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非実在作者

今から3ヶ月前に、「FIFAワールドカップ」なるイベントがあった事を覚えている人はどれだけいるだろうか。それが「南アフリカ共和国」で行われていた事を覚えている人はどれだけいるだろうか。そのそれぞれの試合内容がどうであったかを詳細に覚えている人はどれだけいるだろうか。たった3ヶ月しか経っていないのに、まるで今夏の炎暑で、脳細胞ごとその記憶が蒸発してしまったの様だ。兎に角「南アフリカ共和国」の地で、日本代表チームは何試合かを戦って、イベントそのものが終わる前に帰ってきた。

サムライブルー」というのが、日本代表チームのキャッチフレーズだった。今もそうらしい。そして日本代表を「応援」すると称して、その「応援拠点」である「サムライブルーパーク」なるイベントスペースが、「FIFAワールドカップ」開催中の前後に、東京都渋谷区の国立代々木競技場にオープンしていた。

施設内の「サポーターズステーション」では、「サッカーの歴史」が「学べた」り、「特別」と銘打った「軽食」が食べられたり、或いは屋外に設けられた「革命の広場」では、フットサルコートがあったり、それを見下ろす形で代表ユニホームを模したアディダスのロゴ付き装束に身を包んだ、高さ10メートルの「巨大」坂本竜馬像が設置されていたりしていた。但し「世界最大」の「龍馬像」であるとはいうものの、例の18メートル「等身大ガンダム」の約1/2のスケールではあったりする。サッカー日本代表の「守護神」として坂本龍馬が選ばれたのには、2010年が「龍馬」の「当たり年」だったという事も大いに「関係」しているだろう。広告代理店的な発想である。80年代には、そうした広告代理店的戦略に対して、「冷めつつノリ、ノリつつ冷める」という「浅田彰」的「処世訓」もあったりしたが、果たして今はどうなのだろうか。

http://sankei.jp.msn.com/photos/sports/soccer/100522/scr1005221853006-p1.htm

この「サムライブルーパーク」は、「日本代表」が「FIFAワールドカップ」に於いて勝ち進む間のみ存在するという、時限的な施設だった。従って、日本が優勝すれば、「FIFAワールドカップ」の最終日までそれは代々木の地に存在していた筈だ。しかし「サムライブルーパーク」は、5月22日のオープンから約1ヶ月程度稼働した後、日本代表の敗退と同時に早々に閉じられた。そして「パーク」本体と同時に、「巨大坂本龍馬像」もまた「産業廃棄物」として闇から闇へと処理される筈だった。

しかしどうした訳か、「巨大坂本龍馬像」は「新天地」長崎県島原市に復活する事になった。公式には「日本サッカー協会が(「巨大坂本龍馬像」の)寄贈先を探していた」とされている。そしてそこに島原市が名乗りを上げた。島原市坂本龍馬とほんの少しだけ歴史的な縁があるそうだ。島原市のサイトから引く。

龍馬の長崎初上陸の地は島原だった

坂本龍馬勝海舟に同行し、初めて長崎を訪れたのは1864年。今から146年前のこであります。
長崎での龍馬の活躍は広く知られていますが、その第一歩が島原の地であったことはあまり知られていません。熊本から有明海を渡り、島原へ上陸した龍馬らは、島原街道を歩いて長崎へと向かいました。(原文ママ

http://www.city.shimabara.lg.jp/kanko/index.html

坂本龍馬が島原に「上陸」して、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、日本人にとっては偉大な飛躍ぜよ」と言ったかどうかは知らない。そうしたキャッチーなフレーズを言ったという歴史的「証拠」さえ残っていれば、島原が「坂本龍馬ゆかりの地」である事が、全国的に広く知れ渡っただろう。「ながさき龍馬くん」なる「ゆるキャラ」まで作られているというのに、返す返すも「残念」である。いずれにしても「巨大坂本龍馬像」は、島原市に再び立つ事が「決定」された。

スポーツと龍馬で島原を盛り上げよう!

