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風が吹けば桶屋が儲かる

駿河国府中(現在の静岡県静岡市葵区)に、「真夜中」で「deep」な、衆道の関係にあった、裕福な商家のボンボンの49歳(「買春」側)と、そのお気に入りの陰間だった29歳(「売春」側)の二人の男がいた。


やがて49歳男と29歳男は、それぞれ別々の理由で駿河に居られなくなり、江戸に夜逃げをしたものの、程無くその江戸にも居辛くなる。「真夜中」で「deep」な二人は、連れ立ってお伊勢参りをする事になる。男達の名前は、栃面屋彌次郎兵衛(49歳)と、喜多八(29歳)。略して言えば「彌次喜多」である。


伊勢参りに行く道中、その日は富士川を渡った辺りで日が暮れ始めた為に、二人は蒲原(現在の静岡県静岡市清水区)の木賃宿に宿を取る事になる。彌次郎兵衛と喜多八(彌次喜多)を江戸の人間と認めるや否や、木賃宿に泊まり合わせた六部(六十六部)が、二人に話し掛けて来た。


六部「ふたりのお衆はさだめしおゑど(江戸)のしう(衆)だろうが わしどもはおゑどではてんこちもない目にあつたァもし」


彌(彌次郎兵衛)「どふしなさつた」


六部「わしがハァこの六部になつた 因縁のゥかたり申べえが ヤレ扨(さて)人といふもなァ はあ運がなくちやァ、もちあけべいにもあん(何)としてなづきやァあがり申さない わしがハァわかい時分におゑどに居申したが そのとき何でもハァ 夏のとつつきから秋へふつかけて、毎日毎日づな(無上)く風がふいたとがあり申した 其じぶんハァ何でも金儲のゥすべいとつて いろいろ首サァひねくりまはいて とつけもないとをおもひついたァもし」


彌「はての」


六部「イヤサ箱屋をおつぱじめ申したは あに(何)が重箱だァの櫛箱だァのと いろいろ箱どもをづなくかいこんでで賣るつもりだァもし」


彌「ハテ風が吹いたによつて箱屋とはどふいふあんじだの」


六部「さればさァ わしがハァ思いつきにやァ あに(何)が扨(さて) まいにちまいにちとひやう(途方)もなく風がふいて おゑどではがいに砂ぼこりがたち申すから おのづと人さァの目まなこへ、砂どもがふきこんで、眼玉(まなこたま)のつぶれるものが たんと出来るだんべいとおもつたから そこではァ わしが工夫のゥして せけんの俄盲(にはかめくら)が ほかにあじやう(何條)せう事はなし みんな三味のゥならはしやるだんべい そふすると三味せんやどもがはんじやうして せかいの猫どもが打ちころされべいから そこで鼠どもがづなくあれて あんでもせけんの箱共のゥみんなかぢりなくすべいこたァ 目の前だァもし コリャハァ こゝで箱屋商売のゥおつ初めたら  賣れべいこたァちがいはないと あにでもハァ身上ありぎり 箱ッどものゥ仕入たとおもわつしゃい」


彌「コリャァいゝおもひつきだ 大かたうれやしたろふ」


六部「イヤひとつもうれましない そこでわしも ハァ是(これ)ほどまでに工夫のゥして ぜつぴ(是非)まふかる(儲かる)べいとおもつた事が つつぱづれ申たから しよせんハァあじやう(何條)してもいかないこんだと發起のゥして六部になり申た 兎角世かいは、おもふようにやァならないもんだァもし」


十返舎一九東海道中膝栗毛」第二篇下


その男は、六部になる前の若い頃に、江戸で金儲けのネタを探していた。或る時、男は夏から秋に掛けて強風が吹く事に着目し、金儲けに繋がる途方も無いアイディアを考え付く。強風が箱屋のビッグビジネスのチャンスだと思った男は、財産のほぼ全てを叩いて、重箱から櫛箱まで凡そ箱という箱を仕入れた。強風と箱屋の商売上の因果関係がピンと来ない彌次郎兵衛に対し、男はその理由を説明する。江戸では、毎日毎日強風が吹いて大量の砂塵が舞い上がる。従って、多くの江戸市民の目の中に、舞い上がった砂が入り込むのは、火を見るよりも明らかだとその男は判断した。であるならば、大量の「俄か盲」が生まれ、それら「俄か盲」は何をするにも不自由になり、結果として生計を立てる為には門付をするしか無い為に、多数の江戸市民が三味線を習うのは必定だ。当然三味線の需要がいや増しに増す事で、三味線屋は繁盛する。その三味線の材料には猫の皮が使われるから、世界中の猫という猫は乱獲されるに違いない。すると生態系バランスは崩れる。天敵不在となった鼠が大量発生し、結果としてその鼠がありとあらゆる箱を齧ってしまう筈だ。こうして箱の需要は高まり、箱屋は極めて儲かるに違い無い。そうシミュレートした男は、箱屋商売に人生の全てを賭けた。


