読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無頼

承前


おまえの最初の植物のところへ行って、その地点から雨水がどんなふうに流れ出しているかを注意して観察するがいい。雨がその植物の種子を遠くまで運んでいったにちがいない。雨水で掘られた溝にしたがって行くがいい、そうすれば流れの方向がわかるだろう。それから、その方向におまえの最初の植物から最も遠く離れた植物を探すのだ。それらの二つの植物の間に芽を出した植物はすべておまえのものだ。


カルロス・カスタネダ 「呪術師と私―ドン・ファンの教え」


焼津の半次という人物がいる。18世紀後半から19世紀に掛けての人である事は判っているが、正確な生没年は不詳である。現在の静岡県焼津市の長屋(辰五郎長屋)生まれである。平民である為に苗字は無い。「焼津の半次」は「ヴィンチ村のレオナルド」の様なものだ。臍は曲げても「曲がったことが大嫌ぇ(本人談)」な性分である為に、彼の刀や煙管は真っ直ぐに作られている。20代の後半から30代の前半に、「町のためにならねえ(本人談)」地元の役人五人を「面倒見ちまった(本人談)」為に、焼津にいられなくなり、為に故郷を出奔。以来「一本どっこ」の渡世人生活となる。焼津を出てから七年目に、浅間近辺の街道筋の一膳飯屋で、とてつもない大太刀(一本差)を帯刀する一人の浪人の「男に惚れ」、その後、共に諸国を道中する生活を送る。浪人の名は月影兵庫(変名)。その月影が半次の前から去った数日後に、風貌が月影に酷似し(当然)、大太刀の帯刀も共通している花山大吉という浪人と出会い、再び諸国の賭場を拠点に流浪して回る生活を送る。



今では全く見る影も無いが、1960年代から1970年代に掛けてのテレビドラマの約半数は時代劇であり、且つその時代劇の主人公の多くは、無頼、漂泊、流浪、放浪、流離、漂流、浮浪(以下「ノマド」)の人であった。焼津の半次(品川隆二)が登場するテレビ時代劇は、NET(現・テレビ朝日)で放映されていた「素浪人 月影兵庫」と「素浪人 花山大吉」だが、その主人公である月影兵庫近衛十四郎)や、花山大吉(同)もまた、様々な事情で故郷(共に江戸)を捨てた「ノマド」な浪人である。「素浪人 月影兵庫」の最終回は、月影が伯父(叔父?)の松平伊豆守信明の家督を継ぐ為に、半次と別れて江戸に戻って定住し、それまでの「ノマド」生活に終止符を打つ話であった。


当時の「ノマド」な時代劇を思いつくまま順不同に上げると、上述の近衛十四郎の「素浪人」シリーズ(「月影兵庫」、「花山大吉」、「天下太平」)を始めとして、五社英雄の「三匹の侍」、三船プロの「荒野の素浪人」「荒野の用心棒」「無法街の素浪人 」、市川崑中村敦夫の「木枯し紋次郎」、萬屋錦之介版「子連れ狼」等々。或いは時代劇という括りで無ければ、藤田まこと白木みのるの「てなもんや三度笠」等のバラエティ番組、また子供番組には「サスケ」「仮面の忍者赤影」「忍者部隊月光」等の忍者ものの形を取って、そして歌謡曲では「潮来笠(「潮来の伊太郎 ちょっと見なれば」橋幸夫)」「いっぽんどっこの唄(「ぼろは着てても こころの錦」水前寺清子)」の股旅演歌や、「月の法善寺横丁(「包丁一本さらしに巻いて」藤島恒雄)」、加えて「マドロス」ものの様なものであっても、はたまた「日活アクション」であっても、「ノマド」な人達の存在は、ごく当たり前の形で「お茶の間」に受容されていた。"Le Brigate Rosse(赤い旅団)" の "Brigate(旅団)" という語の響きにすら、少しだけロマンティックなものを感じていたりもしていた当時の「お茶の間」だった。こうした漂泊者に対する一定の受け入れの構えには、1923年(大正12年)に「ばくち馬鹿」で渡世人を初めて主人公とし、1929年(昭和4年)の「股旅草鞋」で「股旅」という語を発明した長谷川伸や、講談・浪曲等が、大衆的に広く受け入れられてきた経緯があるだろう。「ノマド」の系譜は、恐らくテレビでは、アニメ「ねぎぼうずのあさたろう」が最後になり、歌謡曲では氷川きよしの「箱根八里の半次郎」が最後だと思われる(印象)。


