ジャパンバーガー

そういう訳で、2014年の FIFA ワールドカップブラジル大会の決勝戦は、ドイツとアルゼンチンの間で戦われ、ドイツの優勝で幕を閉じた。たった5日前の話だが、随分と昔の様な気もする。


日本人はこの決勝戦に日本代表が残っている事を何処かで夢想していただろうか。決勝戦に日本代表が残っていなかった事を「誤算」と思う日本人はいるだろうか。飽くまでも想像でしか無いのだが、日本人の日本代表に対する期待感の平均値としては、グループCを2位(1位ではない)でギリギリ通過して、決勝トーナメントの初戦(Round of 16=例:対コスタリカ戦)を辛勝し、準々決勝(例:対オランダ戦)で惜敗して「感動をありがとう」を言い合い、その翌日にはその「感動」をすっかり忘れるといった感じだっただろうと思われる。


FIFA ワールドカップを開催するには莫大な資金が必要だ。少なくとも21世紀のワールドカップはそうだ。今回のブラジル大会でその資金の一部を差し出したのは、1994年のアメリカ大会から連続して「FIFAワールドカップオフィシャルスポンサー」となっているマクドナルドである。マクドナルドはその見返りとして同年から「オフィシャルレストラン」の権利を取得し、FIFAから2014ワールドカップにあやかる商売をする事を公式に認められた。例えば日本マクドナルドで行われていた「マクドナルド 2014 FIFAワールドカップ キャンペーン」がそれに当たる。


そのキャンペーンの結果だが、5/27日から始まった同キャンペーン中の6月の既存店売上高は前年同月比8.0%減となり、既存店客数は10.7%減というものだった。スターゼン伊藤ハム、デルマール、イナ・ベーカリー等の委託工場の生産ラインを変更し、提灯記事をばら撒いてまで起死回生を狙った日本マクドナルドにとって、それは全くの「誤算」だっただろう。しかしその「誤算」は、サッカー日本代表がワールドカップで優勝しなかったといった様な意味での「誤算」の様な気がする。21世紀は企画書やパワポ書類の出来がそのままビジネスの成功に直結する様な牧歌的な時代では無い事は確かだ。ならばそれらを作る事は無駄だろうか。そうかもしれない。


アメリカ本国のマクドナルドでも「誤算」は続き、米国の消費者情報誌 "Consumer Report" の調査では、他を大きく引き離して "Worst Burgers" にマクドナルドが選ばれていて――因みに同調査では "Worst Chicken" に "KFC" 、"Worst Sandwiches & Subs" のブービー賞に "Subway" が選出されている――その業績も日本マクドナルド同様芳しいものでは無い


今から16年前の1998年に中村政人氏が「QSC+mV」を発表した頃は、「ゴールデンアーチ」は「力あるもの」の象徴だったが、今は「力失われるもの」の象徴ですらある。やがて「QSC+mV」という作品は、マクドナルドの業績如何では「うら寂しいもの」に見え、その内にその「ゴールデンアーチ」が何なのか誰も知らない様になるのだろうか。しかしそれもまた何処かで「現代美術の心意気」と言うべきものだろう。


それはさておき、日本マクドナルドの「マクドナルド 2014 FIFAワールドカップ キャンペーン」で最も目立っていた企画は「FIFA World Cup公式ハンバーガー」であった。




今回登場するのは、日本や開催国のブラジルをはじめとした出場8ヵ国をイメージした食材や味付けをお楽しみいただける商品で、【ハンバーガー:全4種類】/【サイドメニュー:全3種類】/【炭酸ドリンク・デザート:全6種類】/【朝マックメニュー:全1種類】という、幅広いラインナップでお届けいたします。


