烙印

良く言われる事だが、「ブランド」の語源は余り芳しいものではない。「New Oxford American Dictionary」にはこうある。

2 an identifying mark burned on livestock or (esp. formerly) criminals or slaves with a branding iron.
• archaic a branding iron.
• figurative a habit, trait, or quality that causes someone public shame or disgrace : the brand of Paula's alcoholism.

動詞形の最初には、

1 mark (an animal, formerly a criminal or slave) with a branding iron.
• mark indelibly : an ointment that branded her with unsightly violet-colored splotches.
• describe (someone or something) as something bad or shameful : the media was intent on branding us as communists | [ trans. ] she was branded a liar.

とあり、「プログレッシブ英和辞典」では

3 (昔罪人に押した)焼き印;(不名誉の)烙印(らくいん), 汚名
the brand of Cain|カインの烙印(殺人の罪).

とされている。「烙印」「汚名」としての「名前」は「負う」ものとして存在する。「ブランド」もまた「(その責任を)負う」為の「徴」である。

「高級ブランド品でなくても、良いものは世の中に幾らでもある」

という立場を取る人も多いだろう。そうした人は、例えば高級ブランドショップに群がる善男善女を、時に「ブランド漁り」などという蔑称を与え、スノッブで「愚か」な者として認識したりもする。「ブランド漁り」を、「不安障害」としての「強迫性障害」の典型的症例であると「認定」する向きもある。

確かに「ブランド品」を持つ事で、「ブランド品を持たない不安」を打ち消したり、振り払う事が出来るという事実はあるだろう。但しこれは卵と鶏の関係であり、「ブランド品」が存在しなければ、「ブランド品を持たない不安」も生じないと思われる。結果的に、市場が「ブランド」を「支持」し、「ブランド」を「勝利」させているという現実が、「ブランド」を「語るべき」対象とする根拠になり得るとする見方も可能だ。だからこそ「ブランド品を持たない不安」には、一定の理由があり、そうした「ブランド」世界への通暁は、「世界的」な「言語ゲーム」に参加する事であるとも言えなくはない。現代の富の基本形態は、「商品」そのものではなく「ブランド」である。

いずれにしても「ブランド」は「品質」を「保証」する「証」と一般にはされている。但し、そうした「ブランド」に与えられる「信用」が必ずしも「現実」を反映しておらず、「ブランド」が、その「名前」に見合うだけの「実質」に欠けているのではないかというリポートもある。

利潤という目標を貪欲に達成したがゆえに、高級ブランドはかつての清廉潔白さを失い、品質はむしばまれ、歴史的価値は低下し、あげくのはてには消費者をだますまでになった。高級ブランドを『民主化』、すなわち、大衆の手に容易に届くものにしたために、経営を担う大物実業家たちは、かつて高級ブランドを包んでいた“特別な輝き”をはぎとった。
そう、高級ブランドはその輝きを失ったのである。

堕落する高級ブランド [単行本]ダナ・トーマス (著), 実川 元子 (翻訳)
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仮に「実質」が伴わない「名前」であったとしても、「ブランド」は「言語ゲーム」に於ける共通言語であるという「美点」はある。「ブランド」は、対象の「価値」を一から説明する過程を省略出来る様に思える。「ヴィトンが…」と話を切り出せば、「ヴィトン」と称される価値の体系を共有する事が可能だ。予め共有された「ブランド」の「価値」は、その「価値」を共有する「ゲーム」の参加者に対してルール的に働く。「ブランド」の「価値」は、「ブランド」という「言語ゲーム」の「参加者」にとっての「価値」だ。加えるに、それは図らずもダナ・トーマスが認めてしまった様に、「市場」という「ゲーム」の外世界でも「勝利」してしまっている。その「勝利」を以て、「ブランド」と「製品群」の自己言及的な関係が正当化されもする。

ここまでが前段。ここからは、事実上「富の源泉」としての「徴」、「ブランド」を巡って紡がれる言説ジャンルについて書く。

【続く】