その一方で「定住者」の時代劇も存在し、例えば「遠山の金さん捕物帳」「大岡越前」「暴れん坊将軍」「必殺シリーズ」等では、主人公の生活の基盤にあるのは「定住」であり「定職」である。但し常に「裏の顔」等との二重生活と隣合わせであるところは、「ノマド」の一変種であると言えない事も無いだろう。「水戸黄門」は、一見「ノマド」ではあるが、ラストシーンで「勧善懲悪」の「善」の根拠が、「王道」の「ロゴス(法)」に収斂されてしまうところが、その物語が最も「ノマド」から遠い位置に存在している事を示している。無頼、漂泊、流浪、放浪、流離、漂流、浮浪の人の根拠は、生き抜く為の「腕」にだけ存在する。斬られてしまったらそこでお終いである。馬鹿みたいな話だが、しかし概ね世界は馬鹿みたいな話で構成されている。戦いの場という平滑空間上で、劣勢になったら、或いは疲れてきたら、または面倒臭くなったら、決められた時間になったら、「もう良いでしょう」などと言って印籠(「ロゴス」の象徴)を出せば良いという話ではない。「水戸黄門」一行は、結局最終決戦の相手を常に選んでいるのである。そこには「ノモス」な連中に顔の効く「ロゴス」、即ち土地の「悪代官」を始めとする政(まつりごと)の関係者が、常に含まれていなければならない。故にその決戦場の多くは「ロゴスの殿堂」としての「屋敷」である。印籠のウェポンとしての威力は、そうした「ロゴス」が影響力を持つ空間内に於いてのみ発動する。誰もがそれに平身低頭して恐れ入る訳ではない。従って iTunes ストアにも「印籠」があるものの、その注意書きには「相手によって効果のない場合がございます」ときちんと明記されている訳である。「仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦」の様に、「水戸黄門一行×股旅軍団 スーパー時代劇大戦」という戦いが、(仮面ライダースーパー戦隊の様な)採石場(≠「屋敷」)で行われれば、恐らく印籠はそれ程役に立つウェポンにはならない。最後は、助さん格さん、風車の弥七かげろうお銀 vs 木枯し紋次郎の「理念」無き斬り合いで終わるだろう。


他方、当時の現代劇を思いつく儘に順不同で上げると、「特別機動捜査隊」「七人の刑事」「鉄道公安36号」「ザ・ガードマン」「キイハンター」「プレイガール」「太陽にほえろ!」「西部警察」「ウルトラQ」「ウルトラマン」「飛び出せ!青春」「池中玄太80キロ」「前略おふくろ様」「熱中時代」といったところだ。その全てが、それぞれの「定職」に於ける「業務遂行」話であり、故に「理念遂行」話である。彼等が仮にそれぞれの世界で「型破り」や「外れ者」であっても、またその仕事内容が、幾らパラレルワールド的に不思議なものであっても、それでも彼等が何らかの組織に属する給与所得者であるところは一致している。帰るべき家もある。まるでそれ以外の生き方が、現代には無いかの様でもあり、現在細々と生き残っている「現代」を描くテレビドラマは、全てこうした「定住者」の物語の系統にある。


