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離島

【前説:沿革】


観光協会が「うどん県」とする香川県。その県道256号線沿いにある「ふるさと海の家 つつじ荘」の入口傍に建立された「演歌大ヒット曲 おやじの海発祥の地」の碑文。


 有線放送新人賞・日本作詞大賞大衆賞を受賞し大ヒットした「おやじの海」は、三菱マテリアル直島製錬所で同じ職場で働く 二人の男によって誕生した。直島出身の佐義達雄が作詞作曲し、秋田県出身村木賢吉が唄った。
「おやじの海」は昭和五十二年、北海道でヒットして日本列島を一気に南下、一世を風靡する三百万枚セラーの大ヒット曲となった。
 古代から負けたことのなかった日本は、第二次世界大戦で大敗したきびしい世代、貧しいながら漁師だった父 愛蔵 母 ツネに育てられ、感性豊かな息子が育った。「親の苦労をねぎらい作った」という「おやじの海」は、NHK新日本紀行で日本中へ紹介され、その後民間放送で次々と報じられ、今日に至り愛唱歌として全国で歌い続けられている。(原文ママ


香川県直島町(以後「直島」)の近代史は、常に「三菱マテリアル」と共にあった。


三菱マテリアル直島製錬所


会社概要


「人と社会と地球のために」、これが三菱マテリアルの企業ポリシー。
 三菱鉱業時代からのノウハウによる資源開発に始まり、新素材、インテリジェント・マテリアルまで多種多様のマテリアルの製造を通じて社会に貢献。
 さらに幅広い素材技術、リサイクル技術、環境保全技術を駆使して、人間はもとより地球の未来に貢献していきたいという気持ちを表現しています。
 直島製錬所は、この三菱マテリアルの前身である三菱合資会社の中央製錬所として大正6年(1917年)に設立。以来、製錬一筋に莫大なノウハウと信頼を培ってまいりました。穏やかな瀬戸内海に抱かれた太陽の島「直島」で、今日も皆様の暮らしに役立つ製品の開発・製造に取り組んでいます。


http://www.mmc.co.jp/naoshima/corporate/index.html


1916年(大正5年)、三菱合資会社(現三菱マテリアル)は、銅製錬所の建設適地を求めていた。当時既に、古河の足尾銅山や、住友の別子銅山鉱毒禍は、報道を通じて一般に広く知られていた。各地の銅製錬所は、亜硫酸ガスによる環境悪化に対する周辺住民の反発を買う様になり、次第に本土内陸部にそれを構える事が難しくなっていた。環境問題(賠償問題)の回避と、銅鉱石の海上運搬の有利性から、産銅業界は各地の銅製錬所を、瀬戸内海の島嶼部に移転するという「解決策」を見出す。住友がそうした動きの先鞭を付け、煙害問題の深刻化から、別子から「無人島(人家2戸、人口13人)」の四阪島に移った製錬所が、1905年(明治38年)に操業を始める。一方三菱が目を付けたのは、銅製錬に不可欠な水資源に恵まれた瀬戸内海の島、豊島だった。


しかし、豊島石の産出加工と稲作が盛んで、村の財政にゆとりがあった豊島はその打診を受け入れなかった。煙害による環境悪化を危惧した農家や大地主の片山家が、銅製錬所進出反対の意志を示す。豊島という選択肢を失った三菱は、候補地を隣の直島に変更する。直島選定の理由は、島が「煙害問題を免るるの位地」(三菱合資社誌)に存在しているからであった。「煙害問題を免るるの位地」とは、即ち「賠償問題を免るるの位地」という事だ。今も昔も「プラント」というものは、そういう場所にこそ狙いを定めて作られてきた。三菱が直島の意向を伺うと、豊島とは打って変わって、直嶋村長松島九三郎の快諾を得られた。


凶作と伝染病の発生。耕地整理法による支出の増加。文字通り豊かな島、豊島とは逆に、直嶋村の財政は破綻しつつあった。企業誘致による外部資本導入が村を救う唯一の方策であるとして、松島は三井造船に企業進出の打診を図るものの失敗に終わっていた。そこに三菱からの打診が舞い込んでくる。さぞや天恵の様に思われた事だろう。製錬所誘致を提案した村議会で、松島は「農、漁の発展もはやその余地なし」「財政ますます困難に陥るほかなく」と村の現状を説き、三菱からのオファーを「本村百年の幸福」とした。煙害に対する懸念が皆無であった訳ではない。地主の抵抗で、評議は75回に及んだという。しかし松島の説得が功を奏し、誘致決議から二ヶ月後に、直嶋村と三菱の間に精錬所設置の契約書が交わされる。


