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イーサン・ハントのフラッシュバック

承前


PTSD」という言葉が精神医学に於いて初めて登場したのは1980年になる。「アメリカ精神医学会(APA)」が定め、「世界」的に使用されている精神障害に関するガイドラインである「DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:精神障害の診断・統計マニュアル)」の、「DSM-III(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Third Edition)」というバージョンに、当時の「アメリカ国家」の社会制度的変容の要請もあって、その語は些か拙速に誕生した。「DSM-IIII」はその小改正版である「DSM-III-R」(1987)から、「DSM-IV」(1994)、「DSM-IV-TR」(2000)を経て現在の「DSM-5」(2013)へと至る。「DSM-III-R」までに存在した「通常の人が体験する範囲を越えた(experienced an event that is outside the range of usual human)」という、専ら「ヴェトナム帰還兵」を想定していた表現を改めた「DSM-IV」から、「PTSD」の「診断基準(criteria)」を引用する。尚「アメリカ精神医学会」が公認する、味わい深い日本語で訳された同書に於ける「PTSD」の「公式」的な和訳は「外傷後ストレス障害」である。


A.その人は、以下の2つが共に認められる外傷的な出来事に暴露されたことがある。


⑴ 実際にまたは危うく死ぬような重傷を負うような出来事を、1度または数度、または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、その人が体験し、目撃し、直面した。
⑵ その人の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである。


B.外傷的な出来事が、以下の1つ(またはそれ以上)の形で再体験され続けている。


⑴ 出来事の反復的で侵入的で苦痛な想起で、それは心象、思考、または知覚を含む。[注]小さな子どもの場合、外傷の主題または側面を表現する遊びを繰り返すことがある
⑵ 出来事についての反復的で苦痛な夢。[注]子どもの場合は、はっきりとした内容のない恐ろしい夢であることがある
⑶ 外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、感じたりする(その体験を再体験する感覚、錯覚、幻覚、および解離性フラッシュバックのエピソードを含む。また、覚醒時または中毒時に起こるものを含む。)。[注]小さい子どもの場合、外傷特異的な再演が行われることがある
⑷ 外傷的出来事の1つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合に生じる、強い心理的苦痛。
⑸ 外傷的出来事の1つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合の生理学的反応性。


C.以下の3つ(またはそれ以上)によって示される、(外傷以前には存在していなかった)外傷と関連した刺激の持続的回避と、全般的反応性の麻痺。


⑴ 外傷と関連した思考、感情または会話を回避しようとする努力。
⑵ 外傷を想起させる活動、場所または会話を回避しようとする努力。
⑶ 外傷の重要な側面の想起不能。
⑷ 重要な活動への関心または参加の著しい減退。
⑸ 他の人から孤立している、または疎遠になっているという感覚。
⑹ 感情の範囲の縮小(例:愛の感情を持つことができない)。
⑺ 未来が短縮した感覚(例:仕事、結婚、子供、または正常な一生を期待しない)。


D.(外傷以前には存在していなかった)持続的な覚醒亢進症状で、以下の2つ(またはそれ以上)によって示される。


⑴ 入眠または睡眠維持の困難。
⑵ 易刺激性または怒りの爆発。
⑶ 集中困難
⑷ 過度の警戒心
⑸ 過剰な驚愕反応


E.障害(基準B,C,およびDの症状)の持続期間が1ヶ月以上。


F.障害は、臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。


該当すれば特定せよ:  急性:症状の持続期間が3ヶ月未満の場合  慢性:症状の持続期間が3ヶ月以上の場合 該当すれば特定せよ: 発達遅延:症状の始まりがストレス因子から少なくとも6ヶ月の場合。


原文:https://www.estss.org/learn-about-trauma/dsm-iv-definition/


ジェームス・ボンド」や「ジャック・バウアー」、そこまで新しくなくても歴女が好むところの「戦国武将」、或いはもっと遡れば「ホモ・エレクトス」といった人達は、確かに「アメリカ精神医学会」による「PTSD診断基準」Aの(1)にある「実際にまたは危うく死ぬような重傷を負うような出来事を、1度または数度、または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、その人が体験し、目撃し、直面した」とは言えるものの、一方でAの(2)の「その人の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである」が相対的に「希薄」であるが故に「2つが共に認められる外傷的な出来事に暴露された」状態には至らないのであろう。


イーサン・ハント」もまたそういう人物であるに違いない。彼の人生もまた、まさしく「実際にまたは危うく死ぬような重傷を負うような出来事を、1度または数度、または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、その人が体験し、目撃し、直面した」を絵に描いた様なものであるが、そうした出来事の直後であっても「バカンス」で「断崖絶壁」を「素手」で「ロッククライミング」する人物である。或いはそうでないと、彼の様な「職業」は務まらないだろうし、そう「訓練」されているとも言える。


「人間の最も内面にあると同時に、人間の視線に最も晒されているもの(ミシェル・フーコー狂気の歴史)」。「精神の深奥に隠されたもの」を、「客観」的視線の対象として「客体化」する事で、「心理化」というアプローチは「真理」となる。「イーサン・ハント」は、そうした「真理」からすれば、限り無く「絵空事」の人格である。しかし果たして本当にそうだろうか。

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東京藝術大学から歩いて行けない訳では無い西日暮里に山手線を使って行った。西日暮里の「TALION GALLERY」では「イーサン・ハントのフラッシュバック|Ethan Hunt's Flashback」という展覧会が開かれていた。


「フラッシュバック」という言葉は多義的である。「イーサン・ハントのフラッシュバック」ではなく「ミッション・インポッシブル(スパイ大作戦)のフラッシュバック」ならば、その「フラッシュバック」は、同テレビシリーズのオープニングにも使用されている映像編集技法を専ら表す様にも思える。



しかしここでは「イーサン・ハント」という人格の「フラッシュバック」という事であるから、そうなると所謂「心理学」のそれだろうかと瞬間的に身構えてしまったりする訳である。「狂気の歴史」のスタンスとは別に、21世紀的な人類の現実を踏まえる限り、「心理学」の用語を弄ぶ事は余りしたくない。先に挙げた「DSM-IV」という「世界」の「精神医学界」の "Holy Bible" には、「外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、感じたりする(その体験を再体験する感覚、錯覚、幻覚、および解離性フラッシュバックのエピソードを含む。また、覚醒時または中毒時に起こるものを含む)」とある。「解離性フラッシュバック(dissociative flashback)」とは、自らの精神や肉体から遊離し、外傷を傍観者の様に再体験している状態ともされている。


「イーサン・ハントのフラッシュバック」展のそれは、映画から想像される「イーサン・ハント」という人格の外傷を即座に想起させるものでは無かった。しかしそれは「イーサン・ハント」の前に立つ、凡庸な精神科医と同じ見方かもしれない。映画編集技術イメージとしては極めて「ベタ」な「ペール・カラー」を擬装したこれらの「穏健」なイメージが指し示す先に、実は「無残」極まり無い人の死があるかもしれないのだ。


この展覧会には精神科医こそを連れて行くべきかもしれない。「M:I:」シリーズの全てを見た上で、この展覧会の「穏健」なイメージにそれでも「イーサン・ハント」の外傷を見る事が出来たならば、その精神科医は極めて「懐の深い」仕事をする人物と言えるだろう。しかしそれは最早精神科医と呼べる者では無いかもしれない。


ところで「フラッシュバック」というのは「静止画」的なものだろうか。それとも「動画」的なものだろうか。個人的には記憶の中のイメージは大抵「静止画」なのだが。


【続く】