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風流

承前


例えば美術館に行き、そこにある美術作品(どの時代のものでも良い)に対して、茶でも啜りながら(と言うか、そもそも美術館の展示室は飲食禁止なのだが)「風流ですなぁ」などと言って、「しみじみ」としたり、「ほっこり」としたりする様な観客は、まず殆どいないだろうと思われる。美術館の観客の多くは、もう少し「一生懸命」に、「一心不乱」に、何かを見逃すまいと作品を見ようとするものであり、それは時に、「風流」的には「無粋」に見えたりもするだろう。少なくとも、この「彫刻1点」のみで構成された、入場者数831,198 人を誇る「ミロのビーナス特別公開(1964年4月8日- 1964年5月15日)」展に押し掛けた観客に、この彫刻を「風流」に見ようとする者は皆無の様に思える。美的なものを見ようとする人自身が、美的であるとは必ずしも言えない。



或いは、明治初年に日本に突如として移入された美術館という西洋文明とその受容の形式は、例えば「化政期」的な「風流」を退け、それを駆逐する事で成立しているのかもしれない。「美術館」は、日本に於いては「風流」の側にではなく、寧ろ「可哀想なのはこの子でござい。親の因果が子に報い、生まれ出たるこの姿」を口上とする施設の系譜にあるのではないかとすら思える。この西洋からやってきた彫刻を見る為に参集した画像の中の観客は、「見世物小屋」に集うそれに似てはいないだろうか。


「風流」と言えば、九鬼周造の「風流に関する一考察」を思い浮かべる向きも多いだろう。



六つの類型は六つの頂点を占めている。作図はまず互に垂線なる「華」「寂」と「太」「細」の二直線を両対角線とする正方形を作れば、その正方形が狭義の美的価値の面であって、対角線「華」「寂」は漸進性を、対角線「太」「細」は不動性をもっている。次にこの正方形の中心0を過ってこの平面に一つの垂線を作り、その垂線上に「厳」および「笑」の二点を取って、二点間の距離を正方形「華」「太」「寂」「細」の対角線の長さに等しくすれば、直線「厳」「笑」は交代性をもつ準美的価値を表わす。そうして「厳」および「笑」の二点を正方形「華」「太」「寂」「細」の各角頂に結び付ければ、多面体「巌」「華」「太」「寂」「細」「笑」が風流八面体である。風流の産むすべての価値は、この正八面体の表面または内部に一定の位置を占めている。


九鬼周造「風流に関する一考察」


全く以って、一体何のこっちゃであるが、それはさておき、九鬼周造が得意とする模式図による説明としての「正八面体」の各頂点に、「風流が(略)創造する美的価値の諸様相」である三組の対立関係、「華やかなもの」と「寂びたもの」、「太いもの」と「細いもの」、「厳かなもの」と「可笑しいもの」、そしてまた、「離俗」、「耽美」、「自然」の三相で「風流」を説明しようとする同考察もまた、「『いき』の構造」ならぬ「『風流』の構造」の趣を持つ。言わば、「巴里のアメリカ人」ならぬ「巴里の日本人(九鬼周造:東京人のち京都人)」が、近代西洋文明只中の「パリ(含ベルリン)」にあって、西洋文明移入「それ以前」のプレ東京である「(化政期の)江戸」に対して思慕しつつ、「風流」を西洋哲学の方法論によって、「構造」的に分析しようとするアクロバティックな試みの一つが、この「一考察」であろう。


例えば、現在「構造化」が最も求められるものの一つに「プログラミング」がある。「プログラミング」は、何よりも「構造」的に「ものごと」を捉えなければならない。では「『いき』の構造」ならぬ「『いき』のプログラミング」や「『風流』のプログラミング」は可能なものであろうか。Photoshop の「フィルタ」に、「『いき』フィルタ」や、「『風流』フィルタ」を作る様な仕事は極めて簡単なものだろう。「いき」っぽく見えたり、「風流」っぽく見えたりする様な典型や定形に、画像をディストーションして演算出力してやれば良いだけの話だ。もう少し気の利いたプログラマーならば、「『いき』の構造」の「直六面体」や、「風流に関する一考察」の「正八面体」をアルゴリズム化して、入力されたものに対して、「いき」や「風流」の出力を示してやれば良いかもしれない。何せ、九鬼周造は、この「直六面体」や「正八面体」の「表面または内部」に、「いき」や「風流」が「一定の位置を占めている」としているのだ。何がどう「いき」であるか、何がどう「風流」であるかを、同書ではそれぞれ具体的に示してもいる。ならば、その「プログラミング」もそう難しいものではないだろう。そして、そうしたプログラムがいざ完成すれば、「いき」や「風流」の大量生産は極めて楽になる。



