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嗜み(たしなみ)

【枕】


たしなみ【嗜み】


〔動詞「たしなむ(嗜)」の連用形から〕


(1) 好み。趣味。「上品な―」
(2) 平常の心がけ。用意。「女の―」
(3) つつしみ。節制。「―がない」
(4) 物事に対する心得。特に,芸事武道などの心得。「茶道の―がある」


スーパー大辞林

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東京駅は、赤地に白の水玉で溢れ返っていた。水玉のスカートに水玉のリボン。ほんの0.1秒、 "KUSAMA" の冒頭、 "K" の一部を発音し掛かってしまったものの、勿論そんな訳がある筈は無いと、如何な美術クラスタの端くれの端くれであっても、次の瞬間には常識的な社会人としての正気に戻ったのである。水玉族の手には、ヘリウムガス入りのミッキーのバルーン。京葉線で大量に運ばれてきた「ディズニー・ハロウィン」帰りの、この上無く幸福そうな人達である。


ここでは誰が何と言おうと、水玉は「ミニーマウス」なのであり、それは裏も表も無く「幸福」で「カワユス」なものだ。東京駅の乗降客の99%以上(印象)にとって、水玉は決して「強迫神経症」的に「おぞましい」ものでは無い。いや、もしかしたら、現在の「草間現象」を支えているパーセンテージのかなりの部分もまた、この様な「幸福」で「カワユス」が故なのかもしれない。ルイ・ヴィトンの草間彌生特設サイトの中で、「若くして幻覚や幻影を見るようになり、(略)顔と着物の上に無数の水玉模様がちりばめられた母親の肖像画はその一例だ」と、どちらかと言えば、発疹的で呪わしいものであったかもしれない(この作家の作品については、一旦はそう理解するべきなのではないのか)水玉の来歴がしっかりと書かれているにも拘わらず、それでも「カワユス」の声が上がり、「オシャレ」ともなるのであるから、やはりヴィトンの顧客の感度は、高い感度以上に高い感度を持つと言うべきだろうか。


いずれにしても「草間彌生」を含む「コンテンポラリー・アート」というのは、ここではスーパー大辞林による定義、「(1) 好み。趣味。『上品な―』」としての「嗜み」と思って間違いは無い。「上品な嗜み」としての「草間彌生(コンテンポラリー・アート)」。換言すれば「オホホ」の対象である「草間彌生(コンテンポラリー・アート)」。成程、ファッション誌的な「草間彌生」に対する「高感度」というのはそういう事であろう。但し、そうした「高感度」は、一方で何かへの「鈍感度」と引き換えに得られている様にも思えたりもする。コム・デ・ギャルソンは、現在「ルネ・ブリ」なのだが、その仕事を丹念につぶさに見たとしても、それで「これを見たら、服どころの話じゃないだろ」という方面の「高感度」には一向に向かわないのが、「上品な嗜み」の「ルネ・ブリ」、「オホホ」の対象である「ルネ・ブリ」というものである。それが如何なる「前衛芸術」であったとしても、「上品な嗜み」や「オホホ」による囲い込みには、恐らく手も無く捻られるだろう。次回のルイ・ヴィトンコム・デ・ギャルソンが、「フルクサス」や「具体」や「田中敦子」といった様な「不気味なものへの突入(「ハイデガー」だそうです)」であったとしても何ら不思議では無く、やがて「フルクサス、今キてるよねー」などとなった後に、「カワユス」や「オシャレ」に変じて行くであろう事もまた容易に想像可能だ。恐らく全ての(「これからの」含む)「前衛芸術」は、やがて「カワユス」や「オシャレ」に回収されてしまうという宿命に抗えないのだろう。