サムライブルー龍馬像 移設に係るご寄付のお願い

 このたび、「サムライブルー龍馬像を島原市に置きませんか」というご提案をいただきました。

 本市では4年後の平成26年に長崎国体が開催され、サッカー、バレーボール、レスリング、弓道の会場となることが決まっています。
 そこで、この巨大なサムライブルー・龍馬像を長崎国体成功に向けたシンボルとして、またスポーツイベント誘致や観光のシンボルとして、島原復興アリーナの一角に設置し、是非この地で活かしたいと思います。
 寄贈を受けるにあたっては、像が巨大(高さ10m、幅5m)なため移送費、設置費が少なからずかかります。

 しかしこの像は、サッカーをはじめ様々なスポーツが盛んで、また龍馬ともゆかりのある島原にこそふさわしいものだと思います。
 この趣旨にご賛同いただける方に、ぜひ龍馬像の移設に係るご寄付をお願い申し上げます。

http://www.city.shimabara.lg.jp/section/seisaku/furusato/index20100730.html
http://www.city.shimabara.lg.jp/section/seisaku/furusato/leaflet_kifu_ryoma.pdf

しかし「好事」に「魔」が多いのは世の常だ。9月13日付の西日本新聞が伝える。

竜馬像いるぜよ、いらんぜよ 「サムライブルー版」誘致論争 長崎上陸の地・島原市 「夢与える」「無駄遣い」

 サッカー・ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で日本代表を応援するため制作され、国立代々木競技場(東京)に飾られた巨大な「サムライブルー竜馬像」が、長崎県島原市に論争を巻き起こしている。「子どもたちにサッカーへの夢を与えられる」として像の誘致を決めた市に対し、市議会の一部が「『廃棄物』に税金を使うのは無駄遣い」と反発。市が移設費の募金を始めると、反対派も厳しい“ディフェンスライン”を敷き、熱い攻防となっている。

 スポーツメーカーのアディダス社が制作した像は、高さ約10メートルの強化発泡スチロール製で代表カラーの青い着物で懐手した姿。W杯期間中に飾られた後、埼玉県内の倉庫で分解・保管されている。寄贈先を探していた日本サッカー協会に、同市が7月に申し出た。

 市は2014年「長崎がんばらんば国体」でサッカー競技がある復興アリーナの敷地内に設置を決め、運送費を含めた設置費用約880万円のうち、約半分を市民からの寄付で賄うことにした。8月に寄付受け付けを始め、約4週間で21件計約41万円が集まった。市によるとサッカー競技団体からの申し出もあり、反応は上々という。

 市が補正予算案を提案した9月議会の一般質問で、設置反対の安藤幽明議員(63)=無所属=は「像は発泡スチロール製で、いわば『像もどき』。本物を求める時代にふさわしくないのではないか」と追及。横田修一郎市長は「島原は竜馬が長崎に上陸した最初の地という縁もあり、観光の起爆剤になる」と答弁し、像も手入れすれば長く使えると理解を求めた。

 自身も竜馬ファンという安藤氏は「高知市桂浜の竜馬像のパロディーであり見過ごせない。市民からも『何でサッカーと竜馬なの』と疑問の声を聞く」と市の方針決定に憤慨。

(後略)

2010/09/13付 西日本新聞夕刊
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/197189

「強化発泡スチロール製」とは、所謂「リム(ポリウレタン)吹き」というものだろう。それはさておき、運送費を含めた、設置費用約880万円の移設に伴う政治的ストラグルは置くとして、注目すべきは、ここで「反対派」が像の移設に反対する論拠に「像は発泡スチロール製で、いわば『像もどき』。本物を求める時代にふさわしくないのではないか」や「パロディーであり見過ごせない」がある事だ。ここで言われている「本物」が一体何を意味するのかはさっぱり不明だが、全国各地に建立された「銅像」の如くに、それが「ブロンズ」製であり、且つ完成後に「古色」っぽく見える「着色」を施せば、「本物」になるというのかもしれない。昭和期に全国津々浦々に建立された巨大観音像の様に「鉄筋コンクリート製」だったらどうなのだろう。

一方の「パロディーであり見過ごせない」に対しては、首肯する他は無いであろう。それは全く「あやかり」なのだ。別のメディア(朝日新聞)では、「ごみ」という表現も見られた。やがて「捨てられる」事が判明していた段階で、それは確かにその通りである。

