「鳥肌実」

ここ数年はテレビのアンテナをすっかり折っている。最後に長時間テレビ番組を見たのは、アナログ停波から数年前の2007年頃だ。従って、それ以降のテレビの「有名人」は、自分にとっては「無名人」である。

商店の店頭等でしばしば見掛ける、揃いの格好をして笑顔を振り撒いているお嬢さん達は、巷間「有名人」とされているらしいのだが、それが何という名前の人なのかは知らない。プロ野球全球団の監督の名前を答えよと問われても「知るかそんなもん」である。

世間で言うところの「ジジイ」の平均年齢には達していないと思うものの(まだ「優先席」を譲られた経験は無い)、年端の行かない幼児から「バカ!」とか「ウンコ!」とか「ジジイ!」とかの捨て台詞を投げ掛けられる程度にはすっかり「ジジイ」である。

従ってなのかどうなのかは判らないが、所謂「サブカルチャー」の流行に対する感受性/嗜好性は、未だ「ジジイ」の「ジ」ですら無かった頃(約40年前とする)に比べれば、アンテナの感度は随分と低くなっていると自覚はしているし、また今は敢えてかなり低めのチューン値にしているという事もある。

大体「ジジイ」はそういうものを期待されていない存在ではあるだろう。「ジジイ」が持てる資産に飽かせて観光バスをチャーターして大挙押し寄せ、ガレキを買いまくって「荒らし」て行くワンフェスというのは、少なくとも現時点では悪夢に見えるに違いない。

これが恥ずべき事なのかどうかは判らないが、この9月12日まで「鳥肌実」という名前の人物が存在している事を知らなかった。理由は流行に対するアンテナの感度が低い「ジジイ」だからだ。それが物議を醸す可能性を持つ名前である事も知らなかった。理由は以下同文だからだ。

鳥肌実」って誰だ。

そう思っていたら、すぐさま「鳥肌実」氏の「ヘイトスピーチ」が YouTube にアップされている事を知らせる公開ツイートが、リンク付きで「ジジイ」の TL の最上部に現れた。それを9月12日の午前中にリツィート経由で見た自分は、今まで知りもしなかった「鳥肌実」氏の「ヘイトスピーチ」に、いとも簡単に無料で触れる事が出来たのである。

自分はもうすっかり頑固な「ジジイ」であるから、誰でも容易にアクセス可能な「鳥肌実」氏の「ヘイトスピーチ」を見て、その「主張」にハートを鷲掴みにされる事は無かった。前後を切られた件の無料動画で判断する限りは、「面白い『芸』」にも見えなかった。しかしその一方で、この Twitter の公開ツイート上で剥き出しにされた無料公開の「鳥肌実」氏の「ヘイトスピーチ」のリンクを踏むのは、それが Twitter である限り頑固な「ジジイ」ばかりではないだろうなとも思った。それ以降も、この「ヘイトスピーチ」動画へのリンクは、相変わらず間欠的に Twitter 上で剥き出し状態にされている。

9月12日中に(「芸人」としての「賞味期限」を十数年前に過ぎたとも一部にされている)「鳥肌実」氏という存在を何となく把握した気に取り敢えずなり(「正確」なものであるかどうかは判らない)、それから「鳥肌実」氏全般に関する俄勉強を経て(過去には東北芸術大学にも武蔵野美術大学にも多摩美術大学にも日本大学芸術学部にも京都嵯峨芸術大学にも呼ばれていた事を知った)達した印象は、「『パレ・ド・キョート』に於ける(現在の)『鳥肌実』」というのは「『旭山動物園』に於ける(現在の)『鳥肌実』」を目指しているのではないかというものだった。即ち「『(現在の)鳥肌実』の行動展示」である。

「現在の『鳥肌実』」氏が「野獣」であると仮定した上で言うならば、その「野獣」を「博物学」的な「行動展示」の対象として見るというのには様々な条件が必要にはなる。その最も重要な条件は「野獣」を「動物園」内に確実に留めておく事になるが、その条件は取り敢えずは満たされていた様な気がする。少なくとも「野獣」状態にある「鳥肌実」を伴った「散会」等が市中で「ライブ」で行われたりしない限りは。

他の条件としては観客の「姿勢」が挙げられるが、この条件は結構ハードルが高い。即ち飽くまでもそれを「研究対象」として見る事を、3,500円也を払う事でそれを見る権利を獲得した「パレ・ド・キョート」の観客は期待されている。

ARTZONE" は、京都では「知る人ぞ知る」空間ではあるが、同時に「知らない人には全く知られていない」空間でもあり、単純な数字上の比率から言えば後者のウェイトが圧倒的である。東京で言えば、そこは(その経営母体を問わなければ)「NADiff a/p/a/r/t」みたいなものだろうか。

そんな場所にわざわざ出掛けようというのは、大抵は「その筋」(所謂「アート」系)の人であり、また「その筋」の人というのは、その多くは信条的には「リベラル」寄り(或いはどっぷり)の人達であるという勝手な思い込みがある。

飽くまでも印象ではあるが、多くの「その筋」の方々は、Twitter で「桜」方面の人達をフォロー(決して皆無とは言わない)していないだろうし、或いは死んでもフォローするものかと思われている方々も多かろうとは思う。「鳥肌実」氏の「ヘイトスピーチ」(「芸」であるか否かは問わない)程度で、その信条が簡単に揺らいでしまうという方は、そもそも “ARTZONE" という場所には縁が無いのではないかと思えたりもする一方で、しかしそれもまた蓋然性の内にはある事は否定出来ない。自らを智者であると任じている人間が、往々にして煽動に対して脆弱であるという例を幾らでも見て来ている人生だ。

仮に「鳥肌実」氏が「研究対象」になり得たとしても、それでも「鳥肌実」自体が諸所に現れる事自体を許し難いとする方が、3,500円也の観客の中におられる可能性を全くのゼロであるとする見方があるとすれば、それはそれで「誤っている」認識と言えるだろう。

兎にも角にも、「パレ・ド・キョート」の場から「鳥肌実」の名前は削除された。削除されるに至った具体的な経緯は必ずしも明らかではないし、「パレ・ド・キョート」に於ける「鳥肌実」氏の具体的な「行動」がどの様なものになるかも結局判らなかったが、いずれにしてもその削除に「鳥肌実の存在が悪」と考える正義感が果たした役割は大きい。そしてここから先の正義感の行く先としては、拡散されまくっている「閲覧注意」の動画の削除をこそ YouTube に働き掛け続けて行く事になるのだろう。

 

資料「鳥肌実の『パレ・ド・キョート』出演を巡るツイート」
http://togetter.com/li/890169