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善意

「アート」が世界に満ちていくのは、専ら「善意」に由来する。そしてこの「アート」が世界に満ちていくのも、これもまた「アート」の1ジャンルであるが故に「善意」に由来する。

これらが「悪意」に基づいて制作され、それが世界中にばらまかれるのであればまだしも救いがあるが、そもそもそれが、制作者の「善意」から制作されたものであるが故に始末が悪い。「悪意」に基づいてこれが世界を浸食していくのなら、何らの躊躇も気兼ねも無く、それを排除する事が可能だが、世界を「善意」で覆い尽くす欲望に基づいて制作されるそれは、従って極めて厄介な「テロル」である。

オカンアート

オカンアートとは主に中高年の主婦(母親=オカン)が余暇を利用して作る自宅装飾用の芸術作品の総称である。

具体例を挙げればドアノブ飾り、刺繍入り家電カバー、タオル掛け、人形、牛乳パックアートなど様々。

2003 年ごろ、巨大電子掲示板2ちゃんねるにおいて娘が母親の作品を紹介した事が発端で話題となり、命名された。

マスメディアやカルチャーセンターなどで紹介される手芸や工芸の手法を参考に、主に紙などの家庭内で生じる廃棄物を利用して作製されるため、概して安っぽい見た目である。また本人が制作活動に飽きるまではどんどん増えていき、室内をもっさりとした脱力系の雰囲気にしてしまうことも多い。

Wikipedia「オカンアート」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88

元になった2ちゃんねるによる「解説」はこうだ。

【脱力!】 オカンの芸術作品 【恐怖!】

1 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/03/28 05:11 id:waV2EMQB

油断してるとドンドン増え瞬時に部屋をモッサリさせる脱力兵器
 役に立たないオカンの芸術作品について語りましょう。

油断してると郵送されてきたり(郵便物爆弾)
 部屋に飾られたり(地雷型)
ついには自分でも、つい作ってしまう。という 感染の恐れあり(細菌兵器)
の脱力芸術の数々について(写真のウプもウェルカムです!)

http://www.geocities.jp/loveokan/okanart/01/

2ちゃんねる生活板オカンアートスレ過去ログまとめ
http://www.geocities.co.jp/Foodpia/2512/okanart/index.html

「オカンアート」の「作品」の数々はここで見る事が可能だし、恐らくそれらの中には実際に身近に存在しているものもあるだろう。

http://www.geocities.jp/loveokan/okanart/museum/

「オカンアート」の担い手は、それぞれの家庭にオカン一人であるとは限らない。親戚や近隣住民が「オカンアート」にハマっている場合は、それが累乗的に増殖していく。「オカンアーティスト」の手に掛かれば、トイレットペーパーの周りはモコモコし始め、ティッシュペーパーの周りはモコモコし始め、ケータイの周りはモコモコし始め、果てはコンピュータマウスの周りがモコモコしたりする。役に立つ物は、大抵役に立たなくなり、役に立たない物は、余計に役に立たなくなる。それが常に「アート」の「善意」による奇襲攻撃によってもたらされる。その殆どは、「オカンアート」の「表現者」側から、突然一方的になされる為に、それを拒絶する余地は殆ど無い。

新聞広告やティッシュの箱や牛乳パックなどといった「廃棄物」を利用して「オカンアート」を作る初期段階は、やがて「オカンアート」を作る為に、材料としての「廃棄物」を溜め込むといった、目的と手段が逆転した次ステージへと移行する。このステージに入ると、世界中に「オカンアート」のばらまかれる量が桁違いに増加する。こうして世界を「アート」の「善意」で覆い尽くす材料は増えていき、やがてそれは「ゴミ屋敷」と言われる状態にまで至ったりもする。ここでもまた、「アート」は物の「循環」を滞らせるシステムになる。

一体どこの誰が、オカンにまで「アート」を作らせる様に仕向けたのかは判らないが、しかしそんな「オカンアート」もまた、優れて/劣って「アート」の「善意」の正体を映す「ラーの鏡」なのである。

2009年のDIME9月号には、「アニメ的ものづくり論/世界を救うフリフリ化−オカンアートとデコトラ」なる特集記事があり、「アニメ」と並ぶ、日本オリジナルの「アート」が「オカンアート(とデコトラ)」であるとされた。仮にこの先、「オカンアート」が本当に「世界を席捲」してしまったら、その時には機を見るにおっちょこちょいな「アーティスト」が、慌てて「オカンアート」をネタにして「作品」を作り、「オカンアート宣言」か何かを出して、2010年代後半は「オカンアート」の時代とか何とか言うのだろうか。言うのだろう。言うに決まっている。

どこかの美術館やギャラリーで「オカンアート」の展覧会を企画しないだろうか。恐らくこれらは、染みったれたホワイトキューブの「お約束」など、木っ端微塵に破壊するエネルギーに満ちているだろう。ホワイトキューブの空間に置かれたとしても我関せず、オカンはオカンたる事を止める事は無いだろう。そして「オカン」の「アート」の「善意」の洪水に観客はヘトヘトになる。恐らくオカンを別にして。

展覧会場はオカンで溢れる。「アニメ」を配して若者が群れ集う展覧会が有りだとするなら、「オカンアート」を配してオカンが群れ集う展覧会もまた有りなのだ。その両者に「差」は無い。

2009年8月21日初出の文章に加筆修正。