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すくなくともいまは、目の前の街が利用するためにある

【枕】

「枕」は仮定の話になる。

或る古書店で古い洋書を買ったとする。その本がどういう経緯でこの店先に流れ着いたのかは判らない。そのページを捲って行くと、二葉の写真プリントが挟まれていた。

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裏書めいたものは無い。一体何時頃の写真だろうか。少なくともカラーフィルムが発明されてからのものである事は確かだ。ここは何処なのだろう。撮影者は何処の誰だろう。そして何を思ってこのショットを撮ったのだろうか。

【枕】終わり。

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東京・恵比寿の waitingroom で、「すくなくともいまは、目の前の街が利用するためにある」展を見た。

同展プレスリリース(PDF)
http://www.waitingroom.jp/japanese/exhibitions/2015/doubles_vol1/07122015_waitingroom_doublesPR.pdf

奥の部屋の一面の壁全面に大きく「引き伸ばされて」いる写真があった。広大な牧草地。十数頭の牛。所謂「引き」で撮られた画面内にある何れのものに対しても、特段に関心の中心化を図っていない様に見えるこの写真の撮影は、この展覧会に「アーティスト」としてクレジットされている人によるものなのだろうか。

それにしては、余りにも「訴え掛けよう」とする姿勢の見えない写真だ。何らかの形での「訴え掛け」がその「存立」の根本にある「アーティスト」の写真には、多かれ少なかれそうしたものが――判り易い/判り難いを問わず――含まれているものではあるだろう。しかしこの写真は「訴え掛け」の在処を示そうとするものでも、また「訴え掛け」の不在を示そうとするものでも無さそうだ。言わばこの写真は、そもそも「『写真』にする」意志というものが欠けている様に見える。

極めて安手のテレビドラマに、ハンカチに染ませた「クロロフォルム」を嗅がされて誘拐されるという定形があるが、この大きく引き伸ばされた牧場の写真は、その失神状態から冷め、後ろ手に縛り上げられ監禁されている誘拐アジトの窓から見た風景の様にも思える。のんびりした牛の声が不安をいや増しにする。そこが何処であるかの情報に乏しい風景。ここは一体何処だろう。人の話し声もしない。何処の国かも判らない。

やれやれこれはまたまた極めて難儀な「写真」だなと展覧会場で途方に暮れていたところ、親切なギャラリーの方が、わざわざこちらに寄って来られて、この撮影者が誰であるかを明かしてくれた。それは作家の御祖母であられるという。それを聞いた事で「途方に暮れた」は終わり、それに代わる形で「より途方に暮れた」が始まった。「武田雄介」という「アーティスト」による「写真」ではなく、その「祖母」による写真。困惑をより深める為の親切。

「祖母」という一般名詞の持つ罠。「祖母」とは、基準となる者から直系2親等の「上流」に位置する「女性」を意味している。その基準を満たしていれば誰でも「祖母」になる。同じ長谷川町子キャラの「磯野フネ(サザエさん)」と「伊知割石(いじわるばあさん)」は――それぞれ「フグ田タラオ」「伊知割マコト/伊知割サナエ/伊知割ツトム」にとって――「祖母」である。「右寄り」の政党に投票し続ける「祖母」もいれば、「左寄り」の政党に投票し続ける「祖母」もいる。一日の多くの時間をオカンアートの制作に費やす「祖母」もいれば、Adobe Lightroom を立ち上げつつ次の個展のプランを構想している「祖母」もいる事だろう。

Wikipedia「祖母」を検索すれば、「直系2親等にあたる女性や高齢の女性についてはおばあさんを参照」とあり、「おばあさん」の項目へと飛ばされる。この「おばあさん」がまた極めて厄介な一般名詞だ。「おばあさん」には二重の「ジェンダー」が被せられている。「女性」という「ジェンダー」と、「老人」という「ジェンダー」だ。Google 画像検索で「おばあさん」を検索すれば、その二重の「ジェンダー」を被せられた人々の画像が表示される。

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「作家の祖母の方が撮られた写真です」。その言葉を聞いて、この Google 画像検索に表示されている様な人がカメラを構えている――どちらかと言えば微笑ましい印象の――姿がすぐにも想像されてしまう。しかし勿論それは「祖母」という言葉の罠だ。その「祖母」は、その写真を撮影した時点では、まだ「祖母」になっていないうら若き20代の女性だったかもしれないのに。しかしそうであっても「作家の祖母の方が撮られた写真です」は誤りではない。「作家のおばあさんの方が撮られた写真です」ですら「正確」な表現である。

勿論根掘り葉掘り問えば、その「祖母」がどの様な人であり、またその写真の撮影時期や撮影場所、撮影意図すら知る事が出来たかもしれない。しかしこの写真は「『祖母』の方が撮られた写真です」のままにしておくのが良い様な気がする。

極めてつまらない話にはなるが、「現代美術/現代アート」の世界には「拾ったもの」を作品に使用する系譜というものがある。「流木」アートや「廃品」アート的な作品を作る人は、何処の町にも必ず一人はいるだろう。「コラージュ」に使用される「コレ」された数々の「パピエ」は或る種の「拾ったもの」になるだろうし、少々の無理を承知で言えば「レディメイド」もまた「拾ったもの」の系譜にあると言える。そうした「拾ったもの」系譜の作品に対して、「近代的な主体概念を超克する」的な解釈――表現者本人によるもの含む――が常に被せられ(て解釈の消費をされ)るというのもまた、「現代美術/現代アート」の世界では極めて良く見掛ける、永遠に続くかと思われる日常風景である。

