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【Part3】

「アリアス」が「三田佳子」になった際に、それを見た人間(日本人)の口を衝いて出てきた感想の多くは、「外人 → 日本人」になる事を「悲惨」と捉えるものであった。しかし一方で、150年前の日本人は、初めて「接近遭遇」した「外人」の顔を、ある意味で「悲惨」な姿と捉えていた。


http://www.izu.co.jp/~ryosenji/14collection.htm#2%83y%83%8A%81


現代の日本人は、「ペルリ」と同じ系統の顔を持ったオリジナルの「アリアス」を、天狗や鬼の如き顔を持った「悲惨」と捉える視点を予め欠いている。日本人はそれを「悲惨」と思わない様に訓練され、それを欠いた上での「国際」に親しんでいる。


石膏像日本人化第三弾は「マルス」である。ローマ神話軍神だ。



しかし「マルス」には「軍神」の他にもう一つの顔がある。それは「農耕神」としての「マルス」だ。闘いと農耕。それは本邦に於いては、野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)の世界ではないか。天下泰平、子孫繁栄、五穀豊穣。ならばその方向性で日本人化を行うのが道理というものだろう。


顔の変形はいつもの様に行うが、今回のメインは体型の変形である。格闘技番組などを見ていれば判る事だが、日本人格闘家が通常メニューで身体を鍛えても、ギリシャ彫刻的な体型に一致する事はなかなかない。「マルス」と「日本人格闘家」の間には超え難い何かがある。一方の「外人格闘家」の体型には、多かれ少なかれギリシャ彫刻的なイメージを彷彿とさせる所がある。


「生きたギリシャ彫刻」を実現する技術にボディビルがある。「近代ボディビルの父」ユルゲン・サンドウはまた、マシンド・ダンベル、スプリング・プーリー、テンション・バンドなど数々の肉体改造の為の運動器具の発明者でもある。ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われた最初のボディビルコンテストのトロフィーはサンドウ本人を模した彫刻であり、ここで彫刻とボディビルとの関係性が円環的に完結する。


日本人がボディビルに本格的に親しんだのは、戦後のプロレスの影響が強いと言われている。元関脇力道山が力士体型を捨て、ギリシャ彫刻的プロレス体型にシフトしていったのは、力道山本人と観客の善男善女が、それぞれ違った意味で「脱日本人」を目指していたからだろう。力道山もまた、日本のボディビルコンテストでは審査員を務めている。


日本の「彫刻」に於ける「力」を表現した例として、例えば東大寺南大門の金剛力士像などは比較的筋肉質体型であるが、現在リアルに「日本」の「力」を表現しようとすれば、やはり大相撲力士になるのであろう。力士「丸洲山(まるすやま)」は、実力的には現在の幕下上位から十両下位とした。



この「丸洲山」は「悲惨」だろうか。それとも「マルス」の方が「悲惨」だろうか。「悲惨」を決定する、身体に対する「標準」の問題の根は深い。「力」の概念の脱中心化と併せて、それもまた決定不能の問題として浮上する。


(2007年8月に書いたものを修正)


【この項、了】