http://www.mcd-holdings.co.jp/news/2014/promotion/promo0519a.html


参加32カ国中、日本マクドナルドが選んだ8カ国は、ブラジル(4位=ハンバーガー)、ドイツ(優勝=ハンバーガー、サイドメニュー)、日本(グループC4位=ハンバーガー、炭酸ドリンク)、フランス(ベスト8=ハンバーガー、デザート)、イタリア(グループD3位=サイドメニュー)、オランダ(3位=炭酸ドリンク)、ベルギー(ベスト8=デザート)、スペイン(グループB3位=朝マックメニュー)であり、準優勝国であるアルゼンチンは入っていない。この中の日本とイタリアとスペインが「グループリーグ敗退」という日本マクドナルドにとっての「誤算」があった。「ブラジルバーガー(4位)」と「ドイツバーガー(優勝)」を販売終了した後、「日本」をイメージしたとされる「ジャパンバーガー」投入は、キャンペーン後半の6/18日からだったものの、その3日前の6/15日(日本時間)にはグループリーグの初戦(Match 6)で日本がコートジボワールに負けていた。「ジャパンバーガー」発売から2日後の20日(日本時間)の第2戦(Match 22)ではギリシャと引き分けて、ここでノックアウトリーグ進出の確率はかなり低くなる。そして「ジャパンバーガー」発売1週間後の25日(日本時間)の対コロンビア戦(Match 37)で、日本代表はワールドカップから姿を消す。一方日本マクドナルドの「ジャパンバーガー」は、7月5日(日本時間)準々決勝敗退の「フランスバーガー」と共に設定された「7月上旬(予定)」の販売終了の「公約」に縛られる形で、7月8日までだらだらと販売され、翌9日から「夏のマックFes!」にバトンを渡す。


「ジャパンバーガー」の販売終了が「7月上旬(予定)」に設定されたのは、先に書いた「日本人の日本代表に対する期待感の平均値」から導き出されたものだと推察される。7月6日に行われる準々決勝で日本が敗退し、そこで「ジャパンバーガー」も販売終了というシナリオを組んでいたのだろうが、「7月上旬(予定)」というところに「日本優勝」の芽があるのではないかという夢想的な「皮算用」も見える。


その「ジャパンバーガー」を含む「FIFA World Cup公式ハンバーガー」メニューの「コンセプト」の一部を引く。


「ブラジルバーガー ビーフBBQ」
バンズは、ワールドカップの気分を盛り上げるサッカーボール仕様。炭火焼のように香ばしいグリルソースが食欲をそそります。2枚の100%ビーフパティの間には、チェダーチーズでアクセントを。細切りレタスと、赤・黄色のパプリカは、ラテン系の彩りを添えます。


「ドイツバーガー ポークシュニッツェル
ドイツ生まれのカツレツ、シュニッツェルがハンバーガーになりました。細引きのパン粉でサクッと揚げたポークカツは、食べごたえ満点。プレッツェル風バンズにポテトフィリングとローストオニオンを合わせ、キノコの香り豊かなシャンピニオンソースで仕上げました。


「ジャパンバーガー ビーフメンチ」
ワールドカップの気分を盛り上げるサッカーボールバンズにはさまれた、ジューシーなチーズ入りメンチカツ。ビーフとオニオンの旨みが広がります。シャキシャキのキャベツはメンチとも相性ばっちり。6種類の野菜と果実をすり下ろしたメンチカツ用ソースで仕上げました。


「フランスバーガー チキンコルドンブルー」
フランス料理、コルドンブルーをイメージした一品。トロッととろけるカマンベールソースの風味をお楽しみください。サクサクした衣のチキンフライと、スモークせずにスチームして作りあげるフランス式製法のハム3枚が上品な味わい。ソフトフランスパン風のバンズはしっかりした食べごたえです。


「イタリアン リゾットボール(トマト&イカスミ)」
玄米のリゾットでチーズソースを包み込んでフライした、サクサクとろーり食感に仕上げたサイドメニューです。ガーリックとハーブを加えたトマトリゾットと、香り豊かなイカスミリゾットの2種類が1個ずつ入ったセットで、おいしさのコンビネーションをお楽しみください。


http://www.mcd-holdings.co.jp/news/2014/promotion/promo0519a.html



これらのメニュー開発は日本マクドナルドによる。それぞれの国から上がって来たものではない。従って「ブラジルバーガー」にしても、「ドイツバーガー」にしても、「フランスバーガー」にしても、「イタリアンリゾットボール」にしても、それらは日本から見た各国(料理)のイメージに基づいた戯画的な「連想構築物」である一方で、「ジャパンバーガー」のみは主観的な「自画像」になっている。


