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器用仕事(訳)

【枕】


「【続く】」と書いてから、1週間以上経ってしまった。この間に「エイプリルフール」があったりもした。その中には、将来「リスクマネジメント」の教科書に、嘗て存在した乳飲料メーカーの様に、「典型的な失敗例」として永く語り継がれそうな「媒体」によるケースもあった。当該乳飲料メーカーは、その「失敗」故に、事実上歴史ある屋号を放棄させられ、グループの解体・再編の憂き目を見たが、果たしてこの「媒体」や「著者」の行く末が今後どうなるかについては、興味の懐き様が無いというのが正直なところだ。それ以前に、「媒体」による「エイプリルフール」に最低限不可欠な「仕事」としての、関係各所に対する事前のネゴシエーションはされていなかった模様であり、その辺りを含めた諸々を組織の「機能不全」と見る事で、その当事者を「媒体」とする事に疑問を持つ人もいる。


「世界で楽しまれているエープリルフール」ではあるが、その「世界」の一部(例:イギリス)には、嘘を言って良いのは4月1日の午前中までで、その午後には必ずネタばらしをしなければならないというルール(即ち、そこでは「エイプリルフール」は極めて「契約」的である)があり、多くの「国語辞典」にもその記述はある。件の「失敗例」の場合は、「公式サイト」、或いは Twitter という即応性に適したツールを有していたにも拘わらず、ネタばらしをその午後にするという「世界」準拠を行うつもりはどうやら無かった様だ。これもまた、恣意的に「世界」を持ち出しては何かを言うという、或る意味で極めて「日本」的なケースの一つでもあるだろう。

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承前


扨彼西洋諸國の畫法は、寫眞にして其法を異にす。和風漢流の畫を作る者は、甚だ奇怪の事として学べきとも不思、爲べきの手だてなく、畫と云ものには非ず。細工にして作るものと云者あり、愚なる事也。細工とは虗玅なる微細の物を云。和漢ともに細畫は皆細工にして、毛髪鬚髭の如き一毛宛描たるあり。西洋の畫法にて毛髪を描には、一筆にして之を望むに細毛の如し。嘗ては筆勢筆意に拘らず、筆は元畫を作るの器なり。牛を畫て牛の意を取ずして、筆意のみあらば一點の墨も牛なり。譬ば醫の病を治するに藥を以てす。藥は則粉丹なり、醫は筆なり。病は畫也。醫の良藥を以て之を治せんとするに、病の發起する處を知らざるが如し。畫も亦同理、西畫は只能造化の意をとるのみ。和漢の畫は、翫物にして用を爲ず。且て西畫の法に至りては、濃淡を以て陰陽凸凹遠近深淺をなす者にて、其眞情を摸せり。文字と用を同ふする事、文字を以て誌すと雖、其形状に至りては、畫に非ざれば之を弁じがたし。故に彼國の書籍は畫圖を以て説き知らせるもの多し。豈和漢の畫の如く、酒邊の一興、翫弄戯技をなすの比ならんや、眞に實用の技にして治術の具なり。
(中略)
山水花鳥牛羊木石昆蟲の類を畫くに、毎見新にして畫中の品物悉く飛動するが如し。是は西洋風にあらざれば能はざる事也。故に寫眞を爲者より彼和漢の畫をみれば誠に小兒の戯れに幾ふして畫と爲にたらず。


司馬江漢「西洋畫談」[寛政11(1799)年]
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/954090 (コマ番号76以降)

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二週ばかり前の話になる。その興味深い展覧会のタイトルには「絵画」の文字があった。「キャンバス」と「木枠」と「絵具」と「その他」で構成された作品と作品の間に立ちながら、その会場でふと考えてみた。その展覧会タイトルが、「絵、それを愛と呼ぶことにしよう」であったならどうだっただろうか。或いは「画、それを愛と呼ぶことにしよう」であったなら。しかし恐らくそれは「絵画」でなければならなかったのだろう。


「絵、それを愛と呼ぶことにしよう」や「画、それを愛と呼ぶことにしよう」では、抜け落ちてしまうものがある。例えば "Marcelin Pleynet(マルスラン・プレネ)" の "L'Enseignement De La Peinture" は、日本では「絵画の教え」と訳されねばならなかった。「絵の教え」でも、「画の教え」でも無く、それは近代日本の必然的な訳語として「絵画の教え」なのである。