東京駅から歩いて松屋銀座のヴィトンまで行ってみた。ウィンドウの「草間作品」の仕上がり品質が、20年前のもの(例:直島カボチャ)よりも大いに高まっている。ニョキニョキの3次曲線の繋がりは、20世紀のものに比べて遥かにスムースで、そこにコンピュータ制御のレーザーカッターによって同サイズの正円に切り抜かれたであろうマスキングテープを貼って、赤の塗料を吹き付け塗装(焼き付けてはいない)した後、そのマスキングテープを剥がすという想像され得る「作業」は、未だ「家内制手工業」の延長線上にあった頃の「草間彌生」が、筆で水玉を一つ一つ強迫的に置いて行ったという「行為」とは、何処かで不連続性がある様にも感じられた。それは恰も「耳なし芳一」の身体にステンシルの版を当てて、般若心経をチャチャッと印刷したり、ドローデータの般若心経をカッティングシートに出力し、それをタトゥーシールの様に芳一の身体中に貼ったりする様な感じの仕事の様にも思えたりもした。しかしそのプロセスがどうであろうと、「網膜」的には全く「同じ」水玉でしかないから、それはそれできっと良いのである。ステンシルでも、カッティングシートでも、卒塔婆プリンタの様なプリンタ出力でも、結果的に平家の怨霊に身体が見えさえしなければ、「ビジュアル・アーツ」の在り方としてはそれで「正しい」のだ。


草間弥生NHK再放送、見たらいいね、と言ったのにRT少なすぎ。アートとスポーツとビジネスは一体なのだというをことが日本では理解されないのは残念だよ。ロンドン五輪もアートのイベントが盛り沢山だった。2020東京五輪も同じコンセプトなのになあ。


猪瀬直樹
https://twitter.com/tamu_hiro124/status/253542611153989633原文ママ


「作家」でもある東京都副知事の言う通り、確かにここに限っては、アートとビジネスは一体であると言えるだろう。「発注芸術」という言葉(古語)を、草間彌生に対して使える日が来るとは、数十年前には思いも至らなかったのである。

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銀座松屋のヴィトンを横目に、そのまま店内地下階に潜って地下鉄銀座駅へと抜ける。この銀座松屋の B1 フロアには、日本橋の老舗・山本山(茶・海苔)の売り場もある。「上から読んでも山本山。下から読んでも山本山」。凡そ人生で最初に出会った「回文」である(伏線)。但し少しも「回文」になってはいないのだが。


閑話休題、そこから地下鉄の路線を乗り換えて、清澄白河の駅で降車すると、同じ方向に向かう人達がいる。同じ色の体操帽を被った小学生の一団もいる。その集団の後に続くと、後々面倒な事になりそうだと思い、早足でそれを抜き去るものの、体操帽の先発隊はチケット売り場の先で隊列を整えていた。結局、体操帽に囲まれる事になる。入場の堰を開閉する係員は、一定の時間を区切る単純なタイマー(腕時計)仕掛けになっているので、当然そのタイミングとは合わない流れの会場内は、人で溢れ返る事になる。


それがどういう展覧会であるかと言えば、例えば草間彌生のカボチャを、実際に作り上げるアノニマスなアルチザン達の技をこそ見せる的なものである。カボチャの原型を発泡スチロールで制作したり、その型を石膏で取ったり、石膏型の上に離型剤を塗った後に、ポリマーゲルを塗って、ガラスマットを敷いて、ローラーで生樹脂を脱泡したり、平滑な面にする為にパテ打ちをしたり、イラレでレーザーカッター用のデータを作ったり、水玉のマスキングを均等ランダムに貼ったり、ガンで塗料を吹き付けたりという制作過程やその工夫に対して、一々感心する様な展覧会と言っても良い。但し両者の間には大きな隔たりがある。片一方は「草間彌生」で、片一方は「ゴジラ」や「ウルトラマン」なのである。その差は大きい。一番の違いは、お目々キラキラ(ギラギラ)の少年(女子含む)や元少年(女子含む)を、動員や宣伝を掛けなくても数十万人呼べるかどうかだろう。片一方のものは、お目々キラキラの美術関係者すら、10人単位でも大挙して来るとは思えない。


