「ワーク」

東京藝術大学上野キャンパスは、都道452号線(旧屏風坂通り)を挟んで音楽学部と美術学部に分かれている。都市伝説とも笑い話とも或いは事実とも言える話に、「芸大の音楽学部と美術学部の学生を見分ける方法。それは小綺麗な格好をしているのが音楽学部の学…

「障壁」

大谷翔平から始まる以下の文もまた「美術」の話、とりわけ「『日本』の『美術』」の話である。 ==== 2024年度の小学校の教科書(小学5年生算数:東京書籍)に、大谷翔平(ロサンゼルス・ドジャース)がフィーチャーされるという。大谷翔平が日本の義務教…

「喪失」

《千の注釈》長過ぎる注 ==== Elle : C'est beau, hein... Cet homme avec son chien... Regardez : ils ont h même démarche.Lui : C'est vrai. Vous avez entendu parler du sculpteur Giacometti ?Elle : Oh ! oui, j'ai trouvé très beau !Lui : Vou…

はならぁと2023こあ「SEASON 2」/「種をまく人」

《千の注釈》長過ぎる注 2023年10月某日、「(奈良)県内の歴史的な町並みや町家で現代芸術の展覧会を開催する地域型アート(注1)プロジェクト」、「地球に優しいエコロジカルな芸術祭」を謳う「芸術祭」、「はならぁと2023」の「こあ」に赴く。同じ地球に…

「地上」

《千の注釈》 「長過ぎる注1,001『忘却』」から続く ●長過ぎる注1,002「地上」(2020年1月〜2022年1月記) 北緯40度42分46.8秒、西経74度0分48.9秒を上昇して行くエレベーター。今日の「人類」の事実上の「標準」暦であるところの「共通紀元(Common Era:CE…

「忘却」

《千の注釈》●長過ぎる注1,001「忘却」(2021年8月〜2022年1月記) 2020年代初頭の「人類史」及びその「文化史」を語る時、COVID-19 パンデミックの影響下に人類が置かれ、その存在が依然として脆弱である事が改めて示された事実を無視して、果たして成立す…

ch.0.6「約束の凝集 vol.1 石器時代最後の夜」

じゃん‐けん〘名〙スル 片手で、石(ぐう)•紙(ぱあ)•はさみ(ちょき)のいずれかの形を同時に出し合って勝負を決めること。また、その遊び。石ははさみに、はさみは紙に、紙は石に勝つ。石拳(いしけん)。じゃんけんぽん。 大辞泉 ====【承前】 2020…

ch.0.5「アホでなにが悪いんや」

※「追記」 前のエントリから半年以上が過ぎた。この間、【続く】とされたこの稿は、しかし何度も書き直される事になった。当初の段階での書き始めは「新大陸」に関するもの(「追記」注1)だった。しかし一部を除いて、それは後回しにされた。前エントリとの…

ch.0「こうして結局、かの問は……」

【序】 「呼吸器官」(organ)の「病」に犯されていた、巷間「ジル・ドゥルーズ」として知られていた「70歳」の「老人」が、フランス共和国パリ17区のアパルトマン(84 Avenue Niel)3階のベランダから自ら身を投じて生涯を終える4年前の1991年、当時「61歳…

不純物と免疫 04

◯ 手にしている「不純物と免疫」展の「カタログ 01」の文中の作家紹介の件には、「谷中祐輔は彫刻家」と書かれている。こう書かれたものを目にすると、無意識の内に「彫刻家」である「谷中祐輔」氏によって作られた「何やら壁から張り出したもの」を、「彫刻…

不純物と免疫 03

◯ 大和田俊作品の全容めいたものがほぼ見える位置に立つ。但し51%の御本尊はまだ見えていないと思われる。 ヘッドフォンの中では今見ていたばかりの仲本拡史氏作品の解説が流れている。自分の関心とのタイムラグとして現れるこの「不純物」をどうしたものだ…

不純物と免疫 02

◯ #トレーラー ヘッドフォンから流れる本展の概説が終わる。 暗闇に光る明るい矩形が入口だ。その奥に、有孔ボードを背にした幼児の背の高さ程の、灰色をした一本の細長い高圧気体ボンベが見えている。緑色(液化炭酸ガス)でも黒色(酸素ガス)でも赤色(…

不純物と免疫 01

◯ #共存 円周上に6つの点があるとする。それらを結ぶ線の数は15本という事になる。或いはまた、円周上に24個の点があるとする。それらを結ぶ線の数は276本という事になる。それは「不純物と免疫」展というパッケージを円周と見立て/単純化し、作家数6、作…

不純物と免疫「序」

◯ #多様 【知事】それから、ガラッと変わりまして、現代アート、現代美術の分野の新しい取組についてのお知らせです。これまで都は、トーキョーワンダーサイトの本郷、渋谷、墨田区立川、この三つの拠点を活用してまいって、若手アーティストの発掘・育成支…

引込線2017

2008年に行われた「所沢ビエンナーレ・プレ美術展2008 —引込線—」(以後「プレ展」)から始まった「引込線」。10年目となる今回の「引込線 2017」(以後「2017展」)は、その第6回目だという。 プレ展 2008年の「プレ展」と、翌年2009年の「第一回 所沢…

