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ローマン・オンダックをはかる



これは、あなたのテレビの故障ではありません。こちらで送信をコントロールしているのです。水平線も、垂直線も、ご覧の様に自由に調節出来ますし、映像の歪みも思いのままです。また焦点をぼかしたければこのように、合わせたければいつでも鮮明に映し出せます。あなたは、これから私達と共に素晴らしい体験をなさるのです。それは、未知の世界の神秘とも言うべき、宇宙の謎を解く驚くべき物語です。


There is nothing wrong with your television set. Do not attempt to adjust the picture. We are controlling transmission. If we wish to make it louder, we will bring up the volume. If we wish to make it softer, we will tune it to a whisper. We will control the horizontal. We will control the vertical. We can roll the image, make it flutter. We can change the focus to a soft blur or sharpen it to crystal clarity. For the next hour, sit quietly and we will control all that you see and hear. We repeat: there is nothing wrong with your television set. You are about to participate in a great adventure. You are about to experience the awe and mystery which reaches from the inner mind to – The Outer Limits.


“The Outer Limits" First lines of each episode(日本語版のナレーションは若山弦蔵氏)


“The Outer Limits" は、米ABCテレビで1963年9月15日から1965年1月16日まで放送されたサイエンス・フィクションもののテレビドラマだ。“The Twilight Zone"(米CBSテレビ)と双璧を成す同番組は、日本でもその第1シーズンが1964年の2月からNETテレビ(現テレビ朝日)で邦題「アウターリミッツ」として、第2シーズンは1966年の10月から日本テレビで邦題「ウルトラゾーン」として放映され、自分はリアルタイムでそれを見ていた。「アウターリミッツ」の2年後(“The Outer Limits" の3年後)に放映される事になる「ウルトラQ」のオープニングに流れる、石坂浩二氏による「これから30分、あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議な時間の中に入って行くのです」というナレーションを聞くや否や、当時小学4年生だった自分は、その「タケダアワー」の「メイド・イン・ジャパン」が “The Outer Limits" に強く「インスパイア」されたものである事を痛く悟った。


“The Outer Limits" で最も記憶に残っている回の一つに、「ウルトラゾーン」時代(Season 2)の「十秒間の未来」(原題 “The Premonition")がある。そのプロットは、テストパイロットのジム・ダーシーの乗る極超音速ロケット実験機 X-15 が音速の壁を超えた後に地上に激突し、同時刻に自動車で衝突事故を起こしたその妻と共に時間が止まったかの様に見える――実際には1秒間が30分間に引き伸ばされている――10秒後の未来に入り込んでしまうという一種のタイムトラベルものだった。


ジム・ダーシーとその妻リンダは、この時間の裂け目から、二人を待つ娘ジャニーのいる時間の世界に戻らねばならない。しかしその前に、この時間の世界でやらねばならない事がある。それはゆっくりと時間が進むこの世界だからこそ出来る事だ。元いた時間では考える間も無く訪れてしまう悲劇が、考える間を十分に与えられつつ今そこで起きようとしている。



プロット詳細:
http://mylifeintheglowoftheouterlimits.blogspot.jp/2015/01/episode-spotlight-premonition-1091965.html

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2015年2月8日から2015年3月8日まで、東京の MISAKO & ROSEN で行われていた「奥村雄樹『ローマン・オンダックをはかる』」展の会場を入ると、下り階段右手の壁に和文と英文で書かれた二枚のキャプションボードが貼られていた。



“Art Viewer" には同展の会場風景が公開されているが、そこにアップロードされた5枚の画像で、目に見える状況を理解する為のものとしてはほぼ十分だと思われる。


http://artviewer.org/yuki-okumura-at-misako-rosen/


そのキャプションボードの文章を読むや否や、自分の頭の中に「アウターリミッツ(“The Outer Limits")」の「あなたは、これから私達と共に素晴らしい体験をなさるのです。それは、未知の世界の神秘とも言うべき、宇宙の謎を解く驚くべき物語です(“You are about to participate in a great adventure. You are about to experience the awe and mystery which reaches from the inner mind to – The Outer Limits.")」のナレーションが流れた。そしてこの部屋はあの「十秒間の未来(“The Premonition")」の中にあるのではないかと思い始めた。確かにここの時間は引き伸ばされている。


キャプションボードの文章内に「この手順はあなたの観客参加型の作品《宇宙をはかる》(2007)と基本的に同じです(“The procedure is basically the same as that of your paticipatory work Measuring the Universe (2007)")とある。「基本的に同じ(basically the same)」。確かに「1秒間」が1秒間の世界と、「1秒間」が30分間の世界もまた「基本的には同じ」だ。双方共に時間は一方向に進み、「因」と「果」の関係も「基本的に同じ」だ。問題は1秒間が1秒間の世界に住んでいる者が、1秒間が30分間の世界に入ってしまうところにある。


参考:「奥村雄樹『ローマン・オンダックをはかる』について」 Togetter
http://togetter.com/li/774067?page=1


この展示と「基本的に同じ」である Roman Ondák 氏の “Measuring the Universe(宇宙をはかる)" について、2011年にテート・セント・アイヴスのマーティン・クラーク氏が解説したものがある。


The work started as a completely empty white room and over the course of the last three months it slowly developed and developed and we now have this extraordinary kind of dense, black band with names running all the way around the gallery space.


http://www.tate.org.uk/context-comment/video/tateshots-roman-ondak-measuring-universe