英和対訳袖珍辞書(1862年=文久2年)


現代の我々に馴染み深い「絵画」という日本語は、明治期の「発明」になる。それまでに慣れ親しんだ「絵」や「画」、或いは「書画」、「図絵」、「絵図」等の語を廃してまでも、その日本語が新たに「発明」されるに至ったのは、当然の事ながら "art" に対する「美術」同様、西洋美術に於ける "picture(例)" に対抗し得る概念を、日本語で創出する必要があったからだ。「西畫」との接触によって「発見」された、「工芸」(司馬江漢的に言えば「細工」)的なものを、「書画」の要素から排除する事で誕生した「絵画」は、それ自体が思考の一つの「形式」であり、一つの「体制」であり、また一つの「環境」でもある。それは司馬江漢が説く様に「治術=政治」的なものなのである。

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その展覧会のタイトルには「愛」の文字もあった。しかしこの「愛」もまた、「近代化」以降にその意味が大きく変質している。明治以前の「愛」は、儒教的には「仁愛」であったものの、仏教的には「愛執」「愛欲」といった「十二因縁」の一つであり、それは「悪報」に繋がる「苦」の原因でもある。また中世以降の「愛」は、しばしば情欲的「性愛」と同義であった。


 今から三百何十年前の話であるが、切支丹が渡来のとき、来朝の伴天連達は日本語を勉強したり、日本人に外国語を教へたりする必要があつた。そのために辞書も作つたし、対訳本も出版した。その時、「愛」といふ字の飜訳に、彼等はほとほと困却した。
 不義はお家の御法度といふ不文律が、然し、その実際の力に於ては、如何なる法律も及びがたい威力を示してゐたのである。愛は直ちに不義を意味した。
 勿論、恋の情熱がなかつたわけではないのだが、そのシムボルは清姫であり、法界坊であり、終りを全うするためには、天の網島や鳥辺山へ駈けつけるより道がない。
 愛は結合して生へ展開することがなく、死へつながるのが、せめてもの道だ。「生き、書き、愛せり」とアンリ・ベイル氏の墓碑銘にまつまでもなく、西洋一般の思想から言へば、愛は喜怒哀楽ともに生き/\として、恐らく生存といふものに最も激しく裏打されてゐるべきものだ。然るに、日本の愛といふ言葉の中には、明るく清らかなものがない。
 愛は直ちに不義であり、邪なもの、むしろ死によつて裏打されてゐる。
 そこで伴天連は困却した。さうして、日本語の愛には西洋の愛撫の意をあて、恋には、邪悪な欲望といふ説明を与へた。さて、アモール(ラヴ)に相当する日本語として、「御大切」といふ単語をあみだしたのである。蓋し、愛といふ言葉のうちに清らかなものがないとすれば、この発明も亦、やむを得ないことではあつた。
 御大切とは、大切に思ふ、といふ意味なのである。余は汝を愛す、といふ西洋の意味を、余は汝を大切に思ふ、といふ日本語で訳したわけだ。
 神の愛を「デウスの御大切」基督の愛を「キリシトの御大切」といふ風に言つた。


坂口安吾「ラムネ氏のこと」
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/45864_32940.html


イエズス会宣教師数名の編になる1603年の「日葡辞書(Vocabulario da lingoa de Iapam)」では、 "amor(愛)" の日本語訳が "taixet(大切)" になっている。現代語訳聖書の「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」は、「我が身を思ふごとくぽろしも(próximo)を大切に思へ」である。聖書に於ける「愛」という日本語は、19世紀(1830年)に出版された「カール・ギュツラフ」の「約翰福音之傳(ヨハネの福音書)」に至っても登場してはいない。