「こりゃぁ良い思い付きだ。大方売れたでしょう」と彌次郎兵衛が言うと、六部は「いや一つも売れなかった」と答えた。これ程に考えに考え抜いて、絶対に儲かると思って立てた計画だった筈なのに、それが悉く外れに外れて大失敗に終わった。結局計画をして何かをやったとしても、世界は思う様にはうまく行く事など無いのだと思って一念発起し、六部になったのだとその身の上を明かした。


「風」と「箱屋(桶屋)」の関係に於いて、多くは「風が吹けば箱屋(桶屋)が儲かる」とされる因果譚であるが、十返舎一九書くところのこのケースでは、「風が吹いても箱屋(桶屋)は儲からなかった」という事になる。十返舎一九が参考にしたと想像される、江戸時代の浮世草子「世間学者気質※」にはこうある。

※:同様の因果譚は、漢文で書かれた「笑話出思録(1755年)」や「巷談奇叢(1768年)」等に見る事が出来る。


今日の大風で土ほこりが立ちて人の目の中へ入れば 世間にめくらが大ぶん出来る そこで三味線がよふうれる そうすると猫の皮がたんといるによつて世界中の猫が大分へる そふなれば鼠があばれ出すによつて おのづから箱の類をかぢりおる 爰で箱屋をしたらば大分よかりそふなものじやと思案は仕だしても 是も元手がなふては埒明ず


無跡散人「世間学者気質」


こちらの結論は、「元手(資金)」さえあれば「よかりそふ」な結果が100%保証されているかの様に書かれているが、しかし「よかりそふ」に至る事が極めて稀である事を、「東海道中膝栗毛」の蒲原宿の六部は身を以て示していると言えるだろう。だからこそ「風が吹けば桶屋が儲かる」という因果譚は、「世間学者気質」と同時期の1780年代中頃に、烏亭焉馬によって基礎が築かれた江戸落語では、専ら笑いの対象となるのである。現代の確率論的には、「風が吹けば桶屋が儲かる」成功率は 0.8% ともされるが、現実的にはそれでも盛り過ぎの数字だという印象がある。しかし重要なのは、それが全くのゼロではないという事だ。「風が吹けば桶屋が儲かる」というケースは、その確率が如何に低かろうが「あり得る」話なのだ。


一方、北京の蝶の4枚の羽が、周囲の空気を微細に流動させると、ニューヨークで巨大ハリケーン「サンディ」が猛威を振るったりするかもしれないというのが、「カオス理論」に言うところの所謂「バタフライ効果」だったりするから、「北京で蝶が羽ばたけばニューヨークでハリケーンが起こる」と「風が吹けば桶屋が儲かる」をそのまま繋げて、「北京で蝶が羽ばたけば桶屋が儲かる」でも一向に構わない訳である。北京で蝶が羽ばたいたのを見たら、誰よりも先に桶屋になれば、大儲けが可能になるかもしれない。繰り返すが、確率は全くのゼロではない。但しそうならない確率の方が遥かに高いという事も同時に抑えておきたい。「俺、北京で蝶が羽ばたいたのを見たから、これから全財産を注ぎ込んで桶屋商売を始めようと思うんだ」と誰かに相談を持ち掛けられたとしたら、「バランスの取れた」社会人なら「悪い事は言わないからお止めなさい」とサジェストするだろうし、「バランスを欠いた」社会人なら「挑戦する事こそが人生だからおやりなさい」と面白半分(無責任半分、自己責任論半分)でそそのかす事だろう。但し、「北京で蝶が羽ばたけば桶屋が儲かる」では、かなりの高確率で銀行から融資を引き出せないと思われる。「北京で蝶が羽ばたいたのを理由に事業拡大を図る桶屋に銀行は融資しない」の「因果」の方が、「北京で蝶が羽ばたけば桶屋が儲かる」の「因果」よりも「強い」のだ。恐らく「北京で蝶が羽ばたけば桶屋が儲かる」の確率と同程度に、「北京で蝶が羽ばたけば銀行から桶屋の融資が引き出せる」はある。


何故に「風が吹けば桶屋が儲かる」確率は低いのか。それは「風」という「因」の後に生起する「果」が、極めて多岐に渡っているからだろう。強風は砂塵を舞い上がらせるだけではない。例えば屋根瓦を飛ばすだろうし、傘の骨も折るだろう。「風が吹けば瓦屋が儲かる」や「風が吹けば傘屋が儲かる」は、言わば「一次因果」の関係にあり、それらは十分に商売上の因果律のリスク範囲内にあるから、銀行の融資の範囲内でも十分にあり得る。六部もそうすれば良かったのだと思われるのだが、しかし何故だか彼は「多次因果」に拘るのである。確かに多次化すれば、それだけ実現の確率が低くなる一方で、賭けの倍率は高くなる。恐らく端からこの六部は「大穴狙い」の人なのである。