正直なところを書けば、そのフィニッシュの「粗さ」を含めて、懐かしい「東宝での仕事」を思い出す事が出来た展示であった。少なからぬ善男善女が勘違いをしていた様だったが、そこにあるのは「撮影用」の作り物であり、決して「展示用」の作り物ではない。即ちフィルムに動きを伴った像として定着した時が、こうした作り物の完成時なのである。撮影時に於けるクォリティ・マージンは取るものの、それ以上は単純に無駄でしか無い、オーバー・クォリティである。16ミリには16ミリの、35ミリには35ミリの、640×480 には 640×480 の手の入れ方。塗装は撮影にこそ適したものだから、場合によっては減法混色に加法混色を混ぜたりもする。そうした計算を働かせながら、今は無い東宝大プールの横っちょで、ちまちました仕事をしていた事を思い出したりしていた。当時、東宝スタジオの奥のゴミ捨場にゴロゴロ捨てられていた様なものが、こうした御立派な展示に引っ張り出され、少年や元少年のキラキラ/ギラギラした目に晒されているというのは不思議な感じがする。自分が関わっていない作品の一部のミニチュアを見て、「こういうサルベージはよくやる」とか、「乗りだけで作るところってあるよね」とか、再現された「倉庫」の壁に掛けられた工具を見ては、「道具の手入れは大切に」とか言っている自分の前に最後に現れたのは、東宝の箱の上に組み立てられた「ミニチュア・セット」であった。善男善女が、そこで巨神兵宜しくセット内に入っては撮影大会である。そうした風景は、東宝伝統の1/25スケール(会場内の「銀座和光」や「赤レンガ倉庫」等がそれである)で作られた、東宝の「東武ワールドスクウェア」で日常的に見られるものだ。


或る種の「インスタレーション」が目指すものは、こういうものであるのかもしれない。事実「出演者(観客)」を作品内に立たせたりする、映画セットの様なものを志向する「インスタレーション」は存在したし、或いはアトラクション(例:ディズニーランド)の様なものを志向する「インスタレーション」も存在した。東京・神田の画廊で行われた、80年代になるかならないかの時期の川俣正氏の展示を見て、「セット」と呟いたりした事もある。凡そ「インスタレーション」を形式的に定義付けるというのは難しい。絵画を形式的に定義付けようとして、支持体と表面に分けてはみたものの、それでも「あれ?」が残る様な、そんな残尿感めいたものが「インスタレーション」の定義にも当然存在する。


使えるものはとことん使う。半券でMOTコレクションにも入る。ずらりと並んだ奈良美智氏を別にして、その他の多くは「発注芸術」(古語)である。「MOTコレクションに入るにはまず発注」「アノニマスなアルチザンを大量に使えてなんぼ」。そんな馬鹿馬鹿しい標語を戯れに考えつつ会場を出た。

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相互乗り入れの地下鉄に乗って、横浜市青葉区に向かう。新開地。新開地の醍醐味は「開発の息切れ」の箇所にこそある。向かう「アートフォーラム」への道は、メルセデス・ベンツのディーラーと雑草の生い茂る法面(のりめん)という、「開発の息切れ」ならではの滋味深く妙味のある風景が展開されている。そこに加えてアートである。ベンツとアートと雑草。しかしそれを丹念に折り畳んで行けば(見ないようにすれば)、見えるのはベンツだけだったりアートだけだったりする。そうした折り畳み後の目には、ここはベンツやアートの隙間に雑草という順になる。しかし折る場所を変えてみれば、雑草や掘り起こした関東ローム層が前面に来たりもして、雑草や土の隙間にベンツやアートという順にもなったりするのである。


「アートフォーラム」に見に行ったのは、或る「展示」である。しかし結論から言えば、その日は会期の前日だった。東京を離れた後から気付いた。掛け値無くそれは間抜けである。それでも恐らく「ブツ」は揃っていたし、アクリルの透明ボックスは上から掛けられていたしで、「大体本番」と思える状態を見てはいる。しかしそれでも「大体」であるから、例えば「展評」めいたものを書くのはフェアではないと思われるが故に書かない事にする。


その上で敢えて書くとしたら、実際に置かれているものと、「アートフォーラム ショーケースギャラリー」のサイトで公開されている画像の間に印象的な差は少ないという事はある。「見なければ(肝心のところは)判らない」度は、マックスに高くはない印象を持った。しかし置かれている場所であるとかは、確かに「見なければ判らない」の内には入るだろう。展示場所が「エントランスホール」とされているので、それなりの「エントランスホール」と作品の置かれ方を想像して行くと、場合によっては「確かにエントランスホールではある」に変わるかもしれない。「エントランス」という事で、それは何かへの入口部分に相当する訳だが、この場合は「展示室1F」で開催されている「第7回 横浜画塾展『10年の光と影』」に繋がる様な位置にあると言って良いだろう。「第7回 横浜画塾展『10年の光と影』」は、「市民ギャラリー」であるが故の、市民による展覧会(発表会)であり、約100人による279点の水彩画(という形式)による「大展覧会」である。「アートフォーラム ショーケースギャラリー」は、そうした地元お絵かき教室の発表会のプロムナードに、恐らくどこかで「啓蒙」の期待を孕ませながら存在している。