 明治以来、我々が取り入れた西洋文学の恋愛の思想は、このようなキリスト教の宗教生活の中でのみ実践性があるものである。それを我々はその実践性、願望や祈りや懺悔などを抜きにして、形の上でのみ、疑うべからざる最も合理的で道徳的な人類の秩序の考え方として受け容れている。
(中略)
我々には不可能なことから退いて自己を守るという謙譲や思いやりはあっても、他者を自己と同一視しようというような、あり得ないことへの努力の中には虚偽を見出すのだ。我々は憐れみ、同情、手控え、躇いなどを他者に対して抱くが、しかし真実の愛を抱くことは不可能だと考え、抱く努力もしないのだ。即ち仏教的に言えば、そのような愛を抱くことのできぬことが我々の罪深い本性であり、その本性を持ったままで我々を救うのは仏なのである。
 だから男女の間の接触を理想的なものたらしめようとするとき、ヨーロッパ系の愛という言葉を使うのは、我々には、躇われるのである。それは「惚れること」であり、「恋すること」、「慕うこと」である。しかし愛ではない。性というもっとも主我的なものをも、他者への愛というものに純化させようとする心的努力の習慣がないのだ。
 以上のような心的習慣を持つ東洋人中の東洋人たる日本人が、明治初年以来、「愛」という翻訳言葉を輸入し、それによって男女の間の恋を描き、説明し、証明しようとしたことが、どのような無理、空転、虚偽をもたらしたかは、私が最大限に譲歩しても疑うことができない。即ち、人類愛、ヒューマニズムという言葉も同様である。
(中略)
 多分キリストの考えた愛の思想は最も正しいのだろうと思う。人間は他者とふれ合って平安を持たねばならぬ。だから、この不可能への挑戦を質とする愛なしには、人間の組み合わせの平安はないであろう。だから夫婦の結びつきをも、その不可能性への挑戦としての願いや祈りを含めば、愛という言葉で説明していいのだろう。しかしそれは、神の立ち会いを求めることによってのみ可能なのである。
(中略)
 心的習慣としての他者への愛の働きかけのない日本で、それが愛という言葉で表現されるとき、そこには、殆んど間違いなしに虚偽が生まれる。


伊藤整「近代日本における『愛』の虚偽」、『近代日本人の発想の諸形式』所収
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「愛」もまた、「絵画」同様に思考の一つの「形式」であり、一つの「体制」であり、また一つの「環境」であり、「治術=政治」的なものだ。「絵画」の根本にあるものと「愛」の根本にあるものは、それが双方共に「ヘブライズム」的である点で同根である。従って「絵、それを愛と呼ぶことにしよう」や、「画、それを愛と呼ぶことにしよう」では、「木に竹を接ぐ」形になってしまい、「ヘブライ」的な「愛(agápē)」との「釣り合い」が取れない。一方「絵画、それを慈悲と呼ぶことにしよう」や、「絵画、それを仁と呼ぶことにしよう」でも、やはり「ヘブライ」的な「絵画」との「釣り合い」が取れない。まさしくそれは、「『絵画』、それを『愛』と呼ぶことにしよう」でなければならなかったのだ。

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器用人(ブリコルール)は多種多様の仕事をやることができる。しかしながらエンジニアとはちがって、仕事の一つ一つについてその計画に即して考案され購入された材料や器具がなければ手が下せぬというようなことはない。彼の使う資材の世界は閉じている。そして「もちあわせ」、すなわちそのときそのとき限られた道具と材料の集合で何とかするというのがゲームの規則である。しかも、もちあわせの道具や材料は雑多でまとまりがない。なぜなら、「もちあわせ」の内容構成は、目下の計画にも、またいかなる特定の計画にも無関係で、偶然の結果できたものだからである。すなわち、いろいろな機会にストックが更新され増加し、また前にものを作ったり壊したりしたときの残りもので維持されているのである。したがって器用人(ブリコルール)の使うものの集合は、ある一つの計画によって定義されるものではない。(定義しうるとすれば、エンジニアの場合のように、少なくとも理論的には、計画の種類と同数の資材集合の存在が前提となるはずである。)器用人(ブリコルール)の用いる資材集合は、単に資材性〔潜在的有用性〕のみによって定義される。器用人(ブリコルール)自身の言い方を借りて言い換えるならば、「まだなにかの役にたつ」という原則によって定義される。


レヴィ=ストロース「野生の思考」
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展覧会会場には「キャンバス」や「木枠」や「絵具」が溢れていた。それらを買わなくなって久しい自分には、それらは極めて「特殊」なものに思えた。「図画」の為のものを別にして、少なくともスーパーマーケットや、ホームセンターや、百均ではそれらを扱っていない。しかしだからと言って、当然「『絵』を描く」道自体が万人に閉ざされている訳では無い。差し当たり「絵」を描くに当たっては、「キャンバス」「木枠」「絵具」は条件的なものでは無いし、またこれからもそうはならないだろう。レヴィ=ストロースの言葉を借りれば、ここにある資材の世界は極めて閉じている。そしてそれが閉じているからこそ、「絵画」が「形式」「体制」「環境」としてのゲームである事を顕にする為の援用的「規則」たり得ている。