半農半漁の財政難に喘ぐ島から鉱工業(三菱)の島へ。銅製錬所が稼働すると、周辺の山の木々や畑の作物が枯死する煙害と引き換えに、村の財政はたちまち潤い、税収の85%が三菱からのものになる。製錬所施設の増強は島の人口を急増させる。最盛期の1958年(昭和33年)には、島の人口が、大正初期の人口約2,000人の4倍弱の7,842人になる。三菱の企業城下町となった直島は、唯一地方交付税を受けない県内一裕福な自治体になり、三菱の病院、三菱の映画館は、高松や玉野といった本土のそれらよりも充実していたと言われた。製錬所の最盛期の従業員数は1,500人。直島の子供は「大学に行くより三菱金属(三菱マテリアルの前身)に入る」事を望んだという逸話もある。その中に「おやじの海」の佐義達雄もいた。


一方、三菱を拒否した豊島の経済はやがて悪化に転じる。島内には雇用が無くなる。職を求めて人口流出が始まる。直島と豊島の経済的立場はすっかり逆転する。しかし直島もまた、昭和33年のピークを境に、製錬所が機械化による合理化を進めると、人員整理が相次ぐ様になる。転出者が相次ぎ、人口は「県内ワースト一位」の減少に転じるものの、それでも三菱が直島の命綱である事には変わりが無かった。昭和42年に製錬所撤退の動きがあった時には、「開町以来の危機/誘致できねば町は衰亡」と直島町広報の見出しに載る程に、三菱が存在する事が島の存在の条件になっていた。現在も、住民の約半数が製錬所とその関連会社の従業員と家族で、町の税収の6割はその関係からという。181万平方メートル、島の面積の1/4近い広大な直島製錬所は、円高と世界の銅生産のダブつきが影響し、製錬所労組の執行委員長が「製錬所の頭の上にシベリア寒気団が居座っている」と形容した構造不況に陥っていた。直島製錬所の活路は、豊島に不法投棄された産業廃棄物を焼却溶融する中間処理を含めた「環境産業(産業廃棄物処理事業)」に求められた。「いろいろ検討しても結局、産廃しかなかった。離島の事業所が生き残るには、世の中が嫌がるものを受け入れなあかんということです」と、製錬所労組の執行委員長は言う。製錬所の現在の従業員数は、最盛期の1/4の400人。


直島の近隣に犬島(岡山県)があるが、ここもまた明治42年創業、大正8年に閉鎖された坂本合資会社の銅精錬所の島だった。「西部警察」の爆破ロケ等に多く利用された製錬所の遺構が、現在「精錬所」という名の美術館になっている。坂本合資会社の製錬所もまた、元々は岡山県帯江の銅山内に設置されていたが、やはり環境悪化に対する付近住民の反対運動が激化した為に、「離島」である犬島に移設されたという経緯がある。しかし帯江本山の銅産出量が減少すると、坂本合資会社はたちまち経営難に陥り、大正2年に藤田組に売却される。その直後の大正8年に、藤田組は帯江の閉山を決定し、同時に犬島の精錬所も操業から僅か10年で閉鎖される事になる。趣のあるレンガ造りの遺構は、しかし「賠償問題」を低減化する為に「低開発地」を求めて瀬戸内海の多くの「離島」に建設され、鉱毒禍という忌避の対象でもあった「近代的」プラントの廃墟と考えると、2012年としてはまた別の感慨があるだろう。「煙突」は「サイロ」と類縁関係にある。国土交通省都市・地域整備局の、離島振興を目的とした「島の宝100景」で、その犬島は「産業遺産を活用したアートの島」として選出されている。


http://www.mlit.go.jp/crd/chirit/image/100kei-inu.pdf


直島の北部と南部の性格は異なる。雑な二分法で言えば、島の北部は三菱で、南部は福武と言える。福武の活動が本格化した1992年の2年前、平成2年4月1日に4,671人だった島の人口は、22年後の今年(平成24年)3月1日現在で3,241人と、約3/4に減少している。最近は減少の鈍化傾向は見られるものの、精錬所最盛期の様に増加に転じる訳では無い。微減は続く。直島住民の年齢分布は、10年後に高齢者となる55〜64才の高齢者予備軍の人口が多く、平成23年度の高齢者(65歳以上)比率は31.2%。15〜64歳の生産年齢人口の減少は、平成2年から20年余りで40%減と著しい。


一方の犬島も人口の減少に歯止めが掛からない。最盛期には、3,000人とも、5,000人から6,000人が生活していたとも言われる犬島の人口は、平成7年に105人、平成12年に84人、平成17年に65人、そして昨年平成23年は54人となっている。前述「島の宝100景」には、「地域との協業を図りながら『産業遺産・建築・現代アート・環境』による新たな地域創造を目指しています」とあるが、その「地域」の住民は、平均年齢75歳の54人だ。一体どういう「協業」があり得るだろうか。こうして地域住民は減って行き、代わりに島民の100倍以上の342,591人(平成20年:直島)の旅行者や、住民票を島外に置いた人間が「地域」を埋めて行く。地域住民が減少して行くのに反比例して、「地域」には、「空き家」とそれを利用した「プロジェクト」や「アート」が増えていく。これもまた「地域」興しなのだろう。確かに「地域」は賑わう。


参考:四国新聞「新瀬戸内海論 島びと20世紀 第3部 豊島と直島」
http://www.shikoku-np.co.jp/feature/shimabito/


【続く】