しかしその「反対派」を完膚無きまでに黙らせる事の出来る唯一のワードがある。それが「これはアートだ」という唯名論的な「最終兵器」だ。仮に「A」という現代アーティストがいたとして、そのアーティスト「A」は、常日頃から「パロディ」や「もどき」に見える様な「シミュレーショニズム」ティックな作品展開をし、素材は常に「発泡スチロール」を使用しているとして、そうなれば一発逆転、その「あやかり」の「ごみ」は、「一般人」の「卑小」な「常識」を覆す、「本物」の「現代アート作品」になってしまう。後は「現在の竜馬ブームに見られる歴史の物語化を批判した」とか「龍馬像にアディダスのコーポレートカラーやロゴを絡ませる事で、資本主義が全面化する社会を批判した」とか、幾らでも「アーティスト」や「評論家」が、自らの好むところを好き勝手に、その「作品」に対して「牽強付会」すれば良い。可憐な現代アートファンは、そうしてプリペアードされた「牽強付会」を巡って、真面目な顔をして「議論」なんかしたりするだろう。そして仮に「巨大坂本龍馬アート作品」移設に反対する人間がいれば、「アートが理解出来ない人間」と一蹴(サッカーだけに)すれば良いだけの話だ。もしも「坂本龍馬」が「瀬戸内海」に深い「ゆかり」があったとして、この「巨大像」が「アーティスト」の手になる「作品」であったとして、ならば今「話題」の瀬戸内海のアートイベントにこれが「立ってしまう」事を「拒否」する事は、全く以て「困難」になるだろう。

結局のところ、これが問題だったのは、一にも二にも「スポーツメーカーのアディダス社が制作した」からだ。これが「アーティストが制作した」だったならば、全く同じ対象であるにも拘わらず、それは相対的に「無問題」になってしまうだろう。従って、これからこうしたイベントは、全て「アート」の名を立てれば、こうした「クレーム」に対する「安全保障」として、「有利」に事を進められるという事がここから窺い知れる。

その「アーティスト」は「実在する」アーティストでなくても良いかもしれない。「プロジェクト」名や「コラボレーション」名で活動する「実在アーティスト」は幾らでもいる。ならば、それを一歩進め、「プロジェクト」の側から「アーティスト」を仕立てるという方法論を導きだす事は「可能」だろう。それが「非実在アーティスト」になる可能性は十分にあり得る。

嘗て20年程前に「芳賀ゆい」という「非実在アイドル」プロジェクトが存在した。「はがゆい」と読み、その由来は「歯痒い」から来ている。歌担当の「芳賀ゆい」、グラビア撮影担当の「芳賀ゆい」、ラジオ出演担当の「芳賀ゆい」など、総勢57人ものリアルな女性によって、一人のバーチャルアイドル芳賀ゆい」が構成されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B3%E8%B3%80%E3%82%86%E3%81%84

芳賀ゆい」の「プロフィール」はこうだ。

本名は樋口麻紀子(ひぐち まきこ)。
1974年4月15日兵庫県神戸市に生まれ、1歳の時から国分寺に移り住む。
デビュー当時15歳(中学3年生)、芸能活動中に16歳(高校1年生)になる。
身長158cm、体重44kg、B78 W58 H80、血液型O型。
実家は「HIGUCHIベーカリー」というパン屋で、家族構成は父、母、姉(17)、弟(10)、猫のチャ太郎。

当然「嘘っぱち」であるが、機能としての「アイドル」を考えれば、それは十分に「本物」として働く。その後「芳賀ゆい」は、「ホリプロ所属」の「伊達杏子」として発展し、一方で時代は「初音ミク」をも生み出した。

今日「長谷川町子」は「非実在作者」である。「ウォルト・ディズニー」は「非実在作者」である。しかし「実在作者」が不在でも、その「名」で「作品」は作られ続ける。一方「美術」は徹頭徹尾「実在作者」に拘る。「美術」は未だに「非実在作者」が登場する「段階」には「至って」いない。

「美術」の「芳賀ゆい」は何故に出現しないのだろうか。「美術」には「芳賀ゆい」に「抵抗感」があるのだろうか。ならばその「抵抗感」の「根拠」とは何だろう。それが単にトートロジーでなければ良いのだが。