実はこの「FIFA World Cup公式ハンバーガー」企画は、各国のマクドナルドの幾つかで似た様なキャンペーンが行われていた。目立ったところでは開催国であるマクドナルドブラジルを始めとして、マクドナルドオーストラリア/マクドナルドニュージーランドマクドナルド香港、マクドナルドドイツ、マクドナルドシンガポールマクドナルドクロアチアマクドナルドロシア、マクドナルド韓国、マクドナルド南アフリカマクドナルドオランダ、マクドナルドトルコ、マクドナルドオーストリアマクドナルド台湾、マクドナルド中国、マクドナルドフィンランドマクドナルドマレーシア、マクドナルドチリ、マクドナルドウルグアイマクドナルドコスタリカマクドナルドイスラエルマクドナルドスウェーデンマクドナルドグアテマラマクドナルドクウェートマクドナルドポルトガルマクドナルドインドネシアマクドナルドチェコ等で、そうした「連想構築物」のハンバーガーが作られていた。



各国のマクドナルドに共通して存在していたのは開催国ブラジルの「ブラジルバーガー」だったが、そのレシピは各国異なったものになっている。即ちそれぞれの国のレベルで想像し得る限りの「ブラジル」が、それぞれの国のマクドナルドの「ブラジルバーガー」に現れている。それらの多くは「スパイシー」なものを「ブラジル料理」に見ていた様だ。一方で「SAMBA」というネーミングも多い。


因みに開催国ブラジルのマクドナルドも「ブラジルバーガー(McBrasil)」を作っていた。即ちブラジルによるブラジルの「自画像」である。マクドナルドブラジルはこのキャンペーン中、曜日毎に「各国」のバーガーを入れ替えていて、「ブラジルバーガー」は日曜日発売になっていた。



その材料は、アンガスビーフ、マヨネーズ、ビナグレッチ、レタス、エメンタールチーズ(Bife de res Angus, mayonesa, vinagreta especial brasileña, lechuga y queso Emmental)である。シュハスコをベースにしたと思しきこのブラジルの「自画像」に、他国がブラジル料理にイメージしている様な「スパイシー」成分は無い。日本マクドナルドが細切りレタスと赤と黄のパプリカを使ってまで戯画的に且つ緻密に再現した「ラテン系の彩り」は、クラウンバンズ直下のビナグレッチがあっさりと実現してしまっている。



一方マクドナルドドイツは、ドイツの「自画像」である「ドイツバーガー(Germany Fan Double)」を作っていた。牛肉、ベーコン、赤タマネギ、ハーブバター(クロイターブッタ―)タイプのソース(Ein ganz besonderer Burger mit zweimal saftigem Rindfleisch, herzhaftem Bacon, roten Zwiebeln und einer Sauce nach Kräuterbutter-Art)等がその材料だ。クロイターブッターをドイツは「自画像」として選択したが、これもまた日本マクドナルドを始めとする他国の「ドイツバーガー」に、そうしたセルフイメージと同様のものは採用されなかった。


さて「ジャパンバーガー」だが、各国のマクドナルドのラインアップにそれは存在しない。日本を「FIFA World Cup公式ハンバーガー」のメニューに加えるバリューが存在すると思い込んでいるのは日本人だけであるから、当然と言えば当然の事である。日本マクドナルドはメンチカツと千切りキャベツを日本のセルフイメージとしたが、仮に各国が「ジャパンバーガー」を作るとしたら、それらは決して採用される事は無いだろう。


現実的に存在する「ジャパンバーガー」の例はこれだ。



http://sushiburger.com.au/menu.html



http://www.oishiibun-yosushi.com/


日本人にとって、これらの「ジャパンバーガー」には違和感を感じるだろう。しかし日本人以外の多くは、「メンチカツに千切りキャベツ」よりも「スシバーガー」の方に「日本」を感じるのは確かだ。日本以外のマクドナルドで「ジャパンバーガー」を企画すれば、まず間違いなく後者の系列にあるものになるに違いない。

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海外で日本人アーティストが成功するには、「スシバーガー」的なコンテクストに戦略的に乗らなければならないという事を言う人もいるだろう。或いは「メンチカツに千切りキャベツ」という特殊性(自画像)を見せるべきだと言う人もいるだろう。


しかし多くは「スシバーガー」にも「ジャパンバーガー」にもならずに成功を収めている。On Kawara は間違い無くその内の一人であった。


【数本先に続く】