今、軽く100人と書いたが、換言すれば、即ちこの展覧会だけでも100人の「作家」がいる訳である。そう書くとびっくりである。しかも、2Fではまた別の展覧会(発表会)が行われていて、そこにも多くの「作家」がいたりする。少なくとも「芸術」に手を染め、「芸術」に片足以上を突っ込んでしまった人達がここに何百人もいて、他にも「ガラスで作るそこいらのカタチ」とか「木口木版の魅力」とか「はじめての透明水彩」とか「 ヌード・デッサン」等の市民プログラム(ワークショップ)も開催されていたりして、果たして「芸術(という形式)の心」を持つ人達は、市民プログラムの講師を含めてここに一体何人いるのかと、安堵とも不安とも付かないモヤモヤな気持ちが起きて来たりする。


そうした「芸術(という形式)の心」を持つ数百人が、この「ホール」の片隅のショーケースの中の折り畳まれた文庫本に対しては、どういった反応を示すものだろうか。例えば自らが描く水彩画(という形式)や、ヌード・デッサン(という形式)といった「芸術(という形式)」とは、「全く別の世界」の出来事に見えるだろうか。それが「こんな事をする人がいるんだねぇ」以上の、例えば所謂現代美術クラスタが示す様な関心、或いはそこから尚進んで、水彩画(という形式)とも、ヌードデッサン(という形式)とも異なる自らの表現形式に至ろうとする気持ちを、この中の一体何人が持つ事だろうかと、またもやクラクラする様な想像を巡らせるのである。


水彩画にしてもヌードデッサンにしても、それは一種の方法論的方便である。しかしそれが方便ではなく、到達点に見えてしまうと、途端にそれは「嗜み」の対象になる。「嗜み」としての水彩画、「嗜み」としてのヌードデッサン。現実的には「アートフォーラム」の名称は譲れないところがあるだろうが、実際的には「テイスト(嗜み)フォーラム」でも良さそうなものだろうと思ったのであった。


引っ掛かる点は、それとは別にもう一つあった。主催者による作家紹介の文章である。


横浜市民ギャラリーあざみ野では、エントランスホールのショーケースという小空間を使って、新進アーティストの作品を紹介しています。2012年度第三期は、回文詩※と、本や文房具を素材とした美術作品を制作しているアーティスト、福田尚代の作品をご紹介します。福田は、書物のページを丹念に折り込むことによって、最後に残された言葉から立ち現われる世界を変容させる《翼あるもの》シリーズで、言葉への探求を試みています。本展ではこのシリーズを、新作インスタレーションとして展開します。
※回文詩…前から読んでも後ろから読んでも同じ音になる詩。


引っ掛かったのは、最後の「インスタレーションとして展開します」の部分である。それを見て、ますます「インスタレーション」というものが判らなくなり、あろう事か「インスタレーション」という形式そのものの存在すら疑わしくなってきたのであった。

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東京の鉄道網は、ほぼウェブである。ここで言うウェブは蜘蛛の巣である。郊外から都心に労働力を流入する為に存在する放射状の路線(と言うか、放射状の路線の存在こそが、東京の「郊外」を作り上げていったという歴史的経緯になるのだが)が山手線から外に四方八方に伸び、それを幾つかの環状線井の頭線武蔵野線南武線多摩モノレール横浜線等)がバイパス状に繋ぐ。山の手線内は地下鉄網による「ラシーヌ」だ。但し、環状線の密度はそれ程でも無いから、行きつ戻りつを繰り返さなければならないケースも多々ある。横浜市青葉区の「アートフォーラム」から、そこ(家の近所だったりする)に行こうとすれば、自ずと「あざみ野」→田園都市線下り→「長津田」→横浜線下り→「八王子」→中央線上りという「コ」の字コースを取らねばならない。


http://www.switch-point.com/2012/1213tanaka.html


「2012年9月27日(木)ー2012年10月13日(土)」という時間上の限定と、「東京都国分寺市本町 4-12-4 司アートシティ1F」という空間上の限定が、この試みに相応しいものかどうかは判らない。展覧会形式以外の適切な方法論がありそうなものかもしれないと思ったりもしたが、3点程ある「作品」を扱うには、こうした設えは必要なのかもしれないと思い直したりもした。


