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承前


直島行きの同行者は、当初1992年竣工の安藤忠雄氏設計のホテル(現「ミュージアム」タイプ)に泊まる予定でいた。現在、ベネッセハウスのオンライン予約ページで、「『作品に一番近い』ホテル。4タイプに分かれる各室には、収蔵作家のドローイングや絵画、版画などが展示されています」と紹介されているエリアにそれは当たる。


但し、今時分はどんなに安いビジネスホテルに行っても、大抵客室内の枕元辺りやロビーには、何某かの「ドローイングや絵画、版画などが展示」されているものであり、寧ろ例外を見つける事の方が難しいだろう。ファーストフード・チェーンの店内の壁にすら、それらは当たり前の様に掛かっている。しかし、それらをしげしげと鑑賞する客というのは、美術に関心のある者を含めても、そうはいないのではないだろうか。その様な「無関心空間」に設置されても尚、僅かながらであっても、客の誰かに美術作品としてお気に入りにされる事を作家は望むものであるが、元より美術に関心の無い大多数の客は、それら「ドローイングや絵画、版画」が少しも目に入らないというものでもあるだろう。


しかしこのホテルだけは違う。それら「ドローイングや絵画、版画」は、「ビッグネーム」のものであり、従ってそれらと一晩を過ごしたいという、「ドローイングや絵画、版画」目当ての、一般的には例外側に属する客で予約が埋まる。ベネッセハウスのオンライン予約ページの空室状況を見ても、最廉価のツインが一泊一名¥31,185也の「ミュージアム」の客室稼働率は、他のタイプに比べても高く、満室がほぼ常態である。但しここを利用するには条件がある。


ミュージアム、オーバルは、美術館に宿泊して非日常的な場所でゆったりと過ごしていただくコンセプトから小学生未満のお子様のご宿泊は勝手ながらご遠慮いただいています。何卒、ご了承ください。


ゆったりとした非日常性は、小学生未満のお子様の不在が条件になる。そうとも読める。小学生未満のお子様は、ゆったりとした非日常性の阻害因である。そうとも解せる。加えて、壊すのがそうしたゆったりとした非日常性に留まればまだしも、貴重な作品(「人類共通の財産」)を壊したら一体どうするのだ。恐らくそういう事もあるだろう。


ドゥルーズガタリ(以後「D+G」)が、戦争機械(machine de guerre)について述べた「根本的な無規律性、序列性にあらがうこと、放棄や裏切りをちらつかせてたえまなく脅迫する:une indiscipline fondamentale du guerrier, une remise en question de la hiérarchie, un chantage perpétuel à l'abandon et à la trahison」「愚鈍、奇形、狂気、非合法、横領、罪悪…:bêtise, difformité, folie, illégitimité, usurpation, péché...」(ミル・プラトー「遊牧論あるいは戦争機械」:Mille Plateaux "Traité de nomadologie : la machine de guerre")という特徴はまた、小学生未満のお子様のそれでもある。


「教育」の外部にあるのではなく、「教育」の純粋な外部性の形式であるそうした小学生未満のお子様は、即ちベネッセのドル箱「教育」商品「こどもちゃれんじ(国内会員数150万人。受講料月額1,650円)」のターゲット年齢に当たる。その「こどもちゃれんじ」は、アートサイトやアートプログラムの財源の柱の一つになっているとも思われる。「こどもちゃれんじ」のアイコンであるしまじろうを通じて、お得意様である小学生未満のお子様に対して、「ご遠慮」を判り易く説明した模範解答を伝えるのは、「教育」を専門とする会社にとっては恐らく容易な事だろう。「国家こそが支配者と非支配者の区別を可能にする(C'est lui qui rend possible la distinction des gouvernants et des gouvernés)」。そしてまた、芸術者(発信者)と被芸術者(受信者)の区別も可能にする。D+Gは、現代芸術を「戦争機械」の側に置いていたが、しかし直島での「現代美術」は、それに対抗するところの、D+Gの言う「国家装置(appareil d'Etat)」の側にあるのかもしれない。