勿論そんな事では「いき」や「風流」は望めはしないだろう。九鬼周造も「一考察」の中で述べている様に「『昨日の風は今日宜しからず、今日の風は明日に用ゐがたきゆゑ』(去来抄)、古い型は常に革新されてゆかねばならぬ」のであり、「定型化し世俗化して日常性に頽落している『風』や『流』の殻を破るという破壊的な『風の流れ』がそこに再び要求される」。そもそもアルゴリズムとは、どこかで「定型化」と「世俗化」の産物であろう。そうした演算結果は、「評価」の平面に晒される。その平面に於いて、初めて「いき」や「風流」が出来するのだ。


正直なところを言えば、この九鬼周造著の「風流に関する一考察」の内容の殆どは、自分の興味の全き埓外にある。これも「風流」、あれも「風流」という「豊富」な「具体例」を上げたサンプリングは、しかし「風流」という、日本人ならどこかで見知っているところの「機制」そのものの周辺を、ぐるぐると遠巻きに周回しているかの趣を感じ、またどこかで「それは『風流』であるからして『風流』である」的に、極めて同語反復的ですらある。即ち、「風流」という「機制」の、その前提となる原理性に対する遡行的な掘り下げが、この「一考察」には致命的に「足りない」。或る意味で、この「一論考」もまた「『いき』の構造」同様に、「外国」向けに書かれたものなのだろうが、しかしそうした「前提」への批判的視点が欠けるが故に、西洋哲学の書としては圧倒的に「弱い」と言える。しかし、そうした腰の引けた周回の中にも、幾つか興味深い記述はある。例えば、冒頭付近にはこう書かれている。


風流の本質構造には「風の流れ」といったところがある。水の流れには流れる床の束縛があるが、風の流れには何らの束縛がない。世俗と断ち因習を脱し名利を離れて虚空を吹きまくるという気魄が風流の根底になくてはならぬ。社会的日常性の形を取っている世俗的価値の破壊または逆転ということが風流の第一歩である。
 「夏炉冬扇のごとし、衆にさかひて用いる所なし」(柴門辞)という高邁不羈な性格が風流人には不可欠である。少数者におもねる媚びも大衆におもねる媚びも斉しく撥無した自在人が真の風流人である。風流の基体は離俗という道徳性である。


そして九鬼周造は、松尾芭蕉の「卯辰紀行(笈の小文)」を引用する。九鬼周造の引用の、その前後をも引用する。


西行の和歌における、宋祇の連歌における、雪舟の繪における、利休の茶における、其貫道する物は一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見る處花にあらずといふ事なし。おもふ所月にあらずといふ事なし。像花にあらざる時は夷狄にひとし。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。


松尾芭蕉笈の小文」から「序」


芭蕉がここで語っている「四時(しいじ)」は「四季」を表し、また「造化」は、即ち老荘(特に「荘子」)に於ける、「道(タオ)」に通じる。即ち「風流」とは、(極めて広義の)「道教」に関連する、生活一般に於ける「美的態度」なのである。「風流」とは、そうした「美的態度」の「在り方」なのであり、また「美的認識」の「形態」なのであり、決して九鬼周造がドヤ顔で示したチャート図である「正八面体」などで、そうした「機制」それ自体を説明し尽くせるものではないだろう。


芭蕉のこの序文の後段、「像花にあらざる時は夷狄にひとし。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり」は、即ち「森羅万象に美を見出さないのであれば、それは外国人(夷狄:いてき)=未開人であり、ケダモノに類する事である。外国人(未開人)である様な事を止め、ケダモノを離れて、無為自然に従い、そして無為自然に還る」となる。であるならば、「外国人(夷狄)」によってもたらされた「美術館」は、芭蕉の目にはどう映ったであろうか。


兎にも角にも、現代日本に於いては、「風流」という、「日常性(「造化」)」の中にこそ「美」を見付け出す様な構えは、少なくとも「美的生活」の前線からは駆逐された様に見える。


【続く】