この「武田雄介」という人の、これまでの「インスタレーション」を見ての印象もまた、何処かで「拾ったもの」感のするものだった(その全てが買い求められ、或いはそれを構成するものの幾つかが「作られている」ものであったとしても)。その「インスタレーション」と呼ばれ得る何かを前にした観客は、何処かしら「途方に暮れる」感に向き合わされたものだ。それは「拾ったもの」――例えば「コーヒー缶」や「古タイヤ」や「手放された玩具」等――を使い、誰もが見知っている「ティラノサウルス」のイメージに「昇華」させて行く様な類の「アート」では無い。寧ろそれは、誰かがコーヒー缶を蹴り続けた挙句に道路端の凹みに嵌ってしまい、そのままで放置されている様な――しかし「道路端の凹みに嵌ってしまった」といった「事件」の起こり様を読み取る事が可能である様な――ものだ。

ここにあるのは、撮影者の情報が欠落している「拾った写真」として現れている。牧場の写真の向かって右隣の人物を撮った写真は、その相対的な「高精細」から判断して(その判断は間違っているかもしれない)字義通りの「拾った写真」ではなさそうだが、しかしそこには「私はここを拾った」的な切り取りがされている。そこを「アーティスト」が「拾った」理由は判らない。単純に元写真の天地のそれぞれ「中央」部分というのはあるかもしれない。その一方で、その「拾った」部分を「中央」にする為に、「全体」の写真の構図が決定されているという捻転が存在している様にも思える。

しかしそれもこれも判らないままにして、「より途方に暮れる」という状態に置かれ続けているのが良いのだろう。

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未だ京都の冬が残っていた2015年3月の話。「京都芸術センター」2階の “Speaking in Tongues(Aernout Mik)" を見た後に、「PARASOPHIA特別連携プログラム」の「鳥の歌」展を見るという事にした。

アーノウト・ミックを見終わり、階下に降りるとそこには校庭の向う側にある展示を最初に見て欲しいという内容の掲示がされていた。数十メートル離れた校庭越しの展示室(以後「第一室」とする)と思しき部屋の扉には、何らかの文章が書かれた紙が貼ってあるのが見えた。しかしそこに何が書かれてあるのかはこの距離では明らかではない。展示の指示通りにそこまで歩いて近付いて行くと、その紙に書かれた文言の内容が明らかになった。機器故障の為にこの部屋の展示は取り止めになったという意味の事が書かれている。最初に見て欲しいというものを省いて次のもの(「第二室」)を見る訳にも行くまい。その日は「鳥の歌」を見る事を止めた。

次に京都芸術センターの「鳥の歌」に行ったのは2週間後位だろうか。2週間というのは「機器」のテクニカルなそれなりの安定性が確保され、ベータ公開状態が解消されるだろうマージンを勘案してのものだ。果たして何事も無かったの如く「第一室」のそれは動いていた。

聞き様によっては他愛の無い話が、3面のスクリーンから交互に流れて来る。3つの「他愛の無い話」。この手の話は何処かで聞いた記憶がある。ああそうか、自分の母親が話していた、父親との馴れ初めの話だ。見合いの場で二人きりになり、それから見合い会場を出て近所の公園か何かを歩き、そこのベンチを若い女性(やがて自分の「母」になる)に譲る際に見せた若い男性(やがて自分の「父」になる)の些細な――しかし間が抜けている――行動に、「この人は良い人だ」と確信したといった様な話だった。

その話は自分の中では一回しか聞いた記憶が無いものの、しかし今でも鮮明に覚えている。その時、目の前の人は「母」である事から離れていた。同時にその話の中に登場する若い男の人(やがて自分の「父」になる)もまた。その目の前の「母」を着た「娘」の話す「他愛の無い話」はまた、「歴史」的には「第五福竜丸」と同じ頃の話でもある。しかしそれも「『時代』としては」なのではある。

確かに京都の「鳥の歌」では、三つの「他愛の無い話」があってこその「第二室」の「資料」だった。その「資料」の中には、相対的に若い男女が寄り添う写真もあった。「他愛の無い話」と「時代」。或いは「時代」と「他愛の無い話」。それは「時代」の中にある「他愛の無い話」なのだろうか。それともそうした「時代」に、完全には添い寝する事の無い(或いは「添い寝」を何処かで拒否する)「他愛の無い話」なのだろうか。

今回の waitingroom の展示では、京都の「第一室」に於ける様な「他愛の無さ」は後景に下がっていた。京都の「第二室」から派生しただろうこの展示は、そうした「他愛の無さ」に覆い被さっていた「時代」を、相対的に前景にする。

日本統治時代」の地図がそこにあった。巡り巡って、今は台湾人の「ノスタルジー」の対象でもあるらしいその地図の山間部を見て、ああここに隣室の写真の牧場があるのかもしれないと妄想した。

そして、何処とも判らない牧場(もしかしたら「台湾」かもしれない)に於ける「他愛の無い話」に思いを馳せた。「第一室」の「おばあさん」達が、まだ「娘」だった頃に話されていた様な。

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本の中に挟まれた「写真」は、或る女性によって1930年代の末頃に撮られた写真である事までは判った。その時、その女性は「他愛の無さ」からそれを撮影しただろう。そしてその数年後に彼女は「妻」になり、その直後に「自殺」するのである。