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標準

承前

若き30代のカール・セーガン氏が手にしているのは「パイオニア・プラーク(Pioneer plaque)」と呼ばれる、パイオニア探査機の金属銘板である。

パイオニア探査機の金属板

(略)この金属板は1972年と1973年に打ち上げられた宇宙探査機パイオニア10号・11号に取り付けられた銘板で、人類からのメッセージを絵で記したものである。探査機によるMETI(Messaging to Extra-Terrestrial Intelligence)=Active SETI(能動的な地球外知的生命体探査)の最初のケースである。

金属板には人間の男女の姿とともに、探査機の故郷である地球に関する情報を示す記号がいくつか描かれている。この金属板は星間空間を漂う一種のボトルメールとして作られた。この金属板を搭載した探査機が将来、ある恒星の周囲30天文単位以内を通過するまでに要する平均的時間は我々の銀河系の現在の年齢よりも長いと見積もられている。

パイオニア探査機は太陽系を脱出する最初の人工物体となった。この金属板は探査機のアンテナの支柱上の、宇宙塵による侵食から守られる位置に取り付けられている。NASA ではこの金属板(と探査機自身)が地球や太陽よりも長く生き残ることを期待している。

Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%8E%A2%E6%9F%BB%E6%A9%9F%E3%81%AE%E9%87%91%E5%B1%9E%E6%9D%BF

この一枚のA5サイズ程の大きさの「絵」で、この機械の出発地である惑星の、主要な情報を伝えようというのである。気が遠くなる程の「未来」に於いて、気が遠くなる程の低い確率で、「地球外知的生命体」にこの機械(パイオニア10号・11号)が発見され、あまつさえ、その「地球外知的生命体」が当然の如く、地球人が「銘板」と見做す一部品に対して、知的好奇心を持ち、しかもそれを、自分達とは異なる「知的生命体」からのメッセージであると認識し、それに対してレスポンスを返すという、宇宙的に途方も無く小さな可能性の実現を待つ前に、まずは平均的な地球人が、この「絵」を「解読」出来るかどうかという問題が存在する。



左上の丸二つは一体何だろう。「出題者」カール・セーガンによる「正解」は、「宇宙に最も多く存在する水素原子の超微細遷移の概念図」である。いきなりハードルが高い。どこがどう水素なのか、地球語の一つである英語で説明されても、多くの地球人ですら理解不能だろう。この図の中央にある短い垂直線の「正解」は、「二進法で表した 1 」だとの事だが、仮にそれが十進法であったとしても同じ「 1 」に見えたりするのはご愛嬌であるし、そもそもこの短い垂直線を、「地球外知的生命体」が、「数字」として認識するという可能性も、宇宙的に途方もなく小さいと思われる。

欧米語圏のスクリプトの如く、左上に表示されたこの図像は、ここに書かれた図像全ての解読の「鍵」とされている。「水素原子の軌道電子のスピンが上向き(平行)から下向き(反平行)に変わることで放出される電磁波(21cm線)の波長 (21 cm) と振動数 (1420 MHz) をそれぞれ長さと時間の単位として用いることができ、これ以降の図版でもこの二つが単位として使われていることを示している」。水素原子への深い知識が必要とされる。

その下の放射状の線の「正解」は「銀河系中心と14個のパルサーに対する太陽の相対位置」。その下の複数の丸の列の「正解」は、冥王星がまだ惑星だった頃の「太陽系の概念図」。「太陽系の概念図」の、左の大きな丸を除いた3番目の小さめの丸から線が引かれ、線の先には「地球外知的生命体」によって、この銘板が括り付けられた機械が表現されていると認識して貰いたい図形が描かれている。似ているかもしれないし、似ていないかもしれない。描かれた機械の大きさに比べると、惑星は相当に小さい、と見てはならないのだろう。

その横に、ようやく地球の一般人でも「解読」可能な図像がある。「男女の姿」だ。


金属板の右側には、探査機の絵の手前に男性と女性の姿が描かれている。女性の身長を表す2本の水平線の間には二進法の 8 が記されている。これは水素の21 cm線の波長を単位としてこの女性の身長が 8 × 21 cm = 168 cm であることを示している。

男性は友好の印として右手を挙げている。この身振りはおそらく万国共通のものではないが、この図は人間が向かい合わせになっている両手の親指を相手に見せることができる、すなわち手足を動かせることを示している。

この絵では女性の性器は実際の通りには描かれておらず恥丘のみが描かれている。この理由については、元々この銘板を完成するための時間があまりなかったため、性器をあまり詳細に描写すると金属板の設置自体を NASAから却下されるかもしれないと考えたセーガンが安全のために妥協した、と言われている (Fletcher, 2001)。しかし、マーク・ウォルバートンのより詳しい説明によると、元々のデザインでは「女性の外陰部を表す短い線」が描かれていた (Wolverton, 2004)。この線は NASA の宇宙科学部長・主任研究者であったジョン・ノーグルによって、金属板を搭載することを認める代わりの条件として消去されたという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%A2%E6%8E%A2%E6%9F%BB%E6%A9%9F%E3%81%AE%E9%87%91%E5%B1%9E%E6%9D%BF

英語版Wikipediaの解説には、それに加えて以下の記述が見られる。

Originally Sagan drew the humans holding hands, but soon realized that an extraterrestrial might perceive the figure as a single creature rather than two organisms. The figures appear to be white and Occidental, but the generic depiction of humankind was intended to be as racially ambiguous as possible.

当初、セーガンは手を握り合っている人間を描いたが、地球外知的生命体が、この図像を二種類の生物であるよりは、むしろ一種類の生物として認識すると即座に理解した。その姿形は白人や西洋人のようにも見えるが、人類の一般的な描写は、可能な限り人種的に曖昧なものとする事を目的とした。

(略)

But Sagan himself wrote that "The decision to omit a very short line in this diagram was made partly because conventional representation in Greek statuary omits it.

しかし、セーガン自身はこう書いている。「ギリシャ彫刻に於ける伝統的な表現でそれを省略する事が、この図の中での『非常に短い線』の省略を決定付ける一部になった。

http://en.wikipedia.org/wiki/Pioneer_plaque

様々な標準。様々に標準。有るべき交雑種としての人類。有るべき性差。有るべき体型。有るべき年齢…。それよりも何よりも、人類の表象としての彼等は、何故に「ヌード」、或いは「ネイキッド」でなければならなかったのか。そして尚、そのイメージは、「ギリシャ彫刻」の如き「文化」なのか、それとも「死体置場」や「解剖室」に繋がる「自然」なのか。「自信」のイメージなのか、「無防備」のイメージなのか。「偽り」のイメージなのか、「正直」のイメージなのか。「見られている」或いは「見せている」身体を意味しているのか、「見られていない」或いは「見せてはいない」身体を意味しているのか。そもそも、彼等は「いる」のか、「いない」のか。

好奇心に駆られた地球外知的生命体が、運良く/運悪く地球に到達し、しかも、運良く/運悪く、ヌーディスト・ビーチや、公衆浴場や、死体置場などに到着する事があれば、そこで得られるサンプルの中に、この図の「あるべき」イメージに近い事例を発見する事は可能だろう。

しかし一方、地球外知的生命体が、運良く/運悪く、美術館や美術ギャラリーに到着、或いは地球のメディアに接する事があれば、その事情は異なる。そこには二種類のイメージが等量に分布してはいない。明らかに二つのイメージの内、片一方のイメージの存在は、統計的に無視し得る。

【続く】