同行者がホテルに予約を入れようとすると、しかし既にそこは満室だった。宿泊先を変更する事にする。再びフェリーで、その日の内に高松に戻るというのも慌ただしいので、当時はベネッセの宿泊施設の一つだったパオに泊まる事にした。モンゴルから移築されたそれは、ベネッセハウスに隣接する「直島国際キャンプ場(安藤忠雄監修)」にインストール(設営)されていた。現在それらは「直島ふるさと海の家つつじ荘」に場所を移してしてインストールされている。アメニティが充実したコンクリートアーキテクチャー、安藤忠雄に比して、フェルトと木のインスタレーション、パオの稼働率は低かった。風呂は無い。トイレも無い。水道も無い。それら全ては屋外に建てられた共有スペースにある。フェルトのインスタレーションの宿泊料は、コンクリートアーキテクチャーに比べて格段に安かった(現在一泊一名¥3,675)が、それでも空室は結構あった。

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2000年代から2010年代に掛けてのモンゴルのイメージは、「朝青龍」「白鵬」「日馬富士」、或いは少しマニアックに「ホーミー」かもしれない。一方、直島南部が開発され始めた1980年代から1990年代のそれは、或いは「ノマディズム(nomadisme)」だったかもしれない。「ノマディズム」の日本での火付け役は、取り敢えず浅田彰氏という事になっている様だ。「構造と力(1984年)」の余勢を駆って同じ年に刊行された、氏の雑誌媒体掲載文アンソロジー「逃走論―スギゾ・キッズの冒険」でもその語は出てくるが、ざっと見返した限り「ノマディズム」という語を同書内で使用しているのは、思想雑誌での対談相手である今村仁司氏の様だ。御本人浅田氏は、寧ろ自ら「発明」し、一時流行語となった「スキゾフレニー」の短縮形「スキゾ」を、それに相当する語として使用している様に見える。1980年の "Mille Plateaux" 刊行から2年後、浅田氏の事実上のデビュー誌である「現代思想」の1982年12月号(「特集ドゥルーズ」)の対談「ドゥルーズ=ガタリを読む」から今村氏の発言を引く。恐らくこれがカタカナ「ノマディズム」の嚆矢の一つだろう。


今村 そうですね。そこらへんでドゥルーズが『ミル・プラトー』のなかで巨大な一章を設けているノマディズム論というものがもつ非常に重要な意味が出てくる。ノマディズムというのは、一言で要約しにくいけれども、今言ったような逃げる思想、みずからマイノリティになっていく思想、あるいは定住的な発想を超えて、常に境界へ境界へと新しい大地を求めて動き回ること。これは非常に古い時代から常にあったわけで、ある意味では近代資本主義社会というのは限定つきだが、そういう事態を一種全面開花するような可能性を切り開いたということですね。


「限定つき」と断ってはいるが、しかし1980年代日本に於ける、D+Gを含む「ポスト構造主義」の「ポスト産業資本主義」的「ポストモダン」な受容のされ方が、何処と無く仄見える発言でもあるだろう。確かに "Mille Plateaux" の中にも、「諸国家に対して相当な自立性を保持し、一定の時点で世界全体に枝を広げる巨大な世界機械(de grandes machines mondiales)」という形で、「近代資本主義社会」に触れられていたりはするものの、それは1980年代の日本でしばしば見られたところの単純な「賛美」ではない。いずれにしても、日本の「知識人(文化人でも良い)」の間に、思想としての「ノマド」がクローズアップされたのはこの頃であり、安藤忠雄氏という「文化人」が監修する「直島国際キャンプ場」に、ピンと紐で組み立てられた「パオ(ゲル)」が設けられたのには、こうしたカタカナ「ノマド(=スキゾ)」の流行も幾らか影響しているのではないかと思われる。


故郷の乾いた高原とは異なり、異郷の地の湿った海岸にインストールされた「パオ」に、同行者とチェックインした。天候は殊更に荒れてはいなかったが、冬の名残りの色濃い寒い春の日だった。亜硫酸ガスの影響が少ない島南部の防風林越しに、FRP製の水玉ブランドのカボチャが見えた。



【続く】