確かに21世紀の現代劇で、こうした種類の「ノマド」を描く事は困難である。嘗ては生活空間で日常的に見る事の出来た「物売り」等を含む「ノマド」な存在も、市中から悉く消えた(様に見えている)。それと共に、裏カジノ(賭場)に出入りしている渡世な存在を快く思わないのが「現代」である。「子を貸し腕貸しつかまつる(子連れ狼)」が、単に幼児虐待であるのが「現代」である。公務員(役人)5人に重症を負わせ、日本全国を逃げ回っていたら、「おい、半次!」というポスターが交番の前に貼り出されて「全国指名手配」されてしまったりするのが「現代」である。とてもではないが「致傷罪」に問われて全国を転々とする存在を、「焼津の半次」の様な底抜けに明るいキャラクターでは書けないのが「現代」である。「哄笑」的で「痛快」な「股旅物」や「道中記」ではなく、「シニカル」な「ロードムービー」になってしまうのが「現代」である。そもそも「定職」に就かない「定形外」の人間が、様々な形で徹底的に不利なのが「現代」である。しかし、敢えてその「現代劇」の困難に挑戦したのが、山田太一の「男はつらいよ フーテンの寅」であり、またそれに対抗した東映の「トラック野郎」なのだろう。しかしそれもまた、「定住」の時代にあっては、例外中の例外的な「特殊」な存在として書かれ、やがてそれらの映画も「定住」が規範となった世界では全く作られなくなってしまった。

      • -


さて寅さんのトランクなのである。「明日のこころだ」と言っておきながら、すっかり「来週半ばのこころ」になってしまった。


車寅次郎氏のトランクは、21世紀の長旅の基準からすると、結構シュリンクされたパッケージングと言えるだろう。例えば海外旅行はもとより国内旅行でも、あのトランクの大きさのパッケージのみで数ヶ月から数年の旅に出るというのは、通常は難しそうだ。バックパッカーな人なら兎も角、あの中身では不安にすらなってしまうかもしれない。21世紀人の旅支度の、それぞれの中身の体積をリストアップしていけば、旅支度の大部分は「着替え」なのである。旅先ですぐさま「着替え」をしようなどと思ったりするから、キャスター付きの大型キャリングケースが必要なのである。


車寅次郎氏は、基本、毎日(でなくても良い)の洗濯を欠かさないという条件の下に、あの少ない枚数のダボシャツと越中ふんどしなのだろう。だからこそあのトランク容量で事足りる。全てのTPOに於いて、あのスタイルで通し続けるという決意・決断、又は一種の思想と言って良いかもしれないものがある訳だ。これが滞在先の部屋着と、外出の為のカジュアルウェアと、フォーマルウェアと、他には何がいるだろう、下着は何枚必要だろう、同じ物を毎日着ていたら何と言われるだろうなどと不安な気持ちに陥ったら、当然あの大きさのトランクでは済まない。キャスター付き大型キャリングケースをガラガラと引っ張る車寅次郎氏というのは、余りにも格好の悪い存在であるが、しかし一方、成田空港や関西国際空港などは、そうした車寅次郎氏的には極めて大仰で格好が悪く、他人にどう見られるだろうという不安を常に抱えた人達で溢れている訳である。


そんな「潔い」、「颯爽」ですらあるイメージの車寅次郎スタイルも、一転して股旅物を始めとする時代劇の基準からすれば、やはり大仰で格好悪く見える。着替えの入ったトランク(行李)を担いだ三度笠の格好悪さと言ったら無いだろう。彼等のスタイルの多くはほぼ丸腰である。「先の副将軍」の「水戸黄門」ですら、誰一人として荷物らしい荷物を持っていない。風呂敷や振り分け荷物すら無い。従って(従わなくても)基本的に「かげろうお銀」もまた「着たきり雀」である。彼女のバトルスーツは、訪れた先々に京都は太秦の人が運んで来るのである。御苦労な話である。思い出すだに、彼等の荷物は「印籠」と「財布」位しか無い。「財布」の中身、即ち「貨幣」こそは、「価値」を携帯し易くした発明品であり、要は「貨幣」とは「旅」の道具の一つである。だからこその「通貨」であり、そこが「定住者」の「価値」を表す「米(石)」とは異なる。実際的な江戸時代の旅のスタイルがどの様なものであったかは、例えば焼津の半次と同時代の人物である「安藤広重」の描く「東海道五十三次」などを見れば大体判明するだろう。


しかし本当に書きたい事は、寅さんのトランクの話なのではなかった。果たして「ノマド・アーティスト」である「円空」や「木喰」の旅姿というのは、一体どういうものであったのだろうか、という事について考えるは、また明日のこころにしたい気持ちは山々なのだが、果たしてどうなる事であろうか。


【続く】