安全な「投資」を、「果」の位置にある「桶屋」を軸に考えれば、遡れる「因」は「鼠が増えれば桶屋が儲かる」や、せいぜい「猫が減れば桶屋が儲かる」位までだろう。しかしこれとて「儲かる」は100%保証ではない。例えば、パナソニックやシャープの様に、宣伝費を掛けるだけ掛け、大スターを起用した TV-CM をガンガン流し、雑誌媒体に PR 記事を載せ、ウェブに広告展開をし、SNS や口コミまでも利用し、一方で国際イベントの公式スポンサーになってスポーツ大会の会場に自社ロゴを露出させまくり、有名アーティストとコラボした商品を企画した桶屋がいたとしても、それでも桶が売れるとは限らないのが、商売の「因果」というものだ。「因」と「果」の結び付きは常に確率的なのである。


風が吹けば桶屋が儲かる」の「風が吹けば…」の後には、「桶屋は儲からない」を含めたあらゆる可能性が存在する。「風が吹けば…」から「桶屋が儲かる」に至る道筋は極めて細い。寧ろ「風が吹けば…」という接続の仕方が悪いのかもしれず、「風が吹いた・桶屋が儲かった」と併存的なものとして記するべきなのかもしれない。「風が吹いた・桶屋が儲かった」は、「風が吹いた・桶屋は儲からなかった」と全く同列である。当然過ぎる話だが、「桶屋が儲かる」は必然ではなく蓋然である。「桶屋が儲かる」は「可能的なもの」ではなく「潜在的なもの」である。風が吹いても、全てが「桶屋が儲かる」に繋がる事は無いし、その必要も無い。そして「風が吹けば桶屋が儲かる」としたとしても、その後を「大儲けをした桶屋が代官に賄賂を渡す → 代官はその桶屋以外に桶を商うべからずという布令を出す → 市場を握った桶屋は更に大儲けをする → 水戸黄門が現れて桶屋と代官は成敗される」とする「続き」もまた可能だ。従って「北京で蝶が羽ばたくと桶屋は水戸黄門に成敗される」もまた可なのである。

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多くの美術展というパッケージは、「風が吹けば桶屋が儲かる」の「因果」の全てを展示しようとする。親切な展覧会は、ラストの「桶屋が儲かる」まで見せてくれたりする。観客はそこで、作品から始まる「因果」の繋がりを学習し、しかもそれが「桶屋が儲かる」に繋がっている事を知る。確かにそれは、誠実なキュレーションと言えるだろう。寧ろ「桶屋が儲かる」まで見せてくれなかったり、結果的に見えて来ない展覧会に対して、拙劣なキュレーションという印象を持つというのが普通だ。「良く出来た」とされる展覧会は、「風が吹けば桶屋が儲かる」を鮮やかに見せてくれるだろう。しかしその一方で、ややもすると「風が吹いても桶屋は儲からない」に代表される、他に存在し得る無数の脱出線の可能性を覆い隠してしまう危険性というものもある。


東京都現代美術館で開催されている「MOTアニュアル2012 Making Situations, Editing Landscapes 風が吹けば桶屋が儲かる」展に行ってきた。例年にも増して話題の展覧会と言える。公式ブログを見ると本展ならではの御苦労もある様に見受けられる。展覧会公式サイトに載せられた「展覧会概要」を引く。


多くの人が同時に体験する大きな一つのできごとがあったとする。
個別の生を生きてきた背景や、体験したその時における各人の感情や行動、できごとの前と後の生活の変化、周囲の人から受ける影響。それらの差異により、大きな一つのできごとは、人々の間でそれぞれ異なる捉え方をされ、そのどれもが間違っていない。


東京都現代美術館が継続的に開催している若手アーティストを中心としたグループ展「MOTアニュアル」。
本年は、物事の通常の状態に手を加え、異なる状況を設定することで、日常の風景に別の見え方をもたらす7 組のアーティストを取りあげる。
彼らは自らの手で造形を行うのではなく、他者を介在させ、人々の想像力に委ねる。展示のみならず、パフォーマンスやワークショップ、テキストの要素を含み、一言でその作品の形態を表すことは難しい。