会場内にあるものが、「キャンバス」や「木枠」や「絵具」や「その他」に見えるのは、それが「資材性〔潜在的有用性〕」としての具体性を伴って現れているからだろう。その具体性が不透明な違和感に繋がる。それらは「端切れ(断片)」や「余り物(余剰)」といった「ありあわせ(もちあわせ)」のものに見える。しかし現実的には、会場内のそれらで一枚以上の「イーゼル画」を制作する事は十分に可能だ。それにも拘わらず、これは「ありあわせ(もちあわせ)」のものに見えるのである。


例えば十分な量の豚挽肉、豆腐、鶏湯、大蒜、豆板醤、甜麺醤、辣椒粉、辣油、蒜苗、紹興酒、豆鼓、花椒粉、片栗粉等があったとしても、それでも日本でスタンダードスタイルになっている「陳建民」準拠の「麻婆豆腐」を敢えて作らないというケースは当然あり得る。(思いつくままに、例えば豆腐と肉をナゲットにして揚物とし、それに豆板醤+甜麺醤ベースのディップソースを付けて食べる等々。)その場合、「正式(「陳建民」準拠という意味で)」な「麻婆豆腐」は、即ち制度的な正当性(「栽培化された思考(la penseé cultivée)」)であると言えるだろう。他方、その「正当性」に準拠しない、何やら「未知」の食べ物を作れば、それは「野生の思考(la penseé sauvage)」的「ありあわせ(もちあわせ)」料理と呼ばれたりもする。その時「ありあわせ(もちあわせ)」料理(=「ブリコラージュ」料理)の条件としては、「正当」であるものに対して材料が「不足」している必要は全く無い。そうではなく、必要なのは、「正当性」を有したものを「もちあわせ」として読み替える「野生の力」だ。


いわゆるプロの絵画は、制作技術と用途の二面については、解放されているか、あるいは解放されたつもりでいる。達者な画家の場合なら、技術的な困難は完全に征服されている。(技術的困難はファン・デル・ヴァイデン以来決定的に克服されていると考えてよい。彼の後に画家がとりくんだ問題は子供のためのたのしい物理実験に類するようなものでしかない。)その極限においては、カンバスと絵具と筆でもって画家は何でもまったく思うがままにできるかのように、すべてのことがはこばれる。他方において、画家は自分の作品を、偶然性とはなんら関係がなくて、それ自体のうちに、かつそれ自体のために価値のあるものにしようとする。「イーゼル画」という形式は本来そういうものなのである。制作技術と用途という二つの面で偶然から解放されたプロの絵は、こういうわけで偶然性を機会に集中することができる。そして、もしわれわれの解釈が正しいとすれば、そうせざるを得ないのである。


レヴィ=ストロース 上掲書


「子供のためのたのしい物理実験」としての「イーゼル画」。或いは化学実験的には、テストチューブの中で、ビーカーの中で、フラスコの中で、気体は発生し、金属は溶け、試薬は別の色になり、物の組成は変化する。そうしたガラス器の中の変化を利用して「神話」を「表現」する事は可能ではある。一方「ブリコラージュ」は、断片を断片のままに留まらせておくものではない。それは断片と断片の組み合わせによる構造を生じさせる事で、「神話」をそれ自体で創出する為の方法論だ。テストチューブや、ビーカーや、フラスコが存在しない所で、或いはそれらの「本来」の機能を使わない所で、「神話」は如何様に創出されるのだろうか。


「資材」が並ぶ会場で、何らかの「神話」を読み取ろうとした。出来れば「絵画」とは別の、或いは「愛」とは別の「神話」が望ましかった。何となく「絵画」や「愛」という「オチ」にはしたくないという気持ちもあった。これだろうか、あれだろうか。しかし中々このゲームの「オチ」が付かない。そうこうしている内に、この場に滞在出来る時間が無くなって来た。この日の内に、あと二つ程「絵画」の展覧会を見る予定を立ててしまったのである。時間の無さが恨めしかった。「オチが無い」。それを暫定的な「オチ」にした。確かにそういう「神話」はあり得るのである。


【続く】