「私の考える建築」

これは私が考えてつくった建築を題材に、美術(作家)と美術批評の立場から建築を挟み撃ちにすることを狙った展覧会である。


建築は物理的にできた物そのものであり、そうでしかないもののはずなのに、私たちが建築空間とよぶものにはしばしば詩が込められ、観念的な対象として扱われる。


また一方で、建築がつくられるためには社会や経済や政治、あるいは歴史や気候風土など大きな関わりのなかでつくられることがあたりまえの前提としてあり、しかしそういった論理だけでできたものになんら詩的な、あるいは感動するものがないことが多い。


建築の批評には建築の批評なりのよさがあり、建築に肉薄する深い知識と洞察力が必要な一方で、やはり上記のような内容にに回収されてしまいがちだと思うことがある。


こういった建築をめぐる言葉と意味について、建築を生業としない人たちによって建築が一度解体され、再構成されて、建築に新たな視点が与えられるのだとしたら、汲み尽くされたと思われがちな建築の可能性が発見され、世界にひろく開かれていくのではないかと思った。
そして、この展覧会ではそのような試みを写真と文だけに絞ってやってみようという無謀とも思える試みである。


言葉を担う者たちの人選は下記の通りである。理由は私の考える建築について長年にわたってともに議論を続けてくれている人たちであり、そして各個人が(建築関係者ではないけれども)、その人なりの「私考える建築」を持ち合わせていると思われることである。


田中裕之


協力:
佐々木健(アーティスト)
石崎尚(愛知県美術館学芸員
林卓行(美術批評・現代芸術論)
冨井大裕(アーティスト)
奥村雄樹(アーティスト)


原文ママ


面白いと思ったのは、「アーティスト」の人達のコメントが、一種の「インスタレーション」論になっているところであった。「建築」を「インスタレーション」として見る。従って、建築に於ける「時間的側面」よりは、寧ろ「空間的側面」に重きを置いた記述にどうしてもなってしまうのは致し方ない。


この中では林卓行氏のものが、建築に於ける「時間的側面」の機縁に触れていた様な気がした。林卓行氏のコメントは、個人の「一世代」の中にすら、複数のカウンティングの為のチョッピングが有り得るという、至極当たり前の事を示していた。例えば「建築」と「時間」の関係を、省察的にテーマ化したのが、所謂「メタボリズム」建築だとして、しかし「メタボリズム」に於ける時間感覚は、言わば東京都現代美術館の「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」のエントランス係員の、時計仕掛けのものに似ている様な気もする。「メタボリズム」を成立させるカウントに使用されるクロック周波数は、「一世代(Hz)」という極めて鷹揚な時間感覚に基づいている。そしてこの国分寺の展覧会の建築家もまた、恐らくその考えるところのクロック周波数は、そうした建築界的な慣習の例に漏れず「一世代(Hz)」なのだとも感じられた。でなければ、主体としての施主それ自体の時間的連続性を前提にした、双方からの「議論」の積み上げによる建築といったものは、全く成立し得ないだろう。もっと簡単に言えば、凡そ「議論」というものは、その実「その場限り」のものなのである。各々の人生は、この先何があるか判らない。一寸先は闇。その簡単な現実をこそ、最小限の前提としなければ、これからの「建築」は最早あり得ないだろう。求められるのは「一寸先は闇」を見越した建築なのである。


しかしそうした事は良い。引っ掛かっているのは「インスタレーション」なのである。この、まるで「」という存在が、しかし形式的に記述可能であるかに思わせる様な「ジャンル」について、次回は「インスタレーション」の「思い出」を中心に記してみたい。


【続く】