンナーレ」ディレクターである氏にして、決して望むべき事態でないかの様に書かれている。しかしまた、「あいちトリエンナーレ」も「スクラップ・アンド・ビルドのシビアーさ」の内にあるというのなら、その間に「矛盾」は存在しない。「あいちトリエンナーレ」もまた、建畠氏の言うところの「自明の理」に従って、「スクラップ・アンド・ビルド」な「イベント」なのだと思えば、「終了」→「撤収」→「廃棄」の流れは極々「自然」だ。

「あいちトリエンナーレ」が終われば、多くの作品は作者の元に戻る。そしてそれぞれの作家に「後始末」の「悩み」が生じる。そこから先の事は、その「責務」を負わない者にとっては「知った事」ではない。「次」の「イベント」があればそれで良い。