「この作品は全く何も無い白い部屋から始まり...(The work started as a completely empty white room... )」。「宇宙をはかる」と「ローマン・オンダックをはかる」両作品の「基本的に同じ」部分の一つ。このローマン・オンダック氏の「宇宙をはかる」を「知る」多くの者がそれを思い浮かべる時、それは人の背丈を表す幾つかの、或いは極めて多くの線が引かれている会場風景であるに違いない。しかしこの作品の「初期状態」は、飽くまでも「全く何も無い白い部屋」だ。


作品「宇宙をはかる」が「行われた」 MoMa にしても、或いは Tate St Ives にしても、その「初期状態」であるところの「全く何も無い白い部屋」は、「参加者/パフォーマー(partcipant/performer)」の作品への参加を待ち受けている状態にある。現実的にはそれは「公開」(それが内覧会や限られたスタッフ向けのものであったとしても)から程無く失われてしまう「初期状態」――或いは “BEFORE(使用前)――であるには違いない。しかしそれでも「全く何も無い白い部屋」の「初期状態」の時間は「宇宙をはかる」という作品に紛れも無く存在し、またその「全く何も無い白い部屋」という時間は「宇宙をはかる」という作品に不可欠な要素である。仮にローマン・オンダック氏が「宇宙をはかる」の「公開」を認めるサインを出した時点で既に線が幾つか引かれていたとしたら、この作品の意味は全く失われてしまうに違いない。「参加」によって生じた “AFTER(使用後)" を見せる事こそが、その作品成立の条件の様に思える「宇宙をはかる」は、一方で「参加」の “BEFORE(使用前)" という「全く何も無い白い部屋」の状態を必ずインクルードしていなければならない。即ち「未参加(或いは非参加)」の状態は、こうした「参加型作品」を成立させる基本条件なのだ。


現実的な「宇宙をはかる」作品の話をしよう。前述した様に、その「初期状態」はすぐにでも(それが数秒なのか数分なのか数日なのかは判らないが)終わらせられてしまう。「宇宙をはかる」作品に於いては、「参加者/パフォーマー(partcipant/performer)」という「獲物」がたちまち掛かる様にセッティングされている。「宇宙をはかる」作品にとっての美術館は「釣堀」なのである。「釣堀」での釣りは――どの様な「魚」であれ――釣れれば良い。しかも実際の「宇宙をはかる」作品では、針先に「魚」を付けてくれるスタッフすらいるのである。最初の「魚」が釣れるまでを待つ時間。それは「獲物」が何であるかを問わない「釣堀」では呆気無く破られる。そしてそれからは、面白い様に「魚」が掛かる。スペクタキュラーな黒帯(black band: 無数の魚拓)になるまでに。


一方「ローマン・オンダックをはかる」作品の「釣り」はそうではない。それは三日月湖のカッパを釣ろうとする三平三平(釣りキチ三平)の様な釣りだ。狙うべき「獲物」は「ローマン・オンダック」以外には無い。その「獲物」が世界の何処かで泳いでいる事も判っている。しかし「ローマン・オンダック」は「三日月湖のカッパ」ではない。「ローマン・オンダックをはかる」という釣りの「獲物」は、その釣りを考案した「釣人」なのである。「『魚』を釣る『釣人』」と「『釣人』を釣る『釣人』」。構造もまた――「釣人」が「釣られる魚」になるという反転がされているとは言え――「基本的に同じ」である。


最初(/最後)の「釣人」が釣れるまでの時間は、「釣堀」では一瞬だった最初の「魚」が釣れるまでの時間の何倍あるのだろう。反転される事で引き伸ばされる「待つ」時間。 MISAKO & ROSEN では「釣人」を釣る「釣人」が「釣糸」をずっと垂らし続けているその様子をずっと見るだけである。時々「自分がその『釣人』になってやろうか」とか「自分が『釣人』なのかもしれない」と冗談を飛ばすギャラリーがいるかもしれないが、しかしこれは恐らく単純な程に単純な「『釣人』を釣る『釣人』」を見るものなのである。そしてその単純さは、蟹缶の中身を取り出し、そのラベルを蟹缶の内側に貼り直して、半田付けで缶詰を閉じるという反転――「ローマン・オンダックをはかる」の作家が自らのワークショップで再現していた――の単純と同じだ。その様な蟹缶と反転された蟹缶もまた「基本的に同じ」である。


つまり「ローマン・オンダックをはかる」は、その別名を「『宇宙をはかる』の缶詰」としても良いのだろう。“Measuring the Universe" と書かれたラベルは、缶詰を外側から見る者(Roman Ondák 氏含む)に対して向けられていた。そして今それらは全て反転し「『宇宙をはかる』の缶詰」の中にある。「ローマン・オンダックをはかる」は、今まさに缶詰の中に入れられてしまった Roman Ondák 氏を、缶詰の外に呼び寄せようとするものだ。


内側から外側への困難な旅を経た Roman Ondák 氏が MISAKO & ROSEN に現れ、そしてスタッフの首実検――これは確かにあの「釣人」だ――の結果、その壁に “Roman" と計測の日付が記された背丈の線が引かれた瞬間、「十秒間の未来」の二つの時間が再び交錯した様に、缶詰の内側と外側の世界は交錯し、再び Roman Ondák 氏は缶詰の外側の人になる。その時 Roman Ondák 氏は缶詰の内側の記憶を覚えているだろうか。


You are about to participate in a great adventure. You are about to experience the awe and mystery which reaches from the inner mind to – The Outer Limits.