再制作

承前


しかし確かに「再制作」という鉱脈はあった。「位相ー大地」の「再制作」に絡めて、予定していた展開を先送りにして、それを少しだけ書く事にする。気が向けば、それについて、別の機会に幾らか書く事があるかもしれない。いずれにしても、決して論文などではないので、こうした「寄り道」がいくらでも出来るところが駄文の良い所だし、アウトライン・プロセッサの使いこなしに、その入口で挫折してしまった、ツリー思考の苦手な身であれば尚の事だ。


「再制作」というものを自分も何回かした経験がある。大抵「再制作」は、作品が失われてから、或いはその原形を留めなくなってから、或いは人前に出せない状態になってから数年後、或いは数十年後に行われる。これは飽くまで個人的なケースだが、「ああ再制作したいなぁ」とか「再制作でもしてみようか」等と思って、自らそれをする事は殆ど無い。これもまた、個人的にはそういうものが無いではないものの、それは死ぬまでにやるかもしれないし、死ぬまでにやらないかもしれない。自分の中で、何かがすっかり弱ってしまっていたら、その時にそうした気持ちになるかもしれない。しかしその作品は、或る意味で誰でも出来るものなので、それを他人に全面的に委ねるという手もある。


これ迄に自分が実際に行った「再制作」は、概ね他律的なものだった。即ち「あの時のあれを出してくれ」という要請に基づくものであり、それが既に失われているものなら「再制作で」という流れになる。そうしたオファーは確かに有難いものではあるのだが、一方でその作品を作った時の自分とは、違ってしまっている今の自分というものが現実的にある。流行歌の世界の話で恐縮だが、例えばそれは、10代で歌った歌を、40代の女性に歌ってくれというようなものであるかもしれない。一例としては、現在の中森明菜嬢46歳に、「少女A(17歳時)」を歌ってくれと頼む様なものだろうか(実際に数回の新録あり)。46歳の女性に、「いわゆる普通の17才だわ 女の子のこと知らなすぎるのあなた 早熟なのはしかたないけど 似たようなこと誰でもしているのよ」とライブで歌わせる方が良いのか、それとも17歳少女の中森明菜嬢は「二度と帰ってこない」ものとして、当時の音源を聞き直す方が良いのか。但し、現在の松田聖子嬢49歳に、「青い珊瑚礁(18歳時)」を歌ってくれと頼めば、彼女は快くやってくれそうな気がする。それでも2011年時点で、「ああ私の恋は南の風に乗って走るわ」という歌詞に、どれだけの同時代的「アクチュアリティ」があるのかは判らない。


流行歌の世界では、「人生の様々な経験を積んで」歌う少女時代(固有名詞に非ず)の歌に、一定の価値を見い出す向きもある。しかし「現代美術」の場合は大抵そうはいかない。若い時分(大抵20代〜30代)に作った作品を「再制作」した場合、「『人生の様々な経験を積んで』より味わい深くなった」的な評価を普通はされないし、寧ろそうした「味わい深くなった」的な「アレンジ」は「やってはいけない」事になっている。その結果として、作品の「小節回し」や「溜め」を変えてもならないだろう。流行歌の場合は、少女時代にそれを歌ったという「但し書き」が付くが、「美術」の場合は、若者時代に作ったという「但し書き」は通常留意されない。「現代美術」に、流行歌的な「人間的成長」なるものは必要とされないのかもしれない。作品が、物理的な「永遠性」を有しない場合、或いは複製再生技術とは縁遠いものの場合、しかもそれが時限的に現れた後に失われている場合、しかも良い事に/悪い事に、「美術作品」は時代を超越する存在であると、広く認識されているが故に、数十年前に発表して衝撃的であった作品は、時が経って再び地上に姿を表しても、往時と全く同じ衝撃を与える潜勢力を保持していると見做される。


いずれにしても、「再制作」は、そういう訳で、結構「しんどい」のである。作家本人は、当時の自分よりは「進歩」していると思っていたりしていて(思い込んでいるだけかもしれないが)、また、現時点でそれを作る根拠も、本人的には見出せないと感じているからこそ、当時の様な作品を現在は作っていないというケースも多く、また若い内から同じ様な作品を数十年作り続ける事に対して、周囲からプラスの評価がされる事もそれ程多くはなく、その上で現在の作品の「展開」があると信じている(信じ込んでいるだけかもしれないが)ところに、再びそれを、しかも一切のアレンジを加えず、過去のオリジナルそのままに作るというのは、自己摸倣を強いられる事でもあり、勿論「足元を見つめ直す」であるとか「初心に帰る」等という功徳はあるかもしれないが、それ以上の理由は、中森明菜嬢46歳の歌う(歌わされる)「少女A」の如きものになるのかもしれない。


「位相ー大地」はこれで「三代目」になる。「二代目」は2008年で、「三代目」は2011年だ。20世紀中葉(1968年)と21世紀では、撮影機材の進歩も大きい。それが「名作」ともなれば、当時は調達出来なかった最高の撮影機材を投入する事も出来るし、高精細の動画も幾らでも撮影可能だ。しかし「位相ー大地」をこれから語ろうとする場合にも、その際に使用される図版は、やはり「須磨離宮公園」の竣工間もない「レストハウス離宮」をバックにした1968年のものになるだろう。いかな高精細な画像でも、恐らく2008年のものや、2011年のものは、その任に耐えないと思われる。それは「オリジナル」がどうのこうのではなく、他でもない1968年の日本にこれが出現したという歴史的文脈が、2008年や2011年の「再制作(リバイバル)」の「写真」には欠けているからだ。それは、アルフレッド・スティーグリッツの撮影した「泉」の写真が、永遠に「最上」のものであるのと同じだろう。こうして「作品」は、「文脈」と「永遠」の両義に引き裂かれる事になる。


確かに「再制作」は、「伝説」の中にのみ存在したその実物が、実際にどの様なものであったのかを、目の当たりにする事が出来る。しかしそれはまた、諸刃の剣でもあり、「目の当たりにする」が、「正体見たり」となる危険性も無いではない。「再制作」は、定評あるものの、定評そのものに対する批判の切っ掛けになる可能性が十分にあり得る。しかし大抵は、それが「美術史」に於ける位置と文脈込みで見られる為に、「有り難いもの」として顕現する。部屋の中に脚立があって、天井部分に虫眼鏡があれば、登った先に何があるかを「美術ファン」であれば、ある程度は知っていて、その「再制作」に接する事で、実際にそれを「追体験」、即ちミメーシスな「体験」をする事が出来るし、場合によっては頭の中にジョン・レノンすら浮かぶ。「再制作」を見る事。それはまた、「名所旧跡」に対する眼差しにも似たものがあるのかもしれない。


【続く】