やわらかな脊椎

大寺俊紀+乙うたろう「やわらかな脊椎」展の周回軌道上をグルグルと周る。 尚、同展の作品はバッテリー上がりの為に撮影していない。下掲レビューや、美術手帖2017年10月号の副田一穂氏の月評(208〜209ページ)等に掲載の画像/写真を参考にして欲しい。 …

國府理「水中エンジン」redux

ラテン語の “reducere"(to lead back)から生まれたという “redux" は、様々に日本語訳可能な単語だ。 例えば「続編」としての “redux" がある。「前作」の主人公の「その後」を描くジョン・アップダイクの “Rabbit Redux" (邦題「帰ってきたウサギ」)な…

裏声で歌へ【後編】

【承前】 「間々田」の町が語り掛けて来るもので、既にお腹は一杯になってしまった。しかし展覧会は「別腹」だ。前者は「白米」の様なもので、後者は基本的にキュレーターと呼ばれるパティシエが作る「ケーキ」だ。 スポンジケーキとシャンテリークリームと…

裏声で歌へ【前編】

4月某日、JR東日本東北本線(愛称宇都宮線)の間々田駅――1日乗車人員数4,000人前後――を降車した。橋上駅舎の改札機に PASMO をタッチする。1,317円がマイナスされた。目指すべきは西口方向であると、型落ち iPhone 中の Google Map 先生が教えてくれる。遠藤…

クロニクル、クロニクル!(2017)

【序】 おばあちゃんのたんじょうび会がはじまった。お客さんが沖縄の楽器、三線で、“カチャーシー”をひくと、みんながおどりだした。おばあちゃんはかた手にムーチーをもちながら、おどっている。おばあちゃん、たのしそうだった。「いろんなこと、わすれた…

はならぁと こあ「人の集い」

我が国は2008年をピ―クに人口減少局面に入った。合計特殊出生率は、ここ数年若干持ち直しているものの1.43と低水準であり、2050年には人口が1億人を割り込み、約9700万人になると推計されている。また、これに伴って、人口の地域的な偏在が…

シン・ゴジラ

それから、大きな声が聖所から出て、七人の御使にむかい、「さあ行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に傾けよ」と言うのを聞いた。そして、第一の者が出て行って、その鉢を地に傾けた。すると、獣の刻印を持つ人々と、その像を拝む人々とのからだに、ひ…

共にいることの可能性、その試み

それを見てから2ヶ月が経った。それについて書くのに2ヶ月を有した。書いては消し、書いては消しの日々が続いた。 2ヶ月前の事。「共にいること」がタイトルに含まれている眼前のその「展示」を、何処かで遠い過去に繋がったものの様に見ていた。まるで「幽…

キセイノセイキ

「MOT ✕ ARTISTS' GUILD の協働企画」である「キセイノセイキ」展は、「MOTアニュアル」枠に収めらている。 東京都現代美術館の学芸員のキュレーションによって「日本の若手作家による新しい現代美術の動向を紹介する」というのが「MOTアニュアル」のこれま…

奥村雄樹個展「な」

終了してから1ヶ月以上経過した展覧会について書く。椹木野衣氏によるそのレビューが掲載された、印刷版の美術手帖が発売されてからも二週間以上が経過した。その展覧会を「過ぎ去ってしまったもの」として見るならば、これを今書く事は単純に遅れていると言…

クロニクル、クロニクル!「後編」

【承前】 「クロニクル、クロニクル!」の「ルール」は、「ルール・1/『クロニクル、クロニクル!』は会期を1年間とする」、「ルール・2/「1年の会期のうち、展覧会を2度、名村造船所跡で行う」、「ルール・3/繰り返すこと、繰り返されることについて1年…

クロニクル、クロニクル!「中編」

【承前】 日本独自のステージカーテンの進化形式である緞帳(注1)には表面と裏面があり、その表面を見る者(客席側)と裏面を見る者(舞台側)がいる。客席側に華やかな刺繍絵画が施される一方で、舞台側は素っ気ないグレーの裏地や「火気厳禁」等の注意書…

クロニクル、クロニクル!「前編」

【承前】 ネスト 【 nest 】 入れ子 / ネスティング / nesting ネストとは、構造化プログラミングにおける、プログラムの構築手法のひとつ。複数の命令群をひとまとまりの単位にくくり、何段階にも組み合わせていくことでプログラムを構成する。このまとまり…

クロニクル、クロニクル!「長過ぎる序」

【長過ぎる序】 1月1日の「28年目」に続く文章がここに入る筈だった。それは「芸術」と「ひと」の関係を書こうとしたものだ。 そもそも「ひと」と関わり合う事でしか機能し得ない 「芸術」が認識している「ひと」、「芸術」にとっての「ひと」とは何なのだろ…

28年目

これもまた嘗てあった事だ。とは言え「つい最近」の話である。現在日本の「現代美術界」で「若手」と呼ばれている人達の多くが、この世に生を受けた後の話になる。少なくとも71年以上も前の事ではない。 ---- 日本の「80年代美術」はいつ「終わった」のだろ…