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銀座「不在」

さて、あの歌舞伎座はどんな建物であっただろう。仮囲いとなったそこに対して、未だ「あの歌舞伎座」と言える状態には辛うじてある。その内に新しい歌舞伎座が出来て、「あの歌舞伎座」とはなかなか言えなくなるだろう。その時「あの歌舞伎座」は、「旧歌舞伎座」という呼称で統一される。


とは言え、では「あの歌舞伎座」とはどの歌舞伎座を指すのであろうか。Wikipedia から、画像を幾つか拾ってみた。






当然「あの歌舞伎座」の多くは、一番下の「リーセント」な状態のものを指すと思われる。歌舞伎座の前を走っている車はセドリックだし、NSXだし、ハイラックスサーフだ。「リーセント」っぽく見える。が、しかし、これらの車は微妙に古くはないだろうか。この様な車ばかりが立て続けに晴海通りを走っていたら、「タイムスリップ」を疑った方が良いかもしれない。セドリックの後ろに、恐らくスイフトであろう車が写っているので、辛うじて20世紀では無さそうだが、同時に、解体直前の「最後期」でも無さそうだ。



歌舞伎座は折々に姿を変え、その瞬間瞬間が、多くのそれぞれの「あの歌舞伎座」を構成する。これは何も歌舞伎座に限った事ではなく、それを銀座と言い換えても良いだろう。仮に、10年も銀座に行ってなければ、その「激変」ぶりに驚くのではないか。馴染みのあの店もこの店も無くなり、あんな店やこんな店になっている。馴染みのあの商品もこの商品も無くなり、あんな商品やこんな商品になっている。馴染みのあの画廊もこの画廊も無くなり、あんな店やこんな会社になっている。馴染みのあのアーティストもこのアーティストもいなくなり、あんなアーティストやこんなアーティストになっている。買い物にデパートに入り、買い物を済ませて出てきたら、そこはもう違った銀座になっているかもしれないというそんな勢いだ。銀座に行く者は、多かれ少なかれ、遠からず失われる運命にあるものを見に行くのだろう。いつかヴィトンは無くなり、シャネルは無くなり、アップルは無くなる。恐らくそれが、都市の「ダイナミズム」という奴なのだと思われる。


「作品は、ここにあった。| 現代アートの考古学」という展覧会を見に行った。


http://artworkwashere.blogspot.com/


場所は昭和通りを挟んで、記録と記憶にしか存在しない「あの歌舞伎座」の向かいにある。そのコンセプト等は、上掲のリンクを辿って見て頂きたい。


11月27日に、一人の作家がそのギャラリーにインスタレーション作品(「非公開」)をインストールし、28日に「文筆家」4名(上掲リンク参照)が、それに対する「記述文(≠レポート)」を書く為の「内覧」を行い、それぞれそのインスタレーションの画像を撮影する。翌29日に、作家がそのインスタレーションの一部をアンインストールし、その「縁(よすが)」を会場に残す。展覧会場は再び変わり、4人の「文筆家」の書いた「記述文」(上記ウェブにアップされている)、撮影した画像(上記ウェブにアップされている)のスライドショーが、壁面と彫刻台上に展示され、傍らには「ステートメント(上記ウェブにアップされている)」が掲げられている。作品が撤収された場所にはケースが設置され、そこに骨董市か何かで入手したというスクラップブックが、恰も資料館の様に展示されている。展覧会前日の30日は「養生」の日で、翌1日に展覧会オープンという、そういったスケジュールの様だ。


インスタレーションが、どれだけ「原形」を留めていない/「原形」を留めているアンインストール段階なのかは判らない。「原形」は、クローズアップの多いスライドショーを見て、想像するしか無い。会場でそのスライドショーを見ながら、まるでパズル雑誌の「間違い探し」をする様に、あれはこうなった。これは無くなったなどと、キョロキョロする自分がいる。しかし4人の「文筆家」が文章で触れたものは、大体「残されている」様だ。従って、そこにある言葉は宙吊りにはなっていない。


ここにある「廃墟」は、歌舞伎座で言うなら、どの程度の破壊段階だろう。まだ屋根を落とした程度の破壊率だろうか。壁まで無くなっている段階だろうか。但し、鉄骨しか残っていないとか、基礎が丸見えであるとか、水道の配管だけが地面から露出している更地状態であるとか、そういう感じではない様な気がする。従って、そこにあるものは、それ自体で、一つの廃墟的に「完成したインスタレーション」に見えたりもして、いやはやインスタレーションというのは、一筋縄ではいかないものだと、改めて思ったりもする。


20分程展覧会を見て、再び外に出る。恐らく入る時とは別のものとして、銀座はどこかで変わってしまっているのだろう。そこで見えているのは、恐らく銀座の「不在」だ。そして目の前に見えているのは、これからの銀座の「不在」だ。