しかし、一つのイメージに集約されることのない表現は、個別のできごとが矛盾を抱えながらも緩やかに連関しながら併存していることに気づかせてくれる。遠く離れているはずの時間や場所が隣接するような可能性が示されるのである。その時々の場所に合わせ、様々な表現方法をとるアーティスト達は、本展のためにそれぞれ新しいプロジェクトを行なう。彼らの試みは、私たちに能動的な思考を促し、新鮮な視点をもたらすことだろう。小さな風を起こすようなささやかな行為は、周囲にさざ波が広がるように、わずかに以前とは違う状態を作り出すのだ。


http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/140/


この参加メンバーを見て、「風が吹けば桶屋が儲かる」の「因果」の「全て」が、都立現代美術館展示室内で見られるとは誰も思うまい(いるかもしれない)。案の定、展覧会入口では「田中功起さんの作品は会場にありません」などと御丁寧に言われたりする訳で、もうその時点で「桶屋が儲かる」部分の不在を確信したりする。通常の動線的には恐らく最後に当たる場所には、これもまた御丁寧に「作品が無い」にも拘わらず「田中功起」氏のスペースがあったりするのだが、そこは最近の TV-CM の様に「続きは web で」と URL 込みの掲示がある訳でもなく、また各種イベントの刷り物も置かれていない只の方丈である。既にこの時点で「桶屋が儲かる」は極めて蓋然的になる。「桶屋が儲かる」の方向性にあるかもしれないそれらの「田中功起」氏関連のイベントを全て追っ掛ければ、何かが見えて来るのかもしれないが、一方でその全てを追っ掛けなくても、それはそれで見えてくるものが恐らくあるに違いない。


エスカレーターを登り切ると、壁面に設置された長い棚に、短い文章が印刷された紙の束が積まれていた。その文章の多くは「あなたが見ようとするものは、いまここにはない」と翻訳出来そうである。「ゴミ箱にはこんなのが入っているんだけど」的な事が書かれているものは、「ゴミ箱まで行ってみたら?」という誘いに思え、「壁の中にあるんだけど」的な事が書かれているものは、「壁をくまなく見てみたら?」という誘いに思えたりする。それはゲームのクエストものや、オリエンテーリングや、「上を見ろ」に釣られて上を見たら「バカ」と書かれている落書きを思い起こさせられたりもする(決して作品が落書き並と言っている訳ではない。その「指示」の「構造」が似ているという事である。念為)。


美術館の展示エリア(「通路」等含む)にある「工房」や「松」を見て、すっかり目は、美術館の中のそれでは無くなって来た。途中「鳥居」を見た時には、若干美術館の中のそれが復活したものの、会場の最後の最後で「美術館の中での目」と「美術館の外での目」が、コントラストが極端に低い被写体にフォーカスを合わし切れないオートフォーカスカメラの様に迷い続けた。「これは見事な作品ですねぇ」と「美術館の中での目」で言っている自分を、幽体離脱した自分が上空2メートルから「美術館の外での目」で眺めている感じと言ったら良いだろうか。ああ、何か「妙なもの」を持ち帰ってしまいそうだ。但し「妙なもの」を持ち帰る事を嫌っている訳ではない。寧ろそれを期待するべき展覧会だと思われる。


「展覧会概要」の言う「私たちに能動的な思考を促し」の「思考」は、「桶屋が儲かる」の位置にあるもの(「果」)に対してのそれぞれの「思考」を意味しているだろう。それは必ずしも「桶屋が儲かる」にはならないかもしれない。否、殆どそうはならないだろう。会場には「小さな風を起こすようなささやかな行為」しか存在しない。「周囲にさざ波を広げ(が)る」のも「わずかに以前とは違う状態を作り出す」のも、それは作家の仕事ではないし関知するところでもない。これは「小さな風に吹かれに行く」展覧会なのだ。繰り返しになるが、「桶屋が儲かっている様」を参加作家やキュレーターが見せてくれる事を期待して行く展覧会ではない。この展覧会は「桶」展とも略されるらしいが、本来ならば「風」展と略すべきなのだろう。


駅を出て、再び駅に戻る迄1時間10分という「縛り」があった為に、映像が絡む作品は、その「全て」を見ていない。これは会期中に再訪した時に全部の尺を見る事になるだろうが、それでも果たして「全て」を見る事は可能だろうかとも思う。何せこれは「桶屋が儲かる」が非表示な展覧会なのである。非表示を表示させるのは、非表示に表示を見る自身の「目」なのだ。


再訪を期して、そそくさと会場を出て、ちゃんと1時間10分後に駅に到着した。困ったのは、持ち帰った「妙なもの」で、帰り道の風景が以前にも増して面白く見えて仕方がなかった事だ。日光東照宮の陽明門は、「一日中見ていても飽きない」とされるが故に「日暮門」とも言われるが、その意味でこの展覧会は決して「日暮」的ではない。それは飽きるとか飽きないの問題ではなく、正に「あなたが見ようとするものは、いまここにはない」からなのだ。