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ラッセンとは何だったのか?

「というアート」というキーワードで Google 検索してみた。幾つかを飛ばしつつヒット順に書き出してみる。


「完璧なシェービングというアート」「ホスピタリティというアート」「ニセ広告というアート」「人生というアート」「ストールというアート」「カンバッヂというアート」「データセンターのケーブル配線というアート」「テリーヌというアート」…(以下略)。試しにそれぞれから「という」という語を削除してみる。「完璧なシェービングアート」「ホスピタリティアート」「ニセ広告アート」「人生アート」「ストールアート」「カンバッヂアート」「データセンターのケーブルアート」「テリーヌアート」…。途端に現代美術の何処かの誰かによって既に試みられていそうなものになってしまった。手許にある辞書を片っ端から引っ繰り返して、全ての語の後に「アート」と付けてみれば、そのどれもが既に現実に存在してしまっている「アート」の様な気もしてくる。「アウトサイダー」「エイブル」「チルドレン」「トリック」そのものの一部であったものが、やがて「アウトサイダーというアート」「エイブルというアート」「チルドレンというアート」「トリックというアート」として発見され、程無く「アウトサイダーアート」「エイブルアート」「チルドレンアート」「トリックアート」というカテゴリーになっていった様に、それらもまたやがて「アート」の中でのカテゴリー的な位置を固定化されるのであろうか。


「という」を挟んだ前後を入れ替えてみる。「アートという完璧なシェービング」「アートというホスピタリティ」「アートというニセ広告」「アートという人生」「アートというストール」「アートというカンバッヂ」「アートというデータセンターのケーブル配線」「アートというテリーヌ」…(ついでに「アートというアウトサイダー」「アートというエイブル」「アートというチルドレン」「アートというトリック」)。そのどれもがそれぞれに「アート」の内容説明として妥当性を有するものである気もしたりするところが興味深い。オリジナルの「〜というアート」という言い回しは、当然「アート」が自明的なものである事が前提になるが、こうして「説明されるもの」と「説明するもの(「アート」)」を逆転してみると、「説明するもの(「アート」)」が「説明されるもの」を規定している様に見えるものも、実際には「説明するもの(「アート」)」こそが「説明されるもの」に規定されるものである事を教えてくれる。


「というアート」という修飾語の付かない「完璧なシェービング」「ホスピタリティ」「ニセ広告」「人生」「カンバッヂ」「データセンターのケーブル配線」「テリーヌ」と同様のものとして、そもそも「クリスチャン・リース・ラッセン(以下「クリスチャン・ラッセン」)」それ自体もまた存在していたのだろう。カメハメハ三世小学校時代に早くもその絵を「販売」していた「実績」があるにしても、恐らくそれは「チャイルドアート」的な文脈で「クリスチャン・ラッセン」が売られていたのであり、未だ「クリスチャン・ラッセンというアート」と呼べるものではなかった。その「クリスチャン・ラッセン」を、「クリスチャン・ラッセンというアート」と名指されるものにしたのは、クリスチャン・リース・ラッセン氏本人によって設立された「ラッセン・アート・パブリケーションズ」を含むエージェントの手によるものが最初である。


2013年8月2日版(9月3日現在最新)の Wikipedia 日本語版の「クリスチャン・ラッセン」記事は「特筆性(言及するに値するもの)の基準を満たしていないおそれがあります」とまで書かれ、記事容量も「799バイト(ほぼ400字)」という悲惨な状態になっている。Wikipedia の「クリスチャン・ラッセン」過去記事に於ける最もバイト数の多いものには、「2013年5月27日放送のテレビ東京の『YOUは何しに日本へ?』で、成田空港でアポなしインタビューをうけた際、質問者が彼の名前すら知らず、『私は有名だと思っていたが…』とショックを受けていた」という記述もある。その為か日本のエージェントでの扱い比重も嘗てよりは高くない。しかし前世紀末頃までは、確かに「ヒロ・ヤマガタ」と並び「クリスチャン・ラッセン」は、日本に於ける自らを「アーバン」と自認する場所、及び「アーバン」にいずれなれると思っていた「サバーバン」に限って「大衆現象」と言って良いものであった。


クリスチャン・ラッセン」がまだ「大衆現象」であった頃の平成12年(敢えて「元号」のみで記す)に、中ザワヒデキ氏が書いた「ヒロ・ヤマガタ問題」を引く(改行位置変更)。


ヒロ・ヤマガタ問題  中ザワヒデキ


 現代美術関係者以外には多少わかりにくいかもしれないが、ヒロ・ヤマガタと聞いただけで耳を覆いたくなるような不快感がこの名にはある。ラッセン、マックナイトなども同様で、視界に入っただけで眼も心も汚されたような気分になる。
 だが、最も多くの人々に愛され、買われているのが彼らの作品だ。市井の人々にとっては、彼らこそアートの代名詞である。うっかりアーティストと名乗れば「なぜヒロ・ヤマガタのような絵を描かないの?」、うっかりギャラリストと名乗れば「なぜヒロ・ヤマガタを扱わないの?」。無邪気な質問に対して律儀に近代美術の講釈を始めたところで、歴史や知識に頼らざるを得ないアートの脆弱さにかえって気付かされるばかりだ。結局、うやむやにしてその場を逃げる。
 逆に美術関係者にこの問題をぶつけてみる。「デッサンが下手」「イラストだから違う」「売れていることに対する(われわれの)嫉妬」など、さまざまな答が返ってくる。だが、どの説明も苦しい。もっと下手な作家は沢山いるし、また、今では下手は誉め言葉だ。そして、『日本ゼロ年』展に見られるようなポストモダニズム的言説は、イラストとの間の垣根を取り払おうとしている(にもかかわらず同展では周到にヒロ・ヤマガタ派が除外されていた)。そもそも「下手」も「イラスト」も無視すればよいだけで、嫌悪を感じる必要はない。唯一嫉妬感情のみがわれわれの不快感を説明してくれるが、だとしたら現代美術業界全体が、彼らに圧倒的敗北を喫していることになる。実際、美術館が観客動員数を気にしたり、画廊や作家が売上を気にしたりするならば、ヒロ・ヤマガタ派になればよいだけだ。理詰めで考える限り、どうやっても軍配はヒロ・ヤマガタらに挙がる。
 私はこれを「ヒロ・ヤマガタ問題」と呼んで、二十世紀中に解決したいとかねがね思っていた。結論を急ぐと、現状の民主主義体制を是認している限り解決不可能と判断した。逆に言えば、美術は、種々の寛容が惹起した商業本位的衆愚とは相容れない何らかの権威によって、画定されなければならない。その権威を、同語反復を内包した論理に求めたのが方法主義であり、私の考える解決である。


http://www.aloalo.co.jp/nakazawa/houhou/haisinsi/20000505hh002.html


注意深く読んでみると、必ずしも当時の中ザワ氏が「ヒロ・ヤマガタ」「ラッセン」「マックナイト」そのものに対して感情を乱されている訳では無い事が判る。それでは「方法主義」という結論が意味不明なものになってしまうし、「ヒロ・ヤマガタ」「ラッセン」「マックナイト」が相対的に「大衆現象」として「オワコン」化している平成25年では、それは「解決」してしまったかの様にも思えてしまう。中ザワ氏の「ヒロ・ヤマガタ(「ラッセン」「マックナイト」)」に対する感情を読み解く鍵は、結論部分付近に書かれた「民主主義体制」「種々の寛容が惹起した商業本位的衆愚」の語にあり、それらが指しているのは文中の「最も多くの人々」「市井の人々」とその「無邪気」である。


それらを宮台真司氏/大塚英志氏的な用語にトランスレートすれば、「近代をやり損なった"日本"」としての「愚民」とも「土人」とも「田吾作」ともなるのかもしれない。しかしそれでは余りに余りなので、「愚民」「土人」「田吾作」に代えて「ヤンキー」という「オブラートに包んだ」表現が用意されていたりもするのだろう。この場合の「ヤンキー」が趣味的傾向としてのそれを些かも表さないのは、「愚民」や「土人」や「田吾作」がその様なものでは無い事からも明らかだ。21世紀の日本に於いて、「ヤンキー」はしばしば「純朴」や「朴訥」に相即したりもする。21世紀の「伊豆の踊子=薫」は「ヤンキー」の姿で表現されるのかもしれない。


中ザワ氏は「(近代をやり損なった"日本"の)民主主義体制」での「衆愚」が共有する「アート」という観念、即ち「ヒロ・ヤマガタ」「ラッセン」「マックナイト」といった対象そのものではなく、「ヒロ・ヤマガタというアート」「ラッセンというアート」「マックナイトというアート」といった、「現代美術関係者」が共有し得ない「衆愚」の「アート」観念を問題にしている。そして「近代をやり損なった"日本"」が信憑する「アート」という点で、「団体展というアート」「平山郁夫というアート」「片岡鶴太郎というアート」「相田みつをというアート」等も、ここでは「ヒロ・ヤマガタというアート」「ラッセンというアート」「マックナイトというアート」と同じものであろう。従って「現代美術関係者」の「嫌悪」の対象となるに至る条件は、「ヒロ・ヤマガタ」「ラッセン」「マックナイト」という「意匠」そのものには存しない。


フィルムアート社「ラッセンとは何だったのか?」に寄せられた論考の多くは、「クリスチャン・ラッセンというアート」の部分に拘っている。「ラッセンとは何だったのか?」というタイトルの「何だった」が、過去形なのか過去完了形なのかは判らないが、確かに2013年時点で「ラッセンとは何なのか?」という現在進行形のタイトルを付け難い事は付け難い。その上で、今でも現実的に「クリスチャン・ラッセンというアート」が、カラオケ館の壁の劣化し切ったコピーを含めて存在し、10年程前までは十分以上に機能していた事を認めた上で、その「アート」の部分を「現代美術関係者」が棲息している場所のそれに変換しようとしている。即ち、鹵獲兵器の様に「クリスチャン・ラッセンというアート」を、「クリスチャン・ラッセン」はそのままに、別の「クリスチャン・ラッセンというアート」に変えようと試みている。当然「クリスチャン・ラッセンというアート」という構えを持つ点で両者は「同じもの」であり、それは「洗脳を解く洗脳」みたいなものであるとも言える。


身も蓋も無く言えば、その変換は「衆愚」に対してという意味に限っては、全く有効な手段では無い。同書で大山エンリコイサム氏が書いている様に、仮に2056年に「清澄白河の美術館(本当のところは「グッゲンハイム」としたいところだ)」で「クリスチャン・ラッセンと二一世紀美術の歩み」展という「現代美術関係者」による「クリスチャン・ラッセンというアート」のサルベージの試みが、戦略的に極めて正しく行われたとしても、それでも日本のマジョリティたる「衆愚」には何らの影響も及ぼさないが故に、結果として「衆愚」が我がものとする「アート」という浮遊する観念の独立性は、2056年に至っても何も変わらないだろう。固定化を目指す「教化」の対象とはなり得ない「衆愚」にとって、「清澄白河(「グッゲンハイム」ですら)」は自らの無意識に働き掛けて来る関係に何ら無いものであり、何よりも多くの「衆愚」の浮遊する無意識にとって、「クリスチャン・ラッセンというアート」は、数々の状況証拠からも明らかな様に、相当に以前から「オワコン」であったりする。42年後の2056年は2056年で、「クリスチャン・ラッセンというアート」とは全く別の、「現代美術関係者」からすれば「聞いただけで耳を覆いたくなるような不快感」を覚える対象が必ず存在しているに違いない。


それが「衆愚」とされるものと一致するかどうかは別にして、構図的には「そちらの側」から「聞いただけで耳を覆いたくなるような不快感」を催させる対象として、「現代美術(「現代アート」)」が上げられる事が最近は多い。例えば数日前にネット上に現れたこの「雑談」である。


「現代美術は俺が理解できないからゴミ!」←こんな奴多すぎ
http://zch-vip.com/archives/32264679.html


「聞いただけで耳を覆いたくなるような不快感」の表明は、嘗ては「選ばれし者(自認)」の占有物とされていたが、今ではそれ自体がすっかり「民主主義体制」の中にある。「現代美術は俺が理解できないからゴミ!」と「現代美術を理解できない人間は俺が理解できないからゴミ!」の応酬。流行りの言葉で言えば「嫌(クセノフォビア)」。この「不毛な対立」の調停者は一体誰になるのだろう。しかしそうした調停が事実上不可能であるからこその「方法主義」であるには違いない。但しその「方法主義」もまた今や「民主主義体制」の中にあったりするのである。横断的な「権威」は何処まで行っても形成はされない。寧ろそれは「プリベンション(予防装置)」と呼ばれる一種の「障害」ではないのだろうか。


日本の「現代美術関係者」の「不快感」や「嫌悪感」の原因は、偏に「現代美術」とは全く別の論理で「クリスチャン・ラッセン」が「アート」とされている事にある。即ち「クリスチャン・ラッセン」が「クリスチャン・ラッセン」そのものとして売られ、エージェントによって「クリスチャン・ラッセンというアート」とされていなければ何の問題も無かった。そうした「不快感」や「嫌悪感」は、「クリスチャン・ラッセンというアート」という「敵」が設えた構図にまんまと乗せられてしまったが為に、それを「アート」として認識させられた事で生じた「批評以前(批評の外)」という「評価」を元にしている。その「不快感」や「嫌悪感」の対象を見誤ると、風車に突っ込んで行った人みたいになってしまうだろう。「敵」はそこにはいないのに。


他の国ではそうしているというのに、日本の「現代美術関係者」は、何故に「クリスチャン・ラッセンというアート(「ラッセン・アート・パブリケーションズ」的には "fine art") 」を放っておけないのだろうか。放ってはおけないだろう。それは日本人の好きな「というアート」だからだ。「クリスチャン・ラッセンというアート」とされていれば、日本人の多くはその刷り込みによってそれを只の「クリスチャン・ラッセン」とは見ない。


日本の「現代美術関係者」のトラウマの解消としてではなく、純粋に「クリスチャン・ラッセン」を「現代美術」的に「脱構築」しようというのであれば、そこに「クリスチャン・ラッセン」は必要無いかもしれない。「現代美術家」の誰かが「クリスチャン・ラッセン」を研究し尽くし、本家の「クリスチャン・ラッセン」よりも数倍「クリスチャン・ラッセン」なものを描く。「リキテンシュタイン」の「コミック」の様に。そして「クリスチャン・ラッセン」そのものは、「参照」のベクトルの先に置いたままにして、それ自体は解釈上の「脱構築」の対象としない。「ピカソ」の「アフリカ彫刻」の様に。


冒頭の言葉遊び的に言うならば、「クリスチャン・ラッセン」から「クリスチャン・ラッセンというアート」に至るのではなく、「クリスチャン・ラッセンアート」というスタイルを作り上げてしまう。そしてそこから見えてくるのは、「クリスチャン・ラッセン」を「アート」で説明する「クリスチャン・ラッセンというアート」ではなく、「アート」を「クリスチャン・ラッセン」で説明する「アートというクリスチャン・ラッセン」かもしれない。