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【前日記の幕間】


【Part1】


Photoshop を使用して、外人を日本人にする事は可能か」という質問を受けた事がある。この場合の「外人」は、所謂「コーカソイド」を意味している。当然それは、Photoshop の「ゆがみ」フィルタで実現可能な、単純なトランスフォームだ。但しそれを試みた者は「日本人を外人にする」ケースよりも少ないだろう。


美容整形が殊更な「外人」化を指向していたり、マネキン人形が全て「外人」であった昭和時代とは異なり、現在の日本では、「外人」の身体イメージに対するコンプレックスは、一見払拭されているかの様に見える。しかしそれでも「変身」のベクトルは未だに「日本人 → 外人」の方向にあると言えるだろう。「今よりも平板な顔にしたい」「一重瞼にしたい」「頬骨を出したい」「歯を出したい」「胸を小さくしたい」「足を短くしたい」等は、仮に存在したとしても、日本では極めて少数派の願望だと思われる。


滝川クリステルを例にすれば、彼女は「外人濃度の高い日本人」、或いは「準外人」か「ほぼ外人」として認識されている。即ちそれは「日本人 → 外人」のベクトル上に存在し、その逆の「日本人濃度の高い外人」、即ち「外人 → 日本人」のベクトル上には無い。


実際に「外人 → 日本人」、即ち「外人を日本人にする」トランスフォームを行ってみる。滝川クリステルをして「石膏像を彷彿とさせる」とする評説があったりするが、この様に「石膏像」は「外人」像の典型的イメージとしてこの国では機能しているところがある。従ってここではそんな「石膏像」を「日本人」にしてみる事にする。


最初に俎上に載せるのは「アリアス」、別名「アリアドネ」である。手元に本物の「石膏像」が無いので、 Yujin のガチャガチャ「石膏像」を使う。



この髪の部分を描くのに、どれだけの画学生が泣いてきた事か。油断をすると、「角」になったり「石柱」になったりで、それは絡まりきってしまった「アリアドネ」の糸玉の如き迷宮感に満ちている。しかし一方で、そんな「アリアス」に「恋して」しまった画学生もいない訳ではない。「石膏像」界の「美人」部門のトップを争う位置にある「アリアス」だ。


Photoshop の「ゆがみ」フィルタ で、額を後ろに後退させ、目の位置を前に出して眼尻を吊り上げる。瞼を厚くし、二重の形を描き直す。頬骨や口顎を前に出し、鼻梁は低くする。顎の形を微調整して短頭化、眉間の位置を高くする。「三田佳子」が現れた。



これを「冒涜的」と言うのなら、それを「冒涜」とする根拠が示されればならないだろう。しかしその多くは、「日本人 → 外人」の、一種「脱亜入欧」的ベクトルに沿ったものになると思われる。一方で「オタク文化」や「カタカナ」が、「外国」の一部で「クール」などと言われたりする時代では、同様にこちらの身体イメージの方が「クール」なのではないかとも思える。


そしてまた、「アリアス」の「彫刻」は、「三田佳子」化する事で、あたかも明治期の「置物」になってしまったかの趣もある。「彫刻」と「置物」、「美術」と「工芸」、「Art」と「美術」…。様々な分節線の存在が、この「外人 → 日本人」から見えるかもしれない。


(2007年